Bhediya

3.5
Bhediya
「Bhediya」

 ヒンディー語映画界におけるホラー映画の発展史は興味深いトピックだ。元々「マサーラー映画」と呼ばれ、あらゆる娯楽要素が詰め込まれた映画作りが行われてきたが、1990年代にラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督が先駆けとなって実験的にホラー映画を作り始め、それは2000年代に「Raaz」(2002年)の大ヒットによって花開いた。ただし、まだホラー映画というジャンルは、歌と踊りを特徴とするインド映画のフォーマットと相性が悪かった。その融合が試行錯誤されるようになり、2010年代には「Go Goa Gone」(2013年/邦題:インド・オブ・ザ・デッド)によって、ホラーコメディーというジャンルが確立した。コメディー仕立てのホラー映画ならば、従来のインド映画の感覚で作ることができる。

 「Go Goa Gone」が切り拓いたホラーコメディー映画は「Stree」(2018年)によって完成したといっていい。「Stree」の監督はアマル・カウシクだが、脚本は「Go Goa Gone」のラージ&DKが書いている。そして、両作品のプロデューサーはディネーシュ・ヴィジャンである。ディネーシュ・ヴィジャンはその後、同様のホラーコメディー映画「Roohi」(2021年)をプロデュースした。この映画の監督はハールディク・メヘターである。いつしか、ディネーシュ・ヴィジャンがプロデュースするホラーコメディー映画は「ホラーコメディー・ユニバース」としてひとつのユニバースにまとめられることになった。このホラーコメディー・ユニバースの最新作が、2022年11月25日公開の「Bhediya(狼)」である。いわゆる狼男をインド映画的に料理した作品だ。

 監督は「Stree」と同じアマル・カウシク。主演はヴァルン・ダワンとクリティ・サノン。他に、アビシェーク・バナルジー、ディーパク・ドーブリヤール、パーリン・カバク、サウラブ・シュクラーなどが出演している。また、「Stree」に出演したラージクマール・ラーオ、アパールシャクティ・クラーナー、シュラッダー・カプールが特別出演しており、ユニバース感を強めている。特にシュラッダーはエンドロールナンバーの「Thumkeshwari」にアイテムガール出演しており、大きなサプライズを提供している。

 バースカル・シャルマー(ヴァルン・ダワン)は従兄弟のジャナルダン(アビシェーク・バナルジー)と共に仕事のためアルナーチャル・プラデーシュ州を訪れる。バースカルはボスのバッガー(サウラブ・シュクラー)から、同州ズィロに道路を建築する仕事を任されていた。現地に着いたバースカルは、現地に住むジョミン(パーリン・カバク)やパンダー(ディーパク・ドーブリヤール)の助けを借りてプロジェクトを進め始める。

 バースカルはコスト削減のため、森林の中に道路を通そうとしていた。しかし、地元の人々の言い伝えでは、その森林には森の主ヴィシャーヌによって守られていた。年配の人間はそのプロジェクトに反対していたが、バースカルは若者を懐柔し、地元の人々の同意を取り付ける。

 ところがバースカルはある晩、森林の中で狼に尻を噛まれてしまう。ジャナルダンとジョミンは彼を獣医アニカー(クリティ・サノン)の診療所に連れて行く。アニカーはとりあえず痛み止めを処方する。翌朝目を覚ましたバースカルは体中に力がみなぎるのを感じた。狼に噛まれた尻は治っており、聴覚や嗅覚が異常に鋭くなっていた。

 以来、プロジェクトに関わる現地人が狼に襲われる事件が相次いだ。バースカルの異変に気付いていたジャナルダンは、やがてバースカルが狼になって襲っているのではないかと考えるようになる。地元の人々からヴィシャーヌと呼ばれる狼に噛まれたことで、バースカルも狼になってしまったのだ。それを聞いたアニカーは彼に、自分のことを狼だと思い込む「狼狂」という病気があることを教える。しかしながら、ジャナルダンとジョミンは満月の夜にバースカルが狼になって森林に飛び出していく様子を目撃してしまう。

 とうとうバースカルも自分が夜な夜な狼になっていることを認めざるを得なくなる。パンダーの紹介により森林に住む伝統医と会い、その治療法を教えられる。新月の夜、ヴィシャーヌに噛まれた場所で噛まれた部分を再びヴィシャーヌに噛まれることで治るとのことだった。

 ジャナルダンとジョミンはバースカルを完全防備させた上に、尻の部分だけを露出させ、森林に置く。ヴィシャーヌが現れるが、そのときヴィシャーヌ退治のために雇われた猟師たちに撃たれ、負傷する。バースカルはヴィシャーヌを追いかけ、隠れ家に辿り着くが、そこにいたのはなんとアニカーだった。アニカーは100年間にわたって狼になってこの森を守り続けていたのだった。

