ユニバース

 米国のマーベル・スタジオが製作するスーパーヒーロー映画群は、「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」と呼ばれる共有世界にまとめられており、異なる映画であっても、スパイダーマン、アイアンマン、ハルクなど、相互にキャラがクロスオーバーすることで、全体としてひとつの世界観を醸成し、壮大な物語を紡いでいる。

 マーベル映画登場以前でも、例えば「スター・ウォーズ」シリーズのように、複数の作品がひとつの世界を共有するという映画作りは行われていた。昔は「スピンオフ」という言い方もあったはずだ。だが、異なる映画群に「ユニバース」という名称を付けて包括し、キャラをクロスオーバーさせて相乗効果をもたらす手法を発明したのは、マーベル・スタジオが初だっただろう。

 マーベル映画はインドでも人気で、既にマーベル映画を観て育ってきた年代が社会に出て活躍している状態だ。インド映画はハリウッド映画から多くのことを学んできたが、近年になってインド映画界にも「ユニバース」というコンセプトが浸透しつつある。

 そもそも、インドには続編を作る習慣がなかった。何らかの映画が大ヒットすると、ハリウッドではすぐにその「~2」を冠した続編映画の企画がスタートするが、インドではなぜか長らくそういうアイデアそのものが根付かなかった。インドにおいてヒット映画の「~2」が初めて製作されたのは、「Lage Raho Munna Bhai」(2006年)や「Dhoom: 2」(2006年)あたりである。これらは前作を超えるヒットになった。

Dhoom: 2
「Dhoom: 2」

 その後はインドの各映画界でも続編の製作が始まったが、MCU的な「ユニバース」作りが始まったのは2020年前後になる。

 まずはヒンディー語映画の状況から説明したい。ヒンディー語映画の「ユニバース」として代表的なのはローヒト・シェッティー監督の「コップ・ユニバース」だ。アジャイ・デーヴガンが質実剛健な警官スィンガムを演じて大ヒットした「Singham」(2011年)の後に、同じくスィンガムを主人公にした「Singham Returns」(2014年)が作られた。ここまでは通常の続編映画だったが、その次にシェッティー監督が送り出したのが、ランヴィール・スィンがおちゃらけた警官スィンバーを演じた「Simmba」(2018年)であった。この映画の最後にはスィンガムもゲスト出演し、同じ世界観を共有していることが示された。その後、アクシャイ・クマールが演じる警官スーリヤヴァンシーが主人公の「Sooryavanshi」(2021年)が公開され、スィンガムとスィンバーもゲスト出演した。これらのシリーズはいつの間にか「コップ・ユニバース」としてまとめられている。4作とも大ヒットしているため、今後も続いていくと思われる。

Singham Returns
「Singham Returns」

 そうかと思っていたら、アーディティヤ・チョープラーのヤシュラージ・フィルムス(YRF)も「YRFスパイ・ユニバース」なるものを打ち出してきた。YRFのスパイ映画として有名なのは、「Ek Tha Tiger」(2012年/邦題:タイガー 伝説のスパイ)と「Tiger Zinda Hai」(2017年)のシリーズである。インドの対外諜報機関であるRAWのエージェント、タイガーが主人公の映画で、サルマーン・カーンが主演である。また、YRFの「War」(2019年/邦題:WAR ウォー!!)もRAWのスパイが主人公の映画で、リティク・ローシャンとタイガー・シュロフが主演である。「Tiger」シリーズと「War」には相互に関連性がなかったのだが、どうもYRFは過去に遡ってこれらのスパイ映画を「スパイ・ユニバース」としてまとめるつもりのようだ。

Tiger Zinda Hai
「Tiger Zinda Hai」

 実際に「YRFスパイ・ユニバース」の名を冠して公開された初の作品は「Pathaan」(2023年)だ。やはりRAWのスパイが主人公の映画で、シャールク・カーンが主演だ。同じ年には「Tiger 3」(2023年)も公開され、このユニバースは現在もっとも豊富なラインナップを誇っている。

Pathaan
「Pathaan」

 ディネーシュ・ヴィジャンは2010年代から優れたホラーコメディー映画を作り続けてきたが、これらもいつの間にか「ホラーコメディー・ユニバース」と名付けられ、まとめられている。「Stree」(2018年)がその端緒であり、その後、「Roohi」(2021年)、「Bhediya」(2022年)と続いている。また、ホラーコメディーということならば、「Go Goa Gone」(2013年/邦題:インド・オブ・ザ・デッド)も含めていいのではないかと思う。

Stree
「Stree」

 また、ダルマ・プロダクションの「Brahmastra Part One: Shiva」(2022年/邦題:ブラフマーストラ)は全三部構成の映画である。これらのシリーズには「アストラバース」という「ユニバース」的名称が付けられているが、今のところ、単なる続編映画の集合体の可能性もあり、正規の「ユニバース」なのかは判別不能である。ただし、現在のところ、「Brahmastra Part One: Shiva」でシャールク・カーンが演じたモーハン・バールガヴは一応「Swades」(2004年)に登場する同名の主人公と関連があるとされており、「Swades」はアストラバースに取り込まれている。

Brahmastra Part One: Shiva
「Brahmastra Part One: Shiva」

 こうして見てみると、ヒンディー語映画では今のところ、続編から発展して、後付けでまとめられた「ユニバース」が存在しているだけだ。最初から「ユニバース」のコンセプトを掲げて複数の映画を作るような映画作りをしているプロデューサーや監督はいない。

 タミル語映画界に目を向けて見ると、ローケーシュ・カナガラージ監督がどうも最初から「ユニバース」構想で映画作りをしている。「ローケーシュ・シネマティック・ユニバース(LCU)」と名付けられており、その第1作として「Kaithi」(2019年/邦題:囚人ディリ)が作られ、次に「Vikram」(2022年)が公開された。「Kaithi」と「Vikram」は相互に関連したストーリーで、後から取って付けたとは考えられない。

Vikram
「Vikram」

 今後もインドの各映画界における「ユニバース」の発展を注視していきたい。