Chak De! India

4.5
Chak De! India
「Chak De! India」

 インドの独立記念日(8月15日)が近付いて来た。インド最大の映画コングロマリット、ヤシュラージ・フィルムスは、一昨年、昨年と、独立記念日に大作をぶつけて来ている。2005年はアーミル・カーン主演の愛国主義的歴史映画「Mangal Pandey: The Rising」、2006年はカラン・ジョーハル監督の「Kabhi Alvida Naa Kehna」であった。そして2007年8月10日、ヤシュラージ・フィルムスが満を持して送り出すのが、シャールク・カーン主演のスポーツ映画「Chak De! India」である。女子ホッケーがテーマという変わり種の映画だ。題名の「Chak De!」とは「頑張れ!」みたいな意味である。

監督:シーミト・アミーン
制作:アーディティヤ・チョープラー
音楽:サリーム・スライマーン
作詞:ジャイディープ・サーニー
振付:ガネーシュ・アーチャーリヤ
衣裳:マンディラー・シュクラー、シーラーズ・スィッディーキー
出演:シャールク・カーン、ヴィディヤー・マーラヴァデー、サーガリカー・ガートゲー、チトラシー・ラーワト、タニア・アブロール、アナイター・ナーイル、シュビー・メヘター、スィーマー・アーズミー、ニシャー・ナーイル、サンディヤー・フルタド、アーリヤー・メーナン、マソチョン・V・ジミク、キミ・ラルダウラ、キンベリー・ミランダ、ニコラ・セキーラ、ライニア・フェルナンデスなど
備考:PVRアヌパム4で鑑賞。

 カビール・カーン(シャールク・カーン)は、男子ホッケー・インド代表チームのキャプテンだった。ワールドカップ決勝戦でインド代表はパーキスターン代表と戦ったが、インドは1点差で敗れてしまう。カビールはその責任を負わされたばかりか、パーキスターンに買収されて八百長試合を行ったとの濡れ衣まで着せられる。試合後、カビールは公衆の面前から姿を消す。

 7年後。ワールドカップを3ヶ月後に控え、インド・ホッケー協会では女子ホッケー代表のコーチ選定が行われていた。協会は女子ホッケーに全く期待しておらず、適当に人選を決めようとするが、そこにカビールが現れ、コーチに名乗り出る。

 早速インド各地から代表選手が召集され、キャンプが開始された。マディヤ・プラデーシュ州からはヴィディヤー・シャルマー(ヴィディヤー・マーラヴァデー)、パンジャーブ州からはバルビール・カウル(タニア・アブロール)、ハリヤーナー州からはコーマル・チャウターラー(チトラシー・ラーワト)、チャンディーガルからはプリーティ・サッバルワール(サーガリカー・ガートゲー)、マハーラーシュトラ州からはビンディヤー・ナーイク(シルパー・シュクラ)、西ベンガル州からはアリヤー・ボース(アナイター・ナーイル)、アーンドラ・プラデーシュ州からはグンジャン・ラカニー(シュビー・メヘター)とネートラー・レッディー(サンディヤー・フルタド)、ジャールカンド州からはラーニー・ディスポッター(スィーマー・アーズミー)とソイモイ・ケールケーター(ニシャー・ナーイル)、ウッタル・プラデーシュ州からはグル・イクバール(アーリヤー・メーナン)、マニプル州からはモリー・ジミク(マソチョン・V・ジミク)、ミゾラム州からはメリー・ラルテ(キミ・ラルダウラ)などなどが集まった。

 ところが、チームはなかなかまとまらなかった。年長のビンディヤーはカビールに協力しようとせず、いつも自分勝手なことばかりしていた。コーマルとプリーティはフォワードだったが仲が悪く、絶対に互いにパスをしようとしなかった。その他にも問題が山積みだった。

 カビールはチームをまとめるため、厳しいトレーニングを行う。一時はビンディヤーが中心となってコーチ解任を求める全選手署名入りの請願書を提出し、カビールはコーチを辞める寸前まで行く。だが、マクドナルドでからかって来た男たちをみんなで撃退したことでチームがまとまる。カビールは再びコーチをし始める。

