100カロール・クラブ

 今は昔の話になるが、インド映画業界における伝統的なヒットの指標は連続上映週数だった。封切り後、劇場においてどれだけの週、連続で上映され続けているかで、その映画の成功の度合いが測られた。節目となる週数には以下のような名前が付けられ、達成が祝われた。

  • 25週:シルバー・ジュビリー
  • 50週:ゴールデン・ジュビリー
  • 75週:プラチナ・ジュビリー
  • 100週:ダイヤモンド・ジュビリー

 連続上映週数において伝説的な長さを誇っているのは、シャールク・カーン主演「Dilwale Dulhania Le Jayenge」(1995年/邦題:シャー・ルク・カーンのDDLJラブゲット大作戦)である。1995年10月20日の公開以来、ムンバイーの映画館マラーター・マンディルで途切れなく上映され続けており、その連続上映週数は優に1,000週を超えている。これはギネスブックの世界記録に登録されている。

 だが、これは映画をインド全土で一斉に上映できなかった時代の基準である。当時はリールに巻かれたフィルムを劇場に運んで映写機に掛けるしか上映の方法がなかった。インド全土の劇場の数だけフィルムを用意することは、コストや物流の観点から不可能だった。だから、まずは大都市の劇場で上映された映画が、一定期間が過ぎると、地方都市の劇場を順に巡回して行った。そして、長く上映されればされるほどヒット扱いとなった。最終的にどれだけの興行収入を上げたのかを測りづらく、連続上映週数をヒットのバロメーターとせざるを得なかった事情があったのである。

 21世紀に入り、人工衛星から映画データをダウンロードして上映するデジタルシネマが普及したことで、インド映画業界の商習慣も変わり、現在では連続上映週数が話題に上ることはほとんどなくなった。代わってヒットの指標となったのが「100カロール」という数字である。「カロール(Karod/Crore)」とはインド特有の数詞で「1千万」を意味する。よって、「100カロール」は「10億」となる。

 インド映画業界には「コレクション」という専門用語がある。これは国内興行収入のことである。インド国内でチケットの売上がどれだけあったかを示す数字だ。海外の興行収入は含まれないことが普通である。純粋なチケット売上高の「グロス・コレクション(Gross Collection)」と、税引き後の「ネット・コレクション(Net Collection)」があるが、ネット・コレクションが10億ルピーを超えたか否かが、現在のヒットの指標となっている。

 また、「100カロール・クラブ(100 Crore Club)」という言葉も作られた。コレクション10億ルピーを達成した映画、およびその映画に主演したスター俳優が入会できるエリート・クラブであり、そのような作品もしくは俳優は、「100カロール・クラブ入り」したと報じられることが多い。

 ところで、デジタルシネマの普及により、インド全土で一斉に最新映画の封切りが可能となったため、「オープニング」の興行収入が映画の成功の度合いを暫定的に示す速報値として扱われるようにもなった。インドでは金曜日に新作が封切られるのが常であり、その金曜日と、直後の土曜日、日曜日の3日間の興行収入が「オープニング」と呼ばれる。その後、映画の寿命が尽きるまでにインド国内で得られた興行収入が「コレクション」となる。

 初めて100カロール・クラブ入りしたインド映画はアーミル・カーン主演のヒンディー語映画「Ghajini」(2008年)だった。それを皮切りに、2010年頃からいくつもの作品およびスター俳優が次々に100カロール・クラブ入りを果たして行くが、急増の要因のひとつには、物価上昇によるチケット料金の高騰もあった。

 この10億ルピーを基準にして、各作品には主に以下のようなレッテル貼りがされる。

  • オールタイム・ブロックバスター(All Time Blockbuster)
  • ブロックバスター(Blockbuster)
  • スーパーヒット(Super Hit)
  • ヒット(Hit)
  • アベレージ(Average)
  • フロップ(Flop)
  • ディザスター(Disaster)

 コレクションが10億ルピーを超えると「ヒット」の評価をされると考えていい。後は、成功の度合いによって上と下にそれぞれ階層分けされているイメージである。

 ただし、慣行として「10億ルピー」がヒットの絶対的な指標になっているものの、実際には成功は相対的なものである。プロデューサーがその作品にいくら投資したか、そしてその作品の配給権を配給業者にいくらで売却したかを前提にしながら興行収入の金額と比較して、最終的な評価が決められる。

 例えば、この記事では、「Tevar」(2015年)を例にとって、作品の興行的な評価(Box Office Verdict)の仕組みが解説されている。それを元に試算してみた。実は、映画の製作費よりも、配給会社(Distributor)がその作品の配給権をプロデューサー(Producer)からいくらで買ったのかが評価に直接関係して来る。配給会社が特定の映画の配給権獲得および広報のために支出した支出額から、音楽配給権、サテライト権(TV放映権)、海外配給権などによって得られた収入を差し引いた額をAとすると、評価の基準は興行収入に応じて大体以下のようになる。

  • オールタイム・ブロックバスター:A×4以上
  • ブロックバスター:A×3以上
  • スーパーヒット:A×2.5以上
  • ヒット:A×2以上
  • アベレージ:A×1.7以上
  • フロップ:A×1.5未満

 Aの2倍の興行収入を上げないとヒットにならない理由は、興行収入は一般的に、興行主(Exhibitor/劇場オーナー)と50:50で分け合うからである。つまり、Aの額の2倍以上の興行収入を上げないと、配給会社の赤字となってしまう。この割合は様々な条件で変化するが、マルチプレックス(シネコン)の場合は、公開第1週は50:50になることが多い。そして、週が進むにつれて配給会社の取り分が減り、興行主の取り分が増えて行く。

 配給会社の一般的な取り分の割合は以下のようになっている。

興行主の種類第1週第2週第3週第4週以降
マルチプレックス50%42%37%30%
シングルスクリーン70-90%70-90%70-90%70-90%

 それでも、製作費が5億ルピー以下であったら、確かに10億ルピーのコレクションというのは、細かい計算抜きに概算できる、分かりやすい成功の基準となり得る。「10億」というのはそれだけで切りの良い数字ではあるが、この試算方法から見ても、大体その辺りに「ヒット」の線引きがされることになるからだ。もちろん、低予算映画で、配給権の値段も高くないならば、もっと低いコレクションであっても「ヒット」と評価されることは十分あり得る。

 ちなみに、2020-21年のコロナ禍の影響で、劇場で上映せずに直接ネット配信される映画が多くなっており、そのような映画に対応した新しいヒットの指標作りも必要となって来ている。