Jawan

4.0
Jawan
「Jawan」

 コロナ禍を機に如実となったヒンディー語映画界の悪夢のような不振を一発で吹き飛ばしてしまったのがシャールク・カーン主演の「Pathaan」(2023年/邦題:PATHAAN パターン)であった。アクシャイ・クマール主演「Samrat Prithviraj」(2022年)やアーミル・カーン主演「Laal Singh Chaddha」(2022年)など、話題作が軒並み沈没し、「ヒンディー語映画界の終焉」が叫ばれ始めた中、「Zero」(2018年)以来まともな主演作がなかった「キング」シャールク・カーンが「Pathaan」によって観客を映画館に呼び戻し、ヒンディー語映画界復活の狼煙を上げた。雰囲気がガラリと変わったおかげで2023年のヒンディー語映画界は豊作となり、「Rocky Aur Rani Kii Prem Kahaani」(2023年)、「Gadar 2」(2023年)、「OMG 2」(2023年)など、ヒット作が相次いだ。なぜシャールクが「キング」と呼ばれているのか、それを思い知った年であった。

 しかしながら、「Pathaan」は単なる序章であった。2023年、まだ2本もシャールク・カーンの主演作が控えていた。2023年9月7日に満を持して公開されたのが「Jawan」であった。

 監督はアトリー。タミル語映画界で「Mersal」(2017年)や「Bigil」(2019年)などのヒット作を連発している売れっ子監督で、彼がヒンディー語映画を撮るのはこれが初である。これまで南インド映画の監督がヒンディー語映画界に進出する場合、自身のヒット作をヒンディー語映画スター主演でリメイクするのが一般的であったが、アトリー監督はオリジナル作品を引っさげてヒンディー語映画界に乗り込んだ。プロデューサーはシャールク・カーンの妻ガウリー・カーンであり、カーン夫妻がアトリー監督を三顧の礼でヒンディー語映画界に招き入れたというのが真相であろう。

 実はアトリー監督はほとんどのスタッフをタミル語映画界から連れて来ている。「Jawan」はシャールク・カーンが主演であることと、ヒンディー語が主体で作られていることから、名目上は「ヒンディー語映画」の扱いになるだろうが、実態はほとんどタミル語映画である。最近の大予算型映画の例に則って多言語展開されており、タミル語版とテルグ語版も同時製作・同時公開された。

 主演シャールク・カーンの他に、ナヤンターラー、ヴィジャイ・セートゥパティ、サーニヤー・マロートラー、プリヤーマニ、スニール・グローヴァー、リッディ・ドーグラー、サンジーター・バッターチャーリヤー、ギリジャー・オーク、レヘル・カーン、オームカル・ダース・マーニクプリーなどが出演している。ディーピカー・パードゥコーンとサンジャイ・ダットが特別出演している上に、アトリー監督自身も「Zinda Banda」に出てシャールクと一緒に踊っている。

 タミル語版では若干キャストが異なり、ヨーギー・バーブーが出演しているようだ。鑑賞したのはヒンディー語版である。

 題名の「Jawan」とは第一義的には「若い」という意味の形容詞であるが、インドでは「兵士」「軍人」という意味で使われることも多い。この映画の題名は「兵士」「軍人」の方で受け止めた方が内容に則している。

 ヴィクラム・ラートール(シャールク・カーン)を名乗る男と6人の女性たちによってムンバイー・メトロがハイジャックされた。メトロには実業家カーリー・ガーイクワード(ヴィジャイ・セートゥパティ)の娘が乗車しており、彼が犯人に要求された4千億ルピーの身代金を支払う。その金はすぐに全国の借金苦にあえぐ農民たちに一斉送金された。テロ対策部隊のナルマダー・ラーイ(ナヤンターラー)隊長が犯人逮捕に動くが、ヴィクラムと6人の女性たちはまんまと逃げおおせる。

