The Kashmir Files

4.5
The Kashmir Files

 ヴィヴェーク・アグニホートリー監督の「The Tashkent Files」(2019年)は、ウズベキスタンのタシケントで客死したインド第2代首相ラール・バハードゥル・シャーストリーの死の真相に迫る作品だった。名指しは避けられていたものの、シャーストリーの次に首相に就任したインディラー・ガーンディーを黒幕と仄めかす内容で、ガーンディー家が権力の中枢に居座り続ける国民会議派(INC)を貶めるプロパガンダ映画になっていた。

 そのアグニホートリー監督が続けて同じような題名の映画を送り出した。2022年3月11日公開の「The Kashmir Files」である。題名が示すとおり、カシュミール問題が題材となっているが、特にこの映画が取り上げているのは、カシュミーリー・パンディト難民問題である。

 かつてカシュミール地方にはカシュミーリー・パンディトと呼ばれるヒンドゥー教ブラーフマンが住んでおり、人口の5%ほどを占めていた。人口は少なかったが、カシュミール地方の政治・経済・文化を握る支配者層だった。だが、印パ分離独立時にカシュミール地方の帰属が印パ両国の火種になったこともあって、分離独立を目指す動きが州内で多数派のイスラーム教徒の間で強まっていき、1980年代にはカシュミーリー・パンディトは分離独立派から「インド政府のシンパ」として迫害を受けるようになった。やがて彼らは故郷を捨ててインドの他の地域に難民として流出を余儀なくされた。

 同様のテーマを取り上げた映画としては過去に「I Am」(2011年)や「Shikara」(2020年)があったが、この「The Kashmir Files」ほど直球でこの問題を映画化した作品はなかった。カシュミール・パンディトの問題は一般的に「大移動(Exodus)」と呼ばれるが、この映画はこれを「虐殺(Genocide)」と強い言葉で表現しており、ユダヤ人のホロコーストなどと同様に扱うべきだと主張している。また、この出来事が起こったとき、中央政府では国民会議派のラージーヴ・ガーンディーが首相を務めていたことから、カシュミーリー・パンディトを救おうとしなかった彼の無策も糾弾されている。「The Tashkent Files」と同様に、非常に政治的プロパガンダ色が強い映画だ。

 実はかつてのジャンムー&カシュミール州には憲法370条により、インドの他州とは異なる法体制が敷かれ、自治権が認められていた。これは、インド政府が各地の藩王国を取り込んでいく中で、ジャンムー&カシュミール州に一時的に猶予を与えたためだ。憲法370条は、ジャンムー&カシュミール州に特別な地位を与えており、国防、外交、通信を除く事項について中央政府の管轄下にないことを明記している。これは一時的な措置で、ジャンムー&カシュミール州で準備が整ったら憲法370条は廃止される予定だったのだが、これが政治状況の変化により憲法に残り続けてしまった。よって、ジャンムー&カシュミール州には独自の憲法、独自の旗が認められ、政府の長はしばらくの間、「州首相(Chief Minister)」ではなく「首相(Prime Minister)」と呼ばれていた。ジャンムー&カシュミール州が置かれたこの特殊な状況も、難民化したカシュミーリー・パンディトの故郷帰還を難しくしていた。インド人民党(BJP)は、その前身であるバーラティーヤ・ジャナ・サングの頃から憲法370条の廃止を党是として掲げていた。2019年、下院議員選挙に勝利し、首相として2期目に入ったナレーンドラ・モーディー首相は、念願だった憲法370条廃止を強行し、ジャンムー&カシュミール州を大統領直轄地に格下げして、インドに完全に併合してしまった。映画の中では、この憲法370条問題も取り上げられていた。

 キャストは、ミトゥン・チャクラボルティー、アヌパム・ケール、ダルシャン・クマール、パッラヴィー・ジョーシー、チンマイ・マンドレーカル、プラカーシュ・ベーラーワーディー、プニート・イッサール、バーシャー・スンブリー、ムリナール・クルカルニー、アトゥル・シュリーヴァースタヴァなどである。

 2022年4月3日にイオンシネマ市川妙典において、Spaceboxによる自主上映会でインド人観客と共に鑑賞した。

 デリーの架空の大学ANUの学生クリシュナ・パンディト(ダルシャン・クマール)は、カシュミーリー・パンディトの家系で、祖父のプシュカルナート・パンディト(アヌパム・ケール)と共に住んでいた。母のシャールダー(バーシャー・スンブリー)と兄のシヴは既に亡くなっていたが、クリシュナは彼らが事故で死んだと聞かされていた。クリシュナは、ANUの教授ラーディカー・メーナン(パッラヴィー・ジョーシー)に学生自治会の会長に立候補するように言われる。ラーディカーは、カシュミール分離独立派の活動家でもあり、次期学生自治会選挙でカシュミールを争点にしようとしていた。

