Golmaal

3.0

 今日はPVRアヌパム4で、2006年7月14日公開の新作ヒンディー語映画「Golmaal」を観た。「Golmaal」とは「混乱」という意味。監督はローヒト・シェッティー、脚本は「Phir Hera Pheri」(2006年)の監督、ニーラジ・ヴォーラー、音楽はヴィシャール・シェーカル。キャストは、アジャイ・デーヴガン、アルシャド・ワールスィー、トゥシャール・カプール、シャルマン・ジョーシー、リーミー・セーン、パレーシュ・ラーワル、スシュミター・ムカルジー、マノージ・ジョーシー、ムケーシュ・ティワーリー、アヌパム・シャーム、ヴラジェーシュ・ヒールジー、サンジャイ・ミシュラーなど。

 ゴーパール(アジャイ・デーヴガン)、マーダヴ(アルシャド・ワールスィー)、そして唖のラッキー(トゥシャール・カプール)は、大学を卒業して10年経っても大学に居ついて悪さをしているゴロツキであった。彼らは、ラクシュマン(シャルマン・ジョーシー)が住む寮の部屋にたむろっていた。四人は借金取り(ムケーシュ・ティワーリー)から逃げ回りつつ、新入生から金を巻き上げたりして生活していた。学生監(マノージ・ジョーシー)はある日怒ってラクシュマン共々彼らを寮から追い出した。

 行き場を失った四人は、盲目の老夫婦(パレーシュ・ラーワルとスシュミター・ムカルジー)の住む邸宅にたまたま入り込む。老夫婦がアメリカに住む孫のサミールの帰りを22年間も待ちわびているのを知ったゴーパールは悪巧みを考える。サミールになりきって屋敷に住み着けば、金に困ることはない!ラクシュマンを孫の「身体」にし、声はゴーパールが担当した。老夫婦は孫が帰って来たのを喜び、歓迎する。こうして四人は、老夫婦にばれないようにしながら屋敷に住み着くことになった。しかも、隣の家にはニラーリー(リーミー・セーン)というかわいい女の子が住んでいた。四人は必死になって彼女の気持ちを自分に向けようと出し抜き合いつつ足を引っ張り合いつつ馬鹿騒動を繰り広げる。

 ところで、老夫婦の邸宅には秘密の箱があった。その箱を狙って、マフィアのドン(サンジャイ・ミシュラー)は次々と刺客を送り込んだ。だが、四人はそれが刺客だと知らないながらも適当に撃退する。とうとう痺れを切らしたドンは、自ら老夫婦の家に乗り込む決意をする。

 一方、四人組はたまたまその箱を隠し部屋で発見する。お宝が入っているに違いないと考えた彼らはそれを開けようとするが、そこへお祖父さんがやって来る。お祖父さんは自ら箱を開け、その中からサミールの遺灰を取り出す。実はサミールは2年前に交通事故で死んでいたのだった。だが、それを妻に言うことができずに、今まで隠し通してきたのだった。お祖父さんは、家にやって来たサミールが偽者だとも気付いていたが、喜ぶ妻を見てそれを黙認していたのだった。

 そのときちょうど、ドンと手下たちが家に乗り込んでくる。老夫婦を騙したことを深く反省していた4人は、その償いにとマフィアたちと戦う。その戦いの中で、遺灰の中には実はマフィアが密輸しようとしたダイヤモンドが隠されていることが分かった。だからマフィアのドンは必死でそのダイヤモンドを取り返そうとしていたのだった。だが、4人はマフィアを打ちのめし、警察に突き出す。その乱闘の中で、ゴーパールは尻にナイフを刺されてしまう。

 こうして一件落着し、四人は老夫婦の養子として屋敷に住むことになった。また、四人はヴァレンタインデーにニラーリーに告白していたが、彼女は自分の伴侶としてラッキーを選んだ。なぜならニラーリーは自分の話を聞くだけで口答えしない夫が欲しかったからである。

