Bharat

2.5

 どの国の歴史にもトラウマとなる出来事はある。日本史にとって最大のトラウマは第2次世界大戦の敗戦であることに大きな異論はないだろう。インドにとってのトラウマは、英国による約200年の植民地支配であり、1947年の印パ分離独立(パーティション)に伴う動乱である。そのトラウマは映画にも如実に反映されており、パーティションを題材にしたインド映画は数多く作られている。インド本国で2019年6月5日に公開されたヒンディー語映画「Bharat」もパーティション映画のひとつである。

 「Bharat」は、韓国映画「国際市場で逢いましょう」(2014年)の翻案であり、一人の一般人から見たインド史である。監督は「Sultan」(2016年)などのアリー・アッバース・ザファル。主演はサルマーン・カーンとカトリーナ・カイフ。他に、ディシャー・パータニー、ジャッキー・シュロフ、ソーナーリー・クルカルニー、タブー、スニール・グローヴァー、サティーシュ・カウシク、ノラ・ファテーヒーなどが出演している。

 題名の「Bharat」とは、インドの国号バーラトであると同時に、サルマーン・カーン演じる主人公の名前でもある。

 2010年。オールドデリーでヒンド・レーシャン・ストアを経営するバーラト(サルマーン・カーン)は、1947年にパーキスターン側のミールプルからインド側に逃れてきた過去を持っていた。そのとき、父親のガウタム(ジャキー・シュロフ)と妹のグリヤーとはぐれてしまった。それ以来、彼は父親との約束を守り、家族の面倒を見ながら、ガウタムとグリヤーを待ち続けていた。

 ヒンド・レーシャン・ストアは元々母親の家系が経営していた店で、バーラトは叔母の家で育てられた。彼は親友のヴィラーヤティー(スニール・グローヴァー)と共に、サーカスで働いたり、中東に石油掘削に行ったり、船員の仕事をしたりして金を稼いでいた。そのときに出合ったクムド(カトリーナ・カイフ)と恋仲になるが、父親との約束がある内は結婚できないと答える。バーラトとクムドは、母親の承認を得て、結婚せずに同棲し始める。1983年、インドが初めてクリケット・ワールドカップで優勝した年、バーラトは叔父からヒンド・レーシャン・ストアを買い取り、自分で経営をするようになる。

 1991年の経済開放により、多数のTV局ができ、クムドはZee TVのリポーターとなる。彼女はパーティションのときに離散した家族を再会させる番組を企画し、この番組がきっかけでバーラトは生き別れた妹グリヤー(タブー)と再会を果たす。しかし、父親の行方は分からなかった。

 2010年、国境近くのアターリー駅で誕生日を迎えたバーラトは、ヒンド・レーシャン・ストアを売却することを決める。バーラトの前には父親の姿が現れ、約束から自分を解放するように促す。バーラトは槌を持って自らヒンド・レーシャン・ストアを壊し出す。

 1947年のパーティションから、1964年のジャワーハルラール・ネルー首相の死、1983年のクリケット・ワールドカップ優勝、1991年の経済開放など、インドが経験して来た事件と共に、オールドデリーに住む一人の一般人の人生を映し出す。大河ドラマの雰囲気をまとった映画であり、サルマーン・カーンは18歳から70歳まで一人で演じ切った。

 おそらく作りようによっては感動超大作になったのだろうが、サルマーン・カーンの老齢時の演技からまだ渋みが出ておらず、相手役のカトリーナ・カイフも若く見え過ぎたため、学芸会のようになってしまっていた。70歳になってもバイクに乗ったチンピラたちをなぎ倒すほどの怪力を持っているという設定は、ご都合主義の娯楽映画にしても、さすがにやり過ぎである。アリー・アッバース・ザファル監督は過去にヒット作を飛ばしているが、まだここまで壮大なストーリーを重厚に描く経験が備わっていなかったと見える。または、サルマーン・カーンを上手くコントロールできなかったのかもしれない。

 映画のハイライトは、Zee TVが企画した印パ離散家族再会番組である。国境の両側に特設スタジオを設置し、パーティションの混乱時に家族と生き別れた人々が出演して当時の思い出を語り、国境の向こう側にいる家族との再会を手助けする番組となっている。このとき、バーラトも生き別れた妹と再会するのだが、他にも多くの家族が数十年振りに再会を果たし、涙を流す。作り話と分かっていても、再会シーンは感動を呼ぶ。

 だが、ラストはパンチ力不足だった。最後の最後で父親が現れるのかと思ったが、現れたのは父親の幻影に過ぎなかった。しかも、あんなに頑なに守ってきたヒンド・レーシャン・ストアをバーラトはあっさりと手放してしまう。離散家族再会ほどの盛り上がりにはならず、尻切れトンボでジ・エンドとなってしまっていた。

 「Bharat」は、「バーラト」と名付けられた一人の一般人の人生を、1947年のパーティションから2010年まで、歴史上の出来事と結びつけながら追って行く壮大なドラマである。だが、監督の未熟さのせいか、サルマーン・カーンの融通性のない演技力のせいか分からないが、しっかりまとまっておらず、感動超大作になれそうでなり切れていない作品だった。