Tiger 3

4.0
Tiger 3
「Tiger 3」

 ヒンディー語映画界最大のコングロマリットであるヤシュラージ・フィルムスは、シャールク・カーン主演の「Pathaan」(2023年)によって野心的な「YRFスパイ・ユニバース」を始動させた。これは、過去にヤシュラージが送り出し大ヒットした一連のスパイ映画群、すなわち「Ek Tha Tiger」(2012年)、「Tiger Zinda Hai」(2017年)、「War」(2019年)をひとつのユニバースに包括するものである。一足先にデビューしたRAWエージェントのタイガーやカビールと同じユニバースに「Pathaan」の主人公パターンを配置し、相互に関連を持たせた。実際、「Pathaan」ではシャールク・カーン演じるパターンとサルマーン・カーン演じるタイガーがスクリーンを共有し、ファンを大いに沸かせたのだった。

 2023年11月11日に全世界で公開され、本国インドではディーワーリーに合わせて翌12日に公開された「Tiger 3」は、その題名が示すとおり、「Tiger」シリーズの第3作であり、YRFスパイ・ユニバース作品としては第5作となる。監督は「Band Baaja Baaraat」(2010年)などのマニーシュ・シャルマー。音楽はプリータム。主演はもちろんサルマーン・カーンで、ヒロインは「Ek Tha Tiger」から引き続きカトリーナ・カイフが演じる。注目される悪役は、イムラーン・ハーシュミーである。イムラーンはマヘーシュ・バットなどの一族である「バット・キャンプ」に属している俳優だが、今回サルマーンと初めて共演する。

 他に、レーヴァティー、スィムラン、リッディ・ドーグラー、ヴィシャール・ジェートワー、クムド・ミシュラー、ランヴィール・シャウリー、ガヴィー・チャハル、ダーニシュ・バットなどが出演している。また、エンディングでアーシュトーシュ・ラーナーとリティク・ローシャンがカメオ出演している。

 タイガー(サルマーン・カーン)は新しいRAW局長マイティリー・メーナン(レーヴァティー)の命令を受け、アフガーニスターンでターリバーンに捕らえられたゴーピー・アーリヤ(ランヴィール・シャウリー)を救出する。ゴーピーは、パーキスターンに新たな組織が生まれ、インドに対して陰謀が仕組まれていると伝え、息を引き取る。また、ゴーピーは、タイガーの妻で元ISIエージェントであるゾーヤー(カトリーナ・カイフ)が二重スパイであるとも明かす。

 オーストリアのアルタウッセに戻ったタイガーはゾーヤーを監視する。タイガーはロシアでの作戦中にゾーヤーと対峙することになり、捕まってしまう。ゾーヤーの背後にいたのはアーティシュ・レヘマーン(イムラーン・ハーシュミー)という元ISIエージェントだった。息子のジュニアを人質に取られており、ゾーヤーは彼の指示に従って動かざるをえなかった。タイガーも息子を助けるため、アーティシュに従うことになる。

 実はゾーヤーとアーティシュ、タイガーとアーティシュにはそれぞれ因縁があった。アーティシュは、ゾーヤーの死んだ父親の忠実な部下であり、彼がゾーヤーを一流にスパイに育て上げた。2011年にウィーンでインド軍とパーキスターン軍の間で平和協定が結ばれることになったとき、アーティシュはそれを阻止しようとインド軍の将軍を暗殺しようとした。だが、印パの平和を願うゾーヤーはアーティシュの命令に背いた。代わりにアーティシュの妻シャーヒーン・ベーグ(リッディ・ドーグラー)が狙撃をするが、タイガーに撃たれ、お腹の中にいた子供と共に死んでしまう。この身勝手な行動を咎められ、アーティシュはISIから追放され、刑務所に入れられていた。だが、親友のイムティヤーズ・ハクが陸軍参謀総長に就任したことで彼は釈放され、動き出していたのだった。

 アーティシュは、パーキスターンと中国とトルコの間で首脳会議が開催予定のイスタンブールにて、中国側から引き渡し予定のブリーフケースを盗み出す任務をタイガーとゾーヤーに与える。タイガーは旧知のラーケーシュ・プラサード・チャウラスィヤー(クムド・ミシュラー)、カラン・ラーオ、ニキルを呼び寄せ、一緒に任務を遂行する。彼らはブリーフケースの盗難に成功するが、タイガーはトルコ警察に逮捕され、パーキスターンに身柄を引き渡されてしまう。また、そのブリーフケースの中には、中国からパーキスターンに提供された原子力潜水艦のミサイル発射用PALコードが入っていた。アーティシュの陰謀により、タイガーとゾーヤーは、RAWとISIの両方から追われる存在となる。

 パーキスターンの独立記念日前日にタイガーは処刑されることが決まるが、パターン(シャールク・カーン)に助け出される。タイガーはパーキスターンで養子ハサン(ヴィシャール・ジェートワー)と合流する。アーティシュは、独立記念日にナスリーン・イーラーニー首相(スィムラン)を暗殺し、ハク将軍と共にクーデターを起こして、パーキスターンの全権を掌握しようとしていた。だが、ゾーヤーは自らを追っていたISIエージェントのアブラール・シェーク少佐とジャーヴェード・ベーグ大尉を味方に付け、彼らと共にパーキスターンに潜入したラーケーシュ、カラン、ニキルも合流して、共にクーデター阻止に向けて動き出した。

