Mere Brother Ki Dulhan

3.0
Mere Brother Ki Dulhan
「Mere Brother Ki Dulhan」

 ヒンディー語映画界最大の映画コンゴロマリットであるプロダクション、ヤシュラージ・フィルムスは毎年複数本の映画をリリースしているのだが、意外にも今年は、本日(2011年9月9日)より公開のラブコメ映画「Mere Brother Ki Dulhan」が1本目となる。新しい才能を発掘する目的で設立された傘下プロダクション、Yフィルムスと併せ、最近のヤシュラージは若い監督や俳優を積極的に起用しており、その内のいくつかは成功している。「Mere Brother Ki Dulhan」のキャストは現在若手ナンバーワンのイムラーン・カーンとカトリーナ・カイフで万全の布陣であるが、監督は新人のアリー・アッバース・ザファル。彼はヤシュラージ・フィルムスの映画で助監督を務めて来た人物で、今回監督として独り立ちする機会を与えられた。脚本も監督自身が書いている。プロデューサーが「Rab Ne Bana Di Jodi」(2008年)や「Band Baaja Baaraat」(2010年)などロマンス映画に定評のあるアーディティヤ・チョープラーであること、主演が人気絶好調の二人であることなどから、今年の期待作の一本に数えられている。

監督:アリー・アッバース・ザファル(新人)
制作:アーディティヤ・チョープラー
音楽:ソハイル・セーン
歌詞:イルシャード・カーミル
出演:イムラーン・カーン、アリー・ザファル、カトリーナ・カイフ、ターラー・デスーザ、カンワルジト・スィン、パリークシト・サーニー、スパルナー・マールワー、マールー・シェーク、アフリーン・カーン、ムハンマド・ズィシャーン・アユーブ、ターリーク・ヴァースデーヴ、ジョン・アブラハム(特別出演)
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 ロンドン在住のラヴ・アグニホートリー(アリー・ザファル)は、5年間付き合って来たインド系英国人女性ピャーリー(ターラー・デスーザ)と別れたことをきっかけに、インド生まれのインド人女性と結婚することを決めた。そして、花嫁探しの任務を、ムンバイーで助監督をするクシュ(イムラーン・カーン)に任せた。

 クシュは故郷デヘラー・ドゥーンに帰り、両親と相談した後、兄の花嫁候補と面会する。だが、良さそうな女性は見つからなかった。そこで新聞のマトリモニアル(結婚相手募集)を使って大々的に広告を打つ。その広告を見て電話をして来たのが、デリー駐在中の外交官ディークシト氏であった。ディークシト氏にはロンドン生まれの娘が一人おり、花婿を探していた。クシュはデリーまで訪ねて行く。

 ところがクシュはディークシト氏の娘ディンプル(カトリーナ・カイフ)とは5年前に面識があった。ディンプルは大学時代、アーグラーへの修学旅行で出会ったクレイジー・ガールであった。だが、何事にも歯に衣を着せないディンプルの性格をクシュは気に入り、兄の結婚相手として推薦する。ラヴとクシュの両親や、ビデオチャットでディンプルと話をしたラヴも彼女を気に入り、縁談はまとまる。

 婚約式と結婚式はデリーで行われることになった。クシュはディンプルと共に結婚式の準備をする。ところが婚約式が近付くにつれてディンプルは何か違和感を感じるようになる。ディンプルは結婚後に自由がなくなることに悩んでいると考えたクシュはディンプルを1日連れ出して一緒に過ごす。だが、次第にクシュも同様に違和感を感じ始める。

 ロンドンからラヴが到着し、婚約式が行われる。だが、クシュはそれを見て我慢できなくなり、その場を飛び出す。クシュはディンプルに恋していた。クシュは追いかけて来たディンプルに破れかぶれになって愛していることを伝える。ディンプルもクシュに恋していた。考えるより行動が早いディンプルは、その晩2人で駆け落ちすることを提案する。クシュは断るが、ディンプルは彼に睡眠薬を飲ませ、無理矢理連れ出す。

 早朝、デリーから遠く離れた畑の中で目を覚ましたクシュは自分が置かれた状況に驚く。クシュはこのようにディンプルと駆け落ちすることに賛成ではなく、一旦家族の元へ戻ることにする。二人は買い物に出掛けた振りをして帰るが、なんと結婚式がキャンセルになっていた。駆け落ちしたことがばれてしまったと考えたクシュは何とか釈明しようとするが、キャンセルになった理由は別のものだった。ディンプルの兄アンジューが兼ねてから彼女の結婚式をタージマハルの見える場所で挙げたいと考えており、彼の考えを尊重してアーグラーで挙式されることになったのだった。アグニホートリー家とディークシト家はアーグラーへ向かう。

