2001年以降の興行成績トップ10作品を列挙し、映画評へのリンクを貼った。興行成績は主に、国内限定の「ドメスティック」と、海外の興行収入(オーバーシーズ)を含めた「ワールドワイド」の2種類があるが、参考にしたのがBox Office Indiaに掲載されているインド国内の興行収入であるため、前者となる。また、税引き前か後かの区別もあるが、ここでは税引き後の「Nett Gross」を参考にした。
インド滞在期間中(2001年~2013年)の多くの年では、毎年その年のヒンディー語映画の状況について振り返り、前身となるサイト「これでインディア」に掲載していた。やはりタイムリーにその年を振り返って書いた文章は当時の世相を如実に反映していてとても参考になるため、こちらにも適宜加筆修正の後に転載している。
2001年
- Gadar: Ek Prem Katha
- Kabhi Khushi Kabhie Gham
- Lagaan
- Indian
- Dil Chahta Hai
- Jodi No.1
- Chori Chori Chupke Chupke
- Ek Rishtaa
- Mujhe Kucch Kehna Hai
- Ajnabee
2002年
- Devdas
- Raaz
- Kaante
- Aankhen
- Humraaz
- Awara Paagal Deewana
- Saathiya
- Company
- Hum Tumhare Hain Sanam
- Maa Tujhhe Salaam
2003年
- Koi… Mil Gaya
- Kal Ho Naa Ho
- The Hero: Love Story of a Spy
- Munna Bhai M.B.B.S.
- Baghban
- Chalte Chalte
- Main Prem Ki Diwani Hoon
- LOC Kargil
- Qayamat
- Andaaz
2003年のヒンディー語映画を振り返ってみると、まず思うのは、2002年の危機的な駄作連発状態から一気に脱却できたことへの安堵感である。特に2003年後半は良作が相次ぎ、収益を上げることができた映画も去年に比べたら圧倒的に多いと予想できる。失敗作といえば、ただ「Boom」の大コケが記憶にあるくらいだ。
総合的に考えて、2003年を代表する映画は「Kal Ho Naa Ho」と「Koi… Mil Gaya」の2本だ。「Kal Ho Naa Ho」は、「Kuch Kuch Hota Hai」(1998年)や「Kabhi Khushi Kabhie Gham」を立て続けに大ヒットさせ、今やヒンディー語映画界の無敵艦隊とも言えるジョーハル親子の第3作目であり、やはり大ヒットを記録。歴史に残る傑作となった。この映画抜きに2003年は語れない。また、ローシャン一族が総力を結集して世に送り出した「Koi… Mil Gaya」は、ヒンディー語映画初のSF映画ということで目新しかった。リティク・ローシャンの演技力とダンス力が光っていた。しかし、「未知との遭遇」(1977年)や「E.T.」(1982年)の真似という批判を免れておらず、そこがもどかしいところだ。これ以外に、ラーム・ゴーパール・ヴァルマーの「Bhoot」も、インド映画初の本格的ホラー映画として、ヒンディー語映画界の変化を象徴する作品だった。
それら華々しい映画の裏で、「Tere Naam」が暗躍した1年でもあった。グジャラート州旅行中で「Tere Naam」に関わる数々の思い出が生まれたので、僕のこの映画に対する感情は複雑だが、ただひとつ言えるのは、「Tere Naam」の音楽だけは傑作であり、受賞してもおかしくないということだけである。映画自体については、僕は全く楽しめなかった映画なのだが、なぜかインド人から高い評価を得ているので、非常に不思議である。これはサルマーン・カーンの根強い人気に支えられているのかもしれない。
2003年は、プリーティ・ズィンターが大女優としての道を駆け上った年でもあった。シムラー生まれで清涼なイメージのあるプリーティのファンはとても多い。
2002年は、爆発的に英語のインド映画、つまりヒングリッシュ映画が公開された年であったが、2003年はそれほどヒングリッシュ映画が公開されなかった。2003年に公開されたヒングリッシュ映画は、「Bollywood Hollywood」、「Freaky Chakra」、「Mango Souffle」、「Joggers’ Park」などである。「Joggers’ Park」が最も楽しいヒングリッシュ映画だったが、2002年の良作ヒングリッシュ映画群に比べたら力不足だ。インド映画至宝の傑作と高評価するヒングリッシュ映画は依然として「Mr. and Mrs. Iyer」(2002年)である。
2004年
2004年のインド映画は、面白い映画が多かったものの、大規模なヒット作には恵まれなかった。インド人とパーキスターン人の恋愛を描いたヤシュ・チョープラー監督の期待作「Veer-Zaara」(製作費3億ルピー、興行収入4億ルピー)は決して駄作ではないものの、思ったほど大ヒットせず、観客の反応もまあまあだった。NASAで働くインド人が農村に戻って改革を行うという筋のアシュトーシュ・ゴーワーリカル監督の「Swades」(製作費3億ルピー、興行収入1.7億ルピー)ははっきり言って期待外れで、興行的にも成功しなかった。有名振付師のファラー・カーンが初めて監督を務めた「Main Hoon Na」(製作費2.5億ルピー、興行収入3.3億ルピー)は、徹底的な娯楽映画に仕上がっており、その徹底振りが幸いしてヒットを記録した。漫画家が主人公というクナール・コーリー監督のデビュー作「Hum Tum」(製作費0.7億ルピー、興行収入2.5億ルピー)は、タイムズ・オブ・インディア紙とのタイアップによりヒットした。サンジャイ・ガードヴィー監督の「Dhoom」(製作費?、興行収入3.1億ルピー)は、インドの若者にバイク旋風を巻き起こすほどブームを呼んだ。結局、2004年の映画の中で最も社会に影響を与えた映画は「Dhoom」だと言えるだろう。ちなみに、2001年の大ヒット作「Gadar」の興行収入は7.6億ルピー、同じく2001年の「Kabhi Khushi Kabhie Gham」や、2003年の大ヒット作「Koi… Mil Gaya」の興行収入は5.3億ルピーである。興行収入だけで映画を評価することはできないが。
この他に2004年の映画で面白かったものは、ムンバイーの売春婦をカリーナー・カプールが熱演した「Chameli」、シェークスピアの「マクベス」を翻案した「Maqbool」、敏腕刑事の悲しい復讐劇を描いた「Ab Tak Chappan」、タイのバンコクを舞台とした不倫サスペンス映画「Murder」、著名な画家MFフサインが監督を務めた幻想的映画「Meenaxi: Tale of 3 Cities」、不倫をコメディータッチで描いた「Masti」、現代インドを代表する映画監督であるマニ・ラトナム監督の「Yuva」、人生に目的を見出せなかった若者が軍隊に入って愛国心に目覚める「Lakshya」、アイシュワリヤー・ラーイとヴィヴェーク・オーベローイのキスシーンが衝撃的な「Kyun! Ho Gaya Na…」、後味のよいホラー映画「Rakht」、斜陽の映画スターの表と裏をドキュメンタリータッチで描いた「King of Bollywood」、アイシュワリヤー・ラーイのハリウッドデビュー作「Bride & Prejudice」、40年の歳月を経てカラー化された伝説的名作「Mughal-e-Azam」、女性によるセクハラを描いた「Aitraaz」、サンジャイ・ダットがかっこよすぎる「Musafir」などである。
2004年のヒンディー語映画の最大の特徴と言えば、性描写の過激化であろう。「Murder」、「Girlfriend」、「Julie」など、過激な性描写で話題になった。これだけでなく、女優の肌の露出が極度に多かったり、ストーリーが際どかったりする映画も少なくなかった。この傾向は2005年に入っても続いており、ヒンディー語映画が、次第に家族で安心して見れる映画でなくなっていることを懸念する声が高まっている。ただ、インド映画は元々暴力シーンなどが多くて、過去の映画も完全に家族向けではなかったことや、ミュージカルシーンなど、歪曲的表現法によりストリップダンスよりもかえってエロいダンスとなっているものがけっこうあったことを付け加えておかなければならない。
2005年
- No Entry
- Bunty Aur Babli
- Garam Masala
- Mangal Pandey: The Rising
- Salaam Namaste
- Maine Pyaar Kyun Kiya
- Sarkar
- Dus
- Black
- Waqt
2005年のヒンディー語映画界を一文字で表現するとするならば、「黒」であろう。サンジャイ・リーラー・バンサーリー監督の「Black」と、「Bunty Aur Bubli」の挿入歌「Kajra Re(黒い目の女)」の躍進が目立ったからである。ヴィディヤー・バーランが「Parineeta」で鮮烈なデビューを果たしたのも大きなニュースだった。
1月公開の「Page 3」、2月公開の「Black」から、4月公開の「Kaal」、7月公開の「Sarkar」を経て、12月公開の「Bluffmaster!」まで、今までのインド映画の常識を覆す新感覚の映画が多く公開されたことにも注目したい。ヒンディー語映画は確実に進化しつつある。そして、それらが軒並みヒットを収めたことも重要である。都市部を中心とした観客の多くがヒンディー語映画の変化を受け容れているということだ。ただ、「Kal Ho Naa Ho」(2004年)の影響なのか、「Salaam Namaste」や「Neal ‘n’ Nikki」のような全編海外ロケの、そしてあまりインド向けではないテーマの、どちらかというとNRI(在外インド人)をターゲットにした映画が増えたことに対しては、多少不安な気持ちを抱いている。2005年に公開されたいくつかの映画は、明らかにインドに住むインド人向けではなかった。英語の台詞の割合が増えたことも庶民を無視した作品作りが加速してきたことを示している。ヒンディー語映画がインドの庶民を置き去りにする方向へ向かっている一方で、そこにできた制作者と観客の間の隙間に、ヒンディー語の方言を使い、一昔前のインド映画の典型的ストーリーを踏襲したローカルなボージプリー映画が進出して来たことも2005年の大きな特徴である。2005年、ボージプリー映画の多くは、ビハール州を中心にヒンディー語映画を凌ぐ大ヒットを飛ばした。
「Netaji Subhas Chandra Bose: The Forgotten Hero」や「Mangal Pandey」のような、歴史的人物を題材にした愛国主義映画が期待されていたほどヒットしなかったことも2005年の特徴だったといえるだろう。これが必ずしもインド人観客が愛国主義映画に飽きてきたことを示しているわけではないと思うが、ただ「インド万歳」を連呼するだけではもはや観客を呼び込めないことは確かだ。また、インドには時代劇と歴史を混同している人が多くいることも、この両作品によって巻き起こされた歴史論争で明らかになった。映画と歴史は全く別の代物であり、映画に正しい歴史認識なるものを求めるべきではない。
