83

3.5
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 今でこそインドで一番人気のスポーツはクリケットだが、実は最初からそうではなかった。インドを代表するスポーツは英領時代から独立後まで長らくホッケーであり、インド代表は国際試合の常勝国だった。血を分けた兄弟国であるパーキスターンと優勝を争っていたのである。

 一番人気のスポーツがホッケーからクリケットに切り替わるきっかけとなった出来事が、1983年のクリケット・ワールドカップにおけるインド代表の優勝であった。当時、インドはクリケットの弱小国であり、カピル・デーヴ率いるインド代表は国内外で一勝も期待されていないアンダードッグであった。その下馬評を覆し、ワールドカップ過去2回連続優勝国である西インド諸島を破って、優勝を果たしたのである。

 2021年12月24日に公開された「83」は、1983年のインド代表クリケット優勝を描いたスポーツ映画である。監督は「Ek Tha Tiger」(2012年/邦題:タイガー 伝説のスパイ)のカビール・カーン。主演はランヴィール・スィン。他に、ディーピカー・パードゥコーン、パンカジ・トリパーティー、ターヒル・ラージ・バスィーン、ジーヴァ、サキーブ・サリーム、ジャティン・サールナー、チラーグ・パーティール、ディンカル・シャルマー、ニシャーント・ダヒヤー、ハーディー・サンドゥ、サーヒル・カッタル、アミー・ヴィルク、アーディナート・コーターレー、ダイリヤ・カールワー、Rバドリー、ニーナー・グプター、ボーマン・イーラーニー、ラージーヴ・グプター、アディティ・アーリヤ、ブリジェーンドラ・カーラーなどが出演している。また、カピル・デーヴ本人が映画中にカメオ出演している他、エンドロールでも登場し、1983年の思い出を語っている。

 1983年、英国でクリケットのワールドカップが開催された。カピル・デーヴ(ランヴィール・スィン)率いるインド代表は、過去に国際試合でほとんど勝利を収めておらず、全く期待されないまま出場した。だが、緒戦で前回優勝国の強豪、西インド諸島に勝利し、次のジンバブエ戦でも連勝する。この意外な連勝にインドでもインド代表に対する期待が高まるが、第3戦のオーストラリア戦、第4戦の西インド諸島戦と連敗し、準決勝進出に暗雲が立ちこめる。第5戦のジンバブエ戦では敗色濃厚となるが、カピルが孤軍奮闘して世界記録となる175ランを叩き出し、逆転勝利に貢献する。第6戦のオーストラリア戦でも大勝し、インドは準決勝進出を決める。

 準決勝の対戦相手は開催国の英国だった。インドは英国で英国代表に勝利したことがなかったが、絶好調のインドは英国に勝利し、決勝進出を決める。1983年6月25日、クリケットの聖地ローズで決勝戦が行われ、準決勝でパーキスターン代表を下した西インド諸島と三度対戦することになった。先にバッティングをしたインドは183ランという低い点数しか稼げなかったが、西インド諸島を140に抑え、見事優勝を果たす。

 実話を映画化した作品には主に2つのパターンが見受けられる。ひとつは、あまり世間に知られていない事件を取り上げた作品、もうひとつは、誰もが知る事件の知られざる事実を描き出す作品である。

 1983年のワールドカップ優勝は、当時を生きたインド人にとって忘れられない思い出であり、その後に生まれた若い世代のインド人も年長者から耳にタコができるほど聞かされてきた偉業なので、当時何が起きたかを知らない人はいないといっていい。その出来事を映画化した「83」をもし面白くしようと思ったら、多くの人々が知らない舞台裏を掘り起こして物語に織り込む必要があった。

 だが、このワールドカップ優勝はあまりに語り尽くされた出来事であり、おそらくもう掘り起こしても出て来るような新たな事実はなくなってしまっている。フィクションを入れ込もうと思っても、あまりに神話化された出来事であり、その余地はほとんどない。当時の代表メンバーがほとんど存命なのも、想像力の映画「83」は、誰もが知る出来事を、誰もが知っている通りに追った、何のサスペンス性もないスポーツ映画という感想を抱いたのは否定できない。