 ヴィシャーヌは猟師に捕まってしまう。バースカルは狼に変身し、彼女を助けに行く。猟師たちを蹴散らしたバースカルとアニカーは森林へ行く。そしてアニカーは森の守護をバースカルに任せて崖から身を投げる。

 ディネーシュ・ヴィジャンは「Go Goa Gone」でインド初のゾンビ映画を送り出したのだが、今回はこの「Bhediya」によってインド初の狼男映画を作り上げた。しかも、開発や発展と環境保護のせめぎ合いという最近流行のテーマを盛りこみ、単なる娯楽映画ではない作品に引き上げようという努力をしていた。

 森林を伐採して道路を建設しようとしていたバースカルは、森の主ヴィシャーヌに殺されそうになるものの、偶然に尻を噛まれるだけで済む。だが、ヴィシャーヌに噛まれた人間は自分も狼男になってしまうのだった。バースカルは夜な夜な狼に変身するようになる。

 狼男というと満月の夜に狼に変身するというのが一般的だが、「Bhediya」での狼男は、毎晩狼に変身していた。ただ、やはり満月の夜がもっとも力が強まるようである。また、狼になったバースカルは、手当たり次第に人間を襲うのではなく、森を破壊する側の人間を選んで殺していく。この設定により、森林保護を訴える映画になっていた。

 一応、オカルトではなく科学によって狼男が説明されていた。まだ森林の中には未知のウイルスが無数にあると前置きされ、その中には感染した人間を狼男にしてしまうウイルスもあるとのことだった。諸説あるものの、新型コロナウイルスも森林地帯に生息するコウモリなどから人間に感染したといわれている。コロナ禍に着想を得て作られた映画と考えることもできる。

 驚かされたのは、アニカーがヴィシャーヌだったというオチである。何となくそれを匂わす発言がないことはないのだが、伏線はないに等しく、一杯食わされた気分だ。ただ、現在注目の女優の一人になっているクリティ・サノンを端役で起用するはずがなく、そのキャスティングに大きなヒントが隠されていたといえよう。そういえば「Stree」も同じパターンだった。しかしながら、普段は獣医として過ごす彼女が毎晩狼になっていて、しかもそれがこの100年間、誰にも気付かれていないというのは、さすがに非現実的な設定だと感じた。

 「Bhediya」でもホラーとコメディーのバランスが絶妙だった。特にバースカルが、捕まったアニカーを救出するため、ジャナルダンなどに励まされながら、新月の夜に必死に狼に変身しようとするシーンは笑いを誘った。「Go Goa Gone」にも、ホラーなのに思わず吹き出してしまうようなシーンがあった。それと同じセンスを感じた映画だった。

 アルナーチャル・プラデーシュ州が舞台のヒンディー語映画というのは初めて観た。ただ、最近はノースイースト地域が舞台になっているヒンディー語映画が増えており、当地に熱い視線が送られているのは感じる。アルナーチャル・プラデーシュ州出身の俳優パーリン・カバクも出演していた。

 単に「Bhediya」はアルナーチャル・プラデーシュ州を舞台にしていただけではなく、いわゆるメインランドのインド人がノースイーストの人々に対して抱きがちな、典型的な偏見や差別についてもしっかりと扱っていた。ノースイーストの人々は、日本人と同じオリエンタル顔をしており、一般的なインド人からは中国人扱いされたり、外国人扱いされたりする。だが、一連の偏見を披露した上で、最終的にはノースイーストの人々も同じインド人なのだと確認されていた。

 ちなみにこの映画が主な舞台にしたズィロは、ユニークな風習を持つ部族が住む町として知られており、近年では観光地化している。

 主演のヴァルン・ダワンは、ハンサムな容姿を持ちながらどうも2枚目半の役が好きなようで、「Bhediya」のようなホラーコメディー映画とも抜群の相性を誇った。映画中何回かあった、人間から狼に変身するシーンは、CGの見せ場であると同時に、彼の大きな見せ場だった。アビシェーク・バナルジーが演じたジャナルダンは、「Stree」でお化けに取り付かれた人物と同じ名前で、エンディングでラージクマール・ラーオ演じるヴィッキーとアパールシャクティ・クラーナー演じるビットゥーが現れたことで、完全に「Stree」と同じ世界での出来事であることが示される。

 ヒロインのクリティ・サノンは、今回は地味なファッションをしていて、しかも出番が少なく、当初は名前ばかりのヒロインかと思っていた。それが最後の最後で大きなサプライズを提供する。また、エンドロールナンバーの「Thumkeshwari」のダンスもセクシーだった。

 「Bhediya」は、過去10年間、ディネーシュ・ヴィジャンがプロデュースしてきたホラーコメディー映画の延長線上にある作品で、今回は狼男を題材にしている。「Stree」とのつながりもある。森林保護を啓発したり、ノースイーストの人々への偏見に警鐘を鳴らしたりと、メッセージ性も込められている。アルナーチャル・プラデーシュ州でロケが行われた珍しいヒンディー語映画でもある。見所の多い作品で、観て損はない。