また、サニー・デーオールの「Jo Bole So Nihaal」がデリーで爆弾テロを引き起こしたことも、インド映画がインド社会に与える影響の大きさを物語っていた。「Kaal」や「Taj Mahal: An Eternal Love Story」などで、映画撮影に動物を利用することが物議を醸したこともあった。
2005年は新人監督旋風が吹き荒れた年でもあった。「Amu」のソーナーリー・ボース、「Shabd」のリーナー・ヤーダヴ、「Socha Na Tha」のイムティヤーズ・アリー、「Zeher」のモーヒト・スーリー、「Lucky」のラーディカー・ラーオ&ヴィナイ・サプルー、「Kaal」のソーハム、「Naina」のシュリーパール・モーラーキヤー、「Parineeta」のプラディープ・サルカール、「My Wife’s Murder」のジジー・フィリップ、「Ramji Londonwaley」のサンジャイ・ダイマー、「Aashiq Banaya Aapne」のアーディティヤ・ダット、「Salaam Namaste」のスィッダールト・ラージ・アーナンド、「Chocolate」のヴィヴェーク・アグニホートリー、「James」のローヒト・ジュグラージ、「Dil Jo Bhi Kahey…」のローメーシュ・シャルマーなどなど枚挙に暇がない。新人監督の他、TVドラマや俳優から映画監督に転身した人も数人おり(例えば「Yahaan」のスジート・サルカールや「Mr Ya Miss」のアンタラー・マーリーなど)、新鮮な作品が多かった。
2005年はほとんど「Black」一色になってしまったヒンディー語映画だが、「Black」以外にもいい作品、注目すべき作品が多くあった。2001年の「Lagaan」や「Gadar」のような大ヒット作には恵まれなかったものの、2005年はヒンディー語映画界にとって豊作の年だったと総括していいのではないだろうか。
2006年
- Dhoom: 2
- Lage Raho Munna Bhai
- Krrish
- Rang De Basanti
- Fanaa
- Don
- Kabhi Alvida Naa Kehna
- Phir Hera Pheri
- Bhagam Bhag
- Vivah
2006年はヒンディー語映画の当たり年であった。話題作に次ぐ話題作、ヒット作に次ぐヒット作で、全く停滞がなかったのは見事だった。ヒンディー語映画界はインドの高度経済成長とシンクロするかのように何度目かの黄金時代を迎えているといっても過言ではない。ここ数年で最もエキサイティングな年だった。上記の映画はもちろんのこと、「Baabul」、「Corporate」、「Gangster」、「Golmaal」、「Omkara」、「15 Park Avenue」、「Malamaal Weekly」、「Being Cyrus」、「Samsara」、「Khosla Ka Ghosla!」、「Jaan-e-Mann」、「Kabul Express」などが特筆すべきだ。
「Lage Raho Munnabhai」と「Rang De Basanti」は、共に大ヒットし、社会に大きな影響を及ぼし、そして作品の質も非常に高い。「Dhoom: 2」や「Krrish」はハリウッド映画に迫る迫力ある映像と娯楽に徹した作品作りが評価できる。「Don」はリメイク映画の新たな可能性を示したことで注目されて然るべきだ。「Kabhi Alvida Naa Kehna」は、テーマがインド向けではなく、どちらかというと海外で受けた映画である。シェークスピアの「オセロ」を原作とした、ヴィシャール・バールドワージ監督の「Omkara」も2006年を代表する高品質の映画であった。
ところで、「アルカカット賞」というものがある。ほとんど世間の注目を集めなかったが、個人的に気に入った作品に授与される賞である。2006年の栄えあるアルカカット賞に選ばれたのは・・・「Shaadi Se Pehle」!アクシャイ・カンナーとマッリカー・シェーラーワトのやり取りが秀逸なコメディー映画である。マッリカー・シェーラーワトといえばラーフル・ボースと共演した「Pyaar Ke Side/Effects」も面白いコメディー映画だが、こちらは大いにヒットしたのでアルカカット賞からは外れる。アルカカット賞の次点は、インドでは珍しいボクシング映画「Aryan」である。「ロッキー」風の展開はお約束であるが、ボクシング以外の部分――夢を諦めた男の末路――の方がむしろ印象に残る映画であった。
2007年
- Om Shanti Om
- Welcome
- Chak De! India
- Taare Zameen Par
- Partner
- Bhool Bhulaiyaa
- Heyy Babyy
- Guru
- Ta Ra Rum Pum
- Namastey London
ヒンディー語映画界の2007年は末広がりの年であった。上半期は失敗作が目立ったが、下半期にはヒット作に恵まれた。2007年のブロックバスター&スーパーヒット作品は全て7月以降公開の作品であり、それだけでも下半期の潤いが分かる。ジャンル別に見ると、もっとも元気だったのはコメディー映画。「Partner」、「Heyy Babyy」、「Dhamaal」、「Dhol」、「Bhool Bhulaiyaa」、「Welcome」など、ヒットチャートを専有している。この中では「Partner」を特に推したい。ゴーヴィンダーから目が離せない傑作コメディー映画である。
2007年のヒンディー語映画で特徴的だったのは、スポーツを題材にした映画が多かったことである。しかも面白いことに、クリケット王国のインドにおいて、クリケット以外のスポーツ映画が脚光を浴びた。モーターレースの「Ta Ra Rum Pum」、ボクシングの「Apne」、女子ホッケーの「Chak De! India」、サッカーの「Dhan Dhana Dhan Goal」などである。特に「Chak De! India」の「Chak De!(頑張れ!)」は、2007年のインドの合言葉となった。もちろん、クリケットを直接的・間接的に題材にした映画も、3月~4月に開催されたクリケットのワールドカップに合わせて数本公開されたが、インド代表の屈辱的予選落ちとシンクロするように、低予算ヒングリッシュ映画「Bheja Fry」以外は全てフロップに終わった。インド代表が早々に散ってしまったため、手持ち無沙汰になったインド人たちが、同時期に上映されていた愛国的ラブコメ映画「Namastey London」に流れ、意外なヒットを生み出したのも面白い現象であった。
アニメ、実写をひっくるめて、子供向け映画が多かったのも2007年のヒンディー語映画界の特徴だと言える。「Chain Kulii Ki Main Kulii」、「My Friend Ganesha」、「The Blue Umbrella」、「Bal Ganesh」、「Nanhe Jaisalmer」、「Return of Hanuman」などがその例だ。だが、子供向け映画の潮流は、失読症の子供を題材にした全年齢向け映画「Taare Zameen Par」でクライマックスを迎えた。
「The Blue Umbrella」はラスキン・ボンド原作だが、著名な作家の作品を原作にした映画が多かったのも2007年の特徴だ。ウラジミール・ナボコフ著「Lolita」原作の「Nishabd」、ジュンパー・ラーヒリー著同名作品原作の「The Namesake」(邦題:その名にちなんで)、ドストエフスキー著「白夜」原作の「Saawariya」などである。
これは2007年に始まったことではないが、オムニバス形式の映画が多かったのもひとつの特徴と言える。独立したストーリーを複数集めた作品から、いわゆるグランドホテル様式と言われる作品まで、試行錯誤が見られた。その中で最高の輝きを放っていたのは「Life In A… Metro」だった。「Honeymoon Travels Pvt Ltd.」も低予算だったのが幸いし、利益を上げた。他の「Salaam-e-Ishq」、「Life Mein Kabhie Kabhiee」、「Dus Kahaniyaan」などは失敗に終わった。
逆にこれは2007年の後半に入って始まった傾向だが、ヒンディー語映画がヒンディー語映画界そのものを映画の題材とするのが流行しつつある。「Om Shanti Om」や「Khoya Khoya Chand」がその例である。このような映画は、昔のインド映画をよく見ていると十二分に楽しめる。
2007年には過去のヒット作のリメイクも数本あった。最も期待されていたのは「Ram Gopal Varma Ki Aag」だが、これは2007年最大の失敗作となってしまった。他に「Victoria No.203」や、1957年の「Naya Daur」のカラー化作品などが公開された。
実際に起こった事件の真相に迫った映画も数本公開された。2002年のグジャラート暴動を題材にした「Parzania」、1993年のムンバイー同時爆破テロを題材にした「Black Friday」などである。また、家庭内暴力を扱った「Provoked」、寡婦問題を扱った「Water」、ガーンディーの息子の悲劇的人生を扱った「Gandhi, My Fater」、知的障害児を扱った「Apna Asmaan」など、シリアスな映画でも佳作が目立った。
俳優別に見てもいくつか面白い事実が浮かび上がる。まず、2007年に株を上げた俳優を見てみよう。シャールク・カーンは「Chak De! India」と「Om Shanti Om」の2本に主演し、「Heyy Babyy」に特別出演したが、3本とも大ヒットを記録し、キング・カーンの地位を改めて不動のものとした。アクシャイ・クマールも、「Namastey London」、「Heyy Babyy」、「Bhool Bhulaiyaa」、「Welcome」と主演作4本を大ヒットさせ、ヒンディー語映画界のスーパースターの地位に躍り出た。女優では、「Partner」と「Namastey London」に出演したカトリーナ・カイフ、「Guru」、「Heyy Babyy」、「Bhool Bhulaiyaa」に出演したヴィディヤー・バーランなどの若手女優の台頭の年となった。
一方、大御所と呼ばれる俳優の多くにとって、2007年は外れ年だった。最も付いていなかったのはアミターブ・バッチャン。「Eklavya: The Royal Guard」、「Nishabd」、「Jhoom Barabar Jhoom」、「Ram Gopal Varma Ki Aag」など、出る映画出る映画失敗に終わった。プリーティ・ズィンターやラーニー・ムカルジーもパッとしなかった。サルマーン・カーンは「Partner」を大ヒットさせたものの、英語映画デビュー作「Marigold」は大失敗に終わった。
