Mumbai Saga

2.5
Mumbai Saga
「Mumbai Saga」

 ムンバイーの裏社会はヒンディー語映画が好んで取り上げるネタで、実話に基づく物語から完全なるフィクションまで、数多くの映画が作られている。実在の人物で、もっとも多く映画化されているのは、1970年代に台頭したマフィアのドン、ダーウード・イブラーヒームだが、それ以外にもムンバイーはギャングに事欠かない。

 2021年3月19日公開のヒンディー語映画「Mumbai Saga」は、1990年代のムンバイー裏社会を牛耳っていたギャング、アマル・ナーイクの伝記的映画である。アマル・ナーイクは野菜売りから身を立てたギャングで、1996年にエンカウンターによって射殺された。「Daddy」(2017年)の主人公で、アマルより先にボンベイを牛耳っていたギャング、アルン・ガウリーや、現在マハーラーシュトラ州政府与党シヴセーナーの創始者で、2012年に死去したバール・タークレーをモデルにしたキャラも登場している。名前こそ変わっているものの、アマルの人生をかなり忠実に映画化した作品である。

 監督は、「Shootout at Wadala」(2013年)など、硬派なギャング物映画を好んで撮るサンジャイ・グプター。主演はジョン・アブラハム。ヒロインはカージャル・アガルワール。他に、イムラーン・ハーシュミー、プラティーク・バッバル、ローヒト・ロイ、マヘーシュ・マーンジュレーカル、グルシャン・グローヴァー、アモール・グプテー、サミール・ソーニーなどが出演している。また、スニール・シェッティーとヨー・ヨー・ハニー・スィンが特別出演している。

 1980年代のボンベイ。野菜売りだったアマルティヤ・ラーオ(ジョン・アブラハム)は、ショバ代を巻き上げていたギャング、ガーイトーンデー(アモール・グプテー)に反抗したことで注目を浴び、政治家バーウー(マヘーシュ・マーンジュレーカル)の手下となる。アマルティヤは瞬く間にガーイトーンデーを越えるギャングに成長する。アマルティヤは、ガーイトーンデーと手を組んだ実業家スニール・ケーターン(ローヒト・ロイ)を白昼堂々と射殺する。ちょうどその頃、ボンベイはムンバイーとなる。

 ムンバイー警察エンカウンター・スペシャリストのヴィジャイ・サーヴァルカル(イムラーン・ハーシュミー)はアマルティヤをターゲットに定める。だが、アマルティヤの顔は誰にも知られていなかった上に、彼はロンドンに高飛びしてしまっていた。そのとき、アマルティヤの弟アルジュン(プラティーク・バッバル)がガーイトーンデーのギャングに襲われ、入院する。ヴィジャイは病院を包囲し、アマルティヤがやって来るのを待ち構えた。だが、アマルティヤは易々とアルジュンを病院から連れ出してしまった。

 アマルティヤは、実はヴィジャイもバーウーの手下であることを知り、バーウーを呼び出して問いつめる。バーウーは話を逸らし、半身不随となったアルジュンをロンドンに逃がすことに協力すると申し出る。だが、同時にバーウーはヴィジャイに、アマルティヤ暗殺の指令を出す。アマルティヤは、アルジュンを逃がすことには成功したが、ヴィジャイに撃たれ、死んでしまう。

 「Saga」と題した映画ではあるが、上映時間は2時間ほどで、かなり簡潔かつスピーディーに1980~90年代のアンダーワールドの抗争が描かれていた。もう少し時間を掛け、各登場人物を掘り下げて描くことができれば、より重厚な作品になった可能性はある。いっそのこと、アヌラーグ・カシヤプらが監督したNetflixドラマ「Sacred Games」ぐらい時間を掛けて描く価値のある物語だったようにも感じた。

