Bad Newz

3.5
Bad Newz
「Bad Newz」

 「Vicky Donor」(2012年)あたりからヒンディー語映画界は性や生殖を題材にした映画を果敢に送り出し続けている。これまで、精子ドナー、不妊治療、代理母、性転換手術などを主題にした映画が作られたが、どれも従来の保守的なインド社会では容易にタブーとされるようなテーマばかりである。不妊治療で子供を授かろうとする夫婦の奮闘をコメディータッチで描いた「Good Newwz」(2019年)も、そんな潮流に乗って作られた作品だ。日本で劇場一般公開されてもおかしくないほどの傑作であった。

 「Good Newwz」の続編に位置づけられているものの、ストーリー上のつながりはない「Bad Newz」は、やはり妊娠を主題にしたコメディータッチの映画である。2024年7月19日に公開された。プロデューサーはカラン・ジョーハルなど。監督は、「Go Goa Gone」(2013年/邦題:インド・オブ・ザ・デッド)などで俳優として活躍しながら「Maja Ma」(2022年/邦題:パラヴィの見つけた幸せ)などの監督もしている多才な人物、アーナンド・ティワーリーである。

 主演は、ヴィッキー・カウシャル、トリプティ・ディムリー、アミー・ヴィルク。「Sam Bahadur」(2023年)などの演技が高い評価を得たヴィッキーは、現在トップスターを狙える地位にいる勢いのある俳優である。トリプティは「Animal」(2023年)を当てたばかりで、若手の有望株である。アミーはパンジャービー語の歌手であり、俳優としても活躍している。パンジャービー語映画が主だが、「Bhuj: The Pride of India」(2021年)や「83」(2021年)などのヒンディー語映画にも出演済みだ。

 他に、ネーハー・ドゥーピヤー、シーバー・チャッダー、グニート・スィン・ソーディー、ファイサル・ラシード、カヤーリー・ラームなどが出演している。また、ネーハー・シャルマーが特別出演し、アナンニャー・パーンデーイとガジラージ・ラーオが本人役で出演している。

 デリーのレストランでシェフをするサローニー・バッガー(トリプティ・ディムリー)は、料理界の勲章であるメラキ・スターを取ることが夢だった。サローニーは、カロールバーグでチャープ屋を営むアキル・チャッダー(ヴィッキー・カウシャル)と出会い、恋に落ちる。やがて二人は結婚する。結婚後もサローニーはメラキ・スターの夢を追っていた。だが、アキルは彼女の夢をよく理解しておらず、事あるごとに彼女の邪魔をしてしまう。メラキ・スターの審査でも失敗を犯し、彼女は解雇される。それが原因で二人の間に亀裂が入り、やがて離婚に至る。

 サローニーは心機一転するため、ウッタラーカンド州マスーリーのホテル内にあるグジャラート料理レストランのチーフシェフに就任する。そのホテルの若き経営者がグルビール・スィン・パンヌー(アミー・ヴィルク)であった。アキルはサローニーを忘れるためにナンパに明け暮れたが、それを知ったサローニーは嫉妬から真面目なグルビールを誘惑し、自分の誕生日に彼とセックスをする。その直後、彼女はアキルの訪問を受ける。酔っ払っていたサローニーはアキルとも続けてセックスをしてしまう。

 その後、サローニーは妊娠していることに気付く。父親がどちらか分からなかった。叔母のマー・コロナ(ネーハー・ドゥーピヤー)は早く中絶するように言うが、彼女は父親の同意が必要だと答える。そしてサローニーはアキルとグルビールに妊娠したこと、父親がどちらか分からないことを正直に明かす。そして、親子鑑定を受けてもらうことにする。

 産婦人科医バーウェージャー(ファイサル・ラシード)が検査した結果、サローニーは双子を妊娠しており、しかも父親が違うことが分かる。サローニーは、二人の子供を一緒に育てると宣言する。しかも、子供たちと暮らすのは二人の内でより父親にふさわしい男性だと決めたため、アキルとグルビールの間で火花が散る。二人は、時には手を結び、時には出し抜き合いながら、共にサローニーのお腹で育つ双子の子供を見守る。

 サローニー、アキル、グルビールは、サローニーの妊娠のことをそれぞれの親に伝えていなかった。だが、やがてそれがばれてしまう。子供を巡って家族の間で争いが起きそうになるが、そのときサローニーは腹痛を訴えて倒れる。バーウェージャーが検査したところ、双子の内、アキルの子供はすくすく育っていたが、グルビールの子供は圧迫されて命の危険に直面していた。バーウェージャーは帝王切開を提案するが、二人の子供を救える確率は50%だった。アキルは手術の同意書に署名をする。帝王切開が行われたが、サローニーと双子の女児たちは無事だった。

