Bang Bang!

4.0
Bang Bang!
「Bang Bang!」

 昨今のヒンディー語映画業界のひとつの潮流にハリウッド化がある。ハリウッドが得意とするジャンルへの挑戦はホラー映画「Raaz」(2002年)やSF映画「Koi… Mil Gaya」(2003年)辺りから始まったといえるが、最近はハリウッド映画並みのスケールのアクション映画大作を作ろうとの意気込みが感じられる。2014年末に「チェイス!」の邦題と共に日本で一般公開された「Dhoom: 3」(2013年)は正にハリウッド映画の風格をまとったアクション映画であった。

 2014年10月2日に公開された「Bang Bang!」も、ハリウッド映画を目指したアクション映画大作のひとつだと。何しろトム・クルーズとキャメロン・ディアス主演のアクション映画「ナイト&デイ」(2010年)の公式リメイクなのだ。監督はスィッダールト・アーナンド。「Salaam Namaste」(2005年)や「Ta Ra Rum Pum」(2007年)などで知られた人物で、海外を舞台にした映画を好んで作っている。作曲はヴィシャール・シェーカル、作詞はクマール、アンヴィター・ダット、ヴィシャール・ダードラーニーなど。

 主演はリティク・ローシャンとカトリーナ・カイフ。この美男美女は「Zindagi Na Milegi Dobara」(2011年)で共演済みで、スクリーン上での相性の良さが証明されている。他にダニー・デンゾンパ、ジャーヴェード・ジャーフリー、パワン・マロートラー、ヴィクラム・ゴーカレー、ジミー・シェールギル、カンワルジート・スィン、ディープティー・ナーヴァルなどが出演している。

 ロンドンで、インドが国際指名手配するテロリスト、オマル・ザファル(ダニー・デンゾンパ)が逮捕された。インド陸軍のヴィーレーン・ナンダー大佐(ジミー・シェールギル)はオマルの引き渡しのために英国を訪れ、オマルにも会うが、そこへハミード・グル(ジャーヴェード・ジャーフリー)というテロリストが突入してきて、ヴィーレーンは殺される。オマルはハミードと共に脱走する。

 ところで、インドと英国は犯罪人引渡し条約を締結しようとしていた。それを知ったオマルは、英国王室が保有する有名ダイヤモンド、コーヒヌールを盗み出したインド人に懸賞金を出すと発表する。それから間もなく、ロンドン塔に保管されていたはずのコーヒヌールは何者かによって盗み出され、世界的な大ニュースとなる。コーヒヌールは元々インドで発見されたダイヤモンドであった。犯人がインド人であることが分かると、オマルの思惑通り、インドの野党政治家は、コーヒヌールを取り戻すために、英国との犯罪人引渡し条約締結に反対の声を上げ始めた。

 そんな中、インドはヒマーチャル・プラデーシュ州の州都シムラーにて、コーヒヌールの引き渡しが行われようとしていた。コーヒヌールを盗み出したのはラージヴィール(リティク・ローシャン)という泥棒で、ハミードの手下と会う約束をしていた。しかし、交渉は決裂し、ラージヴィールはコーヒヌールを持って逃げ出す。

 ちょうど同じ頃、シムラーではハルリーン・サーニー(カトリーナ・カイフ)という女性がレストランでヴィッキーという男性を待っていた。ハルリーンはカナダ生まれだったが、10歳の頃、両親の事故死に伴い、祖母の住むシムラーに移り住み、その後はシムラーを出たことがなかった。職業は銀行の受付だったが、いつか世界中を旅して回ることを夢見ていた。祖母はハルリーンの結婚のことを心配していた。ハルリーンはマッチングサイトを使ってデート相手を探し、そこで会うことになったのがヴィッキーであった。

 ハミードの手下に追われ、逃亡中だったラージヴィールは、たまたまハルリーンがデート相手を待つレストランに入る。そこでハルリーンは彼をヴィッキーだと勘違いし、席に誘う。束の間の会話を交わす中で、ハルリーンはすっかり彼に惚れてしまう。ところが、ハルリーンがトイレに立った間にラージヴィールはハミードの手下たちから襲撃を受け、再び逃亡する。トイレから戻ったハルリーンは、本物のヴィッキーと出会い、混乱する。

