Irada

3.5

 パンジャーブ州はインドでもっとも癌患者の多い州である。その原因は、工場などから排出される有害物質とされている。だが、パンジャーブ州には州営の癌センターがない。そのため、隣のラージャスターン州の州営癌センターまで癌患者を運ぶ、「キャンサー・トレイン」と呼ばれる列車が運行されているという。

 2017年2月17日公開の「Irada(目的)」は、パンジャーブ州の環境汚染問題を取り上げた意欲的な作品である。監督はアパルナー・スィン。「Black Friday」(2007年)でアヌラーグ・カシヤプ監督の助監督を務め、本作で監督デビューとなる。主演はナスィールッディーン・シャーとアルシャド・ワールスィー。他に、シャラド・ケールカル、サーガリカー・ガートゲー、ディヴィヤー・ダッター、ニキル・パーンデーイ、ラージェーシュ・シャルマー、ルマーナー・モッラーなどが出演している。

 パンジャーブ州のバティンダーには、パディー・F・シャルマー社長(シャラド・ケールカル)の経営する大企業PPFPLの火力発電所や工場があり、違法なリバース・ボーリングによって有害物質を地中に戻していた。バティンダー在住の退役軍人パラブジート・ワーリヤー(ナスィールッディーン・シャー)の娘リヤー(ルマーナー・モッラー)は肺癌で若くして亡くなる。

 その1年後。PPFPLの工場が何者かに爆破される。パディー社長から多額の資金提供を受けていたラマンディープ・ブライチ州首相(ディヴィヤー・ダッター)は、早めに事件の火消しをするために、子飼いの国家捜査局(NIA)アルジュン・ミシュラー(アルシャド・ワールスィー)を事件の担当にする。

 アルジュンの元には、マーヤー・スィン(サーガリカー・ガートゲー)という女性がPPFPLの違法操業の証拠を持って現れる。マーヤーの恋人アニルッド(ニキル・パーンデーイ)は、RTI(知る権利)活動家で、PPFPLの悪事を暴こうとしたために殺されていた。アルジュンは捜査を進める中で、PPFPLが土壌を汚染し、街に癌患者が溢れるのを放置するばかりか、事実を隠蔽し、癌患者を使ってさらに金儲けをしている実態に気付く。この汚職にはラマンディープ州首相も関与していた。

 また、アルジュンは、パラブジートが工場爆破の黒幕であることも突き止める。だが、パラブジートを逮捕しようと思った矢先、彼は火事によって焼死してしまう。自殺とも噂された。

 アルジュンに証拠を掴まれたラマンディープ州首相は、記者会見の場で辞意を表明し、PPFPLの違法行為を糾弾する。こうしてパディー社長は逮捕された。その後、アルジュンは山間でパラブジートと再会する。実は焼死は見せ掛けで、パラブジートは死んでいなかった。

 映画は、他の方法ではなかなか注目されにくい社会問題を広く知らしめるのに有効な手段である。「Irada」も、パンジャーブ州の「エコ・テロリズム」問題を取り上げたユニークな映画だった。工場などから違法に排出される有害物質により病気になったり死んだりする人の数は、テロで殺される人の数よりも多く、より本腰を入れて取り組まなければならない問題として、警鐘が鳴らされていた。そして、その問題をサスペンス仕立ての娯楽映画に上手にまとめ上げていた。

 インドでは農業の生産力を向上させ自給自足を実現するため、1968年から「緑の革命」が始まった。高収量品種や抵抗性品種を導入し、肥料、農薬、灌漑などの最新技術を適用した結果、パンジャーブ州などを中心に、小麦の生産量が飛躍的に高まった。だが、化学肥料や化学農薬の大量使用による環境汚染も深刻となった。現在、「緑の革命」が成功した地域は、「キャンサー・ベルト」と異名を持つほど多数の癌患者が出ている地域となっている。

 「Irada」の舞台となっているバティンダーは、火力発電所や肥料工場を擁する産業の街でもあり、映画で指摘されている通り、有害物質による土壌・水質汚染のせいで特に癌患者の数が多いことが問題となっている。工場の爆破テロはさすがにフィクションであるが、革命家バガト・スィンの言葉「耳が聞こえない人に物を聞かせるためには爆発を起こさなければならない」を引用しながら、テロよりも恐ろしい環境テロの実態がショッキングな形で提示されていた。州首相と実業家の癒着も、この映画が鋭く指摘している点であった。

 名優ナスィールッディーン・シャーは、もっとも得意とする、とぼけたお爺さんの役で、物語の最重要人物を余裕の態度で演じていた。コメディアン俳優のイメージの強いアルシャド・ワールスィーは、年齢的にもイメージチェンジを図っているのだろう、最近はシリアスな役柄を演じることが多く、今回も非常に重みのある演技を見せていた。

 「Irada」は、インドの食料自給自足を強力に推進した「緑の革命」の負の側面である公害問題を取り上げた、社会的なメッセージ性の強いサスペンス映画である。社会問題を取り上げながら、よく娯楽映画としてまとめられていた。地味ではあるが、とても有意義な映画である。