 最近ヒンディー語映画界で流行の多人数型コメディー映画。よく見てみたら、脚本はその多人数型コメディー映画のパイオニアであるプリヤダルシャン監督の下で脚本家を務めていたニーラジ・ヴォーラーであった。どうりでプリヤダルシャン風味がするわけである。彼の映画は、「混乱」という意味の単語が題名になることが多い。「Hera Pheri」(2000年)しかり、「Hungama」(2003年)しかり、「Hulchul」(2004年)しかりである。しかし、笑いのパンチ力は一連のプリヤダルシャン映画に比べたら数割減であった。

 ヘレン・ケラーの人生をベースにした映画「Black」(2005年)の成功以来、ヒンディー語映画界では盲人を初めとした身体障害者を笑いのネタにしたコメディー映画またはコメディーシーンが頻発しているが、「Golmaal」もそのひとつである。行き場をなくした四人のゴロツキが、盲目の老夫婦の家に転がり込んで住み出すというストーリーだ。グジャラーティー語の演劇作品が原作らしい。しかも、四人の内の一人、トゥシャール・カプール演じるラッキーは唖という設定である。盲目の老夫婦の家に住むという設定は面白かったし、この映画の核となる部分であるが、ラッキーが唖である必要性は全くなかったように思う。なんかこの身体障害者を笑いのネタにするのは、とても安易な流行のように思う。

 「Golmaal」は、インド映画らしい、いろいろな要素の詰まった映画であった。やはりメインなのは笑いで、最初から最後まで爆笑ネタで溢れていた。当代一流のコメディアンであるパレーシュ・ラーワルが出演しているにも関わらず、今回はあまりコミックシーンに関与しなかったのが変わった点であった。だが、笑いだけでなく、迫力のあるレースシーンや、「箱」に隠された悲しい秘密など、観客のあらゆる情感に訴えかける作りで、その点は評価できるだろう。終わり方はちょっと納得できなかったが、コメディー映画なので細かいところを突っ込むのは野暮であろう。

 俳優の中では、アルシャド・ワールスィーとシャルマン・ジョーシーに最高点を与えたい。アルシャド・ワールスィーがサンジャイ・ダットの真似をして歩くシーンがあったが、よく特徴を捉えていて笑えた。「Rang De Basanti」(2006年)で大ブレイクしたシャルマン・ジョーシーは、そのままのキャラクターで印象をさらに強めた。女装シーンもあり。アジャイ・デーヴガンも悪くなかったが、コメディーをする顔ではないと思う。トゥシャール・カプールは全く駄目。他の3人と雰囲気が全く違う。あの「のび太君」のような顔でゴロツキの一員はないだろう。いなくても全然問題ない役だったし、かえって邪魔であった。脇役の中では、クレージーな学生監を演じたマノージ・ジョーシーや、蛇拳の使い手を演じたヴラジェーシュ・ヒールジーなどが印象的だった。

 ヒロインのリーミー・セーンは、「Dhoom」(2004年)以来、けっこう女優としてのランクを高めているようだ。「Deewane Huye Paagal」(2005年)では、「メリーに首ったけ」(1998年)でキャメロン・ディアスが演じたような「誰もが恋に落ちてしまう魅力的な女性」も演じた。だが、それほどいい女優とは思っていないし、「Golmaal」でもそれほど存在感を確立できていなかった。

 音楽はアップテンポのものが多かったが、最大の見所はパレーシュ・ラーワルとスシュミター・ムカルジーが踊る「Kyon Aage Peeche Dolte Ho」であろう。老夫婦の馴れ初めの話から舞台はクラシック映画風の村となり、しかも画面は白黒となる。そこでパレーシュとスシュミターが古風な踊りを踊り、時々アジャイ・デーヴガンたちがモダンタッチな合いの手を入れる。どうも印パ分離独立期の大女優ヌールジャハーンが歌う「Jawaan Hai Mohabbat」をベースにしているようだ。

 最近優れたコメディー映画が続いたため、コメディー映画に対する評価はどうしても辛口になってしまう。「Golmaal」は「面白いことはないが、最高のコメディー映画ではない」ぐらいの位置づけであろう。


Golmaal: Fun Unlimited (2006) {HD} - Full Movie - Ajay Devgn - Arshad Warsi - SuperHit Comedy Movie