 ところで、インド政府の諜報機関ISSのエージェント、ゾーラーワル(パワン・マロートラー)はシムラーにコーヒヌールを持つ人物が現れたとの情報をキャッチし、シムラーに来ていた。ラージヴィールと一緒にいたことからハルリーンはゾーラーワルの尋問を受けることになる。だが、ラージヴィールが助けに現れ、ハルリーンを連れて逃げ出す。その中で初めてラージヴィールは、コーヒヌールを盗み出したのは自分であることを明かす。

 ラージヴィールはハルリーンを孤島の隠れ家に連れてきていた。だが、ハルリーンが家に電話をしたことから足が付き、二人はハミードの手下から襲撃を受ける。ラージヴィールはそれを首尾良く撃退し、またハミードの居場所を聞き出す。ハミードはプラハにいた。ラージヴィールはハルリーンを連れてプラハへ向かう。ただ、このときまでにハルリーンはラージヴィールの共犯者とされており、彼と共に国際的犯罪者になってしまっていた。

 プラハでラージヴィールはハミードの経営するカジノに潜入し、そこでハミードからオマルの居場所を聞き出そうとする。だが、ラージヴィールはそれに失敗し、ハミードも殺してしまう。一方、その間にハルリーンはゾーラーワルと接触をしていた。ハルリーンは自分が国際的犯罪者になってしまったことを知り、やはりラージヴィールを信じられなくなる。ハルリーンは手渡されたトランスミッターを使ってラージヴィールの居場所をゾーラーワルに教えてしまう。ラージヴィールは橋の上で警察に取り囲まれ、撃たれて川の中に落ちる。コーヒヌールは橋の欄干に置いたままだった。こうしてゾーラーワルはコーヒヌールを手に入れ、ハルリーンは罪を解かれる。

 ハルリーンはシムラーの自宅に戻ってくる。全ては前と同じ生活に戻ったかのようだった。しかし、ラージヴィールのことが気になっていた。彼の故郷がウッタラーカンド州の州都デヘラードゥーンであることを思い出し、ある日彼女はラージヴィールの実家を探しにデヘラードゥーンを訪れる。そこでラージヴィールの父親(カンワルジート・スィン)と母親(ディープティー・ナーヴァル)に会う。彼らには2人の息子がおり、2人とも軍に勤務していた。だが、兄は戦死し、弟も行方不明とのことだった。弟のジャイはラージヴィールにそっくりだった。

  ハルリーンはシムラーに戻ってきた途端に拉致され、オマルの隠れ家まで連行される。ラージヴィールから奪取されたコーヒヌールはオマルの手中にあった。ゾーラーワルがオマルとグルだったのだ。だが、そのコーヒヌールは偽物だった。オマルは、本物のコーヒヌールがどこにあるかを知るためにハルリーンを誘拐した。しかしながら、これこそがラージヴィールの策略だった。彼はオマルに辿り着くために自らの死を演出し、ハルリーンを追っていたのだった。オマルの前に現れたラージヴィールは、実はコーヒヌールは最初から盗まれていなかったと明かす。オマルがコーヒヌール盗難を指示したことに対して、インドのISSと英国の諜報機関MI6が共同で戦線を張り、コーヒヌールが盗まれたという偽の情報を世界中に流したのだった。また、ラージヴィールは泥棒ではなく、ISSのエージェントであった。

 その瞬間、ラージヴィールが仕掛けた爆弾が爆発する。ラージヴィールはハルリーンを連れて逃げ出すが、オマルはまだ生きていた。二人は逃げ切ることができず、ハルリーンは再び捕えられてしまう。オマルは、本物のコーヒヌールを盗んでくるまでハルリーンを預かると言い、ラージヴィールを置いて去っていく。だが、ラージヴィールはオマルを追い掛け、飛び立とうとする飛行機に突入する。ラージヴィールは今度こそオマルを殺し、ハルリーンを解放する。だが、ラージヴィールも銃弾を受け、意識を失う。

 ラージヴィールはISSに救出される。だが、ISSはラージヴィールをハルリーンから遠ざけようとしていた。そこでハルリーンは看護婦に変装して意識が朦朧とするラージヴィールに近づき、彼を連れて逃げ出す。行き先はラージヴィールの実家だった。ラージヴィールは両親と再会する。

