Vikram

3.5
Vikram
「Vikram」

 2021年に日本で劇場一般公開された「Kaithi」(2019年/邦題:囚人ディリ)はインド本国でヒットになったが、この映画はこれで終わりではなかった。ローケーシュ・カナガラージ監督は「ローケーシュ・シネマティック・ユニバース」なる架空の共有世界を構想しており、「Kaithi」はその第1作に過ぎなかった。これは「マーベル・シネマティック・ユニバース」を模倣したものであろう。インドでそのような映画作りをするのは珍しい。ヒンディー語映画界のローヒト・シェッティー監督も「Singham」(2011年)に始まる「コップ・ユニバース」を創り出しているが、こちらは当初から計画されていたものではなく、それらが相次いでヒットになったためにたまたまできたものだろう。今後、ローケーシュ監督の作品は、この共有世界を舞台にし、登場人物が相互に顔を出すことになると思われる。

 2022年6月3日公開の「Vikram」はローケーシュ・シネマティック・ユニバースの第2作になり、ローケーシュ・カナガラージが監督をしている。主演はタミル語映画界の大御所カマル・ハーサン。他に、ヴィジャイ・セートゥパティ、ファハド・ファースィル、ナーラーイン、チェンバン・ヴィノード・ホセ、カーリダース・ジャヤラーム、ガーヤトリー・シャンカルなどが出演している。また、タミル語映画界のスーパースター、スーリヤーが特別出演している。

 上記のキャストの中で、ナーラーインは「Kaithi」で演じたビジョイ警部補を引き続き演じている。また、「Kaithi」の主人公ディリを演じたカールティや、悪役のアルジュン・ダースやハリーシュ・ウッタマンなども特別出演している。

 また、実はこの映画は、1986年の同名映画を受け継いでいる。1986年の「Vikram」ではカマル・ハーサンはヴィクラムという諜報部員を演じていたが、その役柄を引き継ぐ形で2022年の「Vikram」に登場している。

 「Vikram」は基本的にタミル語映画だが、ヒンディー語、テルグ語、カンナダ語、マラヤーラム語の吹替版も同時に公開されている。鑑賞したのはヒンディー語版である。

 舞台はチェンナイ。覆面をした男に麻薬取締局の警官たちが惨殺される事件が発生した。その捜査を担当することになったのが、隠密捜査部隊ブラック・スクワッドで、そのリーダーがアマル(ファハド・ファースィル)であった。アマルはチームと共に事件の捜査をするが、役人に交じってカルナン(カマル・ハーサン)という一般人も殺されているのを不審に思い、カルナンの身辺調査を始める。

 カルナンは飲んだくれで、殺された麻薬取締官プラバーンジャン(カーリダース・ジャヤラーム)の義理の父親であった。生前のカルナンは不審な行動を取っており、アマルは彼の行動を追跡する。一方で、覆面集団による殺人は7日に一度のペースで起こるが、アマルは覆面集団の一人ビジョイを捕まえる。ビジョイの尋問により、麻薬密輸マフィアのチャンダナン(ヴィジャイ・セートゥパティ)が盗まれた大量のコカイン原料を探していることを知り、事件との関連性が浮上する。

 アマルは、カルナンは実は、ブラック・スクワッドの前身だったパイロットチームのリーダー、ヴィクラムであったことを突き止める。1986年に結成されたブラック・スクワッドは数々の功績を上げたが、1991年に突然解散を命じられ、一転して国からテロリスト扱いされることにあった。11人のメンバーのほとんどは殺されたが、ヴィクラムを含め4人は生き残り、以来潜伏してきたのだった。ヴィクラムは、実の息子プラバーンジャンの家に転がり込み、孫のヴィクラムの面倒を見ながら暮らしていたのだった。しかし、プラバーンジャンは大量のコカイン原料を押収したことで逆恨みされ、チャンダナンに殺された。そのとき、チャンダナンの内通していたホセ署長もおり、テロリストに殺されたと見せ掛けたのだった。息子を殺されたヴィジャイは、プラバーンジャンの仲間だったビジョイらと共にチャンダナンの息の掛かった者たちに復讐を始め、麻薬密輸網を一網打尽にしようとしていたのだった。