 実はその男はアーザードという名前で、ベーラムワーダー女性刑務所の看守であった。そして6人の女性たちはその刑務所で服役する囚人であった。

 次にアーザードたちは保健大臣を誘拐し、彼を公営病院に幽閉する。そして全国の公営病院の設備改善を訴える。大臣が人質に取られたことで、たったの5時間でそれが実現してしまった。ナルマダーはアーザードたちが立て籠もる病院を包囲するが、このときも逃げられてしまう。

 一方、アーザードはナルマダーと結婚することになってしまっていた。ナルマダーはシングルマザーで、スージーという一人娘がいた。スージーは父親を探しており、アーザードを見て彼を選んだのだった。アーザードは結婚前に正体を明かそうとするがタイミングを逸してしまう。結婚式の後、アーザードが打ち明ける前にナルマダーはアーザードが犯人であると知ってしまう。ところがそのとき、カーリーの弟マニーシュの襲撃を受け、アーザードとナルマダーは捕まってしまう。それを助けたのがヴィクラム・ラートール本人、つまりアーザードの父親であった。

 ナルマダーはベーラムワーダー女性刑務所の囚人が犯行グループの一員であることに気付き、自ら囚人となって刑務所に潜入する。そこで彼女はヴィクラムとアーザードの過去を知る。

 1986年、ヴィクラム大尉はインド陸軍のコマンドーとして国境地帯に送られ、テロリストに人質になったトラック運転手や兵士たちを救出することになった。ところが支給された武器が不良品で、危ない目に遭う。正義感あふれるヴィクラム大尉は武器の不良を訴えた。武器をインド陸軍に売っていたのがカーリーであった。カーリーは復讐のためにヴィクラム大尉を殺し、妻のアイシュワリヤー(ディーピカー・パードゥコーン)を逮捕させた。アイシュワリヤーは兵士殺しの罪で死刑を宣告されるが、妊娠が分かり、子供が5歳になるまで刑の執行を猶予される。アイシュワリヤーはベーラムワーダー女性刑務所に服役し、子供を生んだ。それがアーザードであった。アーザードの5歳の誕生日にアイシュワリヤーは死刑になる。成長したアーザードは警察官になってベーラムワーダー女性刑務所の看守として戻ってきた。そして汚職や不正によって服役していた囚人たちと共に世直しをするようになったのだった。

 一方、カーリーに殺されたはずにヴィクラム大尉は生きており、北東インドの村で暮らしていた。彼は記憶を喪失していた。しかしながら、かつてヴィクラム大尉に命を救われた少年が成長し、ムンバイー・メトロでアーザードの姿を見て、彼の出生を調べ始めた。その甲斐があってかつてのヴィクラム大尉の部下たちをインド中から探し出し、彼らをヴィクラム大尉に引き合わせた。ヴィクラム大尉は完全に記憶を取り戻していなかったものの、自分の息子であるアーザードを助けにやって来たのだった。

 ナルマダーの部下イーラーニー(スニール・グローヴァー)は実はカーリーと内通していた。イーラーニーはナルマダーを殺そうとするが、アーザードの仲間ラクシュミー(プリヤーマニ)が代わりに銃弾を受け、死んでしまう。ナルマダーはアーザードと共にカーリーを倒すことを決意する。

 カーリーはロシアへ渡って国際的なマフィアと契約し、多額の資金援助を受けていた。彼はその資金を有権者にばらまき、次の選挙で勝利して、インドを支配しようとしていた。その動きを察知したヴィクラム大尉、アーザード、ナルマダーたちは、カーリーのために現金を輸送するトラックを襲撃し、金を奪う。しかしながら、ヴィクラム大尉はカーリーに捕まってしまう。アーザードはベーラムワーダー女性刑務所に戻り、電子投票機(EVM)を独占して、環境汚染の原因となっているインド全国253の工場の閉鎖を訴える。そしてそれが実現されると、今度はインド国民に投票を呼びかける。マーダヴァン・ナーイク(サンジャイ・ダット)が現れアーザードと交渉する。