2007年のヒンディー語映画界最大のゴシップと言えば、アビシェーク・バッチャンとアイシュワリヤー・ラーイの結婚であろう。2人の共演作は2006年後半に2本続けて公開されたが、どちらも問題があり、きれいに受け入れられなかった。だが、2007年に入って公開された「Guru」は文句なしのヒットとなり、その直後に結婚が正式に発表された。アイシュワリヤー主演の英語映画「Provoked」も話題になった。結婚するカップルもいれば別れるカップルもいるわけで、2007年最大のブレイクアップは、シャーヒド・カプールとカリーナー・カプールとなった。皮肉なことに、2人が共演し、キスシーンまで披露した「Jab We MetJab We Met」は大ヒットとなっている。シャーヒドと別れたカリーナーは現在サイフ・アリー・カーンと付き合っている。
2007年は数々の新人俳優がデビューした年でもあった。「I See You」のヴィパーシャー・アガルワール、「Nishabd」のジヤー・カーン、「Johnny Gaddar」のニール・ニティン・ムケーシュ、「Om Shanti Om」のディーピカー・パードゥコーン、「Saawariya」のランビール・カプールとソーナム・カプールなどである。
2007年はカムバックの年でもあった。政界入りして以来、俳優としてのキャリアに急ブレーキがかかったゴーヴィンダーであったが、「Partner」の大ヒットで再び自信を取り戻した。往年の名優ダルメーンドラも「Apne」のヒットによって完全にカムバックを果たした。だが、何といっても最大の話題となったのは、「Aaja Nachle」で5年振りにカムバックしたマードゥリー・ディークシトであろう。だが、結婚した女優の宿命か、同作品は観客に受け入れられなかった。
さて、アルカカット賞の発表である。アルカカット賞とは、全然話題にならなかったが、光るもののある映画に与えられる賞である。あらかじめ「Traffic Signal」、「Dharm」、「Johnny Gaddar」、「Dil Dosti Etc」の4作品をノミネートしていたが、その中で栄えあるアルカカット賞に選ばれたのは、プラカーシュ・ジャー製作、マニーシュ・ティワーリー監督の「Dil Dosti Etc」である。隠れた名作だ。
総じて、2007年のヒンディー語映画界は、「Om Shanti Om」のような完全な娯楽作品から、「Taare Zameen Par」のような完成されたクロスオーバー映画まで、非常にバランスのいい年だったと言える。フロップ続きの上半期はどうなることかと思ったが、終わってみれば2006年に引き続き前進の年であった。
2008年
- Ghajini
- Rab Ne Bana Di Jodi
- Singh Is Kinng
- Race
- Jodhaa Akbar
- Jaane Tu… Ya Jaane Na
- Golmaal Returns
- Dostana
- Bachna Ae Haseeno
- Sarkar Raj
2008年のヒンディー語映画界は、上半期不調だったが、7~8月頃から持ち直し始め、年末にブロックバスターが2本出て一気に盛り上がった。まるでアーラープに始まりドゥルトに終わる、インドの古典音楽のような展開だったと言える。また、振り返ってみると、ヒンディー語映画が伝統的に得意として来た各ジャンルでヒット作が出ており、非常にバランスのいい年だったと言える。すなわち、ロマンスでは「Rab Ne Bana Di Jodi」、アクションでは「Ghajini」、コメディーでは「Singh is Kinng」、時代劇では「Jodhaa Akbar」である。
しかし、2008年のヒンディー語映画界の最大の収穫は、新時代の到来を告げる、新感覚の映画がいくつも公開されたことだ。具体的には、「Jaane Tu… Ya Jaane Na」、「Rock On!!」、「Aamir」、「A Wednesday!」などのことである。
総じて、2008年のヒンディー語映画界は、得意分野をガッチリと押さえながらも、果敢に前進を続けたと言える。ただ、世紀の大失敗作が少なくなかったのも特徴である。「Love Story 2050」や「Drona」などは、大規模な予算をかけて製作されながら鳴かず飛ばずで大赤字となってしまった。
今年だけに限った傾向ではないのだが、2008年になって特に、何らかの形でテロを題材にした映画がとても多くなった。「Black & White」、「Hope and a Little Sugar」、「Aamir」、「Contract」、「Mission Istaanbul」、「Mumbai Meri Jaan」、「A Wednesday!」、「Hijack」、「Shoot on Sight」などがその例である。もちろんこの中には傑作もあるのだが、ここまでテロ映画ばかりだと食傷気味になって来る。とにかく、2008年のヒンディー語映画のラインナップからは、テロの脅威が映画界の創造性にも影響を与えているといえそうだ。
毎年、フィルムフェア賞と同時にアルカカット賞も発表している。アルカカット賞とは、全く話題にならなかったが実は隠れた名作という映画に個人的に与えられる賞である。今年のアルカカット賞は、「Summer 2007」に与えたい。マハーラーシュトラ州の農民自殺問題をテーマにした作品で、ひとつの解決策も提示されており、映画としても十分楽しめる作りになっていた。特にスターも出演しておらず、ほとんど話題にならなかったが、名作である。
他にも2008年にはいくつか特筆すべき映画があった。「Jannat」、「Roadside Romeo」、「Fashion」、「Oye Lucky! Lucky Oye!」、「Dasvidaniya」などが、印象に残った映画であった。
2009年
- 3 Idiots
- Love Aaj Kal
- Ajab Prem Ki Ghazab Kahani
- Wanted
- De Dana Dan
- Kambakkht Ishq
- New York
- Kaminey
- All the Best: Fun Begins…
- Blue
2009年はヒンディー語映画界にとって当たり年でなかっただけでなく、むしろ試練の年となった。もっとも目立った事件は、映画プロデューサー・ディストリビューターとマルチプレックスとの間で興行収入を巡って起こった争いである。プロデューサー側は、マルチプレックス側への抗議を示すために、新作公開の無期限ストライキに踏み切った。このストライキのせいで、4月~6月にメジャーな作品はほとんど公開されなかった。近年稀に見る異常事態である。
もっとも、この時期はクリケット国内リーグのインディアン・プレミア・リーグ(IPL)のシーズンで、インド人の関心が映画からクリケットに完全シフトしてしまう時期であるし、大学などの試験・受験期間とも重なっているため、毎年それほど多くの期待作は公開されない。それでも、ストライキという形で多くの作品の公開がストップしてしまった影響は少なくなく、映画の公開スケジュールは大きくずれ込むことになった。よって、元々2009年内に公開予定だったものの、このストライキの影響で2010年に回されてしまったものがいくつかある。
それだけでなく、ストライキ明けには新型インフルエンザがインドで猛威を振るい始めた。人々が不特定多数と接触する映画館を敬遠し出し、映画館が閉鎖されるところも出て来た。
3ヶ月の空白期間は、映画制作者、映画館、そして観客の三者にとって大きな痛手だったし、新型インフルエンザの流行は全くの不幸と言っていいのだが、それにも増して2009年のヒンディー語映画業界を盛り下げたのが、大予算型映画の失敗が続いたことである。多額の予算が投じられて製作された作品は、実際に投資した人々の財政だけでなく、映画業界全体の雰囲気を左右する。あまりに大作の失敗が続くと、冒険的な映画への意気込みが失われ、その悲観的な雰囲気は以後数年に渡って業界に悪影響を及ぼし続ける。
2009年の失敗作のリストは長いが、その大きな原因となったのが、アクシャイ・クマールの低迷である。アクシャイ・クマールは2007年に「Namastey London」、「Heyy Babyy」、「Bhool Bhulaiyaa」、「Welcome」と立て続けにヒットを飛ばし、2008年も引き続き「Singh Is Kinng」という大ヒット作を生んで、一躍ヒンディー語映画界のトップスターとしてもてはやされるようになった男優である。ところが2009年の彼は全く鳴かず飛ばずであった。まずは1月に公開された「Chandni Chowk to China」が大コケ。インド映画で初めて中国ロケが行われたこの作品は、ハリウッドのワーナー・ブラザースが共同プロデュースしていたこともあり、日本でも「チャンドニー・チョーク・トゥ・チャイナ」という邦題でインド公開から数ヶ月後に一般公開された。このような特別扱いをされたインド映画は他にない。だが、失敗作は失敗作である。この映画がアクシャイ・クマール凋落の前兆であった。続けて4月公開の主演作「8×10 Tasveer」も沈んだ。カリーナー・カプールと共演した「Kambakkht Ishq」は、長いストライキが明けた7月に公開されたことも助けとなり、興行的には成功したのだが、内容の馬鹿馬鹿しさから、批評家や真面目な映画愛好家たちからは酷評された。そしてインド映画界で過去最大の予算を投じられたとされる「Blue」が10月のディーワーリー週に鳴り物入りで公開されたのだが、これもまさかの大失敗に終わり、アクシャイ・クマールの神話は完全に崩壊した。ただ、11月に公開されたコメディー映画「De Dana Dan」は、カトリーナ・カイフとのゴールデンコンビ復活が功を奏したのか、上々の成績を残しており、今後の復活が望まれる。
他にも、期待されていながら失敗に終わった作品は多い。特に上半期は酷かった。豪華スターキャストの「Luck By Chance」、シャールク・カーン主演の「Billu」、ラーケーシュ・オームプラカーシュ・メヘラー監督の「Delhi-6」など、それぞれ見所のある映画が公開された。どれもヒットの可能性はあったし、そう期待もされていたのだが、批評家の評価はともかく、興行的には全てフロップとなった。他にも、ニール・ニティン・ムケーシュとビパーシャー・バスの共演作「Aa Dekhen Zara」、サンジャイ・ダット主演のハードボイルド映画「Luck」、ラーニー・ムカルジーが男装したクリケット映画「Dil Bole Hadippa!」、サルマーン・カーンとカリーナー・カプールの共演作「Main Aurr Mrs Khanna」、サルマーン・カーンとアジャイ・デーヴガンの共演作「London Dreams」、アミターブ・バッチャンが魔法のランプのジンになった「Aladin」、マドゥル・バンダールカル監督の新作「Jail」、イムラーン・ハーシュミーとソーハー・アリー・カーンの共演作「Tum Mile」、実生活のカップルであるサイフ・アリー・カーンとカリーナー・カプールが共演した「Kurbaan」など、話題性がありながら失敗に終わった作品は数知れない。このような状態なので、元々期待されていなかった作品はほとんどダメだった。例えば、デビュー以来ヒット作に恵まれないハルマン・バウェージャーの主演作「Victory」と「What’s Your Raashee?」はどちらも沈没。俳優としての成功はほど遠いプレイバックシンガーのヒメーシュ・レーシャミヤー主演「Radio」も撃沈。当たり外れが大きく、最近は外れの度合いが大きいラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督の「Agyaat」も、観客をなめきったエンディングが批判を浴びるまでも辿り着かず、最初から空振りに終わった。話題作が軒並み失敗に終わり、元々期待されていなかった作品まで沈んだとなれば、暗黒時代の到来を叫びたくなる。
