Ek Tha Tiger

4.5

 2011年には「Ready」と「Bodyguard」という2本の大ヒットを飛ばした人気スター、サルマーン・カーン。2012年の上半期は大人しかったが、独立記念日とイードゥル・フィトルが重なる8月15日に「Ek Tha Tiger」を引っさげてスクリーンに戻って来た。ヒンディー語映画界ではイード公開のアクション映画は必ずヒットするというジンクスがあり、ここ数年サルマーン・カーンは「Wanted」(2009年)、「Dabangg」(2010年)、「Bodyguard」とイードにアクション映画を故意にぶつけて来ており、それらを着実にヒットさせ続けて来ている。「Ek Tha Tiger」ももちろんアクション映画である。ヒロインがカトリーナ・カイフである点も話題性たっぷりだ。サルマーン・カーンとカトリーナ・カイフは言わずと知れた元恋人である。二人は2010年に破局している。スクリーン上での共演は、「Ajab Prem Ki Ghazab Kahani」(2009年)や「Tees Maar Khan」(2010年)での特別出演による共演を除けば、「Yuvvraj」(2008年)以来となる。二人は他に、「Maine Pyaar Kyun Kiya」(2005年)と「Partner」(2007年)でも共演している。

 インドとパーキスターンにはそれぞれRAWとISIと呼ばれる対外諜報機関がある。当然、RAWの仮想敵国はパーキスターンであり、ISIの仮想敵国はインドである。インドの映画においてRAWが題材となることはかつて少なかったのだが、近年急に注目を浴びており、「The Hero: Love Story of a Spy」(2003年)、「Mission Istaanbul」(2008年)や「Agent Vinod」(2012年)など、RAWエージェントが主人公になったり登場したりする映画がちらほら出て来ている。しかしながら、今までRAWが登場する映画はなぜかちっともヒットして来なかった。最近、サイフ・アリー・カーンがRAWエージェントの主人公を演じた「Agent Vinod」も失敗作に終わったばかりだ。サルマーン・カーンの勢いがどこまで本物か、この「Ek Tha Tiger」はひとつの試金石と言える。

 監督はカビール・カーン。「Kabul Express」(2006年)や「New York」(2009年)の監督で、寡作ながら毎回しっかりした映画を作る人物だ。

監督:カビール・カーン
制作:アーディティヤ・チョープラー
音楽:ソハイル・セーン、サージド・ワージド
歌詞:カウサル・ムニール、ニーレーシュ・ミシュラー、アンヴィター・ダット
振付:ヴァイヴァビー・マーチャント、アハマド・カーン
衣装:アルヴィラー・カーン、アシュリー・レベロ、アルン・チャウハーン、アヌーシュカー・ヴェールジー
出演:サルマーン・カーン、カトリーナ・カイフ、ギリーシュ・カルナド、ローシャン・セート、ランヴィール・シャウリー
備考:PVRプリヤーで鑑賞、満席。

 凄腕のRAWエージェント、コードネーム:タイガー(サルマーン・カーン)は、イラクでの任務を終えた後、すぐにアイルランドのダブリンへ飛ぶ。今回の任務はこうだった。インドは対ミサイル技術を保有していたが、隣国パーキスターンはまだその技術を確立していなかった。インドにおいて対ミサイル技術の第一人者と言えばアンワル・ジャミール・キドワイー博士(ローシャン・セート)であった。キドワイー博士は現在ダブリンの大学で教えていた。RAWは、キドワイー博士がパーキスターンと接触しているとの情報を入手し、その真偽を確かめるべく、タイガーを派遣したのだった。

 タイガーは名前をマニーシュ・チャンドラ、職業を作家と偽って、キドワイー博士に近付く。ダブリンでは、同期のエージェント、ゴーピー(ランヴィール・シャウリー)の後援も受けられた。だが、キドワイー博士は変人で、なかなかタイガーを寄せ付けなかった。タイガーは、キドワイー博士の助手をするインド系英国人女性ゾーヤー(カトリーナ・カイフ)に目を付ける。タイガーはゾーヤーと近付き、信頼を勝ち得る。だが、硬派なタイガーはこのとき初めて女性に恋してしまう。タイガーはゾーヤーに愛の告白もする。

 ところが、タイガーはゾーヤーこそがISIのエージェントであることを知ってしまう。ゾーヤーに銃を突き付けたタイガーは、彼女に対する自分の愛は本物だったと明かすが、ゾーヤーは、彼への愛は仕事の一環だったと答える。タイガーは銃を撃つが、彼女に照準は合っていなかった。タイガーはゾーヤーの命を助ける。代わりに、襲って来た別のISIエージェントを殺す。

