Tees Maar Khan

1.5
Tees Maar Khan
「Tees Maar Khan」

 今年最後の話題作「Tees Maar Khan」が本日(2010年12月24日)より公開された。監督は「Om Shanti Om」(2007年)で一躍ヒンディー語映画界のトップ監督リストに躍り出た、コレオグラファー出身女流娯楽映画監督ファラー・カーン。ファラー・カーン監督の前2作ではシャールク・カーンが主演を務めたが、「Om Shanti Om」以後不仲が伝えられており、「Tees Maar Khan」の主演はアクシャイ・クマールとなった。ヒロインはアクシャイ・クマールとの相性抜群のカトリーナ・カイフ。また、アクシャイ・クマールの妻で元女優のトゥインクル・カンナーがプロデューサー陣に名を連ねている。「Om Shanti Om」では多数のヒンディー語映画スターが特別出演して豪華な雰囲気を彩っていたが、それだけの規模ではないものの、「Tees Maar Khan」でもサンジャイ・ダット、サルマーン・カーン、アニル・カプールなどが特別出演している。総じて、ファラー・カーン監督最新作という点、ファラー・カーン映画としては初めてシャールク・カーン以外の男優が主演を務める点、そして昨今のヒンディー語映画界ではヒット率ダントツのアクシャイ・クマール×カトリーナ・カイフの黄金ペアが主演する点などから、前評判は「ヒットして当然」となっていた。さて、その出来はどうだっただろうか?

監督:ファラー・カーン
制作:トゥインクル・カンナー、シリーシュ・クンダル、ロニー・スクリューワーラー
音楽:ヴィシャール・シェーカル、シリーシュ・クンダル
歌詞:アンヴィター・ダット、シリーシュ・クンダル、ヴィシャール・ダードラーニー
振付:ファラー・カーンなど
衣装:アキ・ナルラー、サンジーヴ・ムールチャンダーニー
出演:アクシャイ・クマール、アクシャイ・カンナー、カトリーナ・カイフ、ラグ・ラーム、ラージーヴ・ラクシュマン、アーリヤ・バッバル、サチン・ケーデーカル、ヴィジャイ・パトカル、ムラリー・シャルマー、アリー・アスガル、ヴィジャイ・マウリヤ、アマン・ヴァルマー、アパーラー・メヘター、シャシャーンク・ヴャース、サンジャイ・ダット(ナレーション)、アニル・カプール(特別出演)、サルマーン・カーン(特別出演)、シャクティ・モーハン(特別出演)、チャンキー・パーンデーイ(特別出演)、トゥインクル・カンナー(特別出演)など
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 警察は国際密輸マフィア、ジョーリー・ブラザーズ(ラグ・ラームとラージーヴ・ラクシュマン)から、インド各地で盗まれた合計50億ルピー相当の骨董品の数々を奪還し、ムンバイーからデリーへ送ろうとしていた。警視総監(サチン・ケーデーカル)は、ジョーリー・ブラザーズが必ず取り戻そうとして来ると読み、ノンストップの直行列車でデリーに送ることにした。彼はそのミッションを「バーラト・カ・カザーナー(インドの財宝)」と名付けた。ジョーリー・ブラザーズは犯行を働く際、自らの手を汚さず、必ず他の人物に仕事を任せる。警視総監の考えに依ると、それを邪魔できる人物は、どんな錠でも瞬時に開けてしまう才能を持ったタブレーズ・ミルザー・カーン、通称ティース・マール・カーン(アクシャイ・クマール)以外にいなかった。

 その頃、ティース・マール・カーンはフランスのパリで逮捕され、インドに身柄引き渡しされるところだった。インドの諜報機関CBIから二人組の諜報員ムカルジーとバナルジー(ムラリー・シャルマーとアマン・ヴァルマー)がパリへ送られるが、飛行機の中でティース・マール・カーンは二人をうまいこと騙して脱走する。空港ではティース・マール・カーンの3人の子分が待っていた。