 カーリーがヴィクラム大尉を連れてベーラムワーダー女性刑務所にやって来る。ヴィクラム大尉とアーザードはカーリーと戦い、最終的に彼を屈服させる。カーリーは刑務所内の処刑場で処刑される。

 ストーリーは支離滅裂だ。登場人物が多すぎて消化しきれておらず、触れられているテーマも広範すぎて絞られていない。しかしながら勢いのある作品であることは確かで、その勢いだけで最後まで突っ走った。顔面に包帯を巻いた独特なファッションやスキンヘッドなど、ビジュアル的にも話題性たっぷりで、シャールク・カーン、ナヤンターラー、ヴィジャイ・セートゥパティなど、南北スターの競演には興奮せざるをえない。「汎インド映画」時代を象徴する作品として後世まで記憶されることになるだろう。

 冷静に整合性が取れない部分をピックアップしていけば数え切れないほど出て来るだろうが、1点だけ挙げておこう。「Jawan」の重要なビジュアルシンボルとなっているのはシャールク・カーンが包帯で顔を覆った姿だ。その姿が最初に登場するのは1986年、ヴィクラム大尉が川から助け出された後のシーンだ。彼は大怪我を負っており、地元の伝統医によって包帯を巻かれた。次にその姿でシャールクが登場するのは現代、ムンバイー・メトロをハイジャックするシーンだ。後から分かるのだが、実は包帯を巻いていたのはヴィクラム大尉ではなくアーザードである。このとき、アーザードは父親の生存を知らず、彼がかつて顔を包帯に巻いていたことも知らないはずである。つまり、包帯で顔を覆った姿は単に観客を混乱させるために過去と現在のシーンで共通して使われているだけで、冷静に考えるとヴィクラム大尉とアーザードが同じような姿をしているのは理屈としてはおかしいことになる。このような考証ミスはさらにいくつも見つかるだろう。決して緻密にストーリーが構築された映画ではない。

 昨今、ヒンディー語映画界では女性中心映画が一般化している。この「Jawan」では主演のシャールク・カーンが一人二役を演じて常に中心に居座っているが、女優の数が多い映画でもある。キャストのリストを見ると、ナヤンターラー、プリヤーマニ、サーニヤー・マロートラー、リッディ・ドーグラー、サンジーター・バッターチャーリヤー、ギリジャー・オーク、レヘル・カーン、そしてディーピカー・パードゥコーンの名前が見える。この中でメインヒロインを務めたのは、タミル語映画界で「レディー・スーパースター」と称されるナヤンターラーであった。また、「Om Shanti Om」(2007年/邦題:恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム)、「Chennai Express」(2013年/邦題:チェンナイ・エクスプレス 愛と勇気のヒーロー参上)、「Pathaan」などで共演しシャールクと相性のいいディーピカー・パードゥコーンは特別出演扱いだ。

 残りの6人の女優たちが、看守アーザードの結成したチームのメンバーを演じる。この構成はシャールク主演「Chak De! India」(2007年)を思わせるものだ。彼女たち一人一人に焦点が当てられるシーンもないではないのだが、時間が全く足りておらず、ほとんど使い捨てに近かった。主演を張れる女優や現在売り出し中の若手女優ばかりなのだが、この使い方は残念だった。

 2011年にアンナー・ハザーレーが主導した汚職撲滅運動はヒンディー語映画にも大きな影響を与え、以後、「Satyagraha」(2013年)や「Jai Ho」(2014年)など、汚職撲滅を主題にした映画が増えた(参照)。「Jawan」にもその名残が見られる。兵士に支給される武器や、病院の設備などで不正が行われており、国防や医療の現場で不具合が生じていることが訴えられていた。そして、選挙に行って国や地方の命運を託す政治家をしっかり選ぶ大切さも訴えられていた。

 また、環境問題や気候変動などもホットなトピックであり、「Irada」(2017年)や「Kadvi Hawa」(2017年)などの映画が作られてきた。「Jawan」では工場による環境汚染に触れられていたし、カーリーは環境破壊を無視して外資を呼び込もうとする悪役であった。