 プシュカルナートが死んだことで、クリシュナは遺言に従い、彼の遺灰をカシュミールの実家に撒きに行く。クリシュナは、プシュカルナートの旧友で元高官のブラフマ・ダット(ミトゥン・チャクラボルティー)とラクシュミー(ムリナール・クルカルニー)夫妻の家に滞在した。そこには、祖父の旧友である医者マヘーシュ・クマール(プラカーシュ・ベーラーワーディー)、警察官僚ハリ・ナーラーイン(プニート・イッサール)、記者ヴィシュヌ・ラーム(アトゥル・シュリーヴァースタヴァ)も集った。

 実はクリシュナは、ラーディカー教授から、カシュミールの現状を記録するように指令を受けていた。彼は、ラーディカー教授のコネで、カシュミール分離主義組織JKLFのリーダー、ファールーク・マリク・ビッター(チンマイ・マンドレーカル)と接触する。ビッターはクリシュナに対し、自分たちはテロリストではなく非暴力のフリーダムファイターであると主張し、クリシュナの母親と兄を殺したのはインド陸軍であることを明かす。

 クリシュナはブラフマに、母親と兄の死の真相を問いただす。だが、ブラフマは、2003年にナディマールグで起こった事件について真実を話す。

 1989年、まだクリシュナが生まれたばかりの頃から、政情不安に陥ったカシュミール地方では、カシュミーリー・パンディトに対してイスラーム教徒たちから、「改宗か、移住か、それとも死か」を突き付けられるようになっていた。1990年1月19日、プシュカルナートの家にビッター率いる分離主義者が押し入り、彼の息子を殺す。ビッターはプシュカルナートの教え子だったため、プシュカルナート、シャールダー、シヴ、クリシュナの命は見逃された。彼らは、詩人カウルの家に匿われ、そこからジャンムーに逃げ出すが、カウルとその息子は分離主義者たちによって殺されてしまう。ジャンムーの難民キャンプで彼らは酷い生活を送るが、やがて彼らはカシュミール地方南部のナディマールグに移住する。しかし、ビッター率いる分離主義者たちがインド陸軍の服装でナディマールグを襲撃し、シャールダーとシヴら24人のカシュミーリー・パンディトを殺す。

 デリーに戻ったクリシュナは、会長候補演説で、ラーディカー教授の意図とは逆に、カシュミーリー・パンディトの置かれた窮状を訴え、物議を醸す。

 憲法370条が廃止された現代において、カシュミール分離主義派のイデオロギーに染まった大学生クリシュナが、祖父の死をきっかけに、カシュミール地方を訪れたことで、1989年から2003年にかけて、自分の家族に起こった出来事の真相を知る。そして、カシュミーリー・パンディトの虐殺が隠されている現状に疑問を持ち、それを人々に訴えるという内容だった。

 一見すると、カシュミール問題を巡る双方の視点がバランス良く配置されているように見える。架空の大学ANUの教授であるラーディカー、JKLFのリーダーであるビッターなどの視点から、カシュミール地方のイスラーム教徒たちがいかにインド政府によって抑圧されてきているかが語られる。一方、祖父の旧友であるブラフマなどの視点から、カシュミーリー・パンディトがいかに不当に故郷を追放され、虐殺され、しかもインド政府からほとんどまともな援助を受けられてこなかったことが語られる。しかしながら、ラストのクリシュナによる演説シーンから明確なように、監督の肩入れは完全にカシュミーリー・パンディトにあり、しかも国民会議派やそれに近い政治家、例えばラージーヴ・ガーンディーやファールーク・アブドゥッラーが貶められ、ナレーンドラ・モーディーが持ち上げられていた。完全なるアンチINCの映画であり、親BJP映画である。

 ヴィヴェーク・アグニホートリー監督が巧みなのは、フィクションでありながら、観客にこれは完全なる実話だと思い込ませるような語り口で映画を展開させていくことだ。特にカシュミーリー・パンディトが残忍な方法で惨殺される様子が何度も映し出されるが、これがヒンドゥー教徒の観客に怒りを植え付けないはずがない。「地上の楽園」と呼ばれるカシュミールが「古代のシリコンバレー」としてインド各地の有能な学者が集う場所だったことなどにも触れ、インドにとってカシュミールは不可欠な土地であることを強調するのも忘れていない。インド国民は決してカシュミールを手放してはならず、イスラーム教徒によって行われたカシュミーリー・パンディトの虐殺を忘れてはならず、そして彼らの故郷への帰還をインド全国民が総出で応援すべきだという強い衝動に駆られる作りになっている。

