Race

3.5
Race
「Race」

 インドでは数々の宗教が共存しているが、今日はその多様性を象徴する日になった。イエス・キリストの命日であるグッドフライデー、ムハンマドの生誕日かつ命日であるイード・ミラードゥン・ナビー、拝火教徒の新年であるナウローズが重なったのである。しかも明日はヒンドゥー教の祭りホーリーで、その前日の今日はチョーティー・ホーリー(小ホーリー)と呼ばれ、前夜祭のような祝われ方をする。インドのほとんどの宗教の人々にとってめでたい日であった。

 そのお祭りシーズンを狙い、2008年3月21日、期待作が公開された。「スリラーの帝王」の名をほしいままにする監督ドゥオ、アッバース・マスターンの「Race」である。

監督:アッバース・マスターン
制作:ラメーシュ・タウラーニー、クマール・タウラーニー
音楽:プリータム
作詞:サミール
振付:ボスコ・マーティス、カエサル・ゴンザルヴェス、ガネーシュ・アーチャーリヤ
出演:アニル・カプール、サイフ・アリー・カーン、アクシャイ・カンナー、ビパーシャー・バス、カトリーナ・カイフ、サミーラー・レッディー、ダリープ・ターヒル、ジョニー・リーヴァル
備考:PVRアヌパム4で鑑賞。

 南アフリカ共和国ダーバン。ランヴィール・スィン(サイフ・アリー・カーン)は競馬が生き甲斐の大富豪実業家で、自分の競走馬やファームも所有していた。一方、弟のラージーヴ・スィン(アクシャイ・カンナー)は酒にしか興味のない飲んだくれだった。ランヴィールには、ファッション・モデルのソニア(ビパーシャー・バス)というガールフレンドがいたが、彼の秘書ソフィア(カトリーナ・カイフ)はランヴィールのことを密かに想っていた。

 あるときランヴィールは大事故に遭うが、一命を取り留める。しばらくの入院の後、ランヴィールは退院する。ラージーヴは退院パーティーを開催する。このとき初めてランヴィールはラージーヴにソニアを紹介する。ソニアに一目惚れしてしまったラージーヴは、もしソニアが自分のものになったら禁酒すると宣言する。ラージーヴの暴飲を心配していたランヴィールは、ソニアをラージーヴに譲ることを決める。ランヴィールはソニアに、自分には実はガールフレンドがいると嘘を付く。ショックを受けたソニアだったが、ラージーヴとデートを重ねるようになる。

 ところがラージーヴはソニアの過去を前々から調べ上げていた。彼女には前科があり、インドから南アフリカ共和国に逃げて来たのであった。それを暴露されるとソニアは居直り、ラージーヴに「何が目的なの?」と聞く。実はラージーヴは密かにランヴィール暗殺計画を立てていた。彼らの父親は二人に100万ドルずつの生命保険を掛けており、もしどちらかが死ねば、100万ドルの保険金が手に入ることになっていた。ラージーヴはその計画への協力を求める。ソニアもその話に乗る。ランヴィールは、ケープタウンへの出張から帰って来た後、会社のビルのテラスから突き落とされて死亡する。最初は事故と見られたが、この事件を担当することになったインド人刑事ロバート・デコスタ(アニル・カプール)は、真相は別だと考えていた。ロバートはアシスタントのミニ(サミーラー・レッディー)と共に捜査を始める。当然、最も疑わしいのは保険金の受取人になっているラージーヴであった。

 だが、ここで事件に新展開が出て来る。ランヴィールが死ぬ直前に秘書のソフィアと結婚していたことが明らかになったのである。ケープタウンへの出張中に二人は役所に婚姻届を届けていた。ランヴィールはダーバンに帰って来た後にサプライズとして発表しようとしていた。つまり、保険金の受取人はラージーヴではなく、ソフィアになってしまったのである。だが、婚姻届に不審な点を発見したロバートは、ミニと共にケープタウンへ飛ぶ。そこで発覚したのは、役所にソフィアと共に婚姻届を出しに現れたのはランヴィールではなく、ラージーヴだったという事実だった。実はラージーヴはソニアより前にソフィアと通じていたのである。ロバートはラージーヴとソフィアを追及する。ラージーヴは仕方なく保険金の4分の1を賄賂として彼に渡すことになる。

