Summer 2007

4.0

 インド映画鑑賞は、自分の鑑識眼との闘いである。150ルピー以上のお金と、3時間という時間を賭け、駄作を避けて良作を掴むために映画館に向かう。新聞やネットで前評判を伺ったりレビューを読んだりできるが、インド人に受ける映画が必ずしも自分の好みに当てはまるわけではないし、インド人にそっぽを向かれた映画に光る物を見出すこともある。だから、結局は自分が今まで培って来た鑑識眼と直感に頼るしかない。2008年6月13日から公開された「Summer 2007」は、観ようか観まいか迷いに迷った映画であった。レビューは並くらいのレベル。だが、マハーラーシュトラ州ヴィダルバ地方の農民自殺問題を扱った映画とのことで、無性に惹かれるものがあった。勇気を出して観てみたら、非常にいい映画で、虎穴に入って虎児を得た気分であった。

監督:スハイル・タターリー
制作:アトゥル・パーンデーイ
音楽:ゴウロヴ・ダースグプター
歌詞:ヴィバー・スィン・ウッジャイニー
出演:スィカンダル、グル・パナーグ、ユヴィカー・チャウドリー、アルジャン・バージワー、アーレーク・サンガル、ヴィクラム・ゴーカレー、サチン・ケーデーカル、プラシャーント・ナーラーヤナン、シュエーター・メーナン、アーシュトーシュ・ラーナー、ニートゥー・チャンドラ(特別出演)
備考:PVRアヌパム4で鑑賞。

 ラーフル(スィカンダル)、ヴィシャーカー(グル・パナーグ)、プリヤンカー(ユヴィカー・チャウドリー)、カティール(アルジャン・バージワー)、バガーニー(アーレーク・サンガル)は、ムンバイーの私立医科大学に通う裕福な家庭の子息たちの仲良しグループであった。ラーフルは面倒が嫌いなタイプ。ヴィシャーカーは真面目な医学生で仲間内からはマザー・テレサと呼ばれていた。プリヤンカーはラーフルと一時付き合っていたが、別れた後も彼のことを想い続けていた。カティールはナワーブ(藩王)の家系に育ったプレイボーイ。一方、バガーニーは奥手でお調子者の性格だった。

 大学で学生自治会選挙が行われようとしていた。大学に変化をもたらすことを公約に掲げたプラカーシュに嫌気の指したラーフルは、大学から政治を追い出すための政党を立ち上げる。だが、暴力の行使を厭わないプロの学生政治家との駆け引きが面倒になり、ラーフルら5人は、大学の農村実習プログラムに応募する。

 ラーフルはてっきりゴア近くの医療センターでヴァカンス同然の実習ができると思っていたが、送られた場所はマハーラーシュトラ州東部のヴィダルバ地方。到着したと同時に、農家の自殺騒ぎが起こり、農村の現実を突き付けられる。そこの医療を一手に引き受けていたのが、ムケーシュ・ジャーダヴ(アーシュトーシュ・ラーナー)という医師であった。

 プリヤンカーは持ち前の献身さを発揮し、すぐに患者の検診や治療に参加しようとするが、ラーフルたちは実習修了証明書を金で買ってゴアへ行こうとする。だが、ストライキのためにしばらく公共交通機関が利用できなかった。村の有力者バート・サーハブもよそ者に冷たく、自動車を貸そうとしなかった。仕方なく彼らはその村にしばらく滞在することになる。

 その夜、彼らの泊まる政府系ロッジに、バート・サーハブの手下たちが押しかけて来る。借金を払わないディガンバルという男を追って来ていた。ムケーシュのおかげで彼らは退散するが、ディガンバルはロッジに隠れていた。ラーフルたちは無用なトラブルを避けるため、ディガンバルを追い出す。だが、翌朝ディガンバルは森の中で首つり自殺をした状態で発見された。

 なぜ農民たちは自殺をしなければならないのか?ムケーシュは五人にその理由を語る。銀行が農民にお金を貸さないため、彼らは地元の金貸しから金を借りるしかなくなる。金貸しは法外な利子を上乗せするため、彼らは借金を返済できず、その額はどんどん膨れ上がる。仕舞いにはどうにもならなくなって一家心中するのである。それを聞き、カティールやバガーニーの心に変化が生じる。