 インドに戻って来たティース・マール・カーンは早速フィアンセのアンニャー(カトリーナ・カイフ)に会いに行く。アンニャーは女優になることを夢見ており、彼がお尋ね者のティース・マール・カーンだということを知っていたが、ティース・マール・カーンの母親はそのことを全く知らなかった。

 警視総監の読み通り、ティース・マール・カーンはジョーリー・ブラザーズから骨董品盗難の依頼を受け、報酬山分けを条件にそれを承諾する。走行中の列車から合計1万キロの重さの骨董品を盗み出すことはティース・マール・カーンにとっても簡単な仕事ではなかった。だが、彼の辞書に「不可能」という言葉はなかった。ティース・マール・カーンは計画を立て始める。

 ところで人気スターのアーティシュ・カプール(アクシャイ・カンナー)はオスカーを熱望しており、「スラムドッグ$ミリオネア」に出演しなかったことを激しく後悔していた。それを知ったティース・マール・カーンは、彼を使うことにする。ティース・マール・カーンらは列車通過ルート上にあるドゥリヤー村を訪れ、そこで映画撮影をすると宣言する。純朴な村人たちは大喜びする。ティース・マール・カーンは、村人に映画撮影だと信じ込ませて列車強盗をさせようとしていたのだった。ティース・マール・カーンは、ハリウッドの映画監督マノージ・デー・ラーマランを名乗り、アーティシュ・カプールの自宅を訪れる。アーティシュ・カプールはすっかりティース・マール・カーンの話を信じ、映画出演を快諾する。また、ティース・マール・カーンはアンニャーを偽映画のヒロインに据えることにした。

 ムンバイーからデリーへ骨董品が運ばれる日、ドゥリヤー村で映画撮影が始まった。だが、土壇場になって骨董品輸送が1週間遅れたとの情報が入って来る。仕方なくティース・マール・カーンは映画撮影を騙し騙し行って時間稼ぎすることにする。その間、ティース・マール・カーンは偶然にも村の近くにキャンプを張っていた大麻栽培グループの悪事を暴く。そのおかげで村人たちはティース・マール・カーンを尊敬の眼差しで見るようになる。

 遂に列車がやって来ることになった。ティース・マール・カーンはアーティシュ・カプールや村人たちを扇動して列車強盗をさせる。列車には警視総監も乗っていたが、村人たちに取り囲まれて捕縛されてしまう。また、そのとき、ドゥリヤー村にはティース・マール・カーンの母親に加えてムカルジーとバナルジーもやって来たが、彼らも縛り上げられてしまう。村人たちは列車に積まれていた骨董品を全てジョーリー・ブラザーズのトラックに積んでしまう。仕事を完遂したティース・マール・カーンらはそのまま村からとんずらする。だが、ティース・マール・カーンは村人たちに情が移っており、盗んだ骨董品の一部を置いて行こうとした。その隙を突いてジョーリー・ブラザーズは戦利品の全てを持ち去ってしまう。取り残されたティース・マール・カーンは警察に逮捕される。

 ティース・マール・カーンとドゥリヤー村の村人たちは裁判にかけられる。村人たちはティース・マール・カーンを尊敬を庇うが、ティース・マール・カーンは自ら罪を一人で背負い、60年の懲役刑を受ける。だが、ティース・マール・カーンはドゥリヤー村で撮影した映画の完成を望んでいた。その仕事を三人の部下に託し、刑務所へと去って行く。

 やがて映画が完成し、プレミア試写会が開かれることになった。ティース・マール・カーンは刑務所から会場に駆けつける。その場には警視総監、ムカルジー、バナルジーなどもいたが、映画が終了すると、ティース・マール・カーンの姿はなかった。一方、豪華プライベートジェットに乗っていたジョーリー・ブラザーズの目の前に突然ティース・マール・カーンが現れる。ティース・マール・カーンは飛行機を乗っ取り、ジョーリー・ブラザーズを突き落とす。

