Chalo Dilli

4.5
Chalo Dilli
「Chalo Dilli」

 一種の流行であろうか、ヒンディー語映画界では、映画スターの妻が映画を監督・プロデュースすることが目立って来ている。シャールク・カーンの妻ガウリー・カーン、アクシャイ・クマールの妻トゥインクル・カンナー、アーミル・カーンの妻キラン・ラーオなどなど、急に「内助の功」が表舞台に立つようになって来た。その一方で、面白いことにその逆転現象も出現した。元ミス・ユニバースの女優ラーラー・ダッターの夫でテニス選手のマヘーシュ・ブーパティが映画プロデュースに乗り出したのだ。その第1作が本日(2011年4月29日)より公開の「Chalo Dilli」だ。もちろん主演はラーラー・ダッター。なぜかクレジットにプロデューサーとしてマヘーシュ・ブーパティの名前が載っておらず、代わりにカヴィター・ブーパティ・チャッダーなる人物の名前が出ているが、マヘーシュ・ブーパティのプロデュースであることは確実のようである。

 「Chalo Dilli」とは、かつてインド国民軍(INA)を創立し日本軍と協力したスバーシュ・チャンドラ・ボースが掲げた反英スローガンである。元来の意味は「デリーへ行こう」であるが、軍事的なスローガンであり、「(英領インドの首都)デリーへ攻め込め」というニュアンスが強い。だが、この映画の内容はチャンドラ・ボースとやINAとは全く関係ない。監督は隠れた名作「Dasvidaniya」(2008年)のシャシャーント・シャー。アクシャイ・クマールのサプライズ出演もあり、意外に話題性に富んだ作品である。

監督:シャシャーント・シャー
制作:クリシカー・ルッラー、ラーラー・ダッター、カヴィター・ブーパティ・チャッダー
音楽:ゴウロヴ・ダースグプター、アーナンド・ラージ・アーナンド、サチン・グプター、ローヒト・クルカルニー、ローシャーン・バールー
歌詞:マンタン、アーナンド・ラージ・アーナンド、クリシカー・ルッラー、シャッビール・アハマド、ニシャー・マスカレナス
出演:ラーラー・ダッター、ヴィナイ・パータク、アクシャイ・クマール(特別出演)、ヤナ・グプター(特別出演)
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 大手投資銀行ムンバイー支店の頭取を務めるキャリアウーマンのミヒカー・バナルジー(ラーラー・ダッター)は、デリー経由でロサンゼルスへ行くことになった。その途中、デリーで夫と誕生日をそそくさと祝うことにしていた。

 ところがミヒカーはデリー行きの飛行機に乗り遅れてしまう。その原因となったのが、同じくムンバイーからデリーへ向かっていたチャーンドニー・チャウク在住の商人マンヌー・グプター(ヴィナイ・パータク)であった。マンヌーが道の真ん中でスーツケースの中身をこぼしてしまったために渋滞が発生し、時間内に空港に辿り着けなかったのだった。ミヒカーは代わりの飛行機に乗り込んだが、近くにはマンヌーも乗っていた。マンヌーが大声で隣の席の乗客とたわいもない話を始めたため、ミヒカーは無理矢理眠ることにしたのだった。

 空港に着いたミヒカーは、そこがデリーではなくジャイプルであることにやっと気付く。何らかの原因でデリー空港に着陸できず、飛行機はジャイプルに来てしまったのだった。ミヒカーは機内で眠っていたためにアナウンスを聞き逃していた。既に夜中になっていたが、ミヒカーはタクシーを雇ってデリーまで行くことにした。ところがその運転手がノロノロと運転するために喧嘩になってしまう。そこにちょうどいたのがまたもマンヌーであった。マンヌーは勝手にタクシーに乗り込んで来て、運転手に代ってタクシーを運転し始める。ところが途中で道を間違えてしまい、デリーへ行くはずが正反対のアジメールへ向かっていた。しかも途中でタクシーが故障してしまう。マンヌーはトラックをヒッチハイクし、ミヒカーを連れて近くのダーバー(安食堂)まで行く。そこで二人は腹ごしらえをし、一眠りする。

