Nanhe Jaisalmer

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Nanhe Jaisalmer
「Nanhe Jaisalmer」

 ラージャスターン州の砂漠は魔法だ。あの風景には、どんな映画でも素晴らしい作品に見せてしまうだけの魔法がある。あの砂漠が、あの青空が、あの城が、あの衣装が、そしてあの夕陽がスクリーンに映し出された途端、否応なしに映画の中に引き込まれてしまう。本日(2007年9月14日)より公開の「Nanhe Jaisalmer」。題名通り、ラージャスターン州切っての風光明媚な観光地、ジャイサルメールを舞台にした映画である。ただジャイサルメールを感じたくて映画館に足を運んだ。

監督:サミール・カールニク
制作:Kセラセラ、ダルマ・モーション・ピクチャーズ
音楽:ヒメーシュ・レーシャミヤー
作詞:サミール
出演:ボビー・デーオール、ドイジ・ヤーダヴ(新人)、ヴァトサル・セート、プラティークシャー・ローンカル、シャラト・サクセーナー、ビーナー・カーク、ラージェーシュ・ヴィヴェーク、ルシター・スィン、ヴィヴェーク・シャウク、スクヴィンダル・チャハル、アーディル・ラーナー、ローケーシュ・パンディト、スディール・クマール、カラン・アローラー、ヴィクラーント・タークル、アムリーシュ・シャルマー、アルン・クマール
備考:PVRナーラーイナーで鑑賞。

 ナンネー・ジャイサルメール(ドイジ・ヤーダヴ)は、ヒンディー語、英語、ドイツ語、フランス語の4ヶ国語を話す、ジャイサルメールで一番の子供ガイドだった。ナンネーはラクダのラージャー・ジャイサルメールと共に観光客相手にサファリの商売をしていた。ナンネーのヒーローは映画スターのボビー・デーオール。彼は毎日ボビー・デーオールのことばかり考えていた。昔、ボビー・デーオールがジャイサルメールでロケをしたとき、ナンネーはボビーの友達になったのだった。ナンネーは読み書きが出来なかったため、姉に代筆してもらって、毎日ボビーに手紙を書いていた。

 ある日、ボビーが再び映画のロケのためにジャイサルメールを訪れるというニュースが入って来た。ナンネーは狂喜乱舞し、ボビーが必ず自分を訪ねてやって来ると自信満々だった。果たしてナンネーとボビーは再会し、それから毎日のように会って話をするようになる。

 その頃、ジャイサルメールではマダム主催の夜間学校が開かれていた。マダムは、学校に行っていない子供や読み書きの出来ない大人に最低限の教育を施そうと努力していた。だが、無理矢理学校に行かせられたナンネーはやる気がなかった。既に一人前にお金を稼いでいるナンネーにとって、勉強は無意味なものでしかなかった。しかし、読み書きが出来ないことで同年代の観光客の子供たちからからかわれたのをきっかけに、ナンネーは一生懸命勉強を始める。そして、姉の結婚式のための招待状に、ボビー・デーオール宛の宛名を自分で書けるようになる。

 ボビーは姉の結婚式に必ず来ると約束したが、彼が来たのは結婚式が終わってからだった。しかもナンネーは、今まで話をして来たボビーが自分の幻だったことに気付く。

 それから数年後、ナンネーは自身の思い出を綴った「Nanhe Jaisalmer」という本を出版し、ブッカー賞を受賞する。その授賞式にボビー・デーオールが現れ、ナンネーはやっと念願のボビーとの再会を果たすことが出来たのだった。

 主人公ナンネー・ジャイサルメールを演じた子役ドイジ・ヤーダヴのはつらつとした子供らしい演技だけが光る駄作であった。

 ジャイサルメールに住むナンネーは、幼い頃に「友達」になったボビー・デーオールの大ファンという設定であった。しかし、この時点で通常のヒンディー語映画ファンなら一様に首を傾げるはずだ。「ボビー・デーオールの大ファン?そんな人いるの?」その設定自体からこの映画はつまずいている。サルマーン・カーンやサンジャイ・ダットならまだしも、ボビー・デーオールでは説得力が足りない。そのような設定なので、ボビー・デーオールが本人役で登場しているが、どちらかと言うと架空の映画スターを演じた方がよかっただろう。

 映画は、成長したナンネーがブッカー賞を受賞し、過去を回想するところから始まる。だが、こんなしょうもない思い出や妄想を本にしたところで、国際的な賞がもらえるとは思えず、この点でも転んでしまっている。

 子供が主人公なだけあって、やや子供向けの映画になっていた。子供向けの映画ならば、もっと楽観的な展開が欲しかったところだ。しかし、「Nanhe Jaisalmer」は、ナンネーの前に現れたボビーを最後の最後で幻としてしまっており、夢も希望もないストーリーになってしまっていた。

 結局この映画が伝えたかったメッセージは、映画の最後に出て来る「想像力には想像できないほどの力がある」ということなのだろう。ボビー・デーオールの姿を想像することで、ナンネーは困難を克服し、自分の将来を切り開いた。だが、ナンネーに身に起こったことはあまりに特殊な出来事で、それを全ての子供たちに当てはめるのには無理がある。この映画を観て、「想像って素晴らしい」と思えるだけの説得力がない。むしろ、現実に引き戻されるエンディングであったのではないか。これは映画の根本的な欠陥である。つまり、七転八倒の脚本なのである。

 それでも、古都ジャイサルメールを元気いっぱい走り回るナンネーの姿は微笑ましく、十分観客を引き付けるだけの力がある。ナンネーを演じたドイジ・ヤーダヴは、TVCMによく出演している子供俳優だ。本作で映画デビューとなる。また、ジャイサルメールの風景も素晴らしい。やはりラージャスターン州の風景には魔法が宿っている。

 音楽はヒメーシュ・レーシャミヤー。だが、ラージャスターンの民謡「Kesariya」以外、ラージャスターンっぽい雰囲気を醸し出している曲はなかった。あくまでヒメーシュっぽい音楽が押し通されていた印象である。

 ラージャスターン州が舞台になっていただけあり、ラージャスターン地方特有の語彙がいくつか出て来た。例えば「Khammā Ghanī(खम्मा घणी)」。これはラージャスターン地方やグジャラート州のカッチ地方で使われている挨拶である。「khammā」は「許し」という意味の単語「kshmā(क्षमा)」が訛った形で、「ghanī」は「とても」という意味。直訳すると「カンマー・ガニー」は「誠に恐縮です」「大変失礼しました」みたいな意味だが、出会ったときや別れるときに使われる。また、ラージャスターン州では「姉」は一般に「ジージー」と言うが、それも使われていた。

 「Nanhe Jaisalmer」は、黄金都市ジャイサルメールの風景と、主人公ナンネーの元気いっぱいの演技を楽しむ以外、特に取り柄のない駄作である。