Ab Tak Chhappan

4.0
Ab Tak Chhappan
「Ab Tak Chhappan」

 「家のゴミはジャマーダール(ゴミ収拾人)が掃除する。社会のゴミは俺たちが掃除する。」
 「医者は患者の治療をする。エンジニアは橋を作る。俺たちはこの仕事をする。」
 「俺たちもあんたたちみたいに家でくつろいであれが正しいとかこれが悪いとか考え始めたら、この仕事は誰がするってんだい?」

 数週間前から映画館で、衝撃的な予告編が流れ始めた。血を流して倒れている死体の前で、曲者俳優ナーナー・パーテーカルがふてぶてしい態度で冒頭のセリフを淡々としゃべるのだ。そして最後に「Ab Tak Chhappan」という映画の題名が出る。直訳すると「今まで56」。てっきり年齢のことを言っているのかと思ったが、これは現在までに56人の容疑者を射殺した警察官のストーリーである。製作はラーム・ゴーパール・ヴァルマー。予告編だけでただならぬ妖気が漂っていたので、今日(2004年2月27日)は公開と同時にPVRアヌパム4へ観に行った。

 「Ab Tak Chhappan」の監督はシーミト・アミーン。キャストはナーナー・パーテーカル、レーヴァティー、ナクル・ヴェード、ヤシュパール・シャルマー、リシター・バット、クナル・ヴィジャイカル、モーハン・アーガーシェー、ジーヴァー、プラサード・プランダレーなど。

 ムンバイー警察犯罪局の局長、サードゥ(ナーナー・パーテーカル)は、犯人の逮捕よりも射殺をモットーにした凄腕の警察官だった。サードゥはムンバイーのマフィアたちから畏怖されていると共に、警察の上司からは疎ましい目で見られていた。唯一の理解者はプラダーン警視総監(モーハン・アーガーシェー)と、犯罪局の部下、フランシス(クナル・ヴィジャイカル)やジャティン(ナクル・ヴェード)ら、そして妻のナミター(レーヴァティー)だった。

 サードゥはマフィアのある派閥のボス、ザミール(プラサード・プランダレー)と奇妙な友好関係を持っていた。ザミールは外国から電話でムンバイーのマフィアを動かしていた。サードゥはあるとき、ザミールの敵対派閥ラージシェーカルの一味フィーローズを逮捕する。しかしフィーローズは脱走し、その後の警察の捜索によっても消息はつかめなかった。

 サードゥは、部下のジャティンとヴァイシャーリー(リシター・バット)の結婚式に出席する。しかしそこで何者かの襲撃を受け、妻のナミターが殺されてしまう。ザミールはサードゥに電話し、「フィーローズの仕業だ。だから逮捕などせずにその場で殺しておけばよかったんだ」と伝える。

 警察内でもサードゥの立場は次第に弱まっていく。よき理解者であったプラダーン警視総監は定年退職し、新たに警視総監に就任したスーチャク(ジーヴァー)はサードゥを毛嫌いしていた。遂にサードゥは犯罪局の局長を下ろされ、代わりにサードゥのやり方に反発していた部下のイムティヤーズ(ヤシュパール・シャルマー)が局長に就任する。

 その頃、ラージシェーカルの仲間が射殺され、その容疑者としてサードゥの名前が挙がっていた。スーチャク警視総監の息がかかっていたイムティヤーズはサードゥを逮捕し、森林の中で射殺しようとするが、そのときジャティンがイムティヤーズを撃ち殺す。サードゥは姿をくらまし、ザミールの助けを借りてムンバイーから脱出する。

 ザミールは警察一の凄腕警官が仲間に加わったことに喜び、サードゥも表向きは友好的な態度をとる。夜、二人っきりで酒を飲むかわすサードゥとザミール。しかし突然サードゥは「お前は俺の妻を殺すべきじゃなかったな」と言い、ザミールの首をガラスの破片で切り裂く。実は行方不明のフィーローズはサードゥが始末しており、「ナミターを殺したのはフィーローズだ」とザミールがサードゥに電話をした時点で、サードゥはザミールを疑っていた。全てはザミールに近づくために周到に張り巡らした罠だった。ザミールを殺した後、初めてサードゥは涙を流した。

 今までインドの警察を包み込んでいるシステムを、ここまで冷静な視点で描いた映画はなかった。警察とマフィアの癒着や奇妙な連携関係、保身のためにそうするしか他に方法のない警察官の微妙な立場、そしてトップが入れ替わるごとに全てが変わってしまう警察内部の政治的人間関係など・・・。硬派な語り口の中に、インドの社会構造を鋭くえぐり出して問題提起する、確かな目的意識が感じられた。間違いなく傑作のひとつ。全く女っ気のない、男の映画である。