しかし、それでも2009年には今までのインド映画の枠組みを壊すような野心的作品がいくつも公開され、徐々にだが確実にヒンディー語映画界が前進していることも感じさせられた。今年最初のヒットとなったのは、インド製ホラー映画の先駆け「Raaz」(2002年)の続編で1月に公開された「Raaz: The Mystery Continues」であるが、むしろ巷の話題をかっさらったのは、2月に公開されたアヌラーグ・カシヤプ監督の「Dev. D」である。古典的人気小説「デーヴダース」を現代風に翻案した作品で、ダニー・ボイル直伝の映像効果と破天荒な音楽によって、身勝手な恋愛とドラッグの乱用によって堕落していく主人公の姿を赤裸々に描き出している。
新感覚のロマンス映画を撮らせたら右の出る者のいないイムティヤーズ・アリー監督の最新作「Love Aaj Kal」もヒットとなった。現在と過去の恋愛を対比しながら描く斬新な手法を用いたことも特筆すべきだが、何よりこの作品はヒンディー語ロマンス映画の不文律である結婚の神聖性を壊したことで注目すべきである。それは言い換えれば、恋愛相手と結婚相手が異なる場合、結婚前の恋愛は恋愛が勝ち、結婚後の恋愛は結婚が勝つというシンプルな法則であるが、「Love Aaj Kal」ではそれが完全に破られた。カラン・ジョーハル監督の「Kabhi Alvida Naa Kehna」がその先駆けとなったものの、インド国内ではヒットせず、その実験は失敗に終わっていた。「Love Aaj Kal」は文句なくヒットとなったため、この映画こそが新時代の扉を開いたと言える。
ヴィシャール・バールドワージ監督の「Kaminey」も、娯楽映画の土台に立脚しながら、ぶっ飛んだ人物設定と洗練された脚本と実験的な演出で彩られた犯罪映画であり、主演のシャーヒド・カプールやプリヤンカー・チョープラーの俳優としての成熟も促した。他にも、2009年には、「Barah Anna」、「99」、「Sankat City」のように、小品ながらも脚本主体で完成度の高い映画が多く公開された。
アミターブ・バッチャンとアビシェーク・バッチャンが親子逆転共演という世界でも稀な大道芸に挑戦したのが「Paa」である。プロジェリア症候群という難病をテーマにしているが、元々の発想源は上記の通り親子逆転共演にあり、ヒンディー語映画界でユニークなアイデアが実行され始めたことを示す好例になっている。「Paa」は興行的にも批評的にも成功した。
他に、伝統的な娯楽映画のフォーマットで作られ、観客に受け容れられた作品もいくつかある。サルマーン・カーン主演の「Wanted」は南インドのヒット映画の翻案で、単純なアクション映画であるのだが、サルマーンの根強い人気に加えて、こういう分かりやすく爽快な映画を求める層がまだ多数存在するために、大ヒットとなった。ランビール・カプールとカトリーナ・カイフ主演の「Ajab Prem Ki Ghazab Kahani」もコテコテのラブコメ映画だったのだが、ラージクマール・サントーシー監督の熟練のハンドリングによって、優れた娯楽作品となっており、やはり大ヒットとなった。ランビール・カプールは2009年に作品に恵まれ、他の主演作「Wake Up Sid」もヒットとなった。「Wake Up Sid」は、インド映画らしくないユニバーサルな設定ながら、ムンバイーの美しさやモンスーンの叙情というインドらしい情感を訴えることにも成功した稀なロマンス映画である。彼のもう1本の主演作「Rocket Singh: Salesman of the Year」については後述する。
2009年のヒンディー語映画の中から1本だけを選んで語るとしたら、年末に公開された「3 Idiots」しかない。2009年のヒンディー語映画界の不況を単身でひっくり返してしまったほどの突然変異的特大ヒット作である。「Munna Bhai」シリーズのラージクマール・ヒラーニー監督とミスターパーフェクトの異名を持つアーミル・カーンが揃ったことで大ヒットはある程度予想されていたのだが、インド映画史に残るほどの大ヒットになるまで化けるとは誰も想像していなかった。「映画の基本は観客を楽しませること」という鉄則を貫きながら、社会的なメッセージを巧みに盛り込んでいく手法はさすがであり、この映画の成功によって、ヒンディー語映画が目指すべき方向性が改めて明確になった。同時期に全世界で公開されて超大ヒットとなっているジェームズ・キャメロン監督の「アバター」が3D映画という新ジャンルを切り開き、技術の進歩を誇示することでハリウッドの行く先を暗示したのと好対照であった。
2009年のインド映画業界のニュースとしては少し外れるのだが、ムンバイーを舞台に撮影された「Slumdog Millionaire」(2008年/邦題:スラムドッグ$ミリオネア)が2009年にアカデミー賞を受賞し、ダニー・ボイル監督と共に、この映画に関わったインド人が世界的な知名度を得るに至ったことも特筆すべきである。
以上は主に映画のヒット・フロップの概観であったが、2009年公開作品に見られる一定の傾向にも触れておこうと思う。まず、前年までの傾向を踏襲し、引き続きテロやコミュニティー調和を主題にした映画が作られ続けていることが挙げられる。「New York」と「Kurbaan」は、911事件後のイスラーム教徒の受難と、その反発によるさらなる報復的テロという悪循環が描かれていた。偶然にもこれらの映画はとても似たプロットだったのだが、「New York」の方が先に公開された上に、より明るい雰囲気となっていたため、興行的にも成功した。「New York」でのカトリーナ・カイフの演技も高い評価を受けた。911事件ではないが、コミュナルな事件が人々に与える影響という点では、ナンディター・ダース初監督作品「Firaaq」も素晴らしかった。これは、グジャラート暴動後、ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒間で疑心暗鬼渦巻くアハマダーバードを舞台にした映画である。テロや暴動が原因ではないが、カーラー・バンダルという滑稽な事件をきっかけにヒンドゥー教とイスラーム教の融和がもろくも崩れ去って行く様子を描いた「Delhi-6」もよくできた作品だったのだが、アップダウンに乏しかったためか迫力に欠け、ヒットはしなかった。
2009年のヒット作で共通して目立ったのは、根が正直な主人公がとことん正直さを貫き通して最終的に何らかの成功を掴むというプロットである。僕はそれをマハートマー・ガーンディーの哲学にちなんで勝手にサティヤーグラハ(真理の主張)映画と呼んでいる。「Ajab Prem Ki Ghazab Kahani」、「3 Idiots」などにその傾向が見られたが、もっとも顕著だったのは「Rocket Singh: Salesman of the Year」であった。さらに拡大して考えれば、それらの映画で訴えられているのは、急速に発展するインド経済や変貌するインド社会への戸惑いであり、人間性や道徳を失ってまでの発展は必要ないと自制を求めるメッセージである。
未来や過去を覗くことができるという、SF映画にジャンル分けされる種類の映画もなぜか2009年には目立った。「Aa Dekhen Zara」、「8×10 Tasveer」、「Kal Kissne Dekha」などである。また、「ハリー・ポッター」を意識したような魔法映画「Aladin」も公開された。これらは、ハリウッドが得意とするジャンルの映画をインドでも作ろうとする挑戦と受け止めていいだろう。しかし、ハリウッド映画とモロに比較される現状では、インド人監督によるそれらの映画に見所は少ない。どれもヒットはしなかった。インドの娯楽映画のフォーマットの中でどれだけハリウッド的ジャンルを咀嚼できるかが腕の見せ所であるが、それをうまく達成できたのは、「Koi… Mil Gaya」(2003年)や「Krrish」(2006年)のラーケーシュ・ローシャン監督ぐらいである。また、海洋映画というユニークなジャンルに挑戦した「Blue」も大撃沈した。
ここで2009年の映画音楽も振り返って見よう。映画本体に比べて音楽の方が元気が良く、名曲が多かった。アルバム別で言えば、ARレヘマーンの「Delhi-6」が珠玉の出来である。ARレヘマーンは「Slumdog Millionaire」でアカデミー賞からグラミー賞まで総なめしており、今やすっかり世界的な音楽家になってしまった。映画は滑ってしまったが、「Blue」のサントラCDも遊泳感が溢れており素晴らしい。ARレヘマーンの強力なライバルになり得るのが奇才アミト・トリヴェーディーである。彼がやりたいことを自由にやった「Dev. D」は、ユニークな楽曲の宝石箱となっている。明るい娯楽映画と相性が良いのはプリータム。彼の「Love Aaj Kal」や「Ajab Prem Ki Ghazab Kahani」は盛り上がれる曲が多い。
曲別で見て行くと、「Raaz: The Mystery Continues」からはシャリーブ・トーシーの「Maahi」やラージュー・スィンの「Soniyo」、「Delhi-6」からは「Masakali」、「Arziyan」、「Genda Phool」など、「Dev. D」からは「Emosanal Attyachar」、アヌ・マリクの「Kambakkht Ishq」からは「Om Mangalam」、「Love Aaj Kal」からは「Twist」、「Chor Bazaari」、「Aahun Aahun」、「Ajj Din Chadheya」など、ヴィシャール・バールドワージの「Kaminey」からは「Dhan Te Nan」、シャンカル=エヘサーン=ロイの「Wake Up Sid」からは「Iktara」、「Blue」からは「Chiggy Wiggy」、「Aaj Dil」、「Fiqrana」など、「Ajab Prem Ki Ghazab Kahani」からは「Main Tera Dhadkan Teri」、「Tun Jaane Na」、「Tere Hone Laga Hoon」など、「3 Idiots」からは「Give Me Some Sunshine」などが良かった。
最後になったが、毎年恒例のアルカカット賞を発表しよう。アルカカット賞とは、あまりヒットしなかったり話題にもならなかったが、個人的にとても素晴らしかったと感じた作品に与えられる賞である。2009年のアルカカット賞は「Rocket Singh: Salesman of the Year」に決定!地味だが非常に野心的な作品である。
2010年
- Dabangg
- Golmaal 3
- Raajneeti
- My Name Is Khan
- Housefull
- Tees Maar Khan
- Once Upon a Time in Mumbaai
