全くノーマークだったのだが、2007年9月27日、突然「Johnny Gaddaar」というなかなか面白そうなスリラー映画が公開された。監督のシュリーラーム・ラーガヴァンは「Ek Hasina Thi」(2004年)でデビューした映画監督で、これが2作目となる。英国人ミステリー作家ジェームズ・ハドリー・チェイスや、アミターブ・バッチャン主演の「Parwana」(1971年)へのオマージュが散りばめられた、70年代テイスト溢れるユニークな映画だった。
監督:シュリーラーム・ラーガヴァン
制作:アドラブス・フィルムス
音楽:シャンカル=エヘサーン=ロイ
作詞:ジャイディープ・サーニー、ハルドカウル、ニーレーシュ・ミシュラー
出演:ダルメーンドラ、ヴィナイ・パータク、ザーキル・フサイン、ダヤー、リーミー・セーン、ニール・ニティン・ムケーシュ(新人)
備考:PVRアヌパム4で鑑賞。
ムンバイー在住の隠居ギャング、シェーシャードリー(ダルメーンドラ)は、バンガロールに住む警察の友人カリヤーンと、2,500万ルピーの取引をしようとしていた。シェーシャードリーは資金を調達するため、4人の部下を集めた。カジノを経営するプラカーシュ(ヴィナイ・パータク)、ディスコを経営するシャールドゥル(ザーキル・フサイン)、巨漢シヴァ(ダヤー)、そして若手のヴィクラム(ニール・ニティン・ムケーシュ)。五人は500万ルピーずつ出し合い、2,500万ルピーを作った。4日後にはこれが2倍になって返って来る算段であった。一方、シャールドゥルの妻ミニ(リーミー・セーン)とヴィクラムは恋仲にあり、二人はこの取引が終わったらカナダへ逃亡しようと計画していた。だが、ヴィクラムは「Parwana」を見ている内に、2,500万ルピーを独り占めにする陰謀を思い付いた。アリバイを作るため、ヴィクラムはシェーシャードリーに、計画実行の前日にゴアへ行くと告げた。だが、彼の自動車はゴアへは向かわず、プネーへ行った。そこで一泊した後、自動車を置いて飛行機でゴアへ向かい、ゴアのホテルにチェックインして、シェーシャードリーの知り合いと会談した。その後再び飛行機でムンバイーへ戻った。 シェーシャードリーはシヴァに、ムンバイーからバンガロールへ列車で金を持って行き、そこで金を受け取って、すぐにムンバイーへ戻って来るように指示を出した。シヴァは金を持って列車に乗り込んだ。ところが、その列車にはヴィクラムも乗っていた。彼はクロロフォルムでシヴァを眠らせ、その隙に金を奪い取ろうとしたが、シヴァは意識を失う前に抵抗し、ヴィクラムは顔を見られてしまう。しかもシヴァは意識を失うときに頭を強打してしまい、死んでしまう。ヴィクラムは仕方なくシヴァの死体を列車から捨てる。ヴィクラムはプネー駅で降り、自動車に乗ってゴアへ向かった。ゴアでシェーシャードリーからシヴァの死を電話で伝えられ、ヴィクラムはムンバイーへ戻る。 シェーシャードリーの家に着いたヴィクラム。だが、シェーシャードリーはヴィクラムがシヴァを殺したことに勘付いてしまう。恐れたヴィクラムは隙を見てシェーシャードリーを撃ち殺す。そこへプラカーシュとシャールドゥルもやって来る。ヴィクラムは一旦家の外に出て、何食わぬ顔をして玄関にやって来る。ドアを破って中に入った三人は、シェーシャードリーが死んでいるのを発見する。 バンガロールからカリヤーンがやって来て、2日以内に犯人を捕まえると約束する。当初カリヤーンはシヴァが生きていることを疑い、シヴァの恋人ヴァイジャヤンティーを拷問するが、すぐに鋭い嗅覚でヴィクラムがやったと気付く。ヴィクラムはカリヤーンに捕まりピンチに陥るが、カリヤーンは待ち伏せしていたヴァイジャヤンティーに殺されてしまう。 その頃、プラカーシュはギャンブルに負け、多大な借金を負ってしまった。そこでシャールドゥルとヴィクラムは金を貸すことにしたが、その中に偽札が含まれていることが発覚する。実はプラカーシュは、シェーシャードリーに渡した500万ルピーの中に偽札を含ませていた。その金が自分の手元に戻って来たことを知り、シャールドゥルがシヴァを殺して2,500万ルピーを盗んだと考える。