 ムケーシュはただの医師ではなかった。彼は農民を救済するため、医療以外の活動も行っていた。彼はバート・サーハブの邸宅に捕らえられたシャンキヤー(サチン・ケーデーカル)を命がけで救出する。シャンキヤーは、村々を巡ってマイクロクレジットを通して借金地獄に陥った農民たちを救おうとしている人物であった。ムケーシュは、シャンキヤーの活動を援助し、彼のために全てを投げだそうとしていた。カティールやバガーニーもシャンキヤーに賛同する。だが、いつまでも農民を借金によって支配することを望むバート・サーハブはシャンキヤーの命を狙っていた。

 ヴィシャーカー、カティール、バガーニーはムケーシュの医療所で積極的に医療活動を始めるが、ラーフルとプリヤンカーは村の問題に無関心で、村から脱出することに決めた。ムケーシュは彼らのためにジープを用意し、隣の県まで送る。だが、そのジープにはシャンキヤーも乗っていた。ジープはバート・サーハブの息子ラーモージーの襲撃を受け、シャンキヤーは銃弾を受ける。だが、森林を支配するナクサライトに助けられる。シャンキヤーは医療所に運ばれ、手術を受ける。ラーフルはムケーシュのアシスタントをし、医師としての自覚に目覚める。

 ナクサライトによって息子が重傷を負わされたことに怒ったバート・サーハブは、警察を医療所に差し向けてシャンキヤーを抹殺しようとする。ラーフルたちはシャンキヤーを逃がそうとするが、プリヤンカー、カティール、バガーニーの三人は警察に捕まって拷問を受ける。また、シャンキヤーのそばにいたヴィシャーカーはラーモージーたちにレイプを受けるが、口を割らなかった。そこに駆けつけたラーフルは、警察が持っていた拳銃で、ラーモージーと2人の警官を射殺する。また、ムケーシュはシャンキヤーと舟に乗って逃げようとするが、警察の銃弾を受けて炎上する。その火災により、ムケーシュが焼け死ぬが、彼は最後の力を振り絞ってシャンキヤーが死んだと見せかける。地元の女警官(ニートゥー・チャンドラ)は、シャンキヤーがラーモージーらを射殺し、自らも死んだことで事件を終わらせることでラーフルと話を付ける。レイプされたヴィシャーカーは大きな病院への入院が必要な状態で、ラーフルたちは救急車と共にその村を去ることになる。

 ところが、責任感に芽生えていたラーフルは、このまま村を見捨てて去ることに我慢がならなかった。彼は自ら警官を2人殺したことを自供して自首し、事件をムンバイーに持ち込む。そして、世間の注目を農村の現状へ向けさせようとする。

 発展著しいインドの華々しいイメージの影で、借金苦によって多くの農民が自殺に追い込まれている。1997年以降、インド全土で15万人の農民が自殺したとされる。大都市に住んでいれば全く別の国の出来事のような話が、現実に都市を取り巻く農村で起こっている。「Summer 2007」はその問題を、都市にすむ裕福な若者たちの視点から描いたパワフルな作品だった。「Rang De Basanti」(2006年)に似た切り口ではあったが、より地に足の着いた内容で、現在のインドの問題を理解するのに役立つ映画である。

 前述の通り、農民自殺の原因は借金である。インド政府もそれを理解しており、最近思い切って6,000億ルピーもの巨額の資金を投じ、農民の借金の肩代わりをする徳政令を出した。だが、この制度で帳消しの対象になるのは、銀行などの正規機関からの借金である。自殺をする農民のほとんどは、銀行から融資を受けられないほど貧しく、違法な高利貸しから金を借りるしかない。その利子は法外で、借金は雪だるま式に増え、やがて生活もできないほどになる。高利貸しからの非人道的な取り立てもあり、それら全てに苦しんだ末に死を選ぶのであり、政府のこの徳政令は本当の意味での解決になっていない。しかも彼らの借金の額は、都会の富裕層には信じられないほど少額である。映画中では、たった5万5,000ルピーの借金によって自殺する農民が描かれていた。そして最大の問題は、毎日多くの農民が自殺している現状を、都市の人々が全く関知していないことである。時々ニュースにはなるが、他のもっとゴージャスでセンセーショナルなニュースに埋もれてしまい、大きな扱いにはならない。しかも、ニュースになることと問題の解決は全く別の次元の話である。「Summer 2007」でも、農村に研修に来た都会の裕福な医学生たちは、最初この農村の現状を「俺たちには関係のないこと」として無視しようとした。都会に住み、オシャレなカフェでコーヒーをすすっていると、しばしばインドが発展途上国であることを忘れてしまうが、農村では未だに中世から脱却できていない酷い生活が続いているのである。インドは昔から都市と農村がお互いに影響を与え合いながらも独自の文化を持って発展して来たが、現代はその格差がどうしようもないほど開いてしまっている。