 デリーに戻って来たタイガーは、上司のシェノイ(ギリーシュ・カルナド)にしばしのデスクワークを申し出る。しかし、トルコのイスタンブールで開催予定の外相会議にゾーヤーが来る可能性があることを知り、一転して現場任務に復帰する。イスタンブールでタイガーはゾーヤーと再会する。

 実はゾーヤーもタイガーのことを本気で愛していた。タイガーとゾーヤーは、お互いの国や仕事をなげうって逃亡する。シェノイは、タイガーがパーキスターンに誘拐されたと考えるが、後にタイガーはゾーヤーと逃げたことを察知する。RAWとISIは、二人の逃亡先と思われたカザフスタンへ向かうが、そこには二人は現れなかった。二人は完全に行方不明となった。

 実はタイガーとゾーヤーはキューバの首都ハバナに来ていた。しばらくは幸せな生活を送るが、地元の悪党と戦っているところを監視カメラにキャッチされ、それがRAWやISIにも知られてしまった。RAWとISIはタイガーとゾーヤーを捕まえるためにハバナへエージェントを派遣する。タイガーとゾーヤーは共に逃げ出すが、ゾーヤーはISIエージェントに捕まってしまう。タイガーはゴーピーがハバナへ来ていることを知り、自ら彼の前に現れて、ゾーヤー救出への協力を求める。ゴーピーとRAWのチームは、パーキスターンへ移送される途中のゾーヤーを奪還する。しかし、タイガーはゴーピーをも出し抜き、ゾーヤーと共に脱出を試みる。RAWとISIはタイガーとゾーヤーを必死で追う。だが、二人はまんまと逃亡してしまう。

 その後、タイガー(本名はアヴィナーシュ・スィン・ラートール)とゾーヤーはRAWとISIのファイルでは行方不明とされた。しかしながら、時々世界各国で二人の目撃情報が寄せられた。

 通常、独立記念日の週に公開される映画は、インド人の愛国心に訴える内容のものが多い。「Mangal Pandey: The Rising」(2005年)や「Chak De! India」(2007年)などは代表例だ。「Ek Tha Tiger」も、インドの対外諜報機関RAWのエージェントを主人公にし、パーキスターンの対外諜報機関ISIとの諜報戦を描いた作品とのことで、当然のことながらインド万歳的な映画に仕上がっているだろうと事前に予想していた。しかし、驚いたことに、主人公タイガーはインドを裏切り、ISI女性エージェントのゾーヤーと愛の逃避行をしてしまう。愛国心の欠片もない、裏切り者の行動を取ってしまうのである。これには大いに驚かされた。

 代わりに「Ek Tha Tiger」で主張されていたのは印パの和平であった。インドとパーキスターンは独立以来、表立って3回戦争をし、1999年には非公式の戦争も戦っている。その後ヴァージペーイー政権時に印パ関係は改善に向かったが、2008年のムンバイー同時多発テロで一気に冷え込んでしまった。現在まで両国はこの事件を引きずっている。

 タイガーとゾーヤーの間の禁断の恋愛には、両国の関係が改善し、お互いにRAWとISIが必要なくなるような世の中が早く来るように、とのメッセージが込められていた。今までのアクション映画にありがちだった、パーキスターンを一方的に悪者にして打ちのめし、インド人の愛国心を煽るような種類の映画ではなかった。最近インドでは、多額の汚職や圧政などを巡って、庶民や文化人の間に、政府に対する不満がいつになく蓄積され、時に発露されている。だが、インドという国家に反逆してまでして印パの和平を訴えるようなラディカルな内容の映画は、少なくともメインストリームの娯楽映画では観たことがない。印パの反目は政府レベルの問題であること、庶民レベルでは両国の親善が望まれていることが読み取れ、政府に対する不信が少なからずこの映画から感じられた。そういう意味で、見掛けは大予算型のアクション・ロマンス映画であるが、深く分析すると、非常に世相を反映した映画だと言える。

 アクション映画としてもよく出来ていた。冒頭から異国情緒溢れる町並みの中で繰り広げられるスリリングなアクションシーンがあり、中盤ではロンドンの路面電車を使った派手なパニックシーンが挟まれ、クライマックスではバイクから飛行機に飛び移るという荒技にも挑戦。サルマーン・カーンだけでなく、ヒロインのカトリーナ・カイフも、ISIエージェントという設定に恥じないように、格闘にアクションに奮闘していた。その一方で、RAWエージェントの惨めな日常生活の様子が挿入され、笑いを誘っていた。

