Barfi!

4.5
Barfi!
「Barfi!」

 2012年9月の上旬は日本に一時帰国しており、本日デリーに戻って来た。戻って来た途端、2012年9月14日より公開の新作ヒンディー語映画「Barfi!」を観に行った。ランビール・カプール主演の映画で、「Gangster」(2006年)や「Life In A… Metro」(2007年)で有名なアヌラーグ・バスが監督である。バス監督はリティク・ローシャン主演の「Kites」(2010年)で大コケしてしまったのだが、それ以前の作品群から分かるように、センスはある監督であり、この作品で名誉挽回が期待される。

 映画は時間軸が1972年、1978年、そして現代と主に3つの時代を行き来し、複雑な構成となっているが、下記のあらすじでは基本的に時間の流れに沿ってまとめてある。

監督:アヌラーグ・バス
制作:ロニー・スクリューワーラー、スィッダールト・ロイ・カプール
音楽:プリータム
衣装:アキ・ナルラー、シェファリナ
出演:ランビール・カプール、プリヤンカー・チョープラー、イリアナ・デクルーズ、サウラブ・シュクラー、ジーシュー・セーングプター(特別出演)
備考:PVRプリヤーで鑑賞、満席。

 1972年、シュルティ(イリアナ・デクルーズ)は父親の仕事の関係でダージリンにやって来る。そこでシュルティはバルフィー(ランビール・カプール)という不思議な青年と出会う。バルフィーは耳が聞こえず、言葉をしゃべることもできなかった。だが、常に底抜けに明るく、周囲を楽しませていた。シュルティはランジート・セーングプター(ジーシュー・セーングプター)と婚約を済ませていたが、バルフィーに惹かれるようになる。しかし、母親に説得され、そのままランジートと結婚することを決める。

 1978年、シュルティは偶然カルカッタでバルフィーと再会する。バルフィーはジルミル(プリヤンカー・チョープラー)という知能遅れの女の子と一緒に住んでいた。バルフィーがジルミルと共にカルカッタに来た理由は以下の通りである。

 ジルミルは元々ダージリンのムスカーンという知能障害児院に入れられていた。父親のチャタルジーは地元の名士であった。バルフィーの父親はチャタルジーの家で運転手をしていたこともあり、バルフィーは子供の頃から彼女のことを知っていた。しかし、祖父が危篤となったことをきっかけにジルミルは院から家に戻され、暮らしていた。

 あるとき、バルフィーの父親が心臓発作で倒れてしまう。手術のために2日以内に7,000ルピーを捻出しなければならなかった。バルフィーはチャタルジーに頼むが全く聞き入れられない。そこで彼はジルミルの誘拐を試みる。ところがバルフィーがチャタルジーの家に侵入したときにはジルミルは別の何者かに誘拐された後だった。そこで今度はバルフィーは銀行強盗をする。しかし、警察官のダッター(サウラブ・シュクラー)に見つかってしまい、一目散に逃げ出す。その途中でたまたまジルミルが閉じ込められた自動車を見つけ、隙を見てその自動車を奪って逃げる。バルフィーはジルミルを自宅に連れて来る。

 思わぬ展開でジルミルを誘拐できたバルフィーは早速チャタルジーにジルミルの身代金として7,000ルピーを要求する。首尾良くそのお金を手に入れ、病院に払い込むが、そのときには既に遅く、父親は息を引き取っていた。このときの紙幣の番号からバルフィーの足が付く。ダッターはバルフィーを逮捕しようとするが、バルフィーは逃げ出す。

 バルフィーは何度もジルミルを置いて行こうとしたが、ジルミルはバルフィーに付いて来てしまった。そこでカルカッタまで行き、一緒に住み始めたという訳だった。久々に再会したバルフィーとシュルティはカルカッタの街を満喫するが、次第にジルミルがシュルティに焼き餅を焼くようになり、いつの間にか姿を消してしまう。

 シュルティはカルカッタでジルミルの捜索願を出す。それがダージリンのダッターのところまで知らされる。ところがダッターの手元にはジルミルの身代金を要求する2通目の手紙が来ていた。今度は10万ルピーが要求されていた。混乱したダッターはカルカッタまで出向く。そこでバルフィーを発見し、必死のチェイスの後にようやく逮捕する。バルフィーはダージリンまで連れて行かれる。心配したシュルティは、夫の引き留めも聞かずにダージリンへ向かう。

 警察は、バルフィーがジルミルを誘拐し、身代金を要求したと考えていた。確かに最初の身代金要求はバルフィーが出したものだったが、今回のものは彼も関知しておらず、ジルミルの居所も分からなかった。10万ルピーの身代金が渡されるが、犯人はジルミルが乗った車を川に落としてしまう。ジルミルの遺体は発見されなかったが、死亡したことになった。そこで警察は、バルフィーはずっと警察署にいたものの、彼がジルミルを殺したことにして、事件の幕引きを計ろうとする。しかしダッターはバルフィーがそういうことをする人間ではないと知っており、彼を逃がす。ダージリンまで来ていたシュルティは、夫の元を去り、バルフィーと共にカルカッタへ行く。

