Deewane Huye Paagal

4.0

 本日、めでたく全ての課題を提出し終わった。僕の所属しているM.Phil.(博士課程前期)にはテストがないので、これで今学期は終了となる。11月はかなり忙しい毎日だった。課題の提出が集中したのに加え、インド映画についてのレクチャーも頼まれ、しかも旅行もしていたので、本当に時間がなかった。ただ、今年の4月頃には課題とテストに追われてストレスが溜まり、帯状疱疹が発生するほどだったが、今回はそういうこともなく、何とか健康にモンスーン学期を終えることができた。とりあえず解放の喜びを胸に2005年11月25日公開の新作ヒンディー語映画「Deewane Huye Paagal」を観にPVRアヌパム4へ直行した。

 「Deewane Huye Paagal」とは、「狂人が狂人になった」という意味。「Deewane」も「Paagal」もどちらも「狂人」という意味である。どちらかというと、前の「Deewane」の方は恋の病で狂った状態、後の「Paagal」の方は本当の精神患者だ。監督はヴィクラム・バット、音楽はアヌ・マリク。キャストは、アクシャイ・クマール、シャーヒド・カプール、リーミー・セーン、オーム・プリー、スニール・シェッティー、パレーシュ・ラーワル、ヴィジャイ・ラーズ、ジョニー・リーヴァル、ヴィヴェーク・オーベローイ(特別出演)、アーフターブ・シヴダーサーニー(特別出演)など。

 25年間若返りの薬を研究していたクラーナー博士(オーム・プリー)は遂にその薬を完成させた。クラーナー博士はその薬の成分を金庫の中にしまい、その暗号をオウムの玩具にインプットさせた。ところがクラーナー博士の助手は、博士の双子の兄弟でマフィアのドンのクラーナーと密通していた。ドン・クラーナーは若返りの薬の完成を密かに待っていたのだった。ドン・クラーナーはクラーナー博士の自宅を急襲する。クラーナー博士は金庫は手放すものの、暗号を記憶したオウムの玩具を持って逃げ出した。オウムの玩具はたまたま通りがかった女子大生タニヤ(リーミー・セーン)の手に渡った。タニヤは、ドンの長男バルジートがクラーナー博士を殺すところ目撃してしまい、逃げ出す。そこでドンたちは、タニヤを必死になって捜索し出す。マフィアに追われることになったタニヤは、知能障害児の兄を連れてムンバイーを逃げ出す。

 一方、大学の食堂で働きながら勉強をしていたカラン(シャーヒド・カプール)は、タニヤに密かに恋していた。しかし同じ大学には、ドンの次男サニーもいて、タニヤに言い寄っていた。カランは誕生日にタニヤを家に呼ぶが、正にその日にタニヤの身に不幸が起こったのだった。カランはタニヤの家を訪ねるが、もうタニヤはどこかへ去った後だった。ただ、カランへの誕生日プレゼントが置かれていた。その袋の中には、オウムの玩具が入っていた。その後、タニヤの消息は誰にも分からなかった。

 3年後、未だにタニヤのことを忘れられなかったカランは、喫茶店で働きながらタニヤの情報を集めていた。ある日、遂にタニヤがドバイにいることが分かる。カランは、ドバイにコネを持つゴロツキのロッキー(アクシャイ・クマール)に、ドバイでタニヤを探すよう頼む。ロッキーはドバイに飛びタニヤを探す。タニヤはナターシャと名を変えて、駆け出しのシンガーをしていた。ロッキーはナターシャに惚れてしまい、後からやって来たカランに、タニヤは既に結婚したと嘘の情報を伝えてインドへ追い返す。ところがカランは諦めきれず、ドバイに残っていた。

 一方、ロッキーは何とかナターシャを口説こうと、あの手この手を使って近づく。ところがナターシャの周辺には2人の邪魔者がいた。一人はトミー(パレーシュ・ラーワル)。ナターシャが起こした交通事故により、右手と脳に障害を負ってしまった男だった。ナターシャは、死んだ兄の面影をトミーに見て、彼の面倒を見ながらスィーティーおばさんと一緒に暮らしていた。また、ナターシャの周りにいつもいるもう一人の男、サンジュー(スニール・シェッティー)は、足の不自由な建築家だった。サンジューはナターシャの付き合っていたラージ(アーフターブ・シヴダーサーにー)が実は麻薬密売人だったことを突き止めたりして、ナターシャの周辺の男たちを次々に遠ざけていた。