 後日談。ティース・マール・カーンの作った映画はアカデミー賞に出品され、アーティシュ・カプールは見事主演男優賞を獲得する。ムカルジーとバナルジーは同性結婚し、アンニャーは念願の女優となる。

 何という期待外れか!ファラー・カーン監督の前作「Om Shanti Om」のレベルに達していないばかりか、完成度ではデビュー作「Main Hoon Na」(2004年)にも劣る。ファラー・カーンは「Om Shanti Om」の成功によって世界最高の女性娯楽映画監督とまで評価されていたが、この作品によって彼女のキャリアは一旦足踏みすることになりそうだ。「Tees Maar Khan」にはまともな人物設定も脚本もなく、ストーリーに斬新さも皆無で、ひたすら騒々しい台詞の応酬が続く。笑えるシーンはいくつかあるが、B級コメディー映画の粋を出ない。ファラー・カーンに求めていたのはこんな低レベルの映画ではなかった。

 「Tees Maar Khan」失敗の全責任は確実に監督ファラー・カーンにあるが、戦犯は他にも探せそうである。まずは主演のアクシャイ・クマール。2006年から2008年までは当たり年で絶頂期だったが、それ以降大失敗作が続き、運気が急速に落ちている。それに呼応するように近年の彼の演技からは真摯さが見られなくなり、フニャフニャと芯のない動きと馬鹿馬鹿しいドンチャン騒ぎを繰り返すようになってしまった。劇中の彼からは、「プロの泥棒」という威厳すら感じられなかった。

 ヒロインのカトリーナ・カイフも、終始化粧してばかりの、中身のない役、中身のない演技で、全く台無しであった。彼女の存在意義はボディーのみ、言わば単なる色気要員である。まだアイテムガール出演の方が割り切っていていい。彼女が「Tees Maar Khan」で演じたアンニャーはそれほど最低の役だった。女性監督の映画で女優がここまで貶められるのは不思議である。ファラー・カーンはカトリーナに恨みでもあるのだろうか?だが、後述する「Sheila Ki Jawani」は、それを覆すだけの力を持っている。カトリーナにとって「Tees Maar Khan」に出演して得たものは「Sheila Ki Jawani」のみだと言っても過言ではないだろう。

 だが、どうも映画のクレジットを見ていると、本当に責任がありそうなのは、ファラー・カーンの夫シリーシュ・クンダルだと思われて来る。シリーシュ・クンダルは、「Tees Maar Khan」の制作・脚本・音楽・歌詞などを手掛けており、映画の出来にかなり影響力を持っている。噂では、蜜月関係を築き上げていたファラー・カーンとシャールク・カーンが不仲になったのも、シャールク・カーンがシリーシュ・クンダルを蔑ろに扱ったことだったと言われている。確かに、長らく映画エディターとして活躍し、「Jaan-E-Mann」(2006年)で監督デビューしたシリーシュ・クンダルは、お世辞にもまだ一級の映画メーカーとは言えない。彼が手掛けた「Tees Maar Khan」の脚本もお粗末の一言に尽きる。「Tees Maar Khan」は、ファラー・カーンが夫のシリーシュ・クンダルをブレイクさせるために作った映画ではなかろうか?または実質的にはシリーシュ・クンダルが監督したのではなかろうか?そうでなければファラー・カーン映画の前2作からこの後退は説明出来ない。