 それに加えて農民の自殺問題も取り上げられていた。借金が返せない農民は、政府から支給される見舞金を目当てにして自殺する。インドではそんな例が後を絶たない。この場面で出演していたオームカル・ダース・マーニクプリーは、農民自殺問題を扱った似たような映画「Peepli Live」(2010年)の主演であった。

 これらひとつひとつの問題は確かにその通りなのだが、アーザードはそれらの問題をあまりに一気に解決しようとしすぎていた。当然のことながらそれぞれの問題について深く掘り下げる努力も払われておらず、映画のように現実世界では解決しないことは誰の目にも明らかだ。

 最近ヒンディー語映画界ではにわかに北東地域が注目されており、映画に登場する機会が増えた。「Jawan」の冒頭、ヴィクラム大尉が村人に助けられるシーンは、どうもアルナーチャル・プラデーシュ州あたりをイメージしていそうだ。村が謎の集団に襲われていたが、その制服から察するに、中国の人民解放軍ではなかろうか。ちなみにアルナーチャル・プラデーシュ州は中国が領有を主張している。ヒンディー語映画では中国が悪役として描かれる例もだいぶ増えてきた。

 音楽監督はタミル語映画界で「Master」(2021年)や「Jailer」(2023年)などを手掛けてきたアニルッドだ。現在インドでもっとも勢いのある音楽監督の一人だといえる。彼が単独でヒンディー語映画の音楽を担当するのはこれが初だ。南インド映画そのままの豪華なダンスが添えられた曲が多く、映画を盛り上げている。

 かといって音楽面でも南インド一辺倒かというとそういうわけでもなく、意外に昔のヒンディー語映画音楽へのオマージュもあった。「Not Ramaiya Vastavaiya」はラージ・カプール主演「Shree 420」(1955年)の挿入歌「Ramaiya Vastavaiya」から取られている。「Ramaiya Vastavaiya」はテルグ語のフレーズで、「ラーマ兄貴、こっちへ来い」という意味になる。「Shree 420」の「Ramaiya Vastavaiya」自体も映画中で使われていた。もうひとつ印象的な使われ方をしていたのが「Bees Saal Baad」(1962年)の挿入歌「Beqarar Karke Hume」だ。これらはタミル語版やテルグ語版では別の曲に入れ替わっているのだろうか。

 実は「Jawan」に出て来るいくつかのエピソードは、実際に起きた有名な事件と関連している。もっともストレートに示されるのは1984年のボーパール化学工場事故だ。農薬工場から有毒ガスが発生し、多くの周辺住民が死亡した。武器の不正は、インド陸軍への武器供与に贈収賄があったとするボフォース事件を思わせるものだ。また、サーニヤー・マロートラーが演じた医者イーラムのエピソードも実際に起きた事件からインスパイアされているとされている。

 映画はマハーラーシュトラ州、タミル・ナードゥ州、ラージャスターン州で撮影されたようだ。冒頭のムンバイー・メトロのシーンは実際にムンバイー・メトロで撮影が行われているが、一部は2022年に運行開始したばかりのプネー・メトロでも撮影が行われているという。また、映画で使われていたバイクは、ロイヤルエンフィールドのヒマラヤとイェズディーのアドベンチャーである。

 「Jawan」は、2023年最大のヒット作のひとつであり、「Pathaan」の成功で波に乗るシャールク・カーンをさらに勢いづける作品だ。監督を含め、南インド映画の人材を活用して作られたヒンディー語映画スターの映画という点も特筆すべきである。なぜなら南北合作の新たな可能性を拓いたからだ。ただ、ストーリーはいい加減で、いろんなものを詰め込みすぎて時間が足りていない。決して丁寧な作りの映画ではない。それでも、インドの人々に拍手喝采をもって受け入れられた作品には変わりがなく、必見の映画である。