 一方、協会は予算の都合で女子ホッケー代表のワールドカップ派遣を見送ろうとする。そこでカビールは男子ホッケー代表との試合を要求する。試合には負けるが、女子ホッケー代表の健闘が称えられ、ワールドカップ派遣の許可を得る。
 
 オーストラリアで開催されたワールドカップ。初戦は6度の優勝経験を持ち、現在チャンピオンの開催国オーストラリアであった。インド代表は0-7で無様な敗北を喫する。だが、これを機にインド代表は集中力を取り戻し、以後の試合で勝ち進む。最後まで協力的でなかったビンディヤーも、マンツーマン・ディフェンスを採る強豪韓国代表との試合で本領を発揮し、チームに溶け込む。インド代表は驚くべきことに決勝戦まで辿り着く。相手はまたもオーストラリアであった。

 インド代表は先制点を決めるものの、追いつかれ、やがて逆転されてしまう。だが、コーマルとプリーティが初めて連携したことで1点を取ることに成功し、2-2の引き分けとなる。勝負は5発ずつのペナルティーショットに委ねられることになった。最初はオーストラリア代表に先行を許すものの、後半で持ち直して見事逆転し、ワールドカップ優勝を決める。

 娯楽映画としては無難にまとまった作品、スポーツ映画としては平凡な展開の作品であったが、別の観点から見るといくつか見所のある映画で、とても楽しむことが出来た。

 まず、愛国主義や国民統合と言った、ヒンディー語映画界の大予算映画がよく取り上げるテーマを踏襲していながら、インドの違った側面を提示する努力がなされていた点が新しかった。普通、インドで国民統合の障害になっているものと言えば、宗教とカーストが真っ先に挙がって来る。ヒンドゥー教イスラーム教の対立、不可触民の問題など、今まで何度も映画の題材となって来た。「Lagaan」(2001年)もよく見ると、この2つの問題が村人たちのクリケットチームに巧みに織り込まれていることに気付くだろう。だが、「Chak De! India」は違った。宗教問題は一部言及があったが(後述)、大して重要な要素ではなく、カースト問題に至っては全く触れられていなかった。代わりに取り上げられていたのは、インドの地域間の偏見や確執である。映画は、インドの州と州、地域と地域が未だに連帯感を持てていないことが、インドの統合性の重大な障害になっていること、そしてインドが国際社会で真のプレーヤーとなるには、それを克服しなければならないことが主張されていた。

 インド人と少し話をすると分かるが、彼らは「インド人」としてのアイデンティティーよりもまず先に、もっとローカルなアイデンティティーを持って生きている。例えばパンジャーブ人はパンジャーブ人としての、ベンガル人はベンガル人としてのアイデンティティーを持っている。それは往々にして高いプライドと強力なコミュニティー意識となって現る。同じ地域の人々の間での連帯感は素晴らしいものがあるが、それが時に、他の地域の人々を見下したり、「○○人は~~だから信用できない」みたいな偏見を生む。「Chak De! India」では、インド各地から集められた女子ホッケー代表選手たちや指導部の間で、当初そのような偏見が渦巻いていた。「タミルとテルグは似たようなもの」「ノースイーストの人々はお客様」「ジャールカンド?ジャングルから出て来たの?」などなど、相手の出身地域だけを見て偏見に満ちた発言をしている人々がたくさんいた。だが、コーチのカビール・カーンだけは違った。彼は最初から選手たちに、「州は関係ないし知りたくもない」と言い、インドのために戦い、チームのために戦う選手だけを必要としていると宣言した。