 翌朝、二人はラクダ車と乗り合いジープを乗り継いでヌーアー駅まで行く。ヌーアー駅からは早朝デリー行きの列車が出ていた。ミヒカーはこれで無事デリーに着くと思ったが、いつの間にか財布をすられており、一文無しになっていた。しかも既にマンヌーと別れており、列車に乗り遅れそうになる。しかし、それに気付いたマンヌーが緊急停止用チェーンを引っ張り列車を止め、ミヒカーを列車に入れる。また、車掌を言いくるめてキセル乗車になってしまったミヒカーを助ける。しかし、彼が緊急停止用チェーンを引いたことが車掌にばれてしまい、二人はジュンジュヌー近くの警察署に連行される。ところがそこで警察署は地元ギャングの襲撃を受ける。マンヌーはギャングの車に乗せてもらう。ミヒカーの持っていたノートPCがギャングに奪われてしまったものの、何とか二人は無事にジュンジュヌーまで辿り着いた。

 ジュンジュヌーでミヒカーは夫のヴィクラム(アクシャイ・クマール)と連絡が付き、迎えに来てもらうことになった。ところがそのホテルで地元ギャング同士の争いが起き、それが町中に飛び火して、町に外出禁止令が発令されてしまう。これではヴィクラムも町に入って来られないのではないかと危惧したミヒカーであったが、夫は軍人であり、特別に入って来ることが出来た。ヴィクラムはミヒカーと共にマンヌーも連れてデリーへ向かう。

 ヴィクラムとマンヌーはチャーンドニー・チャウクでマンヌーを下ろし、別れる。その後、ミヒカーは、明日の誕生日パーティーにマンヌーを招待することを思い付き、チャーンドニー・チャウクまで引き返してマンヌーの家を訪ねる。そこで見たものはマンヌーの植物人間状態の妻の姿であった。マンヌーは一言もそれを彼女に話さなかった。他人を悲しい気持ちにさせたくないというマンヌーの配慮からであった。マンヌーは誕生日パーティーへの招待を快く受け取る。

 死期を迎えようとする朴訥な男性を主人公とした「Dasvidaniya」を観て、シャシャーント・シャー監督は日本人好みのハートに響く繊細な映画を作ることの出来る人物だと感じたが、この「Chalo Dilli」ではさらにその印象を深くした。ハートに響くだけではない。今回はロードムービー仕立てであり、インドの旅情がよく出ていた。それもバスや列車を乗り継ぐような、地べたを這った形の旅情である。それを、普段はビジネスクラスやファーストクラスの飛行機で移動するキャリアウーマンの視点から描いており、外国人の視点と近いものがあった。当然、万事がうまく行くとは限らず、次々とトラブルが発生する。ジャイプルからデリーへ約250kmを陸路で行くだけなのに、主人公ミヒカーはなぜかトラック、ラクダ車、乗り合いジープ、列車(しかもエアコンなしの一般車両)を乗り継ぐ形になり、挙げ句の果てにギャングの抗争にまで巻き込まれる。だが、思い通りに進まなければ進まないほど、新たな出会いが積み重なって行き、人々の親切や温情に触れることになる。このような体験は、インドを貧乏旅行した人なら誰でもひとつやふたつはしたことがあるのではなかろうか?そういうインド旅行の楽しさがよくスクリーン上に再現された映画であった。

 また、「Chalo Dilli」は、キャリア志向で既婚ながら子供を持つことを避けている女性に対するアンチテーゼでもあった。主人公のミヒカーは絵に描いたようなキャリアウーマンであり、仕事中心の生活をしていた。仕事の関係で夫ヴィクラムとも別居しており、ミヒカーはムンバイーに、ヴィクラムはデリーに住んでいた。ムンバイーからデリー経由でロサンゼルスに出張することになり、ちょうど彼女の誕生日も来ていた。普通ならデリー在住の夫と誕生日を祝うところであり、ヴィクラムはパーティーを企画していたが、仕事中心のミヒカーは夫と自分の誕生日を祝うことすらフォーマルに済まそうとしていた。しかし、チャーンドニー・チョーク在住で、どんな人ともすぐに仲良くなってしまう人情味溢れた下町気質のマンヌーと旅する内に、彼女の心にも変化が訪れた。マンヌーと別れ、ヴィクラムと再会した後、彼女はロサンゼルス行きを遅らせ、夫と誕生日パーティーを開くことを決める。そして言外に子作りの意志も匂わせる。そういう意味では、いかにもインド映画らしい、家族を第一とする保守的なメッセージが込められた映画だと言える。