 ロマンスの部分は多少弱かったと思う。タイガーとゾーヤーは愛のために国や仕事をなげうつ訳だが、そんな極限の行動を取るまで二人の関係が燃え上がったことを暗示するシーンが少なかった。ただ、逃避行中の二人の姿は、さすがに元恋人同士だっただけあり、とても自然で良かった。ゾーヤーは、ハバナの街角で見つけた落書き「狂気のない恋愛は恋愛とは呼ばない」を読み上げるが、正にこれがインドの恋愛の定義であり、「Ek Tha Tiger」では国家すらも恋愛と言う狂気の前に意味を失ったのである。もちろん、タイガーはゾーヤーに恋した時点では、彼女が敵国の諜報部員であることを知らなかった。だが、恋してしまった後では、国籍や所属などはどうでもいいことであった。敵であることが分かった時点で冷めてしまうような恋愛は恋愛ではないのである。また、タイガーが国家ではなくゾーヤーを選んだのは、上司シェノイの話も関係している。シェノイもかつて恋した女性がいたが、仕事を優先し、その女性を諦めた。彼はそのことを毎日後悔していると語っていた。タイガーは、毎日後悔するような人生を送りたくなかったのである。

 サルマーン・カーンの勢いが止まらない。「Ek Tha Tiger」も間違いなく大ヒットすることだろう。彼は役に合わせて演技し分けるタイプの俳優ではないが、カリスマ性はトップクラスだ。そしてそのカリスマ性こそが、インド娯楽映画の重要な要素であることを最近の大ヒット連発で証明し続けている。タイガー役は彼のパーソナリティーとも合っており、適役だった。腕っ節は強いが、どこか抜けたところがあり、ユーモアやチャームがあり、いざとなったら愛のために全てを捧げる。そんなインドの男女の間に根強い理想の男性像を体現するのがサルマーン・カーンである。

 カトリーナ・カイフの成長も嬉しい限りだ。僕は「Maine Pyaar Kyun Kiya」の頃から彼女に注目しており、彼女の出演作ごとに彼女の魅力について書いて来たが、いつの間にかそんなことをしつこく繰り返さなくても、自他共に認めるトップ女優に成長していた。「Ek Tha Tiger」ではISIエージェントということで、アクションにも力を入れており、走ったり戦ったりする彼女の姿を見ることができる。どこまで彼女自身が演じているのかパッと見分からないが、たとえ大部分がスタントであったとしても、彼女の真摯な努力は見て取れる。エンドクレジット曲「Mashallah」でのベリーダンスも素晴らしい。ただ、ウルドゥー語の発音はもう少し練習が必要であろう。ちなみに、イスタンブールのシーンでの彼女のコスチュームは、絶対にパーキスターンの「美しすぎる外相」ヒナー・ラッバーニー・カルをモデルにしていた。

 その他、曲者俳優ランヴィール・シャウリーと、カンナダ語演劇界の重鎮ギリーシュ・カルナドが脇を固めていた。キドワイー博士を演じたローシャン・セートはインド系英国人俳優である。

 音楽はソハイル・セーンとサージド・ワージド。世界を舞台にした映画であることを意識して、ロケ地の音楽を採り入れた曲作りに挑戦されていたと感じた。ダブリンでのダンスシーン「Banjaara」はケルト音楽っぽい味付け。ハバナで流れる「Laapata」はサルサっぽい音楽。「Mashallah」はエンドクレジットで流れるために、本編とは関係ないが、トルコが舞台になっていたこともあり、中東の雰囲気である。モロッコ音楽を思い出した。

 ロケ地はアイルランドのダブリン、トルコのイスタンブール、キューバのハバナ、そしてインドのデリーなどのようだ。冒頭のイラクのシーンもおそらくトルコで撮られたものであろう。

 「Ek Tha Tiger」は、近年当たりに当たっているサルマーン・カーンの最新作で、どこから見ても大ヒットする要素満載のアクション・ロマンス映画である。元恋人カトリーナ・カイフとの久し振りの本格的共演も見所。独立記念日公開作品なのに、国よりも愛を取るプロットなのも意外性があっていい。サイフ・アリー・カーンの「Agent Vinod」より数倍楽しいスパイ映画である。必見。