 特にノースイーストの人々に対する一般のインド人の視線の描写の仕方はかなり鋭かった。ノースイーストの人々は、子供の頃からインドの一員であると教えられている。だが、いざ彼らが一般のインド人に接すると、お客様扱いされたり、外国人扱いされたりする。彼らの置かれているそのような微妙な立場に映画は思い切って触れており、とても目新しかった。そもそもインド娯楽映画でノースイーストの人々が出て来ること自体が珍しい。また、一般のインド人男性が、ノースイーストの女の子たちをいやらしい視線で見たり、悪戯をしたりする傾向にあるのも真実であり、映画中でもそれが再現されていた。なぜか彼らにはノースイーストのモンゴロイド系の女の子たちがセクシーに見えるようだ。

 インドの国民的スポーツと言ったらクリケットだが、敢えてホッケーを選んだところにもセンスを感じる。だが、忘れてはならないのは、かつてインドはホッケー大国であったことだ。独立前からインドはホッケーの強豪国で、印パ分離独立後もパーキスターンとオリンピック決勝戦などで死闘を繰り広げた。だが、1976年の五輪モントリオール大会から人工芝が導入されたのをきっかけにインドホッケーは没落し、代わって台頭してきたクリケットに国民的スポーツの座を奪われてしまった。ただし、今でもインドの国技はホッケーである。

 インドのスポーツが本当に越えなければならないのは、国際試合における世界の壁よりもむしろ、国内におけるクリケット人気の壁である。そしてクリケット人気の壁を越えるには、やはり国際試合で目覚ましい活躍をしなければならない。クリケットが宗教と化しているインドのスポーツ界の現状も、「Chak De! India」は見落としていなかった。プリーティの彼氏はインドのクリケット代表チームの副キャプテンであった。彼はホッケーを完全に見下しており、クリケットとホッケーを同列のスポーツと見なしていなかった。プリーティは、そんな彼氏を見返すため、ワールドカップで獅子奮迅の活躍を見せる。そして試合後、プロポーズして来た彼氏を一蹴するのである。また、カビールがクリケットとホッケーを比較して、「ホッケーにチャッケー(6点)はない」と言っていたシーンもあった。狙えば一気に大量の得点を取ることが出来るクリケットと違い、ホッケーは地道に1点ずつ積み重ねていくしかない。そのホッケーの魅力を一言で見事に言い表していた。

 インドの女子スポーツをテーマにした点でも画期的である。インドでは、「インド人女性は家で家事をするもので、外に出て走り回るなんてみっともない」という考えが根強く残っており、ホッケーの振興をするはずの協会自身すらも女子選手に対してそのような偏見に満ちた見方しか持っていなかった。カビールはその偏見を覆すため、男子ホッケー代表との試合を申し込む。その試合の前、カビールは女子選手たちに言う。「これは『インド人女性はスポーツなんか出来ない』と思っている人々全てとの戦いだ。」試合には負けてしまったものの、女子選手たちは3-2という接戦を見せ、協会の目を覚まさせる。

 少しだけだが、インドのスポーツの根本的問題にも言及があった。それは、州代表やインド代表レベルの選手になると、政府から住居が宛がわれたり、助成金が出たりすることである。それはそれで問題ないのだが、どうもインドでスポーツを志す人々の多くは、これが目当てでやっているようだ。だから、一度代表選手に選ばれると、それで目的を達成して満足しまい、伸びて行かないのである。スポーツ選手支援のための制度が、彼らの安い目標となって成長を阻んでいる。10億人の人口を抱えるインドのスポーツがなかなか発展して行かない大きな原因のひとつであろう。「Chak De! India」の女子ホッケー代表も、当初はそんなモチベーションの低い選手たちの寄せ集めに過ぎなかった。

 主人公のカビール・カーンがイスラーム教徒であったことから、インドにおけるイスラーム教徒の立場の問題も少しだけ取り上げられていた。彼はパーキスターンとの試合でペナルティーショットを外してしまい、それがインド代表敗北の直接の原因となってしまう。試合後、パーキスターンの選手と握手していたところを写真に撮られ、八百長疑惑が持ち上がる。人々はカビールがイスラーム教徒であることだけを見て、パーキスターンと密通していたと思い込み、「そういう奴らは分離独立のときにパーキスターンに放り込んでおけばよかったんだ」との非難の声まで上がる。「裏切り者」のレッテルを貼られたカビールは、祖父の代々から住んで来た家を母親と共に去り、姿をくらまさざるをえなかった。彼が女子ホッケー代表コーチを志願したのは、その汚名を返上し、インドへの愛国心を証明するためであった。