 インドというのは面白い国で、本来なら敵対関係にある二者が、奇妙な相互依存関係を築くことが多い。例えば僕が目の当たりにしたのは、パスポートオフィス周辺にたむろするパスポートブローカーと、それを取り締まる警察官の関係である。インドには戸籍がないので、パスポート作成には非常に時間がかかり、普通に申請したら取得に1年以上かかると聞いたことがある。だから、パスポートオフィスの周りには、パスポートを迅速に作成させるコネを持ったパスポートブローカーたちがたむろっている。もちろん闇でパスポートを作成するのは違法なので、警察官はそれを取り締まるためにパスポートオフィス周辺を巡回しているのだが、警察官はブローカーから賄賂をもらっているため、本格的に取り締まることはしない。取り締まらないばかりか、逆にブローカーたちの仕事を保護してまでいる。つまり、取り締まる者と取り締まられる者が金と権力の相互依存によって共存しているのだ。インドの社会はこんなのばかりなので、時々気が滅入ることがある。マフィアと警察の癒着はさらに密接であり、マフィアが脅せば警察は逆らわないし、警察が権力を行使すればマフィアは素直に従うという相互関係がある。1984年、インディラー・ガーンディー首相が暗殺されたとき、インド各地では暴動が起きたが、ムンバイーでは警察が予めムンバイー中のマフィアに協力を要請したため、ムンバイーだけは暴動も起きず、交通機関も麻痺しなかったという話を聞いたことがある。

 先月公開された「Maqbool」(2004年)もマフィアと警察の癒着を描写していたが、警察は脇役に過ぎなかった。一方で、「Ab Tak Chhappan」は警察が主人公であり、しかもマフィアの力を借りて危機を脱するという展開であり、両者の癒着と協力関係が明白に浮き彫りになっている。主人公サードゥは新米のジャティンに語る。「警官は自分の身は自分で守るしかない。いざとなったら誰も助けてくれない。そのために、あらゆる種類の人に恩を売っておくんだ。」サードゥの人脈は、マフィアのドンから路上のチンピラまで多岐に渡り、その人脈は警察から指名手配された終盤で役立つことになる。

 ナーナー・パーテーカルはインドの映画界を代表する演技派男優であり、この映画でも素晴らしい演技を披露していた。特に圧巻だったのは、ジャティンの結婚式において妻が撃たれたときに見せる表情。動転したジャティンは「救急車を呼べ!」と叫ぶが、サードゥは冷静に「その必要はない。彼女は死んだ」とつぶやいて座り込む。この演技派ナーナー・パーテーカルにしかできないのではないかというほど、迫真の演技であった。その後もサードゥは妻が死んだ悲しみを表に表さず、何事もなかったかのように仕事を続ける。そのサードゥが、妻の仇ザミールを殺した後、最後の最後で一筋の涙を流す。かっこよすぎる・・・。

 反骨の部下イムティヤーズ役を演じたヤシュパール・シャルマーは「Lagaan」(2001年)でも同じような裏切り者役を演じた。サードゥをいじめる上司スーチャクを演じるジーヴァーの演技も印象に残った。

 確かにこの映画では、警察のマフィアの癒着や、警察の汚職が描かれていたが、決して警察批判の映画ではない。むしろ、警察をそのような状況に追い込むインド社会のシステム全体を赤裸々に描写して批判をしている。しかしこの映画を観たら、ますますインド人は警察嫌いになってしまうのではないかと思ってしまったりもする。欠点を挙げるとすれば、サードゥと一人息子のアマンの絆が軽視されていたことだ。最後、サードゥはアマンをプネーにいる親戚に預けて、一人だけ海外へ逃亡してしまう。

 言語は現実主義的なムンバイヤー・ヒンディーで、スラングがたくさん入っているため、理解するのは少し難しい。「ナンバル2(裏金)」「タープ・デーナー(殺す)」「ウラー・デーナー(殺す)」などなどマフィア専門用語もたくさん出てくる。

 最近のラーム・ゴーパール・ヴァルマー映画――「Bhoot」(2003年)や「Ek Hasina Thi」(2004年)など――と同じく、映画中にミュージカルシーンは一切ない。しかし音楽はとても印象的で、観客の恐怖感を煽る。ラーム・ゴーパール・ヴァルマー映画は当たり外れが少なく、安心して鑑賞することができる。

 「Ab Tak Chhappan」は、インド映画を硬派に楽しみたい人必見の傑作である。これからこういう映画もコンスタントに公開されるようになってほしい。


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