Jaane Tu… Ya Jaane Na

4.0
Jaane Tu... Ya Jaane Na
「Jaane Tu… Ya Jaane Na」

 ヒンディー語映画界の2007年は下半期にヒット作が集中する偏った年となった。どうやら2008年もそのパターンを踏襲しそうだ。2008年上半期は、「Jodhaa Akbar」、「Race」、「Jannat」、「Sarkar Raj」ぐらいしかヒット作と呼べる映画がなかったが、下半期は期待作が目白押しで上半期の遅れを取り戻せそうだ。そんな中、本日(2008年7月4日)、下半期最初の期待作が2本同時公開された。今日は2本連続でそれらの映画を鑑賞した。まずは「Jaane Tu… Ya Jaane Na」。アーミル・カーン制作で、彼の甥のイムラーン・カーンのデビュー作になる期待作である。

監督:アッバース・タイヤワーラー
制作:マンスール・カーン、アーミル・カーン
音楽:ARレヘマーン
歌詞:アッバース・タイヤワーラー
振付:ラージーヴ・シュルティ、ロンギヌス・フェルナンデス
衣装:アシュレー・レベロ、ヌズハト・カーン
出演:イムラーン・カーン(新人)、ジェネリア、ニーラヴ・メヘター、スガンダー・ガルグ、カラン・マキージャー、アリーシュカー・ヴァルデー、ラトナー・パータク、マンジャリー・パドニス、アヤーズ・カーン、プラティーク・バッバル、アルバーズ・カーン、ソハイル・カーン、ムラリー・シャルマー、ラジャト・カプール、パレーシュ・ラーワル、ナスィールッディーン・シャー(特別出演)
備考:PVRアヌパム4で鑑賞。満席。

 ムンバイーの空港で友人の到着を待つ若者たち。ジャッギーことジグネーシュ・パテール(ニーラヴ・メヘター)、しっかり者のシャリーン(スガンダー・ガルグ)、ロトルーことラヴィーンドラン(カラン・マキージャー)、ボムスことサンディヤー(アリーシュカー・ヴァルデー)、それに最近仲間に加わったマーラー。マーラーは何が何だか分からないまま空港に連れて来られてご機嫌斜めであった。そこでジャッギーらは、これから到着する新婚夫婦ジャイ・スィン・ラートール(イムラーン・カーン)とアディティ(ジェネリア)の話をマーラーに話し始める。

 ジャイとアディティは誰もがカップルと認めるような仲良しの二人だった。ジャイはアディティが猫好きなことから彼女を「ミャーオ」と呼び、アディティはジャイのことを名字の略から「ラッツ(ネズミ)」と呼んでいた。この呼び名でお互いを呼ぶことは二人だけの特権であったが、それだけでも二人の仲の良さが知れる。だが、不思議なことに二人ともお互いに恋愛感情は抱いていなかった。大の親友として大学時代を楽しく過ごしていた。

 ジャイの父親アマル・スィン・ラートール(ナスィールッディーン・シャー)は、ラージャスターン州ランジョールの王侯階級に属していたが、ライバル家系に一人で乗り込んで戦死した人物であった。ランジョールでは、男は馬に乗り、人を殴り、そして牢屋に入らなければ男ではないという古い掟があり、乱暴者の巣窟と化していた。母親のサーヴィトリー(ラトナー・パータク)は家系同士の抗争に嫌気が指し、幼いジャイを連れてムンバイーにやって来て、社会活動家として生活していた。サーヴィトリーは父親の素性を隠し、ジャイを暴力とは縁のない優しい男に育てようと腐心していた。一方、アディティの父親は会社を経営しており、裕福な家庭を築いていた。ジャイとアディティの仲は両親公認であったが、弟のアミト(プラティーク・バッバル)だけは何かとジャイに冷たく当たっていた。