 映画は実は、実在のホッケー選手の人生を大まかにベースにしている。その選手の名はミール・ランジャン・ネーギー。インド代表のゴールキーパーだったが、1982年のアジア大会でパーキスターンに1-7の惨敗を喫し、社会的に抹殺される形で現役引退を余儀なくされる。だが16年後、彼はゴールキーピングコーチとして復活し、1998年のアジア大会でインド代表を金メダルに導く。しかし、不可解なことに、彼は試合後すぐに解雇されてしまう。彼が選んだ新天地は女子ホッケーであった。女子ホッケー代表のゴールキーピングコーチとなったネーギー氏は、2002年の英連邦大会でチームを金メダルに導く。しかし、2年後に息子を交通事故で失い、傷心のままホッケーの世界から完全に引退する。シャールク・カーン演じるカビール・カーンは、ネーギー氏がモデルとなっている。さらにネーギー氏自身が「Chak De! India」のホッケーコーチを務め、ホッケー未経験の女子たちに、ホッケー選手役が演じられるだけのテクニックを教え込んだ。ちなみに、シャールク・カーンはハンスラージ大学在学時にホッケーチームのキャプテンを務めており、以前からホッケーの経験があった。

 映画の難点は、後半のワールドカップの展開があまりにお約束過ぎる展開だったこと、カビール・カーンの家族的背景がほとんど描写されていなかったことなどだ。しかし、映画全体の質を落とすようなものではない。全体的にはとてもよく出来ていた。

 シャールク・カーンは、珍しくヒゲを生やして役作りをしていた。「Kabhi Alvida Naa Kehna」に続いて、影のある負け犬男を演じていた。所々で重みのある演技を見せているところはさすがだった。だが、ここは女子ホッケー代表を演じた女優たちに拍手を送りたい。特別かわいい女優が出ていたわけではなく、皆ほぼ無名の女の子たちだったが、それがかえってリアルでよかった。中でも特に反骨娘のビンディヤーを演じたシルパー・シュクラーが良かった。

 音楽はサリーム・スライマーン。2時間半の映画ながら、インド映画らしいダンスシーンは皆無であった。だが、タイトルソングの「Chak De! India」は思わず口ずさんでしまう洗脳性の高い曲で、映画の雰囲気によく合っている。

 大雑把に言ってロケ地は、前半はデリー、後半はオーストラリアであった。朝靄の中、インド門、プラーナー・キラー、フマーユーン廟などの歴史的遺構をバックにコーチと選手たちがランニングするシーンは、デリーっ子たちには格別感動的であった。

 この映画の言語はとても面白い。インド各地の訛りに染まったヒンディー語が飛び交う。ハリヤーナー州出身のチャウターラーはジャート特有の農村の慣用句を多様したしゃべり方をし、パンジャーブ州出身のカウルは物騒なパンジャービー語の悪態を付きまくる。ジャールカンド州出身のソイモイは最初、英語もヒンディー語も分からず、「ホー」しか言わない。マニプル州出身のモリーとミゾラム州出身のメリーは一応ヒンディー語を話すが、ノースイースト特有の発音である。この方言や訛りの豊富なバラエティーは、「公用語」ヒンディー語の面白い部分である。

 「Chak De! India」は、寄せ集めの女子ホッケーチームが、トラウマを抱えたコーチの下、一丸となってワールドカップを手にするという夢物語のような作品だが、インドのいろいろな問題に触れながら盛り上げて行くことに成功しており、見応えのある娯楽映画に仕上がっている。インド独立60周年にふさわしい作品と言える。チャク・デー!