 アマルは、チャンダナンに妻のガーヤトリー(ガーヤトリー・シャンカル)を惨殺されたことでヴィクラムの仲間入りする。そして、ガーヤトリー殺人にホセ署長が加わっていたことを知り、彼を殺す。チャンダナンの部下たちはヴィクラムの家を襲撃するが、プラバーンジャンの妻や息子のヴィクラムは助かる。ヴィクラムは、孫のヴィクラムを連れて、コカイン原料が積まれたコンテナのあるチェンナイ港まで行く。チャンダナンたちが襲い掛かってくるが、ヴィジャイはそれを撃退する。孫のヴィクラムが息を止めてしまうが、アマルが心臓マッサージによって彼を蘇生させる。ヴィクラムはチャンダナンの戦い、彼を殺す。

 ムンバイー港では、チャンダナンのボス、ロレックス(スーリヤー)が部下たちを集めていた。アンブ(アルジュン・ダース)とアダイカラム(ハリーシュ・ウッタマン)はディリのことを報告し、チャンダナンの部下はヴィクラムのことを報告する。ロレックスは彼らの首に賞金を掛けるが、ヴィクラムはその会議に忍び込み、ロレックスの言葉を聞いていた。

 開始早々、主演と思われたカマル・ハーサン演じるカルナンがあっけなく爆死してしまう。捜査担当となったアマルは、カルナンが殺された理由を探るため、彼の足跡を追う。その中でカルナンの姿が映し出されるため、殺された後もカマル・ハーサンの出番はあった。だが、彼ほどの俳優を起用しておいて、これだけの使い方はもったいない。何かあるなと思っていたが、案の定、カルナンは生きていた。彼の正体は、1986年の「Vikram」でカマル・ハーサン自身が演じた諜報部員ヴィクラムを引き継ぐ凄腕のスパイであった。ただし、国家から追われる身となったため、一般人として暮らしていたのだった。

 潜伏生活を送っていたヴィクラムが再び表立った行動に出たのは、息子の死が原因だった。麻薬捜査官だった息子のプラバーンジャンは、大量のコカイン原料を押収したことで、麻薬密輸マフィアのドン、チャンダナンに目を付けられ殺されてしまう。ヴィクラムは復讐に乗り出し、息子の死に関わった者たちを次々に暗殺し出す。同時に、麻薬密輸ネットワークを壊滅させようとする。

 興味深かったのは、国家に裏切られたスパイが、それでも国のために貢献しようとするところだ。ヴィクラムは警察官などの公務員を殺すが、それは汚職に手を染めた者に限定されていた。そして彼の最終的な目標は、麻薬密輸ネットワークの壊滅であった。ヴィクラムを追っていたアマルにしても、妻を殺されたことでヴィクラムの仲間になり、マフィアと密通していた警察署長を殺すのだが、彼も決して国自体に背いたわけではなかった。

 また、高い戦闘能力を持った冷酷な殺人マシーンであるはずのヴィクラムが孫を必死で守ろうとするギャップに彼の人間味が醸し出されていた。ヴィクラムの孫もヴィクラムというのでややこしい。孫のヴィクラムは生まれつき音に敏感で、普段は音から身を守るためにヘッドホンをしていた。そんな障害を抱えた孫を守りながら、ヴィクラムは悪人たちと戦う。ハードボイルドな戦士と無邪気な赤ちゃんという組み合わせは、米ドラマ「マンダロリアン」を思わせるものだ。ついでにいえば、地下に覚醒剤製造工場があるあたりは、米ドラマ「ブレイキング・バッド」の影響だと感じる。

 3時間近くある映画だったが、それでも上映時間が足りないくらいで、多くの要素が詰め込まれていた上に展開が異常に早かった。1986年の「Vikram」や「Kaithi」も絡んでストーリーが複雑に入り組んでおり、決して分かりやすい映画ではなかった。

 カマル・ハーサン、ヴィジャイ・セートゥパティ、ファハド・ファースィルなど、主要キャストの演技はどれも素晴らしく、しかもそれぞれの見せ場をきちんと用意していて、その配慮に感心した。その一方で女優にはほとんど出番がなく、単なる添え物に過ぎなかった。首が切断されるシーンなど、いくつかグロテスクな描写もあり、女性や家族向けの映画ではない。あくまで男性客のために作られた映画であった。

 「Vikram」は、ローケーシュ・カナガラージ監督が構想する壮大なローケーシュ・シネマティック・ユニバースの第2弾となるアクション映画で、タミル語映画界の大御所カマル・ハーサンが主演している。公開と同時に大ヒットとなり、タミル語映画としては2022年最大のヒット作の一本に数えられている。