 ドバイに残っていたカランは、とうとうタニヤ(=ナターシャ)を見つける。だが、彼女はロッキーと一緒だった。カランはロッキーに騙されたことを知りながらも、そのことには触れずにタニヤと旧交を温める。また、サンジューはロッキーが実は連続殺人犯だという嘘情報を吹き込み、ナターシャからロッキーを遠ざける。それに怒ったロッキーはサンジューを追いかけるが、なんと足の悪いはずのサンジューは松葉杖を放り出して走り出す。ロッキーはそれを追いかけ、それを後からトミーも追いかける。実はトミーも右手や脳に障害などなかった。ロッキーもサンジューもトミーも、ナターシャに惚れてしまった男たちで、あの手この手で彼女に近づこうとしていたのだった。3人はお互いの正体を知ると、今度はライバル同士としてときに一緒に作戦を練り、ときに足を引っ張り合う仲になる。とりあえずカランが標的となり、サンジューは得意の偽情報作戦でカランを彼女から遠ざけることに成功する。

 ところがそのとき、ドン・クラーナーたちもタニヤを追ってドバイに来ていた。マフィアたちはタニヤの家に押しかけるが、タニヤを愛する次男サニーが暴走し、タニヤを連れて逃げ出す。それを追うドン・クラーナーたち、そしてそれをさらに追うカラン、ロッキー、サンジュー、トミーらだった。タニヤはバルジートに殺されそうになるが、そのときマフィアたちがオウムの玩具を求めていることを知ったカランは、それが今、ロッキーの手元にあることを知らせる。ロッキーはオウムの玩具がしゃべる暗号をタニアだけに聞かせ、オウムを壊してしまう。これでマフィアはナターシャを殺せなくなってしまった。カランやロッキーたちやマフィアたちが入り乱れての乱闘の中で、ナターシャはサンジューとトミーが実は障害者ではなかったことを発見してしまう。

 ナターシャは周囲の男たちから騙されていたことを知ってショックを受ける。ロッキー、サンジュー、トミーは必死に言い訳をするが無駄だった。だがカランだけは違った。彼はナターシャのところにラージを連れて行く。ラージはナターシャの元彼氏だったが、サンジューの策略により絶交となってしまったのだった。それを知っていたカランは、ラージこそがタニヤにふさわしいと考えたのだった。しかし、その自己犠牲の心に感動したタニヤは、カランを自分の伴侶に選ぶ。一方、ドン・クラーナーは、若返りの薬を手に入れたものの、飲みすぎてしまって赤ちゃんになってしまった。

 インド映画お得意の、大量の登場人物が入り乱れてのドタバタコメディー映画。人間関係が複雑に交錯するが、分かりやすく説明されていたので混乱することはほとんどないだろう。間違いなく今年最高のコメディー映画のひとつに数えられる。また、クライマックスの乱闘シーンは大量のスタントマンを動員したようで、やたら迫力があった。「Silsiiley」(2005年)のシャールク・カーンみたいに、スートルダール(ナレーション)役で出演したヴィヴェーク・オーベローイもいい味を出していた。ロマンスあり、笑いあり、涙あり、アクションあり、インド映画のスパイスが詰め込まれた良作である。

 まずは露出度の高い女性ダンサーがいやらしい動きをするベリーダンス風の踊りで映画は始まる。そして突然、牧歌的な音楽が流れ始め、ヴィヴェーク・オーベローイがスートラダールとして軽妙な口調で物語の導入を語り始める。この部分で大方の登場人物の紹介がなされ、観客はスムーズに映画の世界に入り込むことができる。タニヤのムンバイー脱出までの部分は言わば序章で、本編はほぼ全編ドバイが舞台となっている。その後の展開は上に書いた通りである。