 バルフィーとシュルティはしばらくカルカッタで暮らしていた。しかしバルフィーはジルミルを忘れることができず、シュルティはジルミルの代わりにはなれなかった。ある日バルフィーはジルミルが書き残した電話番号を見つけ、電話を掛ける。それはムスカーンの番号だった。バルフィーとシュルティはムスカーンを訪ねる。院長は最初ジルミルのことに関しては口を閉ざすが、バルフィーの熱意を見て、全てをジルミルに任せる。実はジルミルはカルカッタで行方不明になって以来、ムスカーンにいたのだった。チャタルジーは、祖父の遺産がジルミルの名義となったことで、狂言誘拐を演じてそのお金を引き出そうとしていたのだった。しかしバルフィーも同時にジルミルを誘拐しようとしたことで計画は狂ってしまった。今回ムスカーンの院長からジルミルが見つかったことを聞いたチャタルジーは、それを他言せず、狂言誘拐を続行し、10万ルピーの身代金を要求する。院長もジルミルを実の娘のように可愛がっており、両親の元に返したくなかった。お互いの利害が一致していた。身代金が手に入った後、車を川に沈めてジルミルが死んだことにするのも計画通りであった。しかしバルフィーはムスカーンの中からジルミルを見つけ出す。

 現代。老衰したバルフィーはジルミルに看取られながら息を引き取る。シュルティはそれを羨ましそうに見守る。

 「Koi… Mil Gaya」(2003年)や「Black」(2005年)のヒット以来、ヒンディー語映画界では身体障害、知能障害、精神障害などを持った主人公を担ぎ上げ、感動的なドラマや、全く正反対のお馬鹿なコメディーを作ることがひとつのトレンドとなった。障害者を主人公にした感動作は何だか恩着せがましいし、障害を笑いのネタにする安易なコメディー映画は観ていて気分が悪くなる。だから、この種の映画に対しては常に評価は厳しめである。2000年代後半に雨後の竹の子のように出現した一連の「障害映画」の中で、唯一と言っていいほど手放しで賞賛しているのは「Guzaarish」(2010年)ぐらいであろうか。他に「Iqbal」(2005年)、「Taare Zameen Par」(2007年)、「Kaminey」(2009年)などもいい映画だ。逆に胸くそ悪くなった映画は、「Golmaal」(2006年)、「Pyare Mohan」(2006年)、「Tom Dick and Harry」(2006年)などである。

 さて、この「Barfi!」であるが、主人公バルフィーは耳が聞こえず、言葉もしゃべれない青年。いわゆる聾唖者である。だが、その障害を全く悲観せず、むしろ人生をフルに楽しみ、周囲の人々をも幸せにする、特異な存在として描写されている。また、この映画には2人のヒロインがいるが、その内の一人ジルミルは知能障害児で、地元の名士である両親からは疎まれている。彼女の理解者は、母方の祖父と、メイドのおばさんのみだった。バルフィーとジルミルに比べたら健常者のヒロインであるシュルティの視点から、バルフィーとジルミルの恋愛が語られる流れとなっている。

 しかしながら、最初にバルフィーが恋をしたのはシュルティであり、シュルティもバルフィーのことが気になっていた。だが、二人が出会ったときには既にシュルティは婚約しており、彼女にとってバルフィーとの恋愛を結婚まで持って行くには、バルフィーが聾唖者であるという点を差し引いても困難であった。結局シュルティはバルフィーを諦めてしまう。

 このシュルティの決断に大きな影響を与えたのは母親の言葉だった。母親はかつてダージリンで学生時代を送っていたが、そのとき心から愛していた男性がいた。彼女には、その彼と一緒に駆け落ちするチャンスもあった。しかし、彼女はそれをしなかった。その男は現在木こりをしており、金銭的には決して裕福とは言えなかった。母親は時々その彼を遠くから眺めに来ていることをシュルティに明かし、もし自分がその男と結婚していたらどんな惨めな人生を送っていただろうと言う。シュルティはそれを聞いて現実と向き合うようになり、バルフィーとの結婚を諦め、許嫁のランジートと結婚したのだった。バルフィーもランジートと対面して、自分から身を引く。

 だが、シュルティは結婚して以来ずっとバルフィーのことを忘れられなかった。結婚から6年後、突然カルカッタでバルフィーと再会すると、その忘れられない気持ちはより確固たるものとなって燃え上がる。このときシュルティは母親が嘘を付いていたことを思い知る。母親も木こりの男を今でも愛しているからこそ、何度も彼を眺めに行っていたのだ。シュルティには一度バルフィーを取り戻すチャンスが訪れる。だが、そのときには既にバルフィーの心はジルミルと共にあった。シュルティは二度とバルフィーの心を勝ち得ることはなかった。