 保険金受け取りの日になった。ソフィアはラージーヴの乗る自動車で保険会社へ行き、保険金100万ドルを受け取った。ラージーヴの行動を不審に感じたソニアはラージーヴを尾行していたが、それはラージーヴの罠であった。誘い出されたソニアは、雇われた殺し人に殺されそうになるが、それを助けたのが死んだはずのランヴィールであった。

 ランヴィールは、以前入院したときに偶然、自分の遭遇した事故がただの事故ではなく、ラージーヴの計画したものだったことを知ってしまう。その後、ラージーヴの部屋を探ったところ、ソニアの経歴をまとめた書類を発見し、弟が何を考えているのかを知るため、故意にソニアをラージーヴに会わせたのだった。ラージーヴが再度の暗殺計画を立てていることを知ったランヴィールは、その計画を逆手に取り、200万ドルのゲームを遊ぶことに決めた。つまり、自分の死を偽装して100万ドルの保険金を引き出し、さらにラージーヴを殺して彼の分の100万ドルの保険金もせしめようとしたのだった。ランヴィールはロバートと協力して死を偽装し、ソニアを使ってラージーヴの行動を逐一把握していた。その中で、ラージーヴは子供の頃から自分に劣等感を持っており、何とか兄を負かそうと躍起になっていたことを知る。ランヴィールはソニアと共にラージーヴとソフィアの前に姿を現し、全ての種明かしをする。

 だが、ランヴィールはラージーヴに最後にチャンスを与えた。自動車でレースをして、勝った方が全てを手に入れるというものだった。ラージーヴもそれを受け入れる。ラージーヴとソフィアは青いスポーツカーを用意してランヴィールを待った。ランヴィールとソニアは黄色いスポーツカーに乗って現れる。ラージーヴが兄の車を見て、「これなら誰でも勝てる」と言ったため、ランヴィールはラージーヴの車と交換してレースをすることにした。レースは始まった。だが、すぐにラージーヴの姑息さが明らかになる。青いスポーツカーのブレーキは故障していたのだ。だが、ランヴィールも負けてはいなかった。ランヴィールはラージーヴに電話し、黄色いスポーツカーには爆弾が仕掛けられており、時速100km以下になったら爆発することを伝える。こうして、ブレーキなしの死のレースとなった。だが、最後にはラージーヴとソフィアの乗った車はタンクローリーとぶつかって大破炎上してしまう。ランヴィールとソニアの乗った車は何とかスピードを殺して止まることが出来た。実は黄色いスポーツカーには爆弾など仕掛けられていなかった。卑怯な手段を使った弟に、嘘で対抗しただけだった。

 こうして、法律上ラージーヴの妻であるソニアは100万ドルの保険金を受け取った。ランヴィールとソニアはこのまま誰も知らない場所へ向かった。

 アッバース・マスターン監督らしい、二転三転の展開が楽しい娯楽映画であった。保険金を巡って兄弟間で繰り広げられる仁義なき騙し合いがテーマである。インド映画のスリラーにありがちではあるが、各どんでん返しに理論的整合性はほとんどない。脚本の都合で何度も話がひっくり返ってしまう。騙し騙されの連続で、最終的にはとんでもなく複雑で高度な騙し合いになってしまっている。あまり計画性のないインド人がこんな練りに練った犯罪計画を立てるかと疑ってしまう。だが、その点に目をつむりさえすれば、十分楽しめる作品である。