 また、「The Kashmir Files」は荒唐無稽な完全なるフィクションでもない。巧みに真実が織り込まれている。例えば、クリシュナの母親シャールダーは、分離主義者によって電気ノコギリで切断されたが、これはギリジャー・ティックーという女性の身に起こった実話である。ナディマールグで子供を含む24人のカシュミーリー・パンディトが分離主義者によって射殺されたが、これも2003年に実際に起こった実話だ。JKLFのリーダーとして登場したビッターは、ファールーク・アハマド・ダルとヤスィーン・マリクという2人の分離主義者リーダーが合わさったキャラクターだ。そしてクリシュナにカシュミール分離主義イデオロギーを吹き込んだラーディカー教授は、デリーにあるジャワーハルラール・ネルー大学(JNU)の政治学者ニヴェーディター・メーナンをモデルにしているとされる。ニヴェーディターはナショナリズムについての講義の中で、「カシュミール地方はインド政府によって不法に占拠されている」と発言し、物議を醸した。もちろん、映画中に登場した架空の大学ANUは、JNUをもじったものだ。

 実は、プシュカルナートを演じたアヌパム・ケールやシャールダーを演じたバーシャー・スンブリーもカシュミーリー・パンディトの家系である。特にバーシャーの家系は、1990年の騒乱時にカシュミールを捨ててデリーに移住した経験を持っている。よって、彼らの気合の入り方も半端ではなかった。また、ラーディカー教授を演じた女優パッラヴィー・ジョーシーは、ヴィヴェーク・アグニホートリー監督の妻である。

 久々に3時間近くあるヒンディー語映画だったが、あまりに内容がショッキングであるため、全く長さを感じない。とにかくスクリーンに視線が釘付けになってしまう。全編に渡ってシアンがかった色調で撮られており、暗い雰囲気の映画である。雪が積もったシーンも多く、凍てつくような寒さも感じる。そして、若干の歌がBGMとして入るものの、陽気なダンスシーンなどは皆無だ。このようなシリアスな作りの映画ながら、なんと「3 Idiots」(2009年/邦題:きっと、うまくいく)や「Bajrangi Bhaijaan」(2015年/邦題:バジュランギおじさんと、小さな迷子)を越えるヒットとなっている。BJP政権がこの映画を盛んにプロモートしているようだが、それ以上に、やはりカシュミール問題に対するインド人の関心の高さが、観客を呼び込んでいると思われる。

 イオンシネマ市川妙典の雰囲気も異様だった。館内はインド人観客で満席状態で、やはり皆、食い入るように映画を観ていた。そして、日本の映画館では非常に稀なことなのだが、上映終了後、誰かがインド国歌を歌い出し、観客は皆起立して斉唱し始めた。「インド女神万歳!」という掛け声に続いて、「カシュミールは我々のものだ!」というシュプレヒコールも上がった。映画館を出た後も、インド人観客は興奮冷めやらずといった表情だった。インド人の愛国心に火を付けるような内容の映画であることには間違いなく、今後、この映画が大きな社会運動を起こす可能性も感じた。

 映画が娯楽の王様として君臨するインドでは、映画がしばしば社会に多大な影響を及ぼす。「Rang De Basanti」(2006年)などがインド社会に与えた影響については、映画と社会の相互影響で論じた通りである。「The Kashmir Files」は後世、「Rang De Basanti」並みの影響力を持った映画として記録されることになるかもしれない。その影響を最大限見積もると、例えば1990年のラーム・ラト・ヤートラーが1992年のバーブリー・マスジド破壊事件を誘発したくらいのことになるかもしれない。そんな予感まで感じさせられるほどパワフルな問題作だった。

 また、映画の中では、カシュミーリー・パンディトの問題が隠蔽され、世界の人々に知られていない現状についても触れられていた。この映画は正に、その状況を覆すために、世界に対して、カシュミーリー・パンディトの問題を「虐殺」に格上げして真剣に取り上げるように求める映画だった。アルメニア人がオスマン帝国時代に受けた虐殺について世界中で喧伝し、中国人が日本軍による南京大虐殺をあの手この手で既成事実化しているのと同様に、インド人もカシュミーリー・パンディトの虐殺を世界中に訴えていくのだろうか。

 「The Kashmir Files」は、今までインド社会の中であまり顧みられてこなかったカシュミーリー・パンディトの問題をセンセーショナルな手法で映画化した問題作である。あくまでフィクションではあるが、まるで全てが実話であるかのように感じさせられるように巧みに練り上げられており、インド人観客の心情への影響は絶大だと思われる。全く娯楽映画の作りではないこの映画が、並み居る歴代の娯楽映画を越える興行収入を叩き出していることも無視できない。内容の真偽の問題は深刻に孕んでいるのだが、その影響力の強さから、必見の映画に数えるべき作品だ。

 ちなみに、ヴィヴェーク・アグニホートリー監督はこの「The~Files」シリーズを三部作と考えているようである。「The Tashkent Files」、「The Kashmir Files」ときて、次は「The Delhi Files」とのことである。これは1984年のスィク教徒虐殺を主題にした映画としか考えられず、やはりアンチ国民会議派の映画になるだろう。