 大学が終わり、アディティの両親はジャイにアディティとの縁談を持ちかけた。だが、ジャイもアディティもお互いと結婚する気はなかった。その代わり、二人はお互いにピッタリの相手を探し合うことを決める。やがてジャイはメーグナー(マンジャリー・パドニス)という女の子と付き合い始める。最初は嬉しそうにしていたアディティだが、次第に疑問を感じ始める。しかし、アディティもスシャーント・モーディー(アヤーズ・カーン)という裕福な若者とお見合いし、婚約もする。それを聞き、今度はジャイがふさぎ込むようになる。

 メーグナーは、ジャイが本当はアディティのことを愛していることに薄々気付いていた。ジャイも、メーグナーの現実を直視しない性格に合わせられなくなる。二人はとうとう別れることを決める。一方、スシャーントもアディティが本当に愛しているのはジャイだけであることに気付く。しかもアディティはスシャーントとの結婚を延期してニューヨークに留学したいと言い出す。元々乱暴な性格だったスシャーントは、遂に怒り心頭に発し、アディティを殴ってしまう。

 アディティがスシャーントに殴られたことを知ったジャイは、単身スシャーントの家に殴り込み、彼をノックアウトする。母親から非暴力の教えを説かれていたジャイが誰かに手を挙げたのはこれが初めてであった。その日、アディティは米国へ発つことになっていた。ジャイはアディティを止めるために空港へ向かおうとする。だが、そこへ母親の仇敵である悪徳警官ワーグマーレー(パレーシュ・ラーワル)が現れ、スシャーントに暴行を加えた容疑でジャイを逮捕する。

 刻一刻とアディティの離陸時間が迫っていた。牢屋に入れられたジャイはワーグマーレーに事情を説明するが、時間の無駄であった。ところがそこへ、馬に乗ってディスコを荒らし回る謎のカウボーイ二人組、バールー(アルバーズ・カーン)とバゲーラー(ソハイル・カーン)が牢屋に入って来る。実はバールーとバゲーラーはランジョール出身で、「男」になるためにムンバイーへやって来たのだった。しかも、ジャイと彼らは親戚であった。バールーとバゲーラーはジャイが牢屋を出ることができるように協力する。

 ジャイは彼らから馬を借り、空港へ向かう。アディティは既に出国手続きを済ませてしまっていたが、ジャイは空港へ突入し、アディティを追う。治安部隊はテロリスト侵入と受け止め、ジャイを捕まえようとした。ジャイは何とか追っ手を振り切って、アディティのところへ辿り着く。そして歌でもって愛の告白をする。

 最初は典型的なラブストーリーを大嫌いだと言っていたマーラーも、その話を聞き終わると感動し、空港から出て来たジャイとアディティに対し、まるで旧来の親友のごとく接する。

 2001年、インド留学初年、僕は「Dil Chahta Hai」(2001年)を観て、インド映画の新しい時代の幕開けと、インドの若者の新しいライフスタイルの提唱を感じた。そしてそれは「僕と同じ世代のインドの若者たちの姿」だと感じた。「Rang De Basanti」(2006年)でも大きな違和感は感じず、自分の世代の若者の物語だと自然に受け入れることができた。2008年、この「Jaane Tu… Ya Jaane Na」を観て、僕は「Dil Chahta Hai」のときと同じことを感じた。すなわち、インド映画の新しい時代の幕開けと、インドの若者の新しいライフスタイルの提唱であった。だが、ひとつ異なったのは、そこで描かれている若者たちの姿が、僕と同じ世代のものではなく、次の世代のものだったことである。新しい青春、新しい恋愛、新しい映画、新しい語り口、そして新しい音楽・・・。「Jaane Tu… Ya Jaane Na」は、映画中の役柄も、それを演じた俳優たちも、1980年代生まれの若者たちが中心になった映画であり、次世代の若者たちが「現世代」になる最初の一歩を刻む映画だと思った。言い換えれば、時代を反映し、時代を形成する、インド映画史上重要な一本になるだろう。そして、個人的には、自分が年を取り、インドの青春映画の対象年齢から外れたことをまざまざと感じさせられた映画になった。

