代理母

 「Kuch Kuch Hota Hai」(1998年)などで知られるヒンディー語映画界の重鎮カラン・ジョーハルは、公言はしていないものの、ゲイだとされており、独身である。2017年、彼は代理母を使って子供を産み、双子の父親になった。生物学的な母親の名前は公表されていない。

カラン・ジョーハル

 代理母出産を題材にしたヒンディー語映画はいくつかある。だが、インドにおいて代理母出産の制度は変遷しており、その映画がいつの時代の物語なのかを把握しておく必要がある。

代理母出産を巡る法律の変遷

 インドにおいて代理母出産が合法化されたのは2002年である。インド医療研究評議会(IMRC)が代理母出産のガイドラインを発表し、これをもってインドにおいて商業的な代理母出産が合法化されたとみなされている。以後、インドの代理母出産ビジネスは、国内外の不妊に悩む夫婦からの需要を取り込んで急拡大し、世界的な代理母出産デスティネーションに成長した。2012年にはインド全国で3,000以上の不妊治療専門クリニックが営業し、代理母出産ビジネスの売上高は4億ドルに達した。

 代理母問題を考える際、まずはこの2002年というのが境目になる。

 次に境目になるのが、2015年から2018年の期間である。まずは2015年に外国人夫婦の代理母にインド人女性がなることが禁止され、段階的に代理母出産への規制が強化されていった。2018年以降のインドでは、代理母出産には以下のような規制が掛けられている。

  • 商業的な代理母出産は禁止
  • 結婚後5年以上が経ち、医師から不妊の診断を受けたインド人夫婦のみが利用可
  • 代理母になれるのは、不妊夫婦の血縁者かつ既婚かつ1人以上の生物学的な子供がいる女性のみ
  • 独身者、同性愛者、単に同棲しているカップルは代理母出産を利用不可

 つまり、2018年以降、インドでは代理母出産の多くは非合法化されたといってよい。書面で不妊を証明できるインド人夫婦のみが、厳しい条件に合致した女性に代理母を依頼することができる。2017年に代理母出産によって子供を授かったカラン・ジョーハルは、この規制が適用される前に滑り込みで手術を行ったことになる。

代理母出産の映画

 代理母問題を扱ったヒンディー語映画としてよく名前が挙がる作品に「Chori Chori Chupke Chupke」(2001年)がある。2002年以前に公開されているため、まだインドでは代理母出産が合法化されていない時代に作られた映画だ。しかし、よく観てみるとこの映画で行われるのは厳密には代理母出産ではない。夫が、不妊の妻の代わりに売春婦と直接性交し、彼女から産まれた子どもを自分の子供として育てようとしているからだ。

「Chori Chori Chupke Chupke」(2001年)

 代理母出産は、不妊夫婦の受精卵を妻以外の女性の子宮に移植するか、夫の精子を妻以外の女性に人工授精するかのどちらかであり、「Chori Chori Chupke Chupke」のように妻以外の女性との直接的な性交によって自然妊娠させて子供を作る手法は医学上は代理母出産とはいわない。

 ちなみに、不妊の夫婦の夫が売春婦に妻の代わりに子供を産ませるというプロットの映画は、過去にも「Doosri Dulhan」(1983年)があった。だが、商業的な成功や知名度という観点では「Chori Chori Chupke Chupke」の方が圧倒的に上である。「Chori Chori Chupke Chupke」は、当時としてはタブーに果敢に切り込んだ映画として世間から驚きをもって迎え入れられた。

 代理母出産が合法化される前後に作られた映画としては「Filhaal」(2002年)が挙げられる。「Filhaal」の撮影が行われていたときにはまだ代理母出産の法整備がされておらず、台詞の中でも代理母出産は「インドでは公式には行われていないが外国では普通に行われている」などと説明されている。この映画では、メーグナー・グルザール監督によって、子供を産めない身体の女性に代わってその親友が代理母になるという物語が、愛情と友情を絡めながら繊細に紡ぎ出されている。代理母を本格的に映画のストーリーに組み込んだ初のヒンディー語映画はこの「Filhaal」だと評価できる。

「Filhaal」(2002年)

 「Mimi」(2021年)は、外国人夫婦がインド人女性に代理母を頼むプロットの映画である。公開は2021年ながら、映画の時代設定は2013年であり、まだインドにおいて外国人対象の商業的な代理母出産が合法だった時代の物語だ。代理母出産を依頼した外国人夫婦が、代理母の妊娠確認後に子供の受け取りを拒否するという展開で、代理母出産であまり語られてこなかった新たな問題点が取り上げられている。

「Mimi」(2021年)

 2018年以降に公開された代