Gadar 2

3.5
Gadar 2
「Gadar 2」

 2001年はヒンディー語映画の当たり年で、多くの名作が公開された。その中でも映画史にもっとも強い影響を与えたのはアーミル・カーン主演の「Lagaan」(2001年/邦題:ラガーン クリケット風雲録)だった。アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされるほど成功した傑作だが、実はこの作品は2001年最大のヒット作ではなかった。それは、奇しくも「Lagaan」と同日に公開された、サニー・デーオール主演の「Gadar: Ek Prem Katha」(2001年)だったのである。「Lagaan」に比べたら大味なアクション映画だったのだが、1999年のカールギル紛争における勝利の余韻が残る中、インド人の愛国心とうまく共鳴したことと音楽が素晴らしかったことで、その年の最大のヒット作に躍り出た。個人的にも思い出深い作品で、今でもいくつかの挿入歌のメロディーが脳裏に染みついている。

 「Gadar」の監督アニル・シャルマーが続編の構想を発表したのが、まだコロナ禍中の2021年だった。「Gadar」は印パ分離独立前後の1947年から1954年までの物語であったが、「Gadar 2」はそれから17年後、第三次印パ戦争前夜のインドとパーキスターンが舞台になる。アニル・シャルマーが監督として続投し、「Gadar」の主要キャストもそのまま引き継がれた。インド人映画ファンにとっては、「トップガン マーヴェリック」(2022年)並みの期待作となった。

 「Gadar 2」が公開されたのは2023年8月11日、独立記念日の週だった。続編映画は前作を超えないというジンクスはインドにもあるが、「Gadar 2」については期待を上回る反応で、2023年を代表するヒット作になった。

 メインキャストは、サニー・デーオール、アミーシャー・パテール、ウトカルシュ・シャルマーの3人である。「Gadar」でターラー・スィンを演じたサニーは絶対に外せない俳優だ。彼は「Gadar」の大ヒットでトップスターに躍り出たものの、それ以降「Gadar」を超えるヒット作に恵まれなかった。「Gadar 2」は彼にとっても渡りに船の企画だったと思われる。彼以上に一発屋扱いされていたのが前作のヒロイン、アミーシャーだ。デビュー作「Kaho Naa… Pyaar Hai」(2000年)に続けて「Gadar」をヒットさせ飛ぶ鳥を落とす勢いだったが、やはり彼女も後に続くヒット作に事欠き、出演作が減っていって、いつの間にか過去の人扱いになってしまっていた。「Gadar 2」での起用は彼女にとって起死回生に他ならない。驚きなのはウトカルシュ・シャルマーだ。彼はアニル・シャルマー監督の息子で、「Gadar」でターラー・スィンとサキーナーの息子ジーテーを演じた。その彼が成長し、「Gadar 2」にてそのまま青年になったジーテーを演じているのである。

 他には、ガウラヴ・チョープラー、マニーシュ・ワードワー、スィムラト・カウル、ラヴ・スィナーなどが出演している。ラヴは往年の名優シャトゥルガン・スィナーの息子で、女優ソーナークシー・スィナーの兄に当たる。「Sadiyaan」(2010年)でデビューしたが全く鳴かず飛ばずで俳優を引退したと思っていたが、やはり親の七光りがあり、こうやって時々役をもらえる。彼にとっても「Gadar 2」の成功が俳優業復帰のきっかけになるかもしれない。

 「Gadar」の音楽監督はウッタム・スィンで、作詞はアーナンド・バクシーだった。今回作曲はミトゥン、作詞はサイード・カードリーとスニール・;スィルヴァイヤーであったが、前作の有名な挿入歌も再利用されており、ウッタム・スィンとアーナンド・バクシーにスペシャルサンクスが送られていた。

 前作の撮影から20年以上の歳月が過ぎており、前作を彩った何人かのキャストやクルーは既にこの世にいない。もっとも惜しまれるのは前作でラホール市長アシュラフ・アリーを演じたアムリーシュ・プリーだ。アムリーシュは2005年に亡くなっている。ターラーの親友ダルミヤーン・スィンを演じたヴィヴェーク・シャウクも2011年に急死しているし、前作の作詞家アーナンド・バクシーも2002年に逝去している。

