Chalte Chalte

3.0

 日本でも人気のある映画男優シャールク・カーンがジューヒー・チャーウラーやアズィーズ・ミルザーらと共に立ち上げた映画制作会社、ドリームズ・アンリミテッド。金儲けのためではなく、個性的で本当に優れた映画を作ろうという高尚な夢と共にスタートしたのだが、1作目の「Phir Bhi Dil Hai Hindustani」(2000年)は、個人的には大好きな映画ではあるものの興行的には外れ、2作目の「Asoka」(2001年)は莫大な制作費をかけて鳴り物入りで公開されたにも関わらず大コケし、シャールク・カーンの会社は「夢は限られていた!(Dreamz Limited!)」と揶揄されるまでになってしまった。最近のシャールクは資金集めのためにか、狂ったようにCMに出まくっている。「Devdas」(2002年)の成功により男優としての面子は保たれたが、やはりここらで一発大ヒット作を自らの手で生み出しておきたい。「痩せ蛙/負けるな一茶/ここにあり」の情を持つ僕は、弱い立場に立たされたシャールクを密かに応援しているのであった。

 そのドリームズ・アンリミテッドが「Asoka」の失敗に懲りずに(めげずに)新作を公開した。「Chalte Chalte(このままずっと)」である。2003年6月13日に封切られた映画で、そんなにロングランせずに終わってしまったので、もう見逃したと思っていた。ところが調べてみたらグルガーオンに新しくできたシネマコンプレックス、DTシネマで1日1回だけ上映されていたので、終わってしまわない内に観ることにした。

 「Chalte Chalte」のキャストはシャールク・カーン、ラーニー・ムカルジー、ジョニー・リーヴァルなど。監督はアズィーズ・ミルザーである。

 ラージ(シャールク・カーン)はトラック運送会社を経営するお調子者の男。プリヤー(ラーニー・ムカルジー)はギリシア育ちでインドにやって来たファッションデザイナー。一見何の接点もないこの2人が運命の悪戯で出会い、ラージはプリヤーに恋してしまう。しかしプリヤーは幼馴染みのサミールと結婚する運命にあった。サミールとの婚約式に出席するためにプリヤーはギリシアへ向かうことになった。ラージとプリヤーは住む世界が全く違う。ラージは自分にチャンスがないことは分かっていた。しかし「あのとき止めていれば」と後で後悔しないためにラージは仕事を投げ打ってプリヤーを追いかける。

 ギリシアに着いたラージとプリヤーは、乗り換えの飛行機の遅れから二人でギリシア観光をする。その間にプリヤーは次第にラージに心を開く。ラージは「君が幸せでいることで、幸せになれる男がこの世界のどこかに一人いることを覚えておいて」と言い残してプリヤーと別れる。自宅に戻ったプリヤーは、サミールではなくラージと結婚することを告げる。両親も最初は反対するものの、プリヤーの信念とラージの人柄に押されて二人の結婚を許すのだった。

 結婚から1年後。ラージとプリヤーは喧嘩を繰り返しながらもインドで仲良く暮らしていた。ところがラージの会社のお得意先の会社が倒産したことにより、ラージの会社も多額の負債を抱えることになる。1週間以内に250万ルピーを揃えなければ会社は差し押さえられてしまう。ラージは他人の力を借りることを潔しとしない性格で、何とか自分の力で解決しようとするが、八方塞がりだった。それを見ていたプリヤーは、サミールにお金を借り、それを内緒にしてラージに渡した。

 ひとまずラージの会社の倒産は免れたものの、ラージにサミールからお金を借りたことがばれてしまう。ラージは烈火の如く怒り、サミールの前でプリヤーを侮辱する。プリヤーはそれに怒って家を出て行ってしまう。

 ラージは酔っ払ってプリヤーと話をしに行く。だがプリヤーの叔母に追い返される。暴れるラージは警備員に取り押さえられ、もう少しで警察に連れて行かれそうになるが、プリヤーが止める。しかしプリヤーは、ラージと一緒に住むことも難しく、ラージと離れて住むことも難しいことを痛感し、いっそのことギリシアへ行ってしまうことを決めた。

 プリヤーがギリシアへ行くことを知ったラージは、空港まで彼女を追いかける。どさくさに紛れて空港内に入り、飛行機に乗り込もうとするプリヤーを見つけて必死で説得をする。しかしプリヤーは飛行機に乗り込んでしまった。