- Kites
- I Hate Luv Storys
- Anjaana Anjaani
残念ながら2010年のヒンディー語映画界は、豊作とは言えななかった。事前にヒット間違いなしとされていた大予算型・大スター型映画がほぼ全て興行的に失敗に終わり、無残にも散って行った。「Veer」、「Kites」、「Raavan」、「Action Replayy」、「Guzaarish」、「No Problem」などが2010年の代表的失敗作となっている。一方、2010年に公開されたヒンディー語映画の中でヒット作とされているのは、「My Name Is Khan」、「Housefull」、「Raajneeti」、「I Hate Luv Storys」、「Once Upon A Time In Mumbai」、「Dabangg」、「Golmaal 3」ぐらいで、その中でもブロックバスターとされるのは「Raajneeti」、「Dabangg」、「Golmaal 3」のみである。
「Raajneeti」の成功については、多少納得できない部分がある。「マハーバーラタ」をベースにした政治映画であるが、血で血を洗う闘争が続き、最後に登場人物のほとんどが死んでしまうという元も子もないストーリーで、それほどよくできた映画ではないと感じた。だが、思いの外ロングランとなり、最終的にはブロックバスターヒットとなった。おそらく今年は6月公開の「Raajneeti」以前に大した大予算映画がなかったことによる渇望感がヒットの主な原因となったのだろう。だが、ひとつこの映画で良かったのは台詞である。ヒンディー語映画の台詞にもっとも敏感なのはウッタル・プラデーシュ州やビハール州の人間である。そしてこの一帯はとにかく人口が多い。よって、彼らの琴線に触れれば、映画はブロックバスターヒットとなる。逆にいえば、このヒンディーベルトの人々に受けなければ、都市部でいくら頑張っても映画はユニバーサルなヒットにはならない。「Raajneeti」におけるナーナー・パーテーカルやマノージ・バージペーイーのヒンディー語裁きは神業級で、それがこの重厚なドラマをより魅力的なものとしたのだと評価できる。
近年のヒンディー語映画界では、都市在住の中産階級を主なターゲットにし、マルチプレックス(シネコン)で上映されることを念頭に置いた、オシャレでスマートな映画作りが流行となっている。その潮流の中で敢えて「Dabangg」は、昔ながらの娯楽映画の伝統的手法を使って作られたマサーラー映画だった。単にそれだけでなく、「Dabangg」には南インド映画やボージプリー語映画で培われて来た、観客を興奮の渦に巻き込むテクニックもふんだんに盛り込まれていた。アイテムソング「Munni Badnaam」の大ヒットも後押しとなった他、庶民層に絶大な人気を誇るサルマーン・カーンが主演ということもあって、映画は大ヒット作となった。
「Golmaal 3」は、ローヒト・シェッティー監督の人気シリーズ第3作目である。やはり王道を行く娯楽映画だが、既にお馴染みのキャラクターを軸にしながら、新作ごとに馬鹿馬鹿しいまでのど派手なスタントアクションがとことん進化して行くコメディー映画という点で、このシリーズには他のコメディー映画と一線を画する特徴がある。おそらく正常な感性の持ち主なら、「『Golmaal』シリーズは何が楽しいのか分からない」と口を揃えるだろうが、そう心の奥底で感じながらも、「まあこういう映画があってもいいか」と最後に納得させられてしまうところが、シェッティー監督の持ち味なのだろう。
また、前々から主張していることだが、コメディー映画はインド映画の真髄である。インド映画の基本が娯楽ならば、娯楽の基本は笑いだ。「Golmaal 3」は直球のコメディー映画だが、アクション映画に分類される「Dabangg」も、全く暗くなく、十分笑いの要素の満ちた作品になっていた。「Dabangg」も「Golmaal 3」も、ジャンルは違えど観客を最大限に楽しませようとするサービス精神は共通しており、その真摯な姿勢が大ヒットにつながったのだと評価できる。最近ヒンディー語映画界では様々なジャンルの映画が作られるようになり、真面目な作品が映画館で上映されることも増えて来たが、主流は娯楽映画であるべきで、それを考えると、2010年はいかに不作だったといえど、「Dabangg」と「Golmaal 3」のような正統派娯楽映画が映画の本来の楽しさをしっかり維持してくれたという点で、正常かつ前進のある年だったと結論付けられる。だが、この2作のヒットが、映画界全体を回帰路線へと導くかどうかは不明だ。普通に考えたら、ヒンディー語映画が近年経験している改革の波は、もはや後戻り不可能なもので、今後もマルチプレックス化、グローバル化が急速に進行して行くと予想される。
ヒンディー語娯楽映画のグローバル化という点で、2010年公開作中重要だったのは「My Name Is Khan」、「Kites」、「Guzaarish」の3作だと言える。
この内、シャールク・カーン主演「My Name Is Khan」は国内外で一定の評価を得て、興行的には国内市場よりも海外市場の方で稼いだ作品である。911事件後の米国在住イスラーム教徒インド人の受難をテーマにしたドラマであり、何の罪もないイスラーム教徒が名前のためにテロリスト扱いされる米国の行き過ぎた現状を世界に訴えかけたグローバルな視野の作品だったが、その文脈はインドから離れ、インドの一般の観客は置き去りにされてしまっていた。また、911事件後、同様の映画は過去に何作も作られて来たために、ヒンディー語映画をずっと見続けて来た人には「My Name Is Khan」で扱ったテーマに全く目新しさはなかった。しかしながら、この種の映画を、今までヒンディー語娯楽映画の旗手だったカラン・ジョーハルが監督したことに大きな意義があると言える。デビュー作「Kuch Kuch Hota Hai」(1998年)で不朽の傑作を送り出すことに成功したカラン・ジョーハルは、その後作品を重ねるごとにNRIを第一ターゲットとした映画作りに傾倒して行き、結果的にインドという枠組みそのものを超越した「My Name Is Khan」の誕生となった。
アヌラーグ・バス監督の「Kites」は、インドのトップスターの1人リティク・ローシャンの国際ローンチ映画と位置づけられ、ハリウッド映画の文法に従った作品となっていた。全編米国とメキシコが舞台で、やはりインド的な価値観、インド的な要素は全く見られず、これをインド映画と呼ぶことにすら躊躇するほどであった。ヒロインがメキシコ人という設定のため、スペイン語が多用されていたことも、ただでさえ英語が得意でないインド国内の一般観客から敬遠されることになった。そもそも楽しい作品ではなかった。おかげで「Kites」は国内外で全く受け容れられず、2010年を代表する大失敗作となった。
サンジャイ・リーラー・バンサーリー監督「Guzaarish」もリティク・ローシャンが主演であり、全く興行的に振るわなかった。バンサーリー監督は独特な世界観と映像美で知られる監督で、「Hum Dil De Chuke Sanam」(1999年)や「Devdas」(2002年)で一定の国際的知名度を持っている。しかし最近はあまりに独りよがりな映画作りが多く、映画館側からはすこぶる評判が悪い。それでも、尊厳死をテーマとする「Guzaarish」は、十分海外でも通用するようなレベルの高い完成度を誇る作品だった。ゴアを舞台とし、雰囲気はまるでヨーロッパ映画のようだが、テーマは単に尊厳死ではなくインドにおける尊厳死であり、いくらヨーロッパっぽいと言っても正真正銘インドの一部であるゴアを舞台にしロケが行われているために、インドの確かな匂いが感じられた。個人的には、この3本の中では「Guzaarish」をもっとも高く評価している。インド映画が世界市場(世界のインド系移民ではなく、世界中のあらゆる人々)を念頭に置いたり、世界を目指したりすることはいいことだが、だからと言って他国の映画作りをまねたり、他国の文脈で映画作りをすればいいという訳ではない。インドにしっかり足を置いて、まずはインド国内の観客を念頭に優れた映画作りをすれば、自ずと世界への扉は開けて来るだろう。2009年の「3 Idiots」の成功がそれを象徴している。
以上は大予算型映画についての話題だったが、2010年の大きな収穫だったのは、紛れもなく低予算型映画の健闘である。大がかりな投資がなくても、有名スターがいなくても、そこそこの収入を上げ、批評家からも絶賛された作品が2010年にはいくつもあった。「Ishqiya」、「Atithi Tum Kab Jaoge?」、「Love Sex Aur Dhokha」、「Lahore」、「Well Done Abba」、「Udaan」、「Tere Bin Laden」、「Peepli Live」、「Phas Gaye Re Obama」、「Band Baaja Baaraat」などである。
「Ishqiya」は、ウッタル・プラデーシュ州地方都市の乾いた大地を舞台にした、極限の恋愛劇である。極限の恋愛劇、というのはつまり愛する人への復讐劇である。説得力ある脚本と、地ベタを張った台詞と、何よりヴィディヤー・バーランの熱演がこの映画を傑作へと押し上げていた。監督のアビシェーク・チャウベーは「Maqbool」(2004年)や「Omkara」(2006年)でシェークスピア劇を見事にヒンディー語映画化したヴィシャール・バールドワージ監督の下で研鑽を積んだ人材で、「Ishqiya」もバールドワージ監督の前述の2作ととてもよく似た雰囲気の作品であった。2010年は、この「Ishqiya」に端を発し、外国の都市やインドの大都市ではなく、農村や地方都市を舞台にした映画が多かった。「Road to Sangam」はイラーハーバード、「Well Done Abba」はハイダラーバード近郊、「Raajneeti」はボーパール中心、「Udaan」はジャムシェードプル、「Peepli Live」は架空の農村、「Dabangg」はウッタル・プラデーシュ州の架空の地方都市、「Antardwand」はビハール州の架空の農村、「Aakrosh」はビハール州の架空の地方都市、「Rakht Charitra」はアーンドラ・プラデーシュ州の架空の地方州、「Phas Gaye Re Obama」はウッタル・プラデーシュ州の架空の地方都市、「Tees Maar Khan」はラージャスターン州辺りの架空の農村が舞台となっていた。