 「Jaane Tu… Ya Jaane Na」には、次世代の若者の台頭を告げる力強い声と、前世代の典型的なロマンス映画に対する批判的な目があった。だが、それは2005年の大失敗作「Neal ‘n’ Nikki」でも感じたことである。「Jaane Tu… Ya Jaane Na」で感心したのは、使い古された陳腐な定型を批判的に踏襲しながら、次世代の若者の趣味に合うように新しい形を与え、しかも映画としての普遍的な面白さを維持することに成功していたことである。「Jaane Tu… Ya Jaane Na」のあらすじを簡潔に言い表すなら、幼馴染みの男女の紹介によるオープニング、二人の間の友情、別々の恋、土壇場で真の愛情への目覚め、そして空港での愛の告白とエンディングと言った感じである。これらのあらすじを見て、誰がオシャレでスリリングなロマンス映画を想像しようか?全くもって定番の展開である。だが、「Jaane Tu… Ya Jaane Na」はその一見退屈な筋を魅力的な展開に変貌させることに成功しているのである。何が原因でそれがうまく行ったのかはすぐには分析できないが、現在と過去のシーンを交互にうまく挟むことで、感傷的になり過ぎず、かつ平坦でもない展開にうまく持って行けていることがひとつの要因だと感じた。

 大学を舞台にしたインドの青春映画の若者像はここ数年でだいぶ変化したように思える。一昔前の映画では、男は男だけのグループを作り、女は女だけのグループを作っている姿が描かれた。そして男と女の対立から、いつの間にか恋愛が生まれる展開が多かったように思える。だが、「Jaane Tu… Ya Jaane Na」では、男女がバランスよく参加した仲良しグループが1単位になっていた。グループ内では男も女もまずは友情によって結ばれている。そして、その中で関係の進展によってカップルが生まれたり、お互いの恋愛を支援し合ったりする姿が描かれていた。男女の間に垣根は見られず、男と女は対等の友人になりうる存在として自然に受け入れられていた。先月公開された「Summer 2007」(2008年)もその典型例であったが、これはヒンディー語映画の大きな変化であると言える。

 インド映画には今でもガーンディー主義の影響が見られることがある。真面目なメッセージとしても、単なるジョークとしても、ガーンディーの提唱した非暴力への一定の尊重が見られる。もちろん、それは仏教やジャイナ教、さらにインドの土着の思想に基づくものとも言い換えられるだろう。「Jaane Tu… Ya Jaane Na」でも、暴力と非暴力のせめぎ合いが見られた。具体的には、ジャイの父親は息子を暴力を厭わない強い男に育てようとし、母親は息子を非暴力を遵守する優しい男に育てようとしていた。また、アディティは絶対に喧嘩をしないジャイを「臆病者」と呼び、「私のために戦ってくれる人」を理想の男性に掲げていた。ジャイはどんな場面でも知恵を働かせて暴力沙汰を避けていたが、アディティを殴ったスシャーントに対し初めて暴力を振るう。また、武勇の地ランジョールに伝わる「男になるための3つの条件」も、非常に暴力的なものであったが、スシャーントを殴ったことでジャイはそれを満たしてしまう。それらの展開を通し、「愛のためなら暴力もやむを得ない」、「むしろ力で愛を勝ち取れ」、そんなメッセージがこの映画から感じられ、少し驚いた。単純なアクション映画だったら暴力に次ぐ暴力で、暴力も非暴力もないが、この映画では暴力と非暴力の対立と葛藤があり、今までのインド映画のパターンなら、非暴力の方に価値の重きが置かれていたはずである。だが、この映画では最後で暴力が肯定された。そういう意味でも「Jaane Tu… Ya Jaane Na」からは新しさを感じた。