 老年になったシュルティには、ジルミルこそが本当にバルフィーを愛した女性と映る。シュルティの理想は祖父母のような死だった。彼女の祖母は、祖父の死の翌日に亡くなり、ほぼ同時にあの世へ旅立った。シュルティは、仲良く寄り添って死んだ祖父母の人生を理想としていた。それなのに、結婚という人生の一大事において、シュルティは心を最優先せず、頭で考えてしまった。だから彼女は昔から夢だった理想の人生を送ることができず、孤独となってしまった。一方、ジルミルは知能障害者であるがために心の声を素直に聞くことができた。ただバルフィーを愛した。だからバルフィーを手に入れることができ、彼の死にそっと寄り添うことができた。

 インドのロマンス映画では恋愛結婚が礼賛されるが、「Barfi!」は恋愛結婚を成就させることの出来なかった女性の視点から、かつて自分が愛した男性と別の女性の恋愛結婚を語るという、一風変わった工夫がなされている。一見したところではバルフィーのユニークなキャラクターや、聾唖者と知能障害者の恋愛という変化球や、サイレント映画的な動作主体のコメディーに目が行くが、その核心はやはり恋愛であり、インド映画の王道である。それにプラスして、狂言誘拐の導入によってサスペンスが加味されており、「何でもあり」のインド映画の醍醐味を、非常に洗練された手法で再定義して提示しており、優れたパッケージとなっている。編集も非常にクレバーだった。アヌラーグ・バス監督はこの作品で完全に「Kites」の失敗を克服したと言える。

 ランビール・カプールは「Rockstar」(2011年)などでの好演により若手俳優の中では頭一つ抜きん出た状態だった。この「Barfi!」によって完全に若手トップの名を確固たるものとしたと言っていいだろう。ほとんどしゃべらない役だが、なんと雄弁な演技だったことか。器用に動く四肢を存分に使って、バルフィーの感情を巧みに表現していた。ただただ脱帽である。

 プリヤンカー・チョープラーもかなり思い切った演技をしていた。演技派への脱皮は、既に「Kaminey」の頃から挑戦しており、「What’s Your Raashee?」(2009年)では一人12役という荒技もこなしたが、「Barfi!」にて彼女の女優としての度胸を目の当たりにした実感である。やはり彼女もロクに台詞をしゃべっていないのだが、嫌みにならない程度に知能障害のある女性の素振りを再現しており、とても良かった。

 シュルティを演じたイリアナ・デクルーズはテルグ語映画女優であり、本作がヒンディー語映画デビュー作となる。薄幸の美女と言った雰囲気をうまく醸し出せており、彼女の人選は間違っていないと思うが、シュルティ役を演じられる女優はヒンディー語映画界にも何人かいるはずで、わざわざ南インドから彼女を連れて来たことには疑問を感じる。それでも、ベンガリー語映画界のスーパースター、ジーシュー・セーングプターも特別出演しており、この映画に汎インド的なアピールを加えたいというマーケティング戦略があったのかもしれない。

 脇役ではサウラブ・シュクラーが素晴らしい。彼が演じるダッターとバルフィーは、まるで銭形平次とルパン三世のような、敵ながら親友という関係だ。太った彼がカルカッタやダージリンの町中でバルフィーを必死に追い掛けるシーンがいくつかあり、笑いを誘う。

 音楽はプリータム。「Barfi!」は音楽も素晴らしかった。アコースティックギターをベースにした語り弾き的な曲が多く、映画に上品なイメージを加えていた。また、バルフィーが言葉をしゃべれないため、歌で彼の気持ちを代弁している部分もあり、歌詞の理解は重要である。特にバラードの「Main Kya Karoon」は出色の出来だ。

 「Barfi!」の舞台は主に西ベンガル州の避暑地ダージリンだが、映画は実際にダージリンで撮影されている。ダージリンの有名なトイトレインや茶畑も映画の中で頻繁に登場する。バルフィーが自転車に乗ってトイトレインと併走するシーンなどはダージリン特有であろう。本当に山道と線路が一体化しており、民家のすぐそばを列車が通るのである。一方、カルカッタのシーンでは路面電車や人力車が出て来て、カルカッタらしさを演出していた。

 「Barfi!」は、アヌラーグ・バス監督起死回生の一作。ランビール・カプールはこの作品によって若手トップとしての地位を確固たるものとした。聾唖者が主人公の映画で、サイレント映画さながらの台詞を極力に抑えた展開であるが、語り掛けて来るものは普通の映画以上だ。そして映画のテーマはやはり愛。インド映画の王道を行く映画であり、現代のインド映画の新しくも古い形を代表する作品だと言える。間違いなく今年必見の映画の一本である。