 8月14日、ハク将軍が軍を引き連れて首相官邸に突入する。事前にタイガーとゾーヤーはイーラーニー首相に事情を説明し、彼女を地下シェルターに導いていた。ハク将軍は、到着したアーティシュに殺されるが、ジャーヴェードが実はシャーヒーンの兄だったことが分かり、彼とアーティシュによってカランとアブラールも殺される。ジャーヴェードはハサンを人質に取るが、ハサンは爆弾を身にまとっており、自爆する。タイガーはアーティシュを地下シェルターに誘い込んで閉じ込め、死闘を繰り広げる。一方、イーラーニー首相はスピーチの放送を始め、インド人の助けによってパーキスターンの民主主義が守られたことを公表する。アーティシュは殺され、ラーケーシュとニキルはインドに戻るが、タイガーはまたどこかへ行ってしまった。

 「Tiger」シリーズは基本的にはアクション映画ではあるが、インドの諜報機関RAWのエージェントであるタイガーと、パーキスターンの諜報機関ISIのエージェントであるゾーヤーが恋愛および結婚したというロマンスも重要な軸となっており、この二人の関係には印パ親善のメッセージが込められている。

 「Tiger 3」についても、パーキスターンを敵視するような意図は全く感じられず、逆に、印パのスパイたちが力を合わせてパーキスターンで起きようとしていたクーデターを阻止し、同国の民主主義を守るという流れになっていた。ヒンディー語映画はパーキスターンでも愛されていることから、ヒンディー語映画の基本姿勢は印パ親善である。それにもかかわらず、2014年にモーディー政権が樹立して以降、ヒンディー語映画ではパーキスターンを悪者として描く作品が増えたと指摘されてきた。「Tiger 3」からは相も変わらず印パ親善のメッセージが発信されており、ヒンディー語映画界の揺るがない価値観が見出される。

 ただし、パーキスターンの政治は軍によって支配されているのは周知の事実だ。インドほど文民統制が取れておらず、過去には何度も軍によるクーデターが起き、民主主義的に選ばれた政治家が失脚させられ、そのたびに軍政が敷かれてきた。「Tiger 3」は、インドの視点から、パーキスターンの民主主義や文民統制を支持する映画であり、大きな意味では、軍が支配するパーキスターンの政治を批判していると捉えることも可能である。

 「Tiger 3」の悪役アーティシュは、元ISIエージェントという設定だった。立場上はゾーヤーと同じである。ただし、ゾーヤーは印パの平和を望んでいたのに対し、アーティシュは印パの対立を望んでいた。アーティシュはゾーヤーにとって師匠であったが、印パ関係のあるべき姿について考えの相違から袂を分かつことになった。しかも、アーティシュはゾーヤーの反抗から発した一連の出来事の中でインド人スパイのタイガーに妻子を殺され、印パの平和協定を勝手に妨害しようとした罪で母国によって投獄までされてしまう。アーティシュは、インドとパーキスターン、そしてタイガーに対して恨みを抱くことになった。これが彼がクーデターを画策した動機になっている。

 印パの対立を画策するアーティシュに対し、パーキスターン首相のイーラーニーは、インドに友好の手を差し伸べていた。パーキスターン政治史において唯一実在する女性首相はベーナズィール・ブットーである。1988年から90年、93年から96年と、2回にわたって首相を務めた。しかしながらイーラーニー首相はどうも2011年から13年まで外務大臣を務めたヒーナー・ラバーニー・カルをモデルにしているようだ。印パ友好を主導するイーラーニー首相と印パの仲を裂こうとするアーティシュの対立も「Tiger 3」の重要な軸であり、後者の敗北を見せることで、映画全体として印パ親善を訴える構造にもなっている。

 「Ek Tha Tiger」はカビール・カーン、「Tiger Zinda Hai」はアリー・アッバース・ザファルが監督を務めた。どちらも有能な監督である。そして「Tiger 3」の監督はマニーシュ・シャルマーにバトンタッチした。前者二人に比べるとアクション映画の経験が少なく、実際にアクションシーンで弱さを感じた。特にシャールク・カーン演じるパターンが加わり二人でパーキスターン軍と戦う中盤の見せ場はテンポが悪く、経験不足を感じた。アクション映画としての出来は「Pathaan」の方が良かった。

 ただ、カトリーナ・カイフがバスタオル姿で中国人女性格闘家とハマームで戦うシーンは、お色気と戦闘の華麗なる融合であり、見応えがあった。誰の発想か分からないが、こういうあからさまなファンサービスを堂々と入れられるところに逆にすがすがしさを感じる。

 トルコでのロケが目立った作品だった。イスタンブールのブルー・モスク、ハギア・ソフィア・グランドモスク、ガラタ・タワー、ガラタ橋の他、カッパドキアでもロケが行われており、トルコの風光明媚な観光地が目白押しだった。実際にロケは行われていないと思われるが、ロシアのサンクトペテルブルクやパーキスターンのイスラーマーバードなどの地名が登場し、世界的なスケールの映画になっていた。

 最後にリティク・ローシャンが「War」で演じたカビール役で登場し、予告編代わりになっている。YRFスパイ・ユニバースの次回作はカビールが主人公の「War 2」となるであろう。ちなみに、サルマーン・カーンとリティク・ローシャンが同じ映画に出演したのはこれが初である。もっとも、二人が同時に出演することはなかったが、「War 2」では期待したい。

 「Tiger 3」は、低迷していたヒンディー語映画界を一発で蘇生させた大ヒット作「Pathaan」に続くYRFスパイ・ユニバースの最新作だ。興行的にも大成功しており、2023年を代表するヒット作に数えられている。必ずしも一級のアクション映画ではないが、シャールク・カーンやリティク・ローシャンが特別出演することもあって、ヒンディー語映画ファンなら絶対に楽しめる作品だ。