 クシュとディンプルがお互いに好きだということは、今やクシュの親友2人とアンジューも共有する秘密だった。彼らは何とかしてクシュとディンプルの結婚を実現させようと作戦を練る。最終的に行き着いたのは、ラヴの元恋人ピャーリーの存在であった。どうやらラヴはまだピャーリーに未練があるようだった。そこで彼らはピャーリーをロンドンからアーグラーへ呼び寄せ、彼女がまだラヴを好きだということを確認し、まずはラヴとピャーリーをくっつけようとする。この作戦は功を奏し、ラヴはディンプルよりもピャーリーと結婚したいと願うようになる。クシュたちはラヴとピャーリーを駆け落ち結婚させる。

 翌朝、ラヴとピャーリーが駆け落ち結婚したことを知ったアグニホートリー氏とディークシト氏はショックを受ける。既に参列客が到着し始めており、もしこの期に及んで縁談が破談となったら両家の尊厳が損なわれることになる。そこで両家はクシュとディンプルを結婚させることにする。ここまではクシュとディンプルの作戦通りであった。

 ところが、アグニホートリー氏とディークシト氏の間で口論が起きてしまい、仲違いしてしまう。今や結婚式そのものが中止となり、両家はそれぞれ帰ることになる。ディンプルは駆け落ち結婚を提案するが、クシュは最後の望みをかけて一芝居を打ち、それが成功する。アグニホートリー氏とディークシト氏は改めてクシュとディンプルを結婚させることを決める。また、クシュの強い要望により、ラヴとピャーリーと共にクシュとディンプルの結婚式が行われることになった。

 ヤシュラージ・フィルムスらしい、よくまとまったラブコメ映画だった。ヒンディー語映画に親しんでいる人なら、「兄の花嫁を弟が探す」という導入部から容易にその後の展開や結末まで推測可能ではあるが、カトリーナ・カイフ演じるディンプルの破天荒なキャラクターとその突飛な行動のおかげで、楽しい映画になっていた。

 ヒンディー語で兄嫁は「バービー」と言うが、この言葉は特別な響きを持っている。大家族制度の中で、母親や姉の代わりに面倒を見てくれる存在がバービーであり、家族でありながら血のつながりがない「もっとも身近な女性」がバービーであり、時には男性が性的なイニシエーションを受けるのもバービーによってであると言われている。よって、バービーは多くのインド人男性によって母親と姉の次に尊敬すべき「家族の一員」でありながら、同時にセクシャルファンタジーの対象ともなる「生物学的な非近親者」でもあるのである。そのバービーを弟自身が探すという発想が、まずはこの映画のユニークな点である。

 ただ、兄嫁となるべき女性を弟が好きになってしまうというプロットは、伝説的大ヒット作「Hum Aapke Hain Koun..!」(1994年)などの例もあり、珍しいものではない。監督の腕の見せ所は、ほとんどの観客が予想するであろう結末を、その通りに持って行きながらも、その過程でどれだけ意外性を持たせて観客を楽しませるかにあった。そしてその点で「Mere Brother Ki Dulhan」は成功していたと言える。

 「私の兄嫁」という題名ながら、この映画の主人公は兄嫁を探す弟クシュではなく、むしろ兄嫁となるべき女性ディンプルであった。よって、ヒロイン中心映画だと言える。ディンプルのキャラクターは、イムティヤーズ・アリー監督の出世作「Jab We Met」(2007年)でカリーナー・カプールが演じたギートに酷似しているとの批判もあり得るだろう。だが、カトリーナ・カイフなりの味付けがなされており、決して二番煎じではなかった。ロンドン生まれロンドン育ちで大学時代にインドにやって来たディンプルは、欧米人女性と変わらない思考を持っており、女性に保守的な生き方を求めるインドの社会に批判的な立場だった。彼女はその束縛を一人で打破しようとする破天荒な女性となり、ロックスターのようなファッションを身にまとい、ボーイフレンドを取っ替え引っ替えして人生を謳歌していた。ただ、「心はインド人」と豪語するように、「最後の一線」だけは決して越えなかった。この辺りは家族向け映画を量産するヤシュラージ・フィルムスらしい設定であろう。言うまでもなく、ディンプルの人生はカトリーナ自身の人生と重なる部分もあり、それが彼女の演技に真実味を与えていた。