低予算型で脚本主体の優れたコメディー・諷刺映画が多かったのも2010年の特徴だった。純粋なコメディー劇としては「Atithi Tum Kab Jaoge?」、「Tere Bin Laden」、「Phas Gaye Re Obama」がその代表例だし、辛辣な社会諷刺が入った映画としては「Well Done Abba」と「Peepli Live」が秀逸だった。ウサーマ・ビン・ラーディンの偽ビデオが世界中で大騒動を巻き起こすという荒唐無稽なコメディー「Tere Bin Laden」は、インド映画としては珍しく、パーキスターンを舞台にし、パーキスターン人を主人公にした映画で、しかもインド映画にありがちなパーキスターンやパーキスターン人に対するステレオタイプが全くなかった。主演もパーキスターン人歌手・俳優のアリー・ザファルである。印パの垣根が完全と言っていい形で取り払われた記念碑的作品だと言える。この映画はカルト的ヒットとなった。農民自殺問題を、政治家、官僚、マスコミなどの権力機関への批判を込めつつ、コミカルに、だが真面目に取り扱った「Peepli Live」は、アカデミー賞外国語映画賞インド公式出品作品に選ばれたことからも分かるように、2010年を代表する作品である。作品自体非常に優れた出来だったのだが、アーミル・カーンのプロダクションが、このような低予算映画に対しては異例となる大々的なプロモーションをし、ヒット作に押し上げたことが話題となった。映画館で上映される低予算映画は、興行収入を口コミに頼ることが多いのだが、正しいプロモーションをすることで、十分な収入を上げられることが証明され、今後の参考にもなる一作となった。
ディバーカル・バナルジー監督の「Love Sex Aur Dhokha」は、2010年のヒンディー語映画界最大の実験作・問題作である。オムニバス形式になっており、相互に関連し合いながらも基本的に独立した3つのストーリーから1本の映画が形成される。それぞれは違ったテーマを扱っているが、共通するのは従来型の「カメラはないものとする」カメラワークではなく、ハンディカムや監視カメラなど実生活で我々を取り囲むカメラが撮影した映像を編集した作品という体裁を取っていることである。よって、疑似ドキュメンタリーとでもいうべきかなりリアルな映像、リアルなストーリーとなっている。これはハリウッドの「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」(1999年)がパイオニアとなった手法だが、「Love Sex Aur Dhokha」はそれをさらに洗練させ、より社会的メッセージのある映画作りに利用していた。間違いなく2010年のヒンディー語映画を象徴する作品である。インド初、全編デジタル映画方式で撮影された映画という技術的な点でも「Love Sex Aur Dhokha」は注目すべきだ。
問題作という点では、同性愛を扱った「Dunno Y… Na Jaane Kyon」も無視できない。過去にも同性愛映画はあるし、同性愛者キャラも珍しくないが、この映画は今までの同性愛映画の中ではもっとも真摯に同性愛問題に取り組んでいた。だが、ヒットしなかったし、重要度も低い。むしろ実験という点では「Striker」の方が今後重要になって来るだろう。「Striker」の内容自体は並程度だったのだが、この映画はYouTubeにて映画全編を公式配信するという試みをしている。映画コンテンツの配給システムそのものを変えてしまう可能性のあるイニシアチブだったが、特にこの試みが映画にプラスになったかといわれれば疑問である。しかし、実験としては面白い。他には、実写とアニメの融合にトライした子供向け映画「Toonpur Ka Superrhero」が特筆すべきだ。
通常の娯楽映画のカテゴリーにありながら、新鮮な風を吹き込んでくれたのが「Band Baaja Baaraat」である。新人ランヴィール・スィンと、「Rab Ne Bana Di Jodi」(2008年)でデビューし、まだ経験の浅いアヌシュカー・シャルマーが主演、つまりスターパワーはほとんどなく、監督も新人。プロダクションこそ大手ヤシュラージ・フィルムスだったが、全くノーマークの作品だった。しかし、主演2人のケミストリー、デリーの若者言葉の生き生きとした再現、手頃なストーリーと確かなストーリーテーリングにより、サプライズヒットとなった。「I Hate Luv Storys」や「Break Ke Baad」などの、よりスターのプレゼンスがあった同スタンスのロマンス映画よりよほど面白い作品になっていた。
他に2010年の映画に見られた共通の傾向としては、例えばムンバイーの近過去の下層社会を舞台にした映画が何本か公開されたことが挙げられる。「Striker」、「City of Gold」、「Once Upon A Time In Mumbaai」などだ。女性を主人公とし、女性の視点でストーリーが語られ、女性を主なターゲットにした映画もいくつかあった。ガールズ映画とか少女漫画的映画と呼んでいるが、「Aisha」や「Break Ke Baad」などがその例である。「Hello Darling」はオフィスにおける女性社員へのセクハラがテーマとなっており、一見すると女性向け映画だが、残念なことに卑猥な笑いを取る低レベルの作品で終わってしまっていた。
南インド映画と深い関係を持った映画も多かった。マニ・ラトナム監督の「Raavan」は、タミル語版では「Raavanan」の題名で公開された。これらは単に吹き替えではなく、同じシーンをキャストを入れ替えて2度撮影している。また、タミル語版のテルグ語吹替版「Villain」も作られた。タミル語版「Raavanan」の方は上々のレスポンスだったようだが、ヒンディー語版「Raavan」はフロップに終わった。個人的には「Raavan」は高く評価している。少なくともこの映画におけるアイシュワリヤー・ラーイ・バッチャンの美と映像の美は誰も否定できないだろう。「Robot」は、ラジニーカーント主演タミル語映画「Enthiran」のヒンディー語吹替版である。タミル・ナードゥ州ではタミル語版は大ヒットとなったが、ヒンディー語版の方もまあまあの興行成績だったようだ。インド映画史上最大の予算を費やして作られた大作であり、とにかく娯楽に徹した作りで、2010年の必見映画の1本である。この映画のテルグ語吹替版は「Robo」。ラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督は「Rakht Charitra」をやはりヒンディー語、タミル語、テルグ語の3言語でそれぞれ作った。アーンドラ・プラデーシュ州の、ナクサライト上がりの政治家の人生をモデルにした作品で、暴力シーン満載の重厚なドラマに仕上がっていた。この映画からは、ブッカー・レッディーというインパクトの強い悪役も生まれた。しかし興行的には失敗している。他に、プリヤダルシャン監督がマラヤーラム語映画「Vellanakalude Nadu」(1989年)をリメイクしてコメディー映画「Khatta Meetha」を作ったが、これもフロップに終わった。
さて、最後になるが、毎年恒例アルカカット賞を発表したい。アルカカット賞とは、特に話題にならなかったが個人的に気に入った作品に送られる賞である。その名誉も何もないアルカカット賞に輝いた作品とは・・・「Pyaar Impossible!」!2010年の初めに公開されたロマンス映画であり、ウダイ・チョープラーとプリヤンカー・チョープラーが主演。ヒットしなかったが、僕はストレートで分かりやすい純愛物語だと感じ、気に入った。「Pyaar Impossible!」は密かに音楽もいい。他に特別賞として「The Japanese Wife」の名前を挙げたい。映画祭サーキット向け映画だが、インド人男性と日本人女性のメルヘンチックな遠距離恋愛がテーマになっているだけあり、日本人には特に楽しめるだろう。
2011年
- Bodyguard
- Ready
- Ra.One
- Don 2
- Singham
- Zindagi Na Milegi Dobara
- The Dirty Picture
- Rockstar
- Mere Brother Ki Dulhan
- Yamla Pagla Deewana
2011年のヒンディー語映画界はとにかく景気が良かった。年の初めから終わりまで、コンスタントにヒット作が量産された。とりあえず年初から時系列に沿って、ヒットした娯楽作を中心にざっと振り返ってみよう。
2011年の開始は「No One Killed Jessica」から始まった。実際にデリーで起こった殺人事件とその後の裁判の課程などを題材にした、ほぼノンフィクションの映画であるが、退屈なドキュメンタリー映画調の作りではなく、娯楽映画としても一流で、非常にスリリングな作品になっていた。予算9千万ルピーと低予算ながら都市部を中心にヒットし、興行収入4億9千万ルピーを稼いだ。ヒンディー語映画界には「年の初めの公開作はヒットしない」というジンクスがあるのだが、それを打ち破った形にもなった。
さらに、その次の週に公開された「Yamla Pagla Deewana」もサプライズヒットとなった。予算2億ルピー、興行収入9億2千万ルピーとされている。サニー&ボビーのデーオール兄弟のキャリアは低空飛行中だったのだが、父親のダルメーンドラと親子兄弟出演したこの映画のヒットによって一気に持ち直した形となった。もっとも、ダルメーンドラの2番目の妻ヘーマー・マーリニーが製作・監督し、娘のイーシャー・デーオールが主演した「Tell Me O Khuda」はフロップに終わり、デーオール家では男性陣と女性陣で明暗が分かれた形となった。
2月の目玉はプリヤンカー・チョープラー主演の「7 Khoon Maaf」だったが、これはフロップに終わり、代わりに話題をさらったのは「Tanu Weds Manu」であった。予算1億7,500万ルピー、興行収入は4億5千万ルピー。カンガナー・ラーナーウト演じる破天荒な女性主人公のキャラクターを中心に展開するラブコメ映画で、スマッシュヒットとなった。
5月にはインド初のデジタル3D映画「Haunted 3D」が、ホラー映画としては異例のヒットとなった。3Dホラー映画という技術面を売りにして手っ取り早く作られた作品だったのだが、細かいことを考えないその思い切りの良さが逆にうまくはまり、広く受け容れられた。予算は8,500万ルピーと低額ながら、3億5千万ルピーを稼いだ。
以上の4作――「No One Killed Jessica」、「Yamla Pagla Deewana」、「Tanu Weds Manu」、「Haunted 3D」――が2011年上半期の主なヒット作と言える。ここで「上半期」とは、1月~5月いっぱいとしている。なぜ上半期を1月~6月としないかと言うと、それはインド独特の事情による。近年、4月~5月にはクリケットの国内リーグであるインディアン・プレミアリーグ(IPL)が開催されており、この時期には大きな映画は公開されない。IPL終了と同時に再び映画界に活気が出るため、1年を前半と後半に分けるならば、IPL前とIPL後に分けるのが一番現地の実感に近い。よって、上半期と下半期の境目は、毎年IPLの決勝戦が行われる5月末~6月初めとするのがいいだろう。
また、今年は4年に1度のクリケット・ワールドカップもあった。開催時期は、IPLの直前、2月~4月である。ワールドカップ期間中は、IPL期間中以上に映画の公開に不利な時期である。よって、この時期に大予算型の映画は公開されない傾向にある。ヒンディー語映画界にとって、今年は上半期の内の半分以上となる3ヶ月がクリケットのために空白期間となったと言ってよい。その中で4本のヒット作が生まれたのは、悪くない計算となる。ただ、2011年の快進撃の原動力となったのは、何と言っても下半期に公開された大作の数々である。
