Zero

4.0

 2014年9月24日、インド宇宙研究機関(ISRO)が打ち上げた火星探査機「マンガルヤーン」が火星の周回軌道に到達した。これにてインドは、初の試みで火星探査機を火星の周回軌道に送り込むことに成功した世界最初の国となり、インドは宇宙開発先進国の仲間入りを果たした。これはインドの国家的偉業のひとつに数えられており、その影響は映画界にも及んでいる。

 2018年12月21日公開のヒンディー語映画「Zero」は、架空の火星有人探査計画を題材にしたロマンス映画である。監督は「Raanjhanaa」(2013年)で有名なアーナンド・L・ラーイ。プロデューサーはガウリー・カーン。主演はシャールク・カーン、ヒロインはアヌシュカー・シャルマーとカトリーナ・カイフである。シャールク・カーン、アヌシュカー・シャルマー、カトリーナ・カイフのトリオが共演した映画というと、「Jab Tak Hai Jaan」(2012年/邦題:命ある限り)が思い付く。

 主演の3人だけでもヒンディー語映画界を代表するトップスター揃い踏みだが、特別出演陣も「Om Shanti Om」(2007年/恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム)並みに豪華である。アバイ・デーオール、Rマーダヴァン、サルマーン・カーン、ラーニー・ムカルジー、カリシュマー・カプール、カージョル、シュリーデーヴィー、ジューヒー・チャーウラー、ディーピカー・パードゥコーン、アーリヤー・バットと、各人が主演を張れるだけの、錚々たる顔ぶれだ。また、ジャーヴェード・ジャーファリーがナレーターとして声のみ出演している上に、第一線で活躍するコレオグラファーのガネーシュ・アーチャーリヤとレモ・デスーザも特別出演し「Issaqbaazi」で踊りを披露している。

 脇役陣も、ムハンマド・ズィーシャーン・アユーブをはじめ、ティグマーンシュ・ドゥーリヤー、シーバー・チャッダー、ブリジェーンドラ・カーラーなど、有能な人材が揃っている。

 このキャストだけ見ても野心的な大作であることが分かる。シャールク・カーンを小人にするために全編に渡ってVFXが使われているし、宇宙開発が主題であるため、スケールの大きな物語になることも避けられない。さらに、近年のヒンディー語映画としては上映時間が長めで、2時間半以上ある。あらゆる側面から、2018年の期待作の一本である。

 ウッタル・プラデーシュ州メーラトに住む38歳の小人バウワー・スィン(シャールク・カーン)は、米国の宇宙開発機関NSARの科学者アーフィヤー・ユースフザイー・ビンダル(アヌシュカー・シャルマー)と恋に落ちる。アーフィヤーは脳性麻痺を抱え、車椅子で移動し、言葉もままならなかったが、有能な科学者で、無重力発生装置を開発していた。バウワーとアーフィヤーの結婚が決まるが、バウワーは本心ではまだ結婚に乗り気ではなかった。

 バウワーは、映画スターのバビター・クマーリー(カトリーナ・カイフ)の大ファンだった。勝つとバビターと会えるというダンス・コンペティションに出場が決まり、彼はアーフィヤーとの結婚式場を逃げ出してムンバイーへ向かう。そこで大人気となったバウワーは優勝し、バビターと会えただけでなく、彼女の付き人にさせてもらえた。バビターは、元恋人アーディティヤ・カプール(アバイ・デーオール)との失恋から立ち直っておらず、アル中になっていた。バビターはアーディティヤと仲直りして平静を取り戻した一方で、バウワーはバビターと語り合う中で、自分がアーフィヤーに対して行った行為の過ちに気づき、アーフィヤーのいる米国へ親友のグッドゥー(ムハンマド・ズィーシャーン・アユーブ)と向かう。

 アーフィヤーと再会したバウワーは、この1年の間に、アーフィヤーが自分との子供を生んでいたことを初めて知る。だが、アーフィヤーはバウワーを拒絶した。諦め切れないバウワーは、NSARが募集する火星への有人飛行の候補生に応募する。この計画の主管はアーフィヤーだった。また、アーフィヤーは同じくNSARに勤める宇宙科学者カールティク・シュリーニヴァーサン(Rマーダヴァン)と婚約していた。

 元々はチンパンジーを火星に送り込む計画だったが、バウワーのタフさはNSARの科学者たちの注目を浴びる。チンパンジーと同じくらいの身長だったことも功を奏した。こうしてバウワーは有人飛行の宇宙飛行士に選ばれる。アーフィヤーは彼の火星行きを止めようとするが、バウワーは今度は逃げなかった。アーフィヤーとカールティクの結婚の日、バウワーの乗ったロケットは打ち上げられ、火星へ向かう。