 前述の通り、「Bang Bang!」はハリウッド映画「ナイト&デイ」のリメイクであり、大筋は原作と同じである。むしろ、原作と比べて遜色のないレベルのアクション映画をインドでも実現できたことを特筆すべきであろう。主演二人の美しさはトム・クルーズとキャメロン・ディアスを凌駕しているといっていいし、アクションシーンも全く見劣りがしなかった。インド映画らしさも忘れてはいなかった。シムラーやデヘラードゥーンなど、インド山間部の都市が出て来たし、ヒンディー語映画界最高のダンサーであるリティク・ローシャンのおかげで歌と踊りのレベルも高かった。

 原作ではゼファーと呼ばれる永久機関電池を巡る攻防であったが、「Bang Bang!」では世界でもっとも有名なダイヤモンドのひとつ、コーヒヌールを巡って物語が展開した。映画の中でも簡単に説明されているが、現在英国王室の王冠に埋め込まれているダイヤモンド、コーヒヌールは、元々はインドで産出されたものだった。いつ発見されたのか定かではないが、少なくとも13世紀頃には存在しており、世界最大のダイヤモンドとして知られていた。コーヒヌールの持ち主は次々に変わった。カーカティーヤ朝の王、デリー・サルタナト朝の皇帝、ムガル朝の皇帝、イランのナーディル・シャー、アフガニスタンのアハマド・シャー・ドゥッラーニー、スィク王国のランジート・スィンなどである。最終的に英国王室の手に渡り、王冠に埋め込まれた。現在、コーヒヌールはロンドン塔に安置されている。インドは英国に対してコーヒヌールの返還を求めているが、イランやアフガニスタンも同様に所有権を主張しており、状況は複雑となっている。

 「Bang Bang!」の中で、インドと英国による犯罪人引渡し条約締結を阻止しようとして、国際テロリストがインド人の泥棒にコーヒヌールを盗み出させたという下りがあるが、これもコーヒヌールの歴史を知れば納得ができる。インド人がロンドン塔からコーヒヌールを盗み出し、インドに持ち帰った場合、それは不当に持ち出されたものが返ってきたという認識をするであろう。そして、インドはその者を犯罪者とは呼ばず、英雄扱いするであろう。もしそのとき英国との間に犯罪人引渡し条約が発効していると、その者を英国に引き渡さねばならなくなる。インドは主にインドでテロ活動を行うテロリストの引き渡しのためにこの条約を進めていたが、コーヒヌールの動きひとつでこれがガラリと立場が変わる可能性があったのだ。オマル・ザファルはそれを計算したのだった。

  「ナイト&デイ」との比較において興味深いのは、家族の要素がより強調されていた点である。インド映画がハリウッド映画をリメイクする際、家族の要素を新たに追加したり、より膨らませたりするのは、以前から指摘があったのだが、この「Bang Bang!」ではそれが非常に明確に表れていた。「ナイト&デイ」から、トム・クルーズ演じる主人公ロイに両親がおり、劇中にも登場する。「Bang Bang!」ではこの家族関係がさらに強調されており、主人公ラージヴィール/ジャイはいつか家族の下に帰ることを夢見ていたことになっていた。彼は諜報機関のエージェントとなったため、家族に生死を伝えることすらできずにいた。また、エンディングにおいても顕著に違いが出ている。「ナイト&デイ」は、キャメロン・ディアス演じるジューンが、いつか南米最南端ホーン岬に行きたいという夢を叶えるところで終わるが、「Bang Bang!」では、カトリーナ・カイフ演じるハルリーンが、ラージヴィール/ジャイの夢である、実家への帰還を実現させてあげる。「ナイト&デイ」でも、ロイの両親をホーン岬まで呼び寄せるという後日譚が用意されてはいるのだが、「Bang Bang!」の方がより家族の絆を強調した終わり方を採用している。ここがハリウッド映画とインド映画の最大の相違点であり、インド映画寄りの立場から付け加えるならば、インド映画の方が優れている点である。

 家族の絆という点でもっと付け加えるならば、ラージヴィール/ジャイとヴィーレーンの兄弟関係や、ハルリーンと祖母の関係も、原作ではなかったものだ。そしてこれらを通して映画は何度も何度も家族の大切さ、絆の深さを訴える。家族の絆を起点として沸き起こる様々な感情を、インド映画は特に「エモーション」と呼んでいる。

 「Bang Bang!」は、日本で一般公開された「チェイス!」に勝るとも劣らないアクション映画だ。主演二人のケミストリーも抜群である。音楽も悪くない。ただ、ハリウッド映画「ナイト&デイ」の公式リメイクであり、日本での公開は望めないだろう(2022年2月10日に公開)。