快進撃は、IPL終了と同時に満を持して公開となったサルマーン・カーン主演「Ready」から全速力で始まった。6月3日公開、予算4億ルピーのこのコメディー映画は、特に優れた脚本の映画でもなかったのだが、あれよあれよと言う間に18億2,500万ルピーを売り上げる大ヒットとなった。
6月はこの「Ready」で持ち切りであったが、7月は複数の大ヒット作に恵まれた月となった。まずはイムラーン・カーン主演「Delhi Belly」が、「万人向けでない」と公言されていたにも関わらず大ヒット。予算2億5千万ルピーのところ、9億2,400万ルピーの興行収入を上げた。同じく、2004年のヒット作「Murder」の続編を謳っていながらストーリーに特につながりはなかった「Murder 2」も7月に公開されるや否や大ヒット。予算1億3千万ルピーのこの映画は9億2千万ルピーを売り上げた。だが、7月を代表する映画と言ったら何と言ってもゾーヤー・アクタル監督の「Zindagi Na Milegi Dobara」。都会向けの味付けだったがその質の高さから幅広い層に受け容れられ、予算5億5千万ルピーのところ、15億2千万ルピーの興行収入を上げた。アジャイ・デーヴガン主演のコテコテ・アクション映画「Singham」も大ヒットとなり、予算2億ルピーでありながら13億9千万ルピーの興行収入となった。
8月の公開作の中では、いくつかの州で上映禁止となったものの興行的に成功を収めた問題作「Aarakshan」(予算4億2千万ルピー、興行収入5億8,500万ルピー)などがあるものの、やはりサルマーン・カーン主演「Bodyguard」の存在感が強烈である。「Ready」と同様に内容に乏しい映画ではあったのだが、ここ数年絶好調のサルマーン・カーンのオーラが勝り、予算6億ルピーに対し22億9千万ルピーの収入を上げる2011年最大級のブロックバスターヒットになった。9月では「Mere Brother Ki Dulhan」がスマッシュヒット。予算2億9千万ルピー、興行収入9億4千万ルピー。主演女優カトリーナ・カイフの強さは今年も健在で、主演男優イムラーン・カーンも好演していた。
「Dabangg」(2010年)、「Ready」、「Bodyguard」と立て続けに大ヒットを飛ばし、今やヒンディー語映画界の稼ぎ頭となったサルマーン・カーンに対抗すべく、シャールク・カーンが大々的な広告キャンペーンを仕掛けて送り出して来た超大作が、今年のディーワーリー公開作「Ra.One」であった。予算は13億ルピー。マーケティング費用を含めれば、インド映画史上最大予算の映画になるとされている。あまりに金を掛けすぎて、いくらヒットしても予算を回収し切れないと噂されていたものの、最終的な興行収入は24億ルピーとなっており、それを信じるならば、費用も回収できたはずで、しかもこれが2011年最大のヒット作と言うことになる。
ディーワーリーも終わり、2011年も残りわずかになったところでも、ヒット作の量産は粘り強く続いた。11月に公開されたイムティヤーズ・アリー監督のロマンス映画「Rockstar」は、予算6億ルピー、興行収入10億5千万ルピーの大ヒット作となった。主演のランビール・カプールもこの映画の成功によりようやく代表作を得て、人気と実力を備えた男優にランクアップした。12月にはヴィディヤー・バーラン主演の「The Dirty Picture」がサプライズヒットとなった。予算1億8千万ルピーながら、現在まで12億5千万ルピーを稼いでいる。そしてクリスマス公開となったシャールク・カーン主演の「Don 2」。まだ興行収入の最終統計は出ていないが、ブロックバスターヒットの評価を与えられている。予算は7億5千万ルピーで、もちろんとっくの昔にその額は回収されている。
これらが2011年の代表的なヒット作と言える。大雑把に計算しても、1ヶ月に1本は必ずヒット作が出ており、興行的に非常に恵まれた年だった。ヒットまでは行かないが黒字になったことを示す「平均以上」の作品を含めれば、その数は結構な数に上る。2011年の最大の特徴もこの点になる。多額の予算を掛けた娯楽大作のほとんどが好ましい結果を残しており、インド映画=娯楽映画の方程式が改めて強化された年だった。ただし、映画の質については、大ヒット作がそのまま面白い作品とは言えない年だった。サルマーン・カーン主演の2作――「Ready」と「Bodyguard」――については個人的に全く認めていないし、シャールク・カーン主演の2作――「Ra.One」と「Don 2」――も、手放しで絶賛できるような作品ではない。ヒットした娯楽映画の中で日本人の観客に自信を持ってお勧めできるのは「Zindagi Na Milegi Dobara」と「Rockstar」ぐらいで、後は「No One Killed Jessica」や「Tanu Weds Manu」辺りがまあまあ楽しいのではないかと予想されるぐらいだ。
メインストリームの娯楽映画が盛況だった一方、メインストリームとは外れた位置にあるアート系映画や脚本と演技重視の低予算映画に分類される作品の中に良作は、2011年は数えるほどしかなかった印象である。だが、キラリと光る作品はあるにはあった。その中でも筆頭はキラン・ラーオ監督「Dhobi Ghat」だ。非常に芸術的な作りの作品であり、通常は一般受けしない。しかしながら予算1億ルピー、興行収入1億4千万ルピーとのことなので、興行的に成功している。プロデューサーのアーミル・カーンの知名度と手腕も功を奏したのだろう。だが、一昔前までは完全に映画祭サーキット向けのこのような作品が映画館で普通に上映されるようになったことがそもそもの進化であり、その中でちゃんと結果を出せたことは今後につながって行く成果だと言える。
実は2011年はあまり低予算映画を精力的に見なかったのだが、その限られた鑑賞作品の中では「Chalo Dilli」や「Shor In The City」が良かった。これらはIPL期間中の空白期間に公開されている。大作は公開されにくいものの、代わりに低予算ながら高品質の映画や実験的作品が公開枠を得られる機会でもあり、映画好きとしてはクリケットフィーバーの期間も映画界から目が離せない。また、ヤシュラージ・フィルムス傘下のYフィルムスを中心に、新人監督や新人俳優にチャンスを与えて才能を伸ばす試みもいくつか見られた。その中ではフェイスブックをうまくストーリーに組み込んだラブコメ映画「Mujhse Fraaandship Karoge」が気に入った。ティグマーンシュ・ドゥーリヤー監督の「Saheb Biwi aur Gangster」も重厚な作品であった。
技術的な面では、2011年はインド製3D映画元年と言っていいだろう。世界中で3D映画旋風を巻き起こしたジェームズ・キャメロン監督「Avatar」(2009年)公開から1年以上が経ち、インド人が作ったデジタル3D映画がちらほら公開されるようになった。その第一弾はホラー映画「Haunted 3D」で、SF映画「Ra.One」、アクションスリラー映画「Don 2」とシャールク・カーン主演作の3D版公開が続いた。今後もインド製3D映画の公開は続く予定である。
2011年の公開作をざっと眺めて見ると、女性が主人公または中心的なキャラクターである映画が目立つことに気付く。「No One Killed Jessica」、「7 Khoon Maaf」、「Tanu Weds Manu」、「Ragini MMS」、「That Girl in Yellow Boots」、「Mere Brother Ki Dulhan」、「Saheb Biwi aur Gangster」、「The Dirty Picture」、「Ladies vs Ricky Bahl」などが挙げられる。中でもヴィディヤー・バーラン主演「The Dirty Picture」のブロックバスターヒットは象徴的な出来事として捉えられている。ヒンディー語映画界では今まで女性を主人公とした映画はヒットしないとされて来たのだが、この映画がそれを完全に打ち破ったのだった。思えば2011年初めに2人の女性を主人公にした「No One Killed Jessica」が「年の初めの公開作はヒットしない」というジンクスを打ち破ると共にその女性主人公の法則にもヒビを入れた。そして12月には「The Dirty Picture」が完全にその法則を葬り去ったと言える。本当は「7 Khoon Maaf」でプリヤンカー・チョープラーがその役を担いたかっただろうが、それを実現させたのは「No One Killed Jessica」と「The Dirty Picture」に主演したヴィディヤー・バーランであった。
女性中心映画の隆盛と呼応していると思われるが、父権を否定する映画が2011年公開作の中にいくつかあり、同年のひとつの潮流と言えそうである。ヒンディー語映画界では通常、父親は家族の中で絶対的な権力を誇っているが、それが「Udaan」(2010年)あたりからどうも揺れ始めた。そして2011年に入り、「Patiala House」、「Zindagi Na Milegi Dobara」、「That Girl in Yellow Boots」と、父親をネガティブなイメージで描いた作品が続いた。「Ra.One」については、導入部では父親は情けない描写のされ方をしていたが、序盤で死んでしまうものの、結果的には子供に見直されることになる。その点では保守的な父親観を維持していた映画だった。
映画音楽にも少しだけ触れよう。まずはアイテムナンバー。2010年は「Munni Badnam」と「Sheila Ki Jawani」が双璧だったが、2011年は「Ra.One」の「Chammak Challo」が大ブームとなった年だった。他には「The Dirty Picture」の「Ooh La La」も古風な曲ながら大ヒットとなった。2011年最大の問題作は「Delhi Belly」の「Bhaag D.K. Bose, Aandhi Aayi」だ。歌詞のダブルミーニングが持つ卑猥さが物議を醸した。サントラCDの全体的な完成度から言えば、「Delhi Belly」、「Zindagi Na Milegi Dobara」、「Rockstar」の3作が優れている。しかしながら、インド全体の音楽シーンを席巻したのは何と言ってもタミル語映画「3」の「Kolaveri Di」だった。タミル語をミックスした片言の英語で歌われたこの曲はYouTubeを通してたちまちインド中で大人気となり、ヒンディー語映画界からも絶賛の声が上がった。
さて、毎年恒例のアルカカット賞の発表である。アルカカット賞とは、あまり話題にならず、ノミネートもされていないが、個人的にとても気に入った作品に勝手に送られる、何の名誉も利益もない賞である。2011年のアルカカット賞はずっとラーラー・ダッターとヴィナイ・パータク主演の「Chalo Dilli」に決めていた。おせっかいだが人情厚い、古き良きインド人のキャラクターがよく出ていたし、恋愛や肉体関係よりも遙かに上の次元の、男女の関係が繊細に描かれていてとても気に入った。次点は世相をよく表したフレッシュなラブコメ映画「Mujhse Fraaandship Karoge」にあげたい。
2012年
- Ek Tha Tiger
- Dabangg 2
- Rowdy Rathore
- Agneepath
- Housefull 2
- Barfi!
