Shaitaan

4.0
Shaitaan
「Shaitaan」

 2024年3月8日公開の「Shaitaan(悪魔)」は、相手を言いなりにしてしまう黒魔術を主題にしたホラー映画である。過去に「Shaitan」(2011年/邦題:サタン ~悪魔の通り道~)という映画があり、題名の意味は同じになるが、「a」の数が異なるため混同しないでいただきたい。グジャラーティー語映画「Vash」(2023年)のリメイクである。

 監督は「Queen」(2014年/邦題:クイーン 旅立つわたしのハネムーン)や「Super 30」(2019年/邦題:スーパー30)のヴィカース・ベヘル。メインキャストはアジャイ・デーヴガン、ジョーティカー、Rマーダヴァン、そしてジャーンキー・ボーディーワーラーである。アジャイとジョーティカーはプロデューサーも務めている。黒魔術を掛けられた女子高生ジャーンヴィー役を演じるジャーンキーは、グジャラーティー語オリジナルでも同じ役を務めた女優で、本作でヒンディー語デビューとなる。

 この映画は、2024年2月からシネ・リーブル池袋で実施された「週末インド映画セレクション」で上映された。そのおかげで、インド本国公開日の翌日である3月9日に鑑賞することができた。ちなみにその際の邦題は「黒魔術の男」であった。

 ウッタラーカンド州デヘラードゥーン在住の公認会計士カビール・リシ(アジャイ・デーヴガン)は、妻ジョーティ(ジョーティカー)、娘ジャーンヴィー(ジャーンキー・ボーディーワーラー)、ドゥルヴと共に別荘に向かっていた。途中、ダーバー(安食堂)で食事をしたが、そのときヴァンラージ(Rマーダヴァン)という男性と知り合いになる。ヴァンラージはジャーンヴィーにラッドゥー(団子)を食べさせたが、それ以来ジャーンヴィーは異変を感じるようになった。

 リシ家は別荘に到着する。すると、ヴァンラージが後からやって来た。ジャーンヴィーは彼を家に招き入れる。ヴァンラージはそのまま別荘に居座り、ジャーンヴィーに命令をする。ジャーンヴィーはヴァンラージの言うことは何でも実行するようになってしまっていた。ヴァンラージはそれを黒魔術と呼んだ。カビールは抵抗しようとするが、ジャーンヴィーがヴァンラージのコントロール下に置かれているため、なかなか思うように反撃ができなかった。ドゥルヴはジャーンヴィーに頭をぶつけられ血を流して倒れてしまっていた。ヴァンラージは、ジャーンヴィーを連れて行くと言う。

 ありとあらゆる手を使って何とかヴァンラージからジャーンヴィーを救い出そうとするが、ことごとく失敗する。ヴァンラージは罰としてジャーンヴィーにドゥルヴを殺せと命令し、彼女は弟を屋上から投げ落とす。幸い、ドゥルヴは死ななかったが重傷を負った。とうとうカビールとジョーティも諦め、ジャーンヴィーをヴァンラージに差し出す。ヴァンラージはジャーンヴィーをどこかに連れて行ってしまう。

 ジョーティはドゥルヴを自動車に乗せて病院へ向かう。一方、カビールはヴァンラージの後を追う。実は彼の携帯を追跡できるようにしていた。ヴァンラージはジャーンヴィー以外にも多くの若い女性たちを黒魔術に掛けており、彼女たちを隠れ家に連れて行った。そこには108人の女性たちがいた。ヴァンラージは彼女たちを火の中に飛び込ませることで、世界をコントロールする力を手に入れようとしていた。カビールはヴァンラージの隙を見て彼の舌を切り落とし、命令を出せなくした。また、カビールが「元に戻れ」と言っているのを密かに録音しており、それによって黒魔術に掛かった女性たちを元に戻した。

 108人の女性たちは警察によって保護され、親の元に返された。だが、ヴァンラージは行方不明になっていた。実はカビールはヴァンラージを地下牢に閉じ込めていた。

 映画の大部分を絶望感が覆っている。序盤こそいかにも理想の家族といった幸せいっぱいの家族団らんが描かれるが、ヴァンラージの登場によりすぐに暗雲が立ちこめる。ヴァンラージはカビールの娘ジャーンヴィーにラッドゥー(団子)を食べさせることで黒魔術に掛け、言いなりにしてしまったのである。ヴァンラージはカビールの別荘に押しかけ、ジャーンヴィーを意のままに操れることをデモンストレートした後、彼女を連れて行くから差し出すように命令する。もちろんカビールは抵抗するが、ジャーンヴィーが操り人形になっている以上、ほとんど抵抗ができなかった。しかも息子のドゥルヴが重傷を負い、もはやドゥルヴを救うためにジャーンヴィーを諦めるしか手段がなくなってしまっていた。

 このどうしようもない状態が長時間続く。観ていて不快になるくるくらいだ。いつもは万能のヒーローを演じるアジャイ・デーヴガンも、今回のカビール役では悪役に手も足も出ない。もどかしさが募ってくる。カビール役を演じたRマーダヴァンの鬼気迫る演技がそのどうしようもなさにさらに拍車を掛ける。この押しつぶされるような閉塞感は、インド製ホラー映画の新境地を拓いたと高く評価できる。

 ジャーンヴィーを言いなりにしたのは黒魔術とのことだが、ヴァンラージが彼女に命令する様子はどちらかといえばSiriやAlexaなどの音声アシスタントへの声かけ、もしくはChatGPTやGeminiなどの生成AIに対するプロンプトを思わせる。また、まだ幼いながらも動画編集に長けたドゥルヴの存在や、「iPhoneを探す」的な位置検出アプリの活用など、小道具に最新テクノロジーが見え隠れする。実際、このどうしようもない状況を救ったのもテクノロジーであった。カビールはヴァンラージの命令を録音し、それを都合良く加工して、黒魔術に掛かった女性たちに聞かせてその効果を解いたのである。

 基本的には完成度の高いホラー映画だが、ひとつだけ不満だったのはヴァンラージの正体がよく分からなかったことだ。映画の題名通りならばヴァンラージは人間ではなく悪魔ということになる。だが、本当に悪魔であるならば、最後にあっけなく人間のカビールに負けてしまう点が気になる。黒魔術を使えること以外、悪魔らしい特徴は見出せなかった。もし人間ということならば、他人を言いなりにする黒魔術をどのように身に付けたのかヒントとなるエピソードくらいは欲しい。ホラー映画は多くの場合、超常現象の存在を前提とするフィクションであるが、フィクションなりに理屈が通っていないと鑑賞後にすっきりできないのである。

 「Shaitaan」は最近流行の汎インド映画的なキャスティングになっている。ヒンディー語映画界からアジャイ・デーヴガン、タミル語映画界からジョーティカー、そして南北の映画界を股に掛けるRマーダヴァンが重要な役を演じ、グジャラーティー語映画界の有望株ジャーンキー・ボーディーワーラーがヒンディー語映画デビューを果たした。それぞれ実力派の俳優たちであり、彼らの共演にはゾクゾクするものがあった。

 「Shaitaan」は、何とも言えないもどかしさ、どうしようもなさが長時間に渡って続く、絶望系のホラー映画だ。そのどうしようもなさは不快ではあるが、ストーリーテーリングが巧みなため、ただただスクリーンに見入ってしまう種類のものだ。矛盾する表現だが、不快な不快さではない。新感覚のホラー映画を観ている気分になった。南北インドを代表する俳優たちの共演も大きな見所だ。必見の映画である。