 それでも、インドに愛着を持つ者だったら、たとえ最初からインドが優勝すると分かっていても、負け犬扱いされ、士気の低かったインド代表が、カピル・デーヴ主将のリーダーシップの下、一丸となって優勝への階段を上り詰める様子を改めて追体験する2時間40分は、気分が晴れ晴れする時間になる。前半はあまり山場がなく退屈だったが、後半になるとペースが上がり、ドラマ性も出て来る。インド代表の優勝で映画は終幕を迎えるが、最初から分かっていた結末だとしても、ついホロリとしてしまう。これがインド人観客だったらなおのことであろう。

 興味深かったのは、クリケット以外の要素も少し混ぜられていたことである。たとえばナワーブプルでヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の間でコミュナル暴動が起こっていたことだ。どうやらナワーブプルというのは架空の町で、この暴動もフィクションのようだが、監督が言わんとしていたことはよく分かった。宗教対立が起きている中、宗教の垣根を越えてインド人が団結できるものがクリケットだということで、インディラー・ガーンディー首相の英断の下、クリケット・ワールドカップの試合が国営放送ドゥールダルシャンで生中継されたのである。ガーンディー首相のこの奇策は功を奏し、ナワーブプルではヒンドゥー教徒、イスラーム教徒、そして治安部隊が一緒になってTVの前でインド代表を応援し、優勝を祝っているシーンになっていた。

 印パ国境地帯で国境を守る兵士たちがクリケットのラジオ放送を熱心に聴くシーンもあった。決勝戦の日、パーキスターン側からホットラインに連絡があり、この日だけは砲撃をしないと通達があった。パーキスターン代表は準決勝戦で西インド諸島に敗れてしまったが、決勝戦ではインド代表を応援するというメッセージだった。クリケットは、過去に3回戦争をした印パの関係をも接近させたのである。ただし、これもフィクションとしか考えられない。

 試合の合間合間に代表選手たちのやり取りによる変なコント劇が入っていたのは、映画を単調にしないための工夫であろうか、単なる息抜きであろうか。もっとクリケットの試合に物語を集中させた方がよりまとまった映画になったと感じた。

 1983年のワールドカップを戦ったインド代表選手たちが実名で登場するのはもちろんだが、他にも何人か特筆すべき人物が登場していた。まずはパーキスターン代表のイムラーン・カーン主将が一瞬だけ登場していたことだ。このとき、インドとパーキスターンは予選リーグで別グループとなっていたために直接対決はしなかったのだが、カピル・デーヴがイムラーン・カーンに挨拶をするシーンがあった。イムラーン・カーンは現在のパーキスターンの首相である。

 もう一人重要なのは、インドが誇る強打者サチン・テーンドゥルカルが登場していたことだ。本人ではなく子供である。このときサチンはまだ10歳くらいで、TVでワールドカップを観戦して影響を受け、インドを代表するクリケット選手になることを志す。サチンはその6年後に国際試合デビューを果たし、以後24年間現役を続け、世界的なクリケット選手になった。

 実話を急ぎ足でなぞった映画になっており、主演を含む各俳優たちに繊細な演技が求められる種類の脚本になっていなかった。よって、ランヴィール・スィンやディーピカー・パードゥコーンに演技上の大きな見せ場は用意されておらず、完全に駒になっていた。それでもベテラン俳優パンカジ・トリパーティーなどはきちんと自分のスペースを作って印象的な演技をしていたが、そこまでの老練な演技が彼らにできていたかといえば、否である。ちなみに、この二人は実際に夫婦であり、スクリーン上でも夫婦を演じていた。

 「83」は、インドのクリケット史に燦然と輝く1983年のワールドカップ優勝を題材にし、コロナ禍がまだ完全に収まっていない中、映画館に観客を呼び戻すべく、大きな期待を受けて劇場公開された大予算型の映画だ。しかし、あまりに有名な出来事を忠実に、かつ急ぎ足でなぞっただけの映画になってしまっており、爽快感はあるが大きなサスペンス性や興奮はない映画だと感じた。おそらくインド人観客も同様の感想を持ったはずで、期待ほどのヒット作にはなっていない。クリケットに疎い日本人には、さらに訴求するものがない作品になってしまうだろう。