 時は1971年。ターラー・スィン(サニー・デーオール)は貨物トラックの運転手としてパンジャーブ州パターンコートの陸軍基地に出入りしていた。妻のサキーナー(アミーシャー・パテール)とは今でも仲睦まじかった。二人の間に生まれたジーテー(ウトカルシュ・シャルマー)は大学に通っていたが、ボンベイで俳優になることを夢見ており、勉強に身が入っていなかった。

 一方、パーキスターン軍の将軍ハーミド・イクバール(マニーシュ・ワードワー)は、17年前にパーキスターンに入り込んで40人の兵士を殺したターラーへの憎悪を今でも忘れていなかった。彼は、ターラーとサキーナーの逃亡を幇助したとして、サキーナーの父親でラホール市長のアシュラフ・アリーを処刑していた。アシュラフの妻シャバーナーも後を追うように亡くなっていた。

 印パ国境地帯のラーム・テークリーで衝突が発生する。デーヴェーンドラ・ラーワト中佐(ガウラヴ・チョープラー)から要請を受けたターラーはトラックに武器を積んで前線に運ぶ。前線で指揮をしていたハーミド将軍はターラーの姿を見つけ、一斉攻撃を指示する。

 その日からターラーは行方不明になる。数人のインド人がパーキスターンに幽閉されているとの報道があり、サキーナーやジーテーはその中にターラーがいると信じる。だが、外交交渉でターラーを取り戻すのは困難であった。そこでジーテーは独断でイスラーム教徒に扮してパーキスターン領に潜入し、サキーナーの家族のつてを辿りながら父親を探し求める。その過程で彼はムスカーン(スィムラト・カウル)と出会い、恋に落ちる。

 ジーテーはムスカーンの助けを得てインド人捕虜が幽閉されている刑務所に潜入し、ターラーを探す。ところがターラーは見つからず、ジーテーは捕まってしまう。一方、インドではターラーが見つかった。実はターラーはラーム・テークリーの紛争で捕まっていなかった。爆発の衝撃で吹っ飛ばされたターラーは川に落ちて流され、村人に救い出されていたものの、意識を失っており、これまで帰って来られなかったのである。

 サキーナーはターラーとの再会を喜ぶものの、パーキスターンに行ってしまったジーテーから連絡が途絶えたことを彼に伝える。今度はターラーが息子を救出するためにパーキスターンに潜入する。ハーミド将軍は公衆の面前でジーテーを処刑しようとするが、そこにターラーが現れ制止する。ターラーはハーミド将軍の息子を人質に取ってジーテーを助け出し、一緒に脱出する。二人は途中ではぐれてしまうが何とか再会し、インド国境を目指す。ムスカーンとも合流した。ところが国境寸前で三人はハーミド将軍に捕まってしまう。

 ハーミド将軍はターラー、ジーテー、ムスカーンを捕縛し殺そうとするが、怒ったターラーの反撃を受ける。ターラーたちは戦車を奪って逃げ出し、ハーミド将軍は後を追う。ターラーたちは追いつかれてしまうが、そこへインド軍が救援に駆けつける。そこは既にインド領であった。ハーミド将軍は命乞いをするが、ターラーを騙し討ちしようとしたため、両軍の兵士たちによって殺される。

 「トップガン マーヴェリック」は前作のファンが観たいものを冒頭から取り揃えて提示し興行的な成功を勝ち取った映画だったが、この「Gadar 2」も全く同じ手法で滑り出しをしている。すなわち、前作で特に人気のあった挿入歌「Udja Kale Kawan」と「Main Nikla Gaddi Leke」をいきなり冒頭で連発して前作ファンの心を掴み、ターラーとサキーナーの甘い幸せな結婚生活を見せて、前作のエンディングで提示されたファンタジーの続きを提示している。

 物語の基本線も前作とそう変わりがない。「Gadar」ではターラーがパーキスターンに潜入して妻のサキーナーを取り戻すが、「Gadar 2」ではまず息子のジーテーがターラーを探しにパーキスターンに潜入し、その後はターラーがジーテーを探しにパーキスターンに再び足を踏み入れる。ターラーの怪力は17年経った今でも健在で、手当たり次第に重量物を振り回しては敵をなぎ倒していく。