プラカーシュはそのことをヴィクラムに言うが、ヴィクラムは自分が犯人だとばれるのが怖くて、プラカーシュをも殺してしまう。 残ったのはシャールドゥルとヴィクラムだけになってしまった。シャールドゥルは偶然、シヴァが死んだ日にヴィクラムがプネーにいたことを知り、彼を殺そうとする。まずはヴィクラムから家の鍵を奪い、彼の家で2,500ルピーを探す。ヴィクラムは金を貯水タンクの中に隠していたが、それは発見されてしまう。シャールドゥルはその金を自宅へ運び、ヴィクラムを殺そうとする。だが、そこへ自分たちの不倫がばれたと勘違いしたミニが駆け込み、その隙にヴィクラムはシャールドゥルを射殺する。 ヴィクラムはシャールドゥルの服を着て彼の家へ行き、奪われた金を取り戻そうとする。だが、彼は後ろから何者かに撃たれて死んでしまう。撃ったのはプラカーシュの妻だった。彼女は、シャールドゥルが夫を殺したと思っており、シャールドゥルに復讐するために待ち伏せしていたのだった・・・。
スリラー映画は、先の展開が読めないハラハラドキドキ感が決め手である。誰が犯人なのか?どのように完全犯罪を崩して行くのか?そして全ての謎が明かされるときは、観客が納得できるような解説をしなければならない。だが、残念ながらインドのスリラー映画の大半は、どこかで見たような、どこかで読んだような、結末が事前に分かってしまうストーリーばかりだ。しかも強引なこじつけが多いので、スッキリしないことが多い。インドのスリラー映画はまだまだ未熟だと言わざるをえない。よって、よっぽどのことがなければインドのスリラー映画を観る気にはなれないのだが、「Johnny Gaddaar」は突然変異的に優れたスリラー映画に仕上がっていた。
「Johnny Gaddaar」は、アミターブ・バッチャンが悪役を演じた1971年公開の映画「Parwana」の犯罪シナリオがベースになっている。つまり、アリバイを作るために列車に乗ってある駅からある駅まで移動することにし、始点と終点に目撃者を設ける。一方で、途中の駅で降りて飛行機で別の場所に移動し、犯罪を犯し、元々乗っていた列車に乗る、という筋書きである。列車での移動が数日かかることがあるインドならではの犯罪だ。「Johnny Gaddaar」の主人公ヴィクラムは、「Parwana」の手法を真似て犯罪を犯す。犯罪の手法は最初に観客に提示され、犯罪者の心理状態と末路に焦点を当てて描いた映画であった。ヴィクラムが警察官のカリヤーンに、「お前、アミターブ・バッチャンが好きなら、『Parwana』は観たことがあるか?」と核心を突く質問をされてうろたえるところなど、よく出来ていた。
1971年の映画がベースになっているためか、当時最盛期だったダルメーンドラが出演しているためか、全体的に70年代テイストの演出が施されていた。所々に渋いギャグも散りばめられており、監督のセンスの良さを感じた。また、カメラのアングルも凝っており、緊張感が出ていた。
主演のニール・ニティン・ムケーシュは、名プレイバックシンガーのムケーシュの孫で、やはりプレイバックシンガーのニティン・ムケーシュの息子になる。リティク・ローシャンに似た顔立ちで、新人としては演技は合格点だった。ヴィナイ・パータク、ザーキル・フサイン、リーミー・セーンなどもいい演技をしていた。意外にダルメーンドラがミスキャスティングだったように思う。呂律が回っていなかったのが一番気になったが、ギャングのご隠居にしては優しすぎる印象を受けた。
音楽はシャンカル=エヘサーン=ロイだが、一般のインド映画のようにミュージカルシーンが入ることはなく、シャンカル=エヘサーン=ロイらしい音楽は聞かれなかった。
基本的にヒンディー語で、英語が多少混じる程度だが、一瞬だけタミル語が出て来る。バンガロールのシーンでは、カンナダ語映画のスーパースター、ウペーンドラ出演の映画の看板も出て来た。監督が南インド出身なので、少しだけ南インドの隠し味を混ぜたのであろう。
「Johnny Gaddaar」は、インド映画の中ではよく出来たスリラー映画だった。ユーモアと緊張感が程よく調合されており、70年代の雰囲気がいい味を出していた。観て損はない。