 サローニーは再びメラキ・スターの審査を受け、見事インド初のメラキ・スター認定シェフになる。授賞式の日、グルビールは昔の恋人セージャル(ネーハー・シャルマー)と再会する。サローニーはアキルに、もう一度結婚することを提案し、アキルはそれを受け入れる。

 「Bad Newz」の主題は「異父多胎妊娠(Heteropaternal Superfecundation)」である。主人公サローニーはアキルとの離婚後に妊娠をし双子を宿すが、検査の結果、双子の父親が別々であることが分かる。同じ月経周期中に複数の排卵があること、その間に複数の男性と性交すること、そして複数の男性の精子によって複数の卵子が受精するという条件が重なれば、科学的に起こりえる現象である。動物の世界では珍しくないようだが、人間で起こるのは珍しい。

 人間の場合、異父多胎妊娠した女性には道徳的な問題が発生するだろう。「Bad Newz」では、誕生日に酔っ払ったサローニーが、まずはグルビールとセックスし、その直後に突然現れたアキルとセックスして、そのような状態になったとされていた。このときサローニーとアキルの離婚は成立していたため、法律的な問題は発生しない。だが、感情的な問題は避けられないだろう。とはいえ、アキルもグルビールもパンジャーブ人らしい楽天的な性格で、一晩に二人の男性と寝たサローニーを責めるようなことはせず、彼女への愛情も揺らがなかった。よって、ストーリーはそこで引っ掛かって止まることなく前へ進んだ。

 着想は素晴らしい映画だ。このような状況に陥り、父親たちが異父多胎妊娠をした女性を捨てなければ起こりえるだろう想像できる限りのドタバタ劇が用意されていた。ただ、この主題に辿り着くまでに少し時間を使い過ぎており、妊娠発覚後もコメディーに徹し過ぎたきらいがあった。

 シェフのサローニーは、メラキ・スターというミシュラン的な栄誉を手にすることを夢見ていた。妊娠とは別にこれがもうひとつの軸になっていた。そもそもアキルとサローニーが離婚したのも、このメラキ・スターが遠因になっていた。女性は結婚後も夢を追い続けられるか、というテーマはそれ自体とても興味深いものである。2010年代以降、女性中心映画が隆盛したことで、既婚女性の夢追い物語もチラホラ見掛けるようになった。たとえば、「Panga」(2020年)がそのような映画だった。しかしながら、「Bad Newz」ではその要素が深く追求されていたわけではなく、やはり二人の父親の方にストーリーが引っ張られていた。それはそれでひとつの選択肢だったと思うが、こちらにも力を入れることはできたはずだ。

 ちなみに、アキルは「Nomophobia」を患っているとされていた。これは「No Mobile Phone Phobia」の短縮語で、「携帯電話不携帯恐怖症」を意味する。映画の中では、幼い頃のトラウマからこのような病気になったと説明されていた。調べてみたら、本当にある恐怖症であった。

 カラン・ジョーハルがプロデューサーをしているだけあって、映画の中では彼の経営するダルマ・プロダクションの過去の作品に対するオマージュが散りばめられていた。「Kuch Kuch Hota Hai」(1998年)の「Saajanji Ghar Aaye」が流れるシーンもあるし、「Kabhi Khushi Kabhie Gham」(2001年)の1シーンが突然現れる場面もある。これらはカラン自身の監督作だ。また、父親ヤシュ・ジョーハルの監督作「Duplicate」(1998年)の挿入歌「Mere Mehboon Mere Sanam」が何度もリフレインされていた。

 オマージュはダルマ・プロダクションの作品に留まらない。「Haseena Maan Jaayegi」(1999年)の「What Is Mobile Number」が流れるシーンもあるし、ヴィッキー・カウシャルの出演作「Manmarziyaan」(2018年)が言及される反則ギリギリの会話もあった。他にも多くのオマージュが仕掛けてある。長年のヒンディー語映画ファンには嬉しいサービスだ。

 演技面では弱さがあった。ヴィッキー・カウシャルは変幻自在の演技を見せており、映画を明るくすることに貢献していたが、もっとも重要な役を担っているはずのトリプティ・ディムリーが大きな弱点だった。元々、あまり感情を表に出さない演技でやり過ごしてきた感のある女優だ。今回、感情の上下を表現しなければならなかったが、彼女には荷が重すぎた。アミー・ヴィルクは、途中から登場というハンディキャップはあったものの、それを差し引いても明らかにヴィッキーの圧力に押されていた。

 「Bad Newz」は、大ヒットした「Good Newwz」の続編的な位置づけの映画だ。妊娠を主題にしている点では共通しているが、それ以外のつながりは希薄である。ひょんなことから別々の父親の子供を双子として宿してしまった女性の物語で、その着想は素晴らしい。だが、もっと面白く作れたのではないかと感じてしまう。また、主演トリプティ・ディムリーに伸びしろが感じられなかったのも懸念点である。観て損はない映画ではあるが、「Good Newwz」を超える作品とはいいがたい。