 「Jab We Met」の中でギートが無理矢理アーディティヤを連れて逃げるように、「Mere Brother Ki Dulhan」でもディンプルは無理矢理クシュと駆け落ちしようとする。それも二度もである。女性の方が恋愛の主導権を握り、駆け落ち結婚にも積極的なのは時代を反映しているのであろうか。しかも面白いのは、クシュの方が決して駆け落ち結婚をしようとしないことである。1度目の「駆け落ち結婚未遂」ではディンプルが彼に睡眠薬を飲ませて無理矢理家から連れ出すし、2度目にはクシュは駆け落ち結婚以外の「ガーンディー主義」的な方法を試す。女性の方が「野性」を象徴し、男性の方が「理性」を象徴するこの男女関係は、日本で流行語となった「肉食女子」と「草食男子」と通じるものがあるかもしれない。

 全体として脚本はよくまとまっていたと思うが、ひとつだけインド映画の法則に則っていなかったのは、ラヴが最後までクシュとディンプルの策略に気が付かなかったことである。クシュとディンプルが、自分たちが結婚するためにラヴをピャーリーとくっつけようとする行動は、ラヴがまだピャーリーのことを忘れていないという点で正当化されていたものの、彼を騙したことには変わりない。実の兄を騙すというのはインドの社会の道徳上は許されない行為である。また、インド映画の法則では、劇中での嘘や騙しは必ず後に当事者にばれ、ストーリーの転機となる。だが、「Mere Brother Ki Dulhan」では最後までラヴはクシュとディンプルに騙されたことに気付かず、ハッピーエンディングとなっている。この点は多少気に掛かった。

 ちなみにアグニホートリー家の長男はラヴ、次男はクシュと名付けられていたが、これはラーム王子の双子の息子の名前から取られている。多少古風ではあるが、インドでは一般的な名前である。

 「Mere Brother Ki Dulhan」はカトリーナ・カイフの大成を記念する映画と言っていい。カトリーナは既にトップ女優の名を恣にしているが、この映画におけるディンプル役ほど映画の中心的な役割を果たしたことは今までなかった。そしてその大役を堂々とこなしていた。映画の成功は彼女の肩に掛かっており、その重責を彼女は見事にこなしたと言える。表情、仕草、躍動感、どれを取っても絶頂期を思わせるスパークがあった。ただのお飾りから脱却し、度胸ある演技によって観客を魅了することに成功したことを祝したい。

 イムラーン・カーンも素晴らしい演技をしていた。叔父のアーミル・カーンに似た重みのある演技ができるようになって来たと感じる。特に、兄の婚約式の前夜に相談して来たディンプルに対して作り笑いをするシーンや、婚約式直後にディンプルに愛の告白をするシーンなどは、非常に巧みな演技を見せていた。

 兄のラヴを演じたアリー・ザファルはパーキスターン人男優で、彼は既に「Tere Bin Laden」(2010年)でヒンディー語映画デビューを果たしている。彼を起用しなければならなかった強い理由はあまり感じなかったが、彼の存在は、印パ親善においてヒンディー語映画界が率先して貢献していることを何より雄弁に物語っている。アリーも確かな演技力を持っており、イムラーンとの相性も良かった。

 その他、ジョン・アブラハムが冒頭で少しだけ本人役でカメオ出演していた。その後はストーリーに全く絡んで来ない。

 音楽はソハイル・セーン。今向けのキャッチーな音使いで、映画の明るい雰囲気にマッチしていた。アリー・ザファルがバーング(大麻汁)を飲んで踊る「Madhubala」では、歌手でもあるアリー・ザファル自身が歌っている。

 映画の舞台は主にデヘラー・ドゥーン、デリー、アーグラーと移動し、特にデリーとアーグラーの名所がいくつか映し出される。その中でもアーグラーのタージマハルは背景として多用されていた。あまりにあからさまな使い方ではあったが、外国人受けはいいだろう。

 劇中には過去の名作へのトリビュートやパロディーも散見された。冒頭のタイトルソング「Mere Brother Ki Dulhan」でのダンスでは、「Dil Se..」(1998年/邦題:ディル・セ 心から)のヒット曲「Chaiyya Chaiyya」を意識した列車上でのダンスや、サルマーン・カーンのヒット作「Wanted」(2009年)や「Dabangg」(2010年)をまねたダンスがあった。「Caravan」(1971年)のヒット曲「Piya Tu Ab To Aaja」が何度か使われていたし、往年の名女優マドゥバーラーを題名に関した曲も出て来た。過去のヒンディー語映画へのオマージュは最近の映画によく見られる特徴である。

 「Mere Brother Ki Dulhan」は、ストーリーに意外性はあまりなく、予想通りの結末に着地するものの、カトリーナ・カイフやイムラーン・カーンの好演もあり、気軽に楽しめる娯楽作に仕上がっている。典型的なインド娯楽映画を観たかったら、今はこの作品がもっとも適しているだろう。