 「Summer 2007」では、農民自殺問題が提起されるだけでなく、その解決のひとつの方法も提示されていた。それはマイクロクレジットである。マイクロクレジットとは、貧困者向けの担保を必要としない少額融資である。ノーベル平和賞受賞者ムハンマド・ユーヌスがバングラデシュで始めたグラーミーン銀行が有名だが、現在それと同様の試みがインドの農村でも行われつつある。「Summer 2007」では、シャンキヤーという人物が村々を巡ってマイクロ・クレジットの制度を説明し、彼らを救済しようとしていた。たった1,000ルピーの融資を受けた貧しい女性がどのように生活を立て直し、現在子供を学校に通わせることができるようになっているのか、シャンキヤーは村人に熱心に説明していた。

 だが、高利貸しはシャンキヤーの活動を面白く思っていなかった。農民が借金苦から解放されてもっとも困るのは、今まで借金によって貧しい農民たちを奴隷化して来た支配層なのである。高利貸しはシャンキヤーを抹殺しようとしていた。一方、貧しい農民たちの医療を一手に引き受けるムケーシュ・ジャーダヴは、医療だけで村人たちを自殺から救うことのできないもどかしさを直感し、シャンキヤーの提唱するマイクロクレジットこそが救済の道であると確信する。そして、命を投げ打ってシャンキヤーを助ける。この闘争の中に、都会から来た5人の若い医学生たちが放り込まれ、次第に彼らの情熱に感化されて行くのである。

 それらの現実の問題を包括する形で、映画では「変化」の大切さが主張されていた。映画の前半では、大学学生自治会選挙を通し、大学に「変化」をもたらそうとする立候補者プラカーシュの姿が描かれる。だが、ラーフルたちは「今のままで何の不満もない」とプラカーシュをコケにし、挙げ句の果てにラーフルはプラカーシュを負かすためだけに対立候補として立候補までする。だが、農村での実習を通し、5人はインドにどれだけ「変化」を望む人々が多いのかを実感し、そのために命を賭けることを決意する。この点で「Rang De Basanti」のテーマと似通っていた。

 主演は5人の若者だったが、その中で3人が特筆に値する。まず、先日公開の「Woodstock Villa」(2008年)に続き、スィカンダルが主役ラーフルを演じていた。まだ新人なのにも関わらず落ち着いた演技を見せており、これから伸びて行くことだろう。ヒロインのグル・パナーグは1999年のミス・インディアで、「Dor」(2006年)での演技は高く評価されたが、女優としては成功している方ではない。だが、知的な顔立ちはシリアスな映画にとてもフィットし、「Summer 2007」でも好演していた。もっと多くの映画に出てもいい女優である。もう一人のヒロイン、ユヴィカー・チャウドリーは、大ヒット映画「Om Shanti Om」(2007年)でセカンドヒロインを演じていた女優である。ディーピカー・パードゥコーンの偽物みたいな可哀想な役ではあったが、あれでかなり注目を集めたようで、これからヒロイン女優として出演の機会が増えて行きそうである。他に、アーシュトーシュ・ラーナーやサチン・ケーデーカルなどの演技派俳優が出演し、若者中心の映画をグッと引き締めていた。女警官役で特別出演したニートゥー・チャンドラのみ、場違いな印象を受けた。

 音楽には特筆すべきものはないし、不必要なミュージカルシーンもあった。いくつかのシーンでは、マハーラーシュトラ州の有名な避暑地マーテーラーンで撮影されたと思われる雄大な光景が美しかった。

 言語は基本的に英語混じりのヒンディー語だが、マハーラーシュトラ州の農村が舞台となるため、マラーティー語も随分使われていた。ヒンディー語映画の大半はマハーラーシュトラ州の州都ムンバイーで撮影されているが、案外ここまでコテコテのマラーティー語が頻繁に登場する映画は稀かもしれない。

 「Summer 2007」は、不思議なことにあまり世間の注目を集めていないが、必見のパワフルな映画である。今年のアルカカット賞候補に挙げたい。