- Jab Tak Hai Jaan
- Bol Bachchan
- Talaash
- Son of Sardaar
まず、2012年はヒンディー語映画界にとって当たり年であった。スター出演大予算型映画が軒並み大ヒットした一方で、高品質な低予算映画も多く作られ、そして期待以上の興行成績を上げた。つまり、非常に理想的な年だったと言える。
まず主に大予算型娯楽映画の方から見ていこう。一番の稼ぎ頭は何と言ってもサルマーン・カーンだ。2009年からヒット作を量産して来たサルマーン・カーンだが、2012年に入ってもその勢いが止まらず、彼の出演作2本――「Ek Tha Tiger」と「Dabangg 2」――はどちらも100カロール・クラブに入る大ヒットとなった。「Ek Tha Tiger」の国内興行収入は19億ルピーにまで達しており、年末に公開された「Dabangg 2」も1週間で早々に10億ルピーを越した。大衆向けアクションコメディーをメインフィールドに据えてからのサルマーン・カーンは業界でもっとも稼げる俳優となっており、3カーンの中で突出している。また、今年の彼の出演作は、大ヒットしただけでなく、どちらもよくまとまった娯楽作になっており、決して興行先行ではないのも特筆すべきである。
サルマーン・カーンと同じくらい元気なのがアクシャイ・クマールである。サルマーン・カーンと入れ替わりで2009年から不振が続いた彼にとって2012年は起死回生の年となり、出演作5本――「Housefull 2」、「Rowdy Rathore」、「Joker」、「OMG: Oh My God!」、「Khiladi 786」――の内「Joker」を除く4本がヒットとなった。特に「Rowdy Rathore」は14億ルピーの国内興行収入を上げる大ヒットとなっており、完全に息を吹き返した印象である。ただ、今年最大の失敗作のひとつ「Joker」に主演してしまったことで、まだ出演作のチョイスに危うさも残る。
3カーンの2人シャールク・カーンとアーミル・カーンにとって2012年は静かめの年であった。シャールク・カーンは同年、ヤシュ・チョープラー監督の遺作「Jab Tak Hai Jaan」にのみ出演。現代ヒンディー語娯楽映画のフォーマットを作り上げたヤシュ・チョープラーらしい王道ロマンスで、12億ルピーの興行収入を上げた。一方、アーミル・カーンは優れたサスペンス映画「Talaash」に出演。「Dhobi Ghat」(2011年)以来およそ2年振りの銀幕登場となった。10億ルピーには達していないようだが、間違いなく2012年の傑作の1本である。
アジャイ・デーヴガンもここのところ調子が良い。2012年は「Bol Bachchan」と「Son of Sardaar」をヒットさせた。どちらも国内興行収入10億ルピーを越えている。ただ、年初公開の主演作「Tezz」はフロップに終わっている。アジャイ・デーヴガンもサルマーン・カーンと同様にアクションコメディーを得意とするようになっており、ど派手なアクションを売りとするローヒト・シェッティー監督とのコンビもうまく行っている。
他にもリティク・ローシャン主演「Agneepath」、サイフ・アリー・カーン主演「Cocktail」、ランビール・カプール主演「Barfi!」などが10億ルピーを突破するヒットとなっている。どれもそれぞれ優れた点のある映画で、ヒットも納得できる。他にスター出演の映画と言えば、イムラーン・ハーシュミー主演の2作「Jannat 2」と「Shanghai」がヒットに分類されている。イムラーン・ハーシュミーは「Shanghai」での演技が高く評価されており、今後表現の幅を広げて行くことが期待される。
大まかに言って、2012年はヒットすべき映画がヒットした理想的な年であった。2012年公開作の中で大失敗作――つまり莫大な予算をつぎ込んだにも関わらずヒットしなかった作品――に数えられたのは、アビシェーク・バッチャン主演「Players」とアクシャイ・クマール主演「Joker」の2本のみだったとされている。「Players」のアッバース・マスターン監督はチープなサスペンスで一世を風靡した監督デュオで、個人的には好きな映画監督であるのだが、もう時代の流れに付いて行けなくなっているかもしれない。一方、「Joker」のシリーシュ・クンダル監督は無能なので彼の映画は今後も失敗し続けるだろう。他に、マドゥル・バンダールカル監督カリーナー・カプール主演「Heroine」、シャーヒド・カプールとプリヤンカー・チョープラー主演「Teri Meri Kahaani」、プラカーシュ・ジャー監督「Chakravyuh」、サイフ・アリー・カーン主演「Agent Vinod」(邦題:エージェント・ヴィノッド 最強のスパイ)などが意外に不振だった映画として挙げられる。
人気スターが出演し、莫大な予算を投入した映画が軒並み大成功した一方で、低予算映画も元気が良かったのが2012年の最大の特徴だ。イルファーン・カーン主演の伝記映画「Paan Singh Tomar」、ヴィディヤー・バーラン主演のサスペンス「Kahaani」(邦題:女神は二度微笑む)、精子ドナーを主人公にした「Vicky Donor」など、2012年前半には低予算ながら良作が続き、興行的にも成功した。また、アヌラーグ・カシヤプ監督の野心作「Gangs of Wasseypur」が2部に分けられて公開され、「インドのゴッドファーザー」として大きな話題となった。マノージ・パージペーイーやナワーズッディーン・スィッディーキーの他に、強烈な女性キャラも魅力だった。
新人・若手俳優の検討も目立った。アルジュン・カプールとパリニーティ・チョープラー主演「Ishaqzaade」はヒットとなり、カラン・ジョーハル監督がスィッダールト・マロートラー、アーリヤー・バット、ヴァルン・ダワンなど新人を起用して作った「Student of the Year」(邦題:スチューデント・オブ・ザ・イヤー 狙え!No.1!!)もセミヒットとなった。前述の「Vicky Donor」もアーユシュマーン・クラーナーという全くの新人を主演に据えながら、テーマと脚本の良さからスーパーヒットとなった。新人とは言えないものの、往年の名女優シュリーデーヴィーのカムバック作品「English Vinglish」(邦題:マダム・イン・ニューヨーク)も高い評価を受け、都市部を中心に人気を博した。
総じて、これら非メインストリーム映画が目新しいテーマに果敢に挑戦し、観客もそれを好んで見たことで、ヒンディー語映画はこの1年で金銭的だけでなく内容的にもかなりリッチになったと言える。陸上競技選手から盗賊になった男、行方不明の夫を捜す妊婦、精子ドナー、英語を習う主婦などなど、変わった職業やバックグランドの主人公たちや、マオイスト問題に果敢に切り込んだ「Chakravyuh」、宗教ビジネスの問題点を巧みに取り上げた「OMG: Oh My God!」などが映画界を彩ってくれた。
また、近所にあるPVRディレクターズカットのイニシアチブのおかげで、従来は映画館で全く公開されることのなかったような種類の芸術映画・ドキュメンタリー映画が、少ない上映回数ではあるが、一般公開されるようになったことも2012年の重要な出来事であった。そのおかげで「Superman of Malegaon」や「Kshay」などと言ったニッチな映画を見ることができた。この方面の動きも是非続けて行ってもらいたいものだ。
ジャンル別に見ると、アクション映画の強さが際立っている。興行収入トップ4――「Ek Tha Tiger」、「Dabangg 2」、「Rowdy Rathore」、「Agneepath」――はアクション映画で占められている。かつてヒンディー語映画界ではまともなアクション映画がほとんどなくなってしまった時代もあったのだが、「Ghajini」(2008年)辺りからアクション映画への回帰が進み、現在のような状況となっている。このトレンドは今後もしばらく続きそうだ。
2012年、ロマンス映画はいくつかあったが、ボーイ・ミーツ・ガール的な単純なロマンス映画はだいぶ減ってしまったと感じる。代わってロマンス+アルファの映画が増えた。ヤシュ・チョープラー監督の「Jab Tak Hai Jaan」は王道ロマンスとして存在感を放っているものの、そのスケールの大きさは通常のロマンス映画にカテゴライズすることを躊躇させる。聾唖者を主人公にした「Barfi!」も究極の愛を描いたロマンス映画であるが、決してロマンスだけの映画ではない。伝統的な三角関係を描いた「Cocktail」にしても、その提示の仕方はだいぶ現代的であった。「Student of the Year」は一応ロマンス映画と言えるだろうが、学園モノとした方がより座りがいい。「Ishaqzaade」もロミオとジュリエット的なロマンス映画であるが、極端にバイオレントな展開だ。大人の恋愛と言えば「English Vinglish」が筆頭だ。恋の上澄み液のような展開が非常に心地よい。これらの映画を見ると、ヒンディー語映画はロマンスをかなり多様に描くようになったと言える。
ヒンディー語映画界は昔から優れたスリラー映画を作って来ていたが、どうしてもスリラー映画の限界もあった。スリラー映画というのは鑑賞しているときのハラハラ感が一番の売りであって、インド映画が特に世界に向けて提示できるような新しい要素はなかなか見出せない。よって、日本人に特に紹介したいと思わせられるような映画はほとんどなかった。しかし2012年には「Kahaani」と「Talaash」という優れたスリラー映画が登場し、ヒンディー語映画のこのジャンルもようやく国際的なアピールを持ったと評価できるようになった。どちらも胸を張って勧められるインド製スリラー映画の傑作だ。
一方、コメディー映画には特に見るべきものがなかった年であった。もちろん、「Housefull 2」や「Bol Bachchan」のような大ヒットしたコメディー映画はあった訳だが、このジャンルの進化を感じさせるようなものではなかった。むしろ「Vicky Donor」のような低予算型コメディー映画の方が見るべき価値がある。
2012年は、強力な女性キャラが多く誕生した年でもあった。「Kahaani」のヴィディヤー、「Vicky Donor」のミセス・アローラー(母親)とビージー(祖母)、「Ishaqzaade」のゾーヤー、「Cocktail」のヴェロニカなど、強烈な女性キャラが映画を牽引した。従来の主婦のイメージを踏襲しながらも、「English Vinglish」のシャシが苦手な英語を克服するために努力する姿は十分魅力的だったし、「Aiyyaa」は少女漫画的な作品でミーナークシーの少女らしい妄想を主軸とした映画だった。しかし、もっとも異質な女性キャラを提示していたのは「Gangs of Wasseypur」だ。ギャングの抗争を描いた作品は男臭くなるのが常で、女性キャラは添え物に過ぎないことが多い。だが、「Gangs of Wasseypur」に登場するナグマー、ドゥルガー、モホスィナーなどの女性キャラは皆とても個性的かつ強烈で、今までのヒンディー語映画ではちょっと見られなかった種類の性格である。
さて、毎年アルカカット賞なるものを勝手に決めている。ほとんど話題に上らなかったが優れた映画に送られる賞である。2012年は博士論文提出や長期旅行などで細かい映画を満遍なく観ることができなかったのだが、その中でアルカカット賞にふさわしいのは「Delhi in a Day」であった。超低予算ながら、インド社会の歪んだ構造を浮き彫りにしており、唸らされた。
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2017年
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