Provoked

4.0

 アビシェーク・バッチャンとの結婚を控えた「インドの女神」アイシュワリヤー・ラーイは、数年前から欧米の映画に好んで出演している。ヒット作には恵まれておらず、ハリウッドでそれほど高い評価を受けているわけではないが、ヒンディー語映画界以外でも着実に名声を積み重ねている稀なインド人女優だと言える。2007年4月6日から、アイシュワリヤー主演の英語映画最新作「Provoked(挑発)」がインドでも公開されている。家庭内暴力を扱った、実話に基づいた自伝を映画化した作品である。

監督:ジャグ・ムンドラー
制作:スナンダー・ムラーリー・マノーハル
原作:キランジート・アフルワーリヤー「Circle of Light」
音楽:ARレヘマーン
出演:アイシュワリヤー・ラーイ、ミランダ・リチャードソン、ナヴィーン・アンドリューズ、レベッカ・ピジョン、ナンディター・ダース、ロビー・コルトレーン、ニコラス・アイロンズ、デボラ・ムーア、スティーヴ・マクファデン、ラジー・ジェームス、シャヒーン・カーン、カレン・シェーナーズ・デーヴィッド、リーナー・ディングラーなど
備考:PVRアヌパム4で鑑賞。

 1989年のある晩、ロンドンのパンジャービー系家族の家から出火し、夫のディーパク・アフルワーリヤー(ナヴィーン・アンドリューズ)が重度の火傷を負った。妻のキランジート(アイシュワリヤー・ラーイ)が夫に火を放った疑いが強まり、彼女は警察に逮捕される。尋問の中で彼女は自分が放火したことを認める。キランジートは監獄へ送られる。

 女性人権団体サウスオール・ブラック・レディーズを運営するインド系女性ラーダー・ダラール(ナンディター・ダース)はこの事件に興味を持ち、拘束中のキランジートとコンタクトを取る。キランジートは、10年間に渡って夫から家庭内暴力を受け、その結果、夫に火を放ったことは明白だった。だが、キランジートはなかなか心を開こうとしなかった。その間、入院していたディーパクは死亡してしまう。キランジートへの容疑は殺人未遂から殺人へ切り替わった。キランジートの裁判が行われ、終身刑を言い渡される。

 だが、ラーダーは納得しなかった。監獄へキランジートを訪ねたラーダーは、彼女が2人の子供に会いたがっていることを知る。ラーダーはディーパクの母親に引き取られていた子供を何とか連れ出し、キランジートに会わせる。キランジートも喜び、ラーダーに協力することを約束する。ラーダーはキランジートの事件を社会運動に発展させる。

 また、服役していたキランジートも、監獄の中で心強い味方を得る。特にルームメイトのヴェロニカ・ロニー(ミランダ・リチャードソン)とは親密な関係を築く。キランジートはあまり英語がしゃべれなかったが、ロニーに教えてもらい、ある程度流暢に英語をしゃべれるようになっていた。キランジートは自分の身に起こった家庭内暴力の惨状を英語で書き、それをラーダーが集会で代読する。努力が実り、キランジートの公判のやり直しが決定する。

 その結果、キランジートの刑期は大幅に軽減され、やがて牢屋から出ることができた。この判決をきっかけに、英国では家庭内暴力の蓄積に反発して起こった殺人や傷害は「挑発」とみなされるようになった。

 英国の刑法では、殺人は一律無期拘禁刑となっており、裁判所に刑罰の裁量権はない。被告人が殺人をしたことを認めれば、自動的に無期拘禁刑に処せられる。ただし、被告人はいくつかの理由で抗弁をすることができる。心神喪失、心身衰弱、心中の約束、挑発である。これらが認められると、罪名は故殺(殺意のない殺人)になり、刑罰には裁量の幅が出て来る。最後の挑発(provocation)とは、配偶者の浮気を発見したなど、一時的に心身錯乱状態に陥った状態で行った殺人のことである。「Provoked」は、長年に渡る家庭内暴力が、妻の夫殺しの「挑発」の抗弁に適用できるかどうかが論点になっていた映画だった。

 映画は、主人公のキランジートが夫のディーパクに火を付けるというショッキングなシーンから始まる。キランジートは伝統的なパンジャービー女性で、英語もあまりうまく話せなかったため、取調べや裁判でも不利な状況におかれる。入院していた夫が死亡したことにより容疑は殺人未遂から殺人既遂に切り替わり、終身刑に処せられてしまう。だが、サウスオール・ブラックレディーズという女権団体がキランジートの再審を支援する。途中、カットバックでキランジートとディーパクの関係を示す過去の映像が途切れ途切れに挿入される。結婚当初は愛情一杯だった夫婦生活も、すぐに関係は主人と奴隷の関係へとなり、ディーパクは事あるごとにキランジートに暴力を振るうようになる。観客の前で、次第に家庭内暴力の全貌が明らかになって行く。サウスオール・ブラックレディーズがキランジートの裁判を社会運動化したことにより、また、優秀な弁護士を味方に付けることに成功したことにより、キランジートの公判のやり直しが決定し、刑期も大幅に短縮された。そして、この裁判をきっかけに、家庭内暴力が「挑発」の抗弁に適用されることが判例化し、同じく夫による暴力に悩まされている女性たちの力になったのである。よって、このキランジートの判決は、英国刑法史上画期的な出来事だったようだ。これらはほぼ全て実話に沿っている。キランジート・アフルワーリヤーも実名である。

 「Provoked」は、アイシュワリヤー・ラーイの最高傑作に数えられてもおかしくない作品である。それほど彼女の演技はずば抜けていた。インド映画出演時とは全く違う気合の入り方。あのお高くとまったアイシュワリヤーが、顔をくしゃくしゃにして泣き、女性用刑務所で粗末な食事をし、片言の英語をぼそぼそと話していた。そこにヒロイン女優の片鱗はなく、演技派女優としての煌きがあった。それでいて美しさとかわいさに磨きがかかっており(多分ちょっと前に撮影されたのだろう、若く見えた)、暗くなりがちな映画を美貌で明るく照らし出していた。これだけの演技ができるなら、もしかしたらハリウッドでもやっていけるかもしれない。

 暴力夫を演じたナヴィーン・アンドリューズは、「Kama Sutra: A Tale of Love」(1996年)で王子役を演じていたインド系英国人男優で、インド関係の欧米映画によく出て来る。ナンディター・ダースも有名なインド人演技派女優で、英語映画によく出演する。白人俳優たちも個性的な顔ぶれ揃いで名演であった。

 言語は基本的に英語だが、アフルワーリヤー家はパンジャービーの一家なので、パンジャービー語が時々使用される。そのときは英語字幕が入る。

 「Provoked」は非常にシリアスな映画で、英国の刑法の解釈を巡った攻防でもあるので、とっつきにくいところはある。だが、インド映画ファンとしては、アイシュワリヤー・ラーイの好演を是非鑑賞すべきであろう。賛否両論渦巻くアイシュワリヤーの評価だが、この映画を観たら、「アイシュワリヤーは演技ができない」とは口が裂けても言えなくなるだろう。