 映画は基本的にコメディータッチで進んで行く。笑いの中心は間違いなくマンヌーであり、彼の言動の中でも特におかしいのが彼の口癖「Kaun Si Badi Baat Ho Gai(何も大事じゃないだろう)」である。潔癖症のミヒカーは当初マンヌーのがさつな行動ひとつひとつに嫌悪感を覚え、自分が突如として置かれてしまった酷い状況に絶望するのだが、マンヌーはそれらを上記の口癖で片付けてしまう。中盤にさしかかった辺りで観客の脳裏にも自然にその口癖がこびりついてしまい、マンヌーがそのフレーズを口にするたびにおかしさがこみ上げて来る。だが、映画の笑いを一手に引き受けるこの言葉に、涙の結末の伏線が隠されていたのは見事だった。一度マンヌーと別れた後、ミヒカーは引き返して彼の家を訪ねる。そこには彼の妻が植物人間状態で横たわっていた。彼は、他人にはそのことを教えず、誰にも悲しみを露わにせず、仕事をしながら賢明に彼女を支えて来たのだった。彼にとって、確かにミヒカーが直面した問題は「大事」ではなかった。ミヒカーは彼の口癖の秘密を解明できた喜びと共に、一気にマンヌーの人間性に感服してしまう。

 ヴィナイ・パータクは「Dasvidaniya」の主演男優で、既に堅実な演技が出来る個性派男優としてヒンディー語映画界において地位を確立している。「Chalo Dilli」でもキャラクターに入り込んだ絶妙の演技を見せており、今一度実力を証明した。だが、この作品は何と言ってもラーラー・ダッターのためにある。ミスコンでの栄冠を経て映画界デビューする女優は多いものの、必ずしも成功する訳ではない。最近ではアイシュワリヤー・ラーイ・バッチャンを筆頭に、スシュミター・セーンやプリヤンカー・チョープラーなどが成功を手にしたと言えるが、その他のミスコン出身女優はパッとしない。2000年のミス・ユニバースに輝いたラーラー・ダッターもいまいち代表作に恵まれなかったのだが、「Billu」(2009年)辺りからいい役をもらえるようになり、この「Chalo Dilli」で正にピッタリの役に巡り会えたと言っていい。この映画がヒットするかどうかは現時点で分からないが、彼女の代表作の1本となるであろう。

 驚いたのはアクシャイ・クマールが終盤でサプライズ出演していたことである。ミヒカーの夫ヴィクラムを演じていた。どういうつながりで彼の特別出演が成立したのかは不明である。他にヤナ・グプターがアイテムナンバー「Laila O Laila」にアイテムガール出演していた。

 音楽はゴウロヴ・ダースグプター、アーナンド・ラージ・アーナンド、サチン・グプター、ローヒト・クルカルニー、ローシャーン・バールーなど多数の音楽家による合作となっている。アイテムナンバー「Laila O Laila」と、ミヒカーとマンヌーが列車に乗り込んだときに流れる「Chalo Dilli」ぐらいしか挿入歌はなく、音楽やダンスは二の次の映画となっている。

 劇中ではジャイプルからデリーへ向かうはずが反対方向、ラージャスターン州の奥深くへ行ってしまう。デリーやジャイプルは実在の地名であるが、その他映画中に登場するヌーアーやジュンジュヌーと言った地名も実際に存在する。しかし本当に現地でロケが行われたかどうかについては疑問である。ラージャスターン州で撮影されたことは間違いないと思うが、それ以外場所を特定できるようなランドマークが映っていなかった。特にジュンジュヌーは壮麗な壁画のハヴェーリーや寡婦殉死の悪名高いサティー寺院などで有名だが、それらは全く出て来なかった。

 「Chalo Dilli」は、ラーラー・ダッターとヴィナイ・パータクの「パーフェクト・ミスマッチ」と、インドの旅情溢れるロードムービー風展開が楽しい佳作である。インド映画らしさは希薄だが、インドらしさは満点。インド旅行好きな人に特にお勧めしたい。