Dhol

2.5

 ヒンディー語映画界では、男優を3、4人集めて主人公に据えたコメディー映画がよく作られる。「Hera Pheri」(2000年)、「No Entry」(2005年)、「Shaadi No.1」(2005年)、「Deewane Huye Paagal」(2005年)、「Tom Dick and Harry」(2006年)、「Golmaal」(2006年)、「Heyy Babyy」(2007年)、「Dhamaal」(2007年)などがその例である。主役級の男優が集まればそれなりに楽しいのだが、二流三流の男優しか集まっていない映画もある。そういう場合は監督の力量が問われる。本日(2007年9月21日)より公開の「Dhol」も、二流三流の男優が4人集まった微妙なコメディー映画。だが、監督は「コメディーの帝王」と呼ばれるプリヤダルシャン。監督の名前だけで観に行くことを決めた。

監督:プリヤダルシャン
制作:パーセプト・ピクチャー・カンパニー
音楽:プリータム
作詞:イルシャード・カーミル、アーシーシュ・パンディト、マユール・プリー、アミターブ・ヴァルマー
振付:ロンギネス・フェルナデス、ポニー・ヴァルマー
出演:シャルマン・ジョーシー、トゥシャール・カプール、クナール・ケームー、タヌシュリー・ダッター、ラージパール・ヤーダヴ、オーム・プリー、パーヤル・ローハトギー、アルバーズ・カーン、ムルリー・シャルマー、アスラーニー
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 無職でくの坊四人組のパッキヤー(シャルマン・ジョーシー)、サム(トゥシャール・カプール)、ゴーティー(クナール・ケームー)、マールー(ラージパール・ヤーダヴ)は、人生一発逆転のためには大金持ちの女の子と結婚するしかないと悟る。ある日、彼らが住む家の隣にかわいい女の子(タヌシュリー・ダッター)がやって来た。女の子の名前はリトゥだった。

 リトゥの祖父ダーダージー(オーム・プリー)は大企業の社長であった。リトゥの両親は早くに亡くなり、兄のラーフルも謎の死を遂げた。リトゥは兄の死の謎を解明するために来ていた。

 四人組はリトゥに近付くために、まずはリトゥの祖父母に近付こうとする。しかし、ゴーティー、サム、マールーは次々と失敗を犯し、しかも顔を覚えられてしまう。そんな中、パッキヤーだけは運良くリトゥと仲良くなることに成功する。しかも、ラーフルが妹の結婚相手として決めていたジャイがパッキヤーということになり、パッキヤーはリトゥと結婚することになる。残りの三人は歯ぎしりしてくやしがる。

 ところが、ラーフルが頻繁に連絡していたソフィーという女性の存在が明らかになり、リトゥはソフィーと出会う。ソフィーは、実はジャイの許嫁であった。だが、ジャイは既に死んでいた。リトゥはソフィーから真実を聞くことで、パッキヤーたちが嘘を付いていたことが発覚する。四人組はあっけなく振られてしまう。

 ところが、ラーフルとジャイが殺された理由は、「ドール」なるものを持っていたからだった。あるマフィア(ムルリー・シャルマー)は必死にそのドールを追っていた。四人組はマフィアに捕まり、ドールはどこかと拷問される。四人組は何とか隙を見て逃げ出すものの、今度はリトゥたちが捕まってしまう。やはり彼女たちもドールが何かも分からなかった。四人組の活躍でリトゥたちは解放される。

 その後、リトゥとソフィーはジャイの家へ行き、ジャイの遺品を調べる。その中からドール(太鼓)が出て来る。だが、そこへマフィアがやって来る。絶体絶命の危機に陥るが、ガスを出しっぱなしにしていたため、ライターの火をつけたマフィアは爆死してしまう。

 一件落着し、リトゥたちはナーシクへ帰って行った。ドールは四人組に託された。マールーがドールを地面に叩きつけると、中から大量の札束が出て来た。マフィアが探していたのもこれだった。

 そこそこ笑えるコメディー映画。だが、プリヤダルシャン映画の中ではつまらない部類に入る映画であろう。コメディーに「ドール」の謎というサスペンスの要素を取り入れたのはいいが、それが意味を成すのは終盤のみであり、その謎も結局ありきたりのものだった。また、解決されずに残った要素もあり、全体的にまとまりに欠けた映画であった。

 コメディー部分の面白さの大半は、ラージパール・ヤーダヴの猿のようなハチャメチャな演技のおかげである。彼が1人で映画を背負っていたと言っても過言ではない。残りの三人、シャルマン・ジョーシー、トゥシャール・カプール、クナール・ケームーは、特に持ち味を活かせたわけでもなく、誰が演じてもいいような存在感でしかなかった。この内の一人を削ってもストーリーには全く影響がなかっただろう。紅一点のタヌシュリー・ダッターも魅力に欠けた。

 マフィアが追う「ドール(太鼓)」が重要なキーワードとなるのは映画終盤であり、しかもそれが実際に登場して映画の本筋に絡むのは最後の最後になってからだった。ドールにあっと驚く謎が隠されていればまだ良かったが、その謎とは、太鼓の中に大量の現金が入っているだけで、観客の予想の範囲内であった。もっとうまくドールをストーリーに絡めることが出来たのではないかと思う。

 深く考えてみると、エンディングでも解決されない問題がいくつかあった。例えばマールーの叔父さん。四人組は冒頭で大量の借金をしてしまう。その元金はマールーの叔父さんが出したのだが、叔父さんは抵当に金の装飾金を預かる。借金が返せなくなって四人組が失踪すると、叔父さんはその装飾金を売ろうとするのだが、それらは偽物で、叔父さんは警察でありながら警察に逮捕されてしまう。その後叔父さんがどうなったかはエンディングでも語られていなかった。おバカなコメディー映画なので、深く考える必要はないのだが、映画中に登場して四人組のおかげで痛い目に遭った人々がどうなかったかを最後に少し出すと話によりまとまりが出来たのではないかと思う。

 ラージパール・ヤーダヴは既に人気のコメディー俳優だが、その他の三人は現在苦闘中の男優たちである。シャルマン・ジョーシーは「Rang De Basanti」(2006年)でブレイクし、「Life In A… Metro」(2007年)でも好演を見せた。三人の中では一番の出世頭であろう。本作でも最も主人公的な立場にいた。だが、いまいち持ち味を活かせていなかった。トゥシャール・カプールは、TV業界で絶大な力を持つエークター・カプールの弟で、長年ヒンディー語映画界で苦戦しているが、中々ブレイク出来ない男優だ。顔に正直にダメ男路線で行けば一定の地位を獲得できると思うのだが、下手にヒーロー男優路線に走ってしまうので、「痛い奴」扱いされてしまう。それでもトゥシャールのコミックロールは割とはまっているのだが、やはりラージパール・ヤーダヴの前では印象が霞んでしまう。クナール・ケームーは、「Kalyug」(2005年)や「Traffic Signal」(2007年)で注目を集めている男優だ。これまで異色のヒーローを演じて当たって来たので、しばらくその路線で行けばよかったのだが、「Dhol」では普通の男優になってしまっていた。つまり、三人とも「Dhol」では沈没してしまっていた。

 音楽はプリータム。映画の面白さに比例して、音楽もいけてないものが多かった。

 「Dhol」は息抜きするには悪くないコメディー映画だが、プリヤダルシャン監督の映画にしては名前負けであった。