 目まぐるしく展開する映画の中で重要な軸となっていたのは、ランヴィールのモットーである。競馬に全身全霊を捧げるランヴィールは、勝負に対してひとつのモットーを持っていた。それは、「負かそうと思う者は勝てない。勝とうと思う者が勝つ」というものである。つまり、真剣勝負のレースにおいて、卑怯な手段を使って勝とうとする者は必ず負けるというのが彼の自論であり、むしろ彼はそういう卑怯者を容赦なく打ち負かして来た。ランヴィール暗殺計画を立てて失敗したラージーヴも、最後にチャンスを与えられながら、真剣に勝負をせず、卑怯な手段に頼ったため、負けてしまうのだった。卑怯者は、自分が卑怯な考えを持っているだけあって、相手も卑怯な手段を使って自分を負かそうとして来ると考える傾向にあり、それが結局勝負事で命取りになってしまう、という主張が映画から感じられた。エンディングでランヴィールはロバートに、「オレが一番苦手なのは正直者だ」と呟くシーンがあるが、それはそのモットーの裏返しである。

 主演の男優三人は、昔からヒンディー語映画で活躍していながら、いまいち芽の出なかった人々である。だが、ここ数年でだいぶ彼らの評価も急激に変わって来た。頭ひとつ飛び抜けたのはサイフ・アリー・カーン。「Kal Ho Naa Ho」(2003年)などの娯楽大作で人気を再燃させることに成功したばかりでなく、「Omkara」(2006年)などの比較的シリアスな作品での演技は高く評価された。「Race」のサイフの演技も素晴らしかった。アクシャイ・カンナーも、サイフに比べたら出遅れているものの、「Gandhi, My Father」(2007年)などで重要な役を演じ、かなり信頼できる俳優になって来た。サイフとのスクリーン上の相性もよく、映画を盛り上げていた。アニル・カプールは、時々迷走して変な役を引き受けたりする癖があり、「Race」での彼の役も微妙であったが、先日公開された「Black & White」(2008年)で見せたように、真面目な演技もできる俳優である。彼が「Race」で演じたロバート・デコスタ刑事は、毎回果物を食べながら捜査するという、苦笑もののキャラクターであった。

 一方、女優三人の現在の立ち位置はだいぶ異なっている。ビパーシャー・バスは、アッバース・マスターン監督「Ajnabee」(2001年)でデビューし、しばらくセックスシンボルとしてインド中にビパーシャー旋風を巻き起こした女優である。だが、いつしか演技派転向を口にするようになり、次第に映画への露出も肌の露出も限られて来た。現在でも活躍中だが、一時期のホットさに比べたら、だいぶ落ち着いてしまったと言わざるをえない。サミーラー・レッディーは、デビューはビパーシャーと同じ頃だが、今に至ってもなかなかブレイクできないでいる。比較的勢いがあったのはサンジャイ・ダットと共演した「Musafir」(2004年)の頃だが、残念ながら今でも二流三流のままだ。期待作「Race」への出演が彼女のキャリアの突破口になるかもしれないと思っていたが、彼女に与えられた役は、ロバート・デコスタ刑事のアシスタントながら頭のねじが外れた半分コミックロールみたいな役で、いてもいなくてもあまり変わらなかった。男優の数に女優の数を合わせるために作り出された役という感じがした。カトリーナ・カイフは、今もっとも勢いのある若手女優である。「Race」では、無邪気な秘書と見せかけて実は曲者という、けっこう高度な役を演じていた。客寄せパンダ的な女優から徐々に脱皮しつつあるのを感じる。

 その他、一瞬だけ名コメディアン、ジョニー・リーヴァルが登場し、あのギョロ目とマシンガントークを披露してくれる。

 音楽はプリータム。スリラーの雰囲気を盛り上げるテーマ曲「Race Saanson Ki」、ディスコナンバー「Dekho Nashe Mein」などの踊れる曲や、アーティフ・アスラムの歌うバラード「Pehli Nazar Mein」、誘惑の歌「Zara Zara Touch Me」など、バラエティーに富んだナンバーが揃っている。サントラは買いである。

 「Race」は、どんでん返しに次ぐどんでん返し、スピーディーな展開、美女とダンス、クライマックスの死のレースなど、見所盛りだくさんの娯楽大作である。暇潰しや気晴らしには最適の作品だ。