 絶望のどん底で自宅に戻るラージ。誰もいない家の灯りをつけると、なんとそこにはプリヤーがいた。プリヤーはやはりラージがいなくては生きていけないと思い直して帰って来ていたのだった。抱き合う二人だが、すぐに小さなことでまた口喧嘩を始めるのだった。

 シャールク・カーンお得意のストーキング・ラブストーリーと、最近ヒンディー語映画界で流行の「結婚後の夫婦の実態話」をミックスさせた映画だと感じた。スタンダードなインド映画で、「Asoka」などよりはリラックスして作られている。普通に楽しめる映画ではあるが、シャールク・カーンの映画には少し期待をかけてしまう分、普通だとちと物足りない気持ちもある。

 好きな女の子を追いかけて追いかけて追いかけまくって物にするというストーカーに等しい求愛行動はインド映画の基本だが、その大御所と言えばやはりシャールク・カーンだろう。日本でも公開された「Anjaam」(1994年/邦題:阿修羅)などはひどかった。そういう古典的なシャールク映画を、この映画の前半で久々に見ることができる。

 一方、後半では結婚後のラージとプリヤーのつばぜり合いが描かれる。インド映画でもおとぎ話でも、ヒーローとヒロインが結婚してめでたしめでたしで終わることが多いが、最近のインド映画では結婚後の理想と現実のギャップも正直に描写されるようになって来た。2002年末に公開された「Saathiya」などは最もうまくできていた「結婚後」映画だった。「Chalte Chalte」の前半では、まるで恋愛小説のようなラブストーリーの主人公だったラージとプリヤーも、後半では醜い争いを繰り広げるありきたりな夫婦となってしまう。結婚後の夫婦が描かれるようになったのは、ヒンディー語映画界が新しいテーマを求め始めたこともあるだろうが、僕はもうひとつ理由があると思う。90年代のヒンディー語映画黄金期を担ったスターたちが、次第に独身のヒーロー、ヒロインでは通用しない年齢になって来ており、それでいて彼らに代わるようなカリスマを持った新人がなかなか現れないことが、映画中の主人公の高年齢化・既婚化の原因となっていると思われる。

 割と有名な話だが、ヒロインは元々ラーニー・ムカルジーではなく、アイシュワリヤー・ラーイだった。しかし元恋人で本当にストーカーと化したサルマーン・カーンとのドンパチによって降ろされてしまったのだ。だが、ラーニー・ムカルジーよりもアイシュワリヤー・ラーイの方が絶対に適役だったと思う。「タイタニック」のような階層を越えたラブストーリーなので、天女のような美しさを誇るアイシュワリヤーの方がその階層差をより感じさせてくれるだろう。ラーニー・ムカルジーはちょっと高嶺の花という感じではない。一方のシャールク・カーンも、もはや庶民という顔をしておらず、トラックの運ちゃん姿は全然似合っていなかった。少し配役に難があったか。

 ギリシアというのは目新しかった。おそらく本当にギリシアでロケが行われていただろう。アテネのパルテノン神殿らしきものも映っていた。ギリシアにもインド人移民がいるのかどうかはあまりピンと来ないものの、いくつかのミュージカルシーンで見られた真っ白に塗られた建物と真っ青な空とのコントラストは美しかった。一昔前のインド映画の海外ロケと言ったらスイスやカナダだったが、最近だんだん海外ロケがマイナー所を狙うようになって来たように感じる。日本は物価の関係で難しいだろうが、いつかまた「Love In Tokyo」(1966年)のように日本ロケのインド映画にも挑戦してもらいたい。

 インド随一のコメディアン俳優ジョニー・リーヴァルの役柄も毎回気になるところだが、今回は「Chor Machaye Shor」(1974年)の「レ~ジャ~エンゲ~、レ~ジャ~エンゲ~、ディルワ~レ~ドゥルハニャ~ンレ~ジャ~エンゲ~」という歌をいつも歌っている変な飲んだ暮れという役だった。好きだった女の子が別の男と結婚して去っていってしまい、「あのとき止めていれば」と後悔している内にこうなってしまったという。彼の哀れな状況を見て、ラージはプリヤーを追いかけてギリシアまで行くことになるから、ストーリーにはけっこう関わっているが、なんとなく中途半端な役だった。ジョニー・リーヴァルと一緒にいた三毛犬は高級な犬と見た。