 ストーリーは全くもって馬鹿馬鹿しい。説得力があって馬鹿馬鹿しいなら全く問題ないのだが、子供の妄想のような幼稚で情けないストーリーである。まず、警察が50億ルピーの骨董品をムンバイーからデリーに列車で輸送し、ティース・マール・カーンがそれを盗もうとするというプロットであるのだが、泥棒を主人公にした同様の映画は今まで何度も作られて来たし、移動中の列車から何かを盗み出すのは西部劇の定番で何の新鮮味もない。しかもどうしてわざわざ移動中に盗む必要があるのか?ムンバイーやデリーで盗めばいいではないか?それなのに警察もティース・マール・カーンも移動中に盗む・盗まれることばかり考えている。結局ティース・マール・カーンが考えた作戦も、映画撮影の振りをして列車を止め、エキストラの村人たちに盗ませるというものだが、大して現実味のあるものではなかったし、ハラハラドキドキすることもなかった。ティース・マール・カーンの人物設定もはっきりしなかった。冒頭で、「金持ちから盗むが貧しい人々に分け与えないから半ロビン・フッドの異名を持っている」と説明されるが、ドゥリヤー村の村人たちには簡単に同情してしまい、盗んだ戦利品の一部を分け与えてしまう。この行為には冒頭の説明との整合性がない。フィアンセのアンニャーのキャラクターやティース・マール・カーンと彼女の関係もはっきりしないし、ティース・マール・カーンの3人の部下にも個性がない。途中に出て来る「首なし騎士のお化け」と大麻栽培マフィアの登場の仕方も唐突過ぎるし、ティース・マール・カーンが作った意味不明映画がオスカーを獲得するのも全く訳が分からない。とにかくこの映画には説得力がなく、芯がなく、ハートがないのである。

 アクシャイ・クマールとカトリーナ・カイフは各々のキャリアにおいて近年最低レベルの演技であった。アーティシュ・カプールを演じたアクシャイ・カンナーは、脇役で重責がなかったためか、馬鹿馬鹿しい役を完全に楽しんで演じており、そのおかげで好感が持てた。サンジャイ・ダットが冒頭でナレーションをし、途中でサルマーン・カーン、アニル・カプール、チャンキー・パーンデーイが本人役で一瞬だけ登場するが、特に重要な役目ではない。ただ、カッワーリー風ダンスナンバー「Wallah Re Wallah」におけるサルマーン・カーンのアイテムボーイ出演はインパクトがあった。他に、「シックス・センス」(1999年)で有名なインド人映画監督マノージ・ナイト・シャーマランのパロディー、マノージ・デー・ラーマランが出て来るのは面白かったし、「Slumdog Millionire」(2008年)のオスカー受賞が話題になっていたのもいいアクセントになっていた。

 ヴィシャール・シェーカルらが手掛けた「Tees Maar Khan」の音楽はヒットとなっている。特に「Sheila Ki Jawani」は、「Dabangg」(2010年)の「Munni Badnaam」に並ぶ大ヒット曲となった。このアイテムナンバーで色っぽくもキュートな踊りを踊るカトリーナ・カイフは本当に魅力的で、本編でパッとしなかった彼女にとって大きなプラスポイントとなっている。ただ、意外なことにこのチャートバスターが映画の序盤で使われてしまっていたことに驚いた。もう少しもったいぶっても良かったのではないかと思った。他に、アクシャイ・クマール、カトリーナ・カイフと特別出演のサルマーン・カーンの3人が踊るカッワーリー風ダンスナンバー「Wallah Re Wallah」も良質なダンスナンバーだ。かつて付き合っていたサルマーン・カーンとカトリーナ・カイフが一緒に踊っているのを見るのも面白い。

 ファラー・カーン映画には毎回最後に、キャストからクルーまで順々に顔見せするシーンが用意されている。「Tees Maar Khan」でもそれに相当するシーンがあった。普段目立たない裏方の人たちの顔を見られるので毎回楽しみにしている。

 昨年は最終週に公開された「3 Iditos」(2009年)が一発逆転ホームランをかっ飛ばしてその年のヒンディー語映画界の暗い雰囲気を吹き飛ばしたものだったが、同じく年末公開の「Tees Maar Khan」にはそこまでの力はなさそうだ。カトリーナ・カイフの「Sheila Ki Jawani」がどこまで観客を呼び込むかにこの映画の興行的成功は掛かっている。真の勝者は、このようなつまらない映画の主役を演じずに済んだシャールク・カーンだと言える。