 15年後・・・。バウワーは地球に帰還する。

 ウッタル・プラデーシュ州の中規模都市メーラト(Meerut/「火星」という意味の英単語「Mars」と表記が似ている)出身の無教養な小人が、様々な出会いを経て、火星有人探査に送られるという、荒唐無稽、突拍子もないストーリーであった。主演シャールク・カーンがなぜ小人なのか、小人である必要があるのか、と途中までは思うのだが、それが終盤でチンパンジーの代わりにロケットに乗ることへとつながっており、見事な伏線回収であった。2人のヒロイン、アヌシュカー・シャルマーとカトリーナ・カイフもそれぞれの役割を好演しており、全体的に、よくこれだけ途方もないストーリーを一応納得できる形にまとめたな、と感心する作品になっていた。感心はするのだが、感動という観点では、あまりにファンタジーが過ぎて、付いて行けない部分があったのも確かである。ストーリー先行型で、主人公3人の心情の描写が後回しになっていたこともマイナスだった。

 ヒンディー語映画では伝統的に、身体障害者を使って、健常ではないことをネタにしたコメディー映画や、観客を強制的に泣かせようとするドラマ映画などがよく作られてきた。障害を笑いのネタにするのはもってのほかであるし、感動のネタにするのも安直すぎる。どちらの種類の映画もあまり好きではない。「Zero」についても、シャールク・カーン演じるバブワーと、アヌシュカー・シャルマー演じるアーフィヤーは、どちらも「普通」ではない。バブワーは小人症であり、アーフィヤーは脳性麻痺である。

 しかし、「Zero」は決して障害を笑いや感動のネタにした映画ではなかった。バブワーは、身長が低いことを自虐的にネタにはすれ、常に人生を前向きに捉え、障害を克服する術を知っていた。アーフィヤーにしても、脳性麻痺というハンデをものともせず、宇宙科学者として成功していた。この二人が結び付いたのも、決して障害者同士の傷のなめ合いからではない。障害を前向きに乗り越えようとする人生観が共鳴したと考えられる。

 映画の中では、それぞれの形で二人の達成が描写される。アーフィヤーは、脳性麻痺のため歩けなかった。だが、無重力発生装置を開発することで宙を飛ぶことに成功した。強い意志が障害を克服し、科学の発展に寄与したのである。一方、バブワーもその運動能力に加えて身長の低さを長所に変えて、火星有人探査のパイロットの座を勝ち取る。あまりに荒唐無稽な物語ではあるが、短所を長所に変える生き方が提示された映画だったといえる。題名の「Zero」も、それだけ見れば「無力」「無能」であるが、この映画を観た後は、「無重力」や「宇宙」が導く無限の可能性を意味すると感じられるようになってくる。

 シャールク・カーンを小人にしてしまったVFXも賞賛に値する。これより前には「Fan」(2016年)において3DスキャンとCGによってシャールクの容姿を変える実験が行われたが、一人二役の片方の容姿が変更されただけだった。今回は全編に渡ってVFXが施されており、しかもかなり活発に動きまくるが違和感が全くなかった。この特殊効果を自然に見せるシャールクの演技も成功の一因なのだろう。

 だが、演技面ではアヌシュカー・シャルマーが群を抜いている。脳性麻痺ではあるが頭脳明晰な先進的女性を力強く演じており、既に業界内で認知されている彼女の演技派女優としての立場をより強固なものとした。対するカトリーナ・カイフも、キャリアベストと呼べるほど迫真の演技を見せていた。

 ヒンディー語映画ファンにとっては、シャールク・カーンとサルマーン・カーンの共演が嬉しいサプライズだ。この二人がスクリーンをシェアするのは「Tubelight」(2017年)以来である。ガネーシュ・アーチャーリヤとレモ・デスーザも特別出演するダンスナンバー「Issaqbaazi」で、シャールク・カーンとサルマーン・カーンが一緒に踊る。それだけでなく、かつてシャールクとゴールデンコンビを組んでいたジューヒー・チャーウラーが友情出演していたことや、2018年に急死したシュリーデーヴィーが特別出演し、彼女の遺作となったことなども、この映画の付加価値となっている。

 「Zero」は、宇宙開発先進国の仲間入りを果たしたインドが、宇宙開発をテーマにして送り出した、ファンタジー要素たっぷりのロマンス映画である。主演のシャールク・カーン、アヌシュカー・シャルマー、カトリーナ・カイフのみならず、特別出演のスターも豪華絢爛で、見所の多い作品となっている。180億ルピー以上の興行成績を上げ、通常なら大ヒットと言えるのだが、報道によると製作に200億ルピーが費やされたため、投資額を回収できておらず、総合的に見たらフロップの評価となる。それでも、2018年を代表する大作であることには変わりない。