 題名には2つの意味が込められている。まず、「Jaane Tu… Ya Jaane Na」とは、「君が知っていようと・・・知っていまいと」という意味である。目的語はもちろん、「恋愛」である。この関係は友情なのか、それとも愛情なのか、それが分からない微妙な年頃の二人の仲を描いた映画の題名にふさわしい。実はこのラインは、「Aa Gale Lag Ja」(1973年)という映画の「Tera Mujhse Hai Pehle Ka」という曲の一節である。ジャイたちが、「愛する人に送る曲は何か」という話題で話し合っていたときに、ジャイが「俺はこの歌を歌う」と言って歌い出したのがこれであった。クライマックスでアディティを追って空港に突入したジャイは、治安部隊に取り押さえられながら、アディティにこの歌を歌って愛の告白をする。その点でもとても映画の内容にマッチした題名になっている。

 本作が本格デビュー作となるイムラーン・カーン。アーミル・カーンの甥だけあって顔や肌の白さはよく似ている。幸い身長だけは似なかったようで、アーミル・カーンと違ってなかなかの体格。それでいてあどけなさが残る顔が魅力的で、十分スターの素質はあると感じた。今年度の新人賞も狙えるだろう。ちなみにイムラーンは、「Qayamat Se Qayamat Tak」(1988年)や「Jo Jeeta Wohi Sikander」(1992年)において、アーミルの子供時代の役で子役出演した経歴を持っている。名実共にアーミルの後継者と言える。

 おそらくこの映画でヒロインのジェネリアも注目を浴びるはずである。先月公開されたコメディー映画「Mere Baap Pehle Aap」(2008年)でもジェネリアは出演していたが、「Jaane Tu… Ya Jaane Na」でその人気は不動のものとなるだろう。元々ヒンディー語映画「Tujhe Meri Kasam」(2003年)で映画デビューしたジェネリアだが、その後南インド映画界で成功し、そこで順調にキャリアを重ねた。既に南インドでは大人気のようである。そして2008年、遂にヒンディー語映画界にカムバックを果たした。女の子らしい魅力に溢れた女優で、日本人にも受けそうだ。この映画をきっかけに全インド的なブレイクとなる予感がする。ところでプロフィールを見たら彼女もカルナータカ州マンガロール出身。ヒンディー語映画界にはマンガロールとその周辺地域に起源を持つ女優が多すぎる。アイシュワリヤー・ラーイ、シルパー・シェッティー&シャミター・シェッティー姉妹、ディーピカー・パードゥコーン、スネーハー・ウッラール、アムリター・ラーオなどなど・・・。マンガロールは美人の産地として有名だが、ここまで輩出女優の数が多いと偶然とはとても思えない。

 アルバーズ・カーンとソハイル・カーンの兄弟は、謎のカウボーイ二人組で出演。単なるコミックロールかと思ったら、最後で重要な役柄であることが分かる。なかなかいい味を出していた。ナスィールッディーン・シャーも、故アマル・スィン・ラートール役として「絵の中から」快演していた。パレーシュ・ラーワル、ムラリー・シャルマー、ラジャト・カプールなどのお馴染みの俳優たちも小さな役ながらしっかりと演技をしていた。彼らの他にも、ジャイやアディティの友達を中心に普段あまり見慣れない俳優たちがたくさん出演しており、世代交代の波を後押ししていた。ジャイの母親サーヴィトリーを演じたラトナー・パータクは、ナスィールッディーン・シャーの実生活の妻であることを追記しておく。変則的な形ではあるが、この映画はシャー夫婦共演ということになる。

 音楽はARレヘマーン。モダンでキャッチーでリズムカルな音作りはさすがの一言。特にジャズ風の「Tu Bole… Main Boloon」はインド映画音楽の新境地を開いたと言っていいだろう。ギター語り弾き風「Kabhi Kabhi Aditi」やダンスナンバー「Pappu Can’t Dance!」もよい。サントラCDは買いである。

 「Jaane Tu… Ya Jaane Na」は、待ちに待った2008年ヒンディー語映画界の大ヒット作になりそうだ。あらすじだけ読むと典型的で退屈なロマンス映画に見えるが、観客をスクリーンに引き寄せて離さない工夫と新鮮さに満ちた若々しい映画である。最新スターをチェックするためにも見逃せない。インド映画ファンなら必見である。