 「Mumbai Saga」を観ていると、主人公アマルティヤは何もないところから突然登場した印象を持たざるを得ない。それまでボンベイ中部を支配していたギャングを一瞬の内に蹴散らし、自らがドンになる。彼の行動原理はとにかく弟を守ることだ。ギャングを蹴散らした動機も、彼らが弟に手を出したからであった。そんな単細胞なドンがいるだろうか。弟のアルジュンもアルジュンで、成長すると兄に負けないドンになってしまう。兄に守ってもらう必要もないくらいの迫力であった。また、アマルティヤがドンになると決めると、彼には自然に数人の取り巻きができるのだが、彼らの存在もほとんど説明がなかった。

 兄と弟の関係がよく描かれていたとも言えないのだが、アマルティヤと妻との関係についてはさらに希薄な描写だった。この映画に限ったことではないのだが、インド映画で不思議なのは、マフィアや犯罪者の妻は、夫のその違法な稼業をも影ながら支えることである。カージャル・アガルワール演じるスィーマーは、アマルティヤが野菜売りからギャングに転身するのを応援していた。普通だったら止めないか、と思ってしまうのは日本人だけであろうか。

 脚本や人物描写がお粗末だったことと、展開が目まぐるしかったことから、「Mumbai Saga」は決して上出来の映画にはなっていなかったのだが、やはり実話を元にした物語というのはそれだけで引きつけるものがあり、この映画もその点で救われていた部分があった。アマルティヤのモデルになったギャング、アマル・ナーイクがムンバイーでどこまで有名だったかは分からないのだが、ムンバイーの民衆から多大な尊敬を受けていた影の権力者バール・タークレーをモデルにしたバーウーが登場するのは非常にエキサイティングだった。バール・タークレーは警察やアンダーワールドとも密接な関係を保ち、ムンバイーを自分の手のひらで転がしていたのであろうか。少なくとも「Mumbai Saga」ではそうだった。バール・タークレーは、ラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督の「Sarkar」シリーズでも非公式に映画化されていると言われている。

 イムラーン・ハーシュミーが演じるヴィジャイ・サーヴァルカルにもモデルが存在する。ムンバイー警察のエンカウンター・スペシャリスト、ヴィジャイ・サーラスカルである。生涯で80人ほどの犯罪者をエンカウンターで射殺したと言われている。彼は2008年のムンバイー同時多発テロでテロリストによって殺された。彼も、ムンバイーでは非常に尊敬されていた警察官である。

 ムンバイーにはかつて多数の紡績工場がひしめいており、多くの労働者が働いていた。1982年に労働組合による大規模なストライキがあり、工場の稼働が止まってしまったことがあった。このストライキは結局妥結できずに長期化したため、工場は閉鎖となり、労働者たちは行き場を失った。工場跡地は一等地だったために開発されショッピングモールなどになり、職を失った労働者たちはシヴセーナーの党員やアンダーワールドの構成員となって行った。現在のムンバイーは、このストライキが分岐点となって形成されたと言われている。「Mumbai Saga」でも、工場跡地を巡る挿話があった。

 かつては筋肉のみが目立ったジョン・アブラハムは、最近では「Parmanu: The Story of Pokhran」(2018年)や「Batla House」(2019年)など、いい作品でいい演技を見せるようになっており、成熟した俳優になりつつある。プロデューサーとしても成功している。「Mumbai Saga」では筋肉を使ってばかりで先祖返りしていたが、彼のこういう演技もなくなったらなくなったで寂しいので、好意的に捉えたい。プラティーク・バッバル、マヘーシュ・マーンジュレーカル、アモール・グプテーなども好演していた。

 「Mumbai Saga」の挿入歌は特筆すべきだ。映画自体は失敗に終わっているのだが、挿入歌の「Lut Gaye」が異例の大ヒットになっており、YouTubeでも10億回以上の再生を達成した。おかげで音楽によって名を残す映画になった。

 「Mumbai Saga」は、1990年代のムンバイーを牛耳っていた実在のマフィアのドン、アマル・ナーイクの伝記的映画である。アマル・ナーイクのみならず、バール・タークレーやヴィジャイ・サーラスカルなど、当時のムンバイーで活躍した人物をモデルにしたキャラが多く登場し、ムンバイーで起こったことがかなり忠実に再現されている。ただ、急ぎ足で作られすぎており、題名とは裏腹に重厚さには欠ける作品である。