 「Gadar」には、パーキスターンの地でターラーが「ヒンドゥスターン・ズィンダーバード(インド万歳)!」と叫ぶ有名なシーンがあった。その再現も今回は用意されていた。ハーミド将軍に捕まり、彼から「ヒンドゥスターン・ムルダーバード(打倒インド)!」と言うように強要されたターラーは屈せず、「ヒンドゥスターン・ズィンダーバード」を貫いて反撃に成功するのである。このシーンがインド人の愛国心をとことん刺激するのはいうまでもない。

 現在、印パ関係は冷え込んでおり、そんな中で独立記念日に公開された愛国主義映画「Gadar 2」がパーキスターンをどのように描写するかは注目であった。確かにパーキスターン軍のハーミド将軍はインド人に憎悪を燃やす悪人として描かれていた。1947年の分離独立時、彼はインドにいた親戚をインド人に殺されていたし、1954年にはターラーに部下の兵士40人を殺されていた。そんなこともあって彼はインド人やターラーへの復讐の機会をうかがっていた。そんな彼の最期は哀れである。誤ってインド領に踏み込みインド軍に囲まれてしまったハーミド将軍は命乞いをし、ヒンドゥー教徒に改宗してまでも自分だけ命拾いしようと躍起になる。そんな情けない姿に部下たちも愛想を尽かす。背を向けたターラーに対しハーミド将軍は不意打ちしようとするが、印パ両軍の兵士によって撃ち殺され、哀れな最期を迎えるのである。

 しかしながら、パーキスターンを完全に悪として描いていたわけではなかった。ターラーやジーテーはパーキスターンでも親切な人に助けられたし、両国が友好の道を模索することを最善とする明確なメッセージが発信されていた。インドに住むイスラーム教徒にも配慮がされており、彼らもインド人の一員だと訴えられていた。

 今回の主な時間軸は1971年である。南アジア史にとって1971年といえば第三次印パ戦争の年であり、東パーキスターンが独立してバングラデシュが建国された年でもある。通常、インド映画に1971年という年が出て来たら、自然に第三次印パ戦争を時代背景とした映画だと予想するのだが、意外にも「Gadar 2」の全ての出来事は開戦前に起こっている。ラーム・テークリーでの衝突も第三次印パ戦争の中で起こったものではない。ただし、戦争の前兆は見られ、たとえばジーテーがパーキスターンに潜入したときにはバングラデシュ独立を訴えるデモ行進が行われていた。

 「Gadar」で何が観客に受けたのかをしっかり把握し、それを繰り返すことでニーズに応えたような映画だ。ある意味正解なのだろうが、もっと冒険して欲しかった気もする。普通ならば続編は前作を上回るスケールになるはずだが、正直いって「Gadar 2」は前作に比べたらスケールが小さくなってしまっていた。たとえば前作のクライマックスでは疾走する蒸気機関車でのアクションシーンが繰り広げられたが、今回は戦車のチェイスに留まっており、迫力に欠けた。

 サニー・デーオールは、自身の代表作の続編とあって気合が入っており、水を得た魚のようにターラーを演じていた。アミーシャー・パテールにとっても久々の大作出演だ。母親役にしては若作りであったが、彼女の元気な姿を見られて気持ちが和んだ。ウトカルシュ・シャルマーはどちらかといえばランビール・カプールに似たタイプの男優だと感じた。本作ではアクションシーンを頑張っていたが、今後もしオファーが舞い込むとしたら、まずはロマンスヒーローの方向が試されるのではなかろうか。

 「Gadar 2」は、2001年最大のヒット作「Gadar」の続編であり、前作からかなりのキャストやクルーが引き継がれ、前作のファンが観たいものや聴きたい音楽が全て揃えられた作品になっている。まるで同窓会のような楽しみがある。印パ関係の緊張が解けない中でパーキスターン軍の軍人を悪役に据えて作られた愛国主義映画だが、バランス感覚はあり、インド国内のイスラーム教徒にも配慮が見られた。2023年のヒンディー語映画界を代表するヒット作になったが、「Gadar」を超えるような娯楽作品とまでは持ち上げられない。それでも観て損はない映画だ。