 基本的にコメディー映画だったが、アクションシーンにも力が入っていた。序盤のロッキー役のアクシャイ・クマールが筋肉モリモリの黒人と戦うシーンは、キックの見せ方などインド映画離れしたテクニックを感じた。だが、何と言っても圧巻なのは、終盤にある大乱闘シーンである。モトクロスやバギーに乗ったマフィアの手下たちが、モウモウと砂塵を巻き上げながら迫ってきて乱闘を繰り広げるのだが、それは乱闘と言うよりもアクロバット大会であった。モトクロスで空中一回転をしたり、バギーで前転したり、やり過ぎというくらいにド派手なアクションであった。しかもその後には最近ヒンディー語映画で流行りのバイクチェイスが控えており、ウィリーやジャックナイフや立ち乗りなど、またも曲芸を披露する。ただただ唖然とするばかりだったが、面白かったのでよしとしよう。

 シャーヒド・カプールは、序盤では冴えない男を演じていた。最近ヒンディー語映画界の男優は、「か弱い男」を演じることにあまり抵抗を感じなくなっているのではないかと感じている。トゥシャール・カプールなどはもはや僕に「のび太君俳優」とあだ名を付けられるくらい、「か弱い男」役が板に付いてしまったが、シャーヒド・カプールのような今をときめく若手人気男優までその路線を行くとは驚きを隠せない。日本では既に「か弱い男」像は市民権を得てしまったように思うのだが、インド映画の世界でももしかしたら「ヒーローは常に強くたくましくあるべき」という伝統的価値観が崩れつつあるのかもしれない。国の経済が発展すると、男は弱くなるものなのだろうか・・・などと深読みをしてしまう。あと、シャーヒド・カプールのダンスは、リティク・ローシャンの次くらいにうまいと思う。

 アクシャイ・クマールは素晴らしいコメディアンヌ振り。「Mujhse Shaadi Karogi」(2004年)で既にコミックロールの才能の片鱗を見せていたが、「Garam Masala」(2005年)を経て、この作品でもはやアクシャイ・クマールのコメディーの才能に疑問を差し込む余地はなくなったと言っていいだろう。元々スタントマン出身で運動神経抜群のアクシャイ・クマールは、芸幅の広い男優として最近急速に株を上昇させているように思える。

 リーミー・セーンは、なぜかどうしようもない男たちに惚れられる、男運が強いんだか弱いんだかよく分からないヒロインを真摯に演じていた。個人的にはリーミー・セーンにそれほど大女優のオーラーを感じていないのだが、このままコンスタントに映画に出演していけば、一定の地位は獲得できるかもしれない。この映画のタニヤ=ナターシャの役は、ハリウッド映画「メリーに首ったけ」(1998年)でキャメロン・ディアスが演じたメリーと酷似している。明らかにこの映画は「メリーに首ったけ」を翻案した作品だろう。ヴィヴェーク・オベロイのナレーションの着想も同映画から来ていると思われる。

 その他の俳優たちも見事なコメディー振りだった。パレーシュ・ラーワルは言うまでもなく最高のコメディアンだ。この映画を撮影中にドゥバイの空港で麻薬所持の疑いで逮捕されたヴィジャイ・ラーズもいい味を出していたし、久々にジョニー・リーヴァルの四角い顔をスクリーンで見ることができて大満足。スニール・シェッティーも、普段あまり見せないコメディーの顔を見せていた。どちらかというと、いつも安定した演技力を見せるオーム・プリーの存在感が薄かったか。

 この映画の中で一番僕が面白かったのは、ドンの次男のサニーであった。「北インド出身の父親から産まれた南インド人」というおかしな設定で、ファミリーの中で1人だけタミル人っぽい外見としゃべり方をパロディーしていた(どうも亡くなった母親が南インド人の浮気相手と作った子供という設定のようだ)。演じていたのはスレーシュ・メーナンという男優である。タミル語映画には北インド人のパロディーが出て来るが、ヒンディー語映画にはスィク教徒とタミル人のパロディーがよく出て来るように思える。

 音楽は、ベリーダンス風の「Chakle Chakle (Remix)」が一番耳に残った。スートラダールのシーンの「ドゥンドゥンドゥン・・・」というカントリー風の音楽もなかなかおとぼけていてよかった。海外ロケはドゥバイが中心だが、ミュージカルシーンでロサンゼルスのユニバーサル・スタジオ・ハリウッドなどが出て来る。

 「Deewane Huye Paagal」は、特にコメディーとアクションが見所の典型的インド映画である。気分転換に最適の作品と言える。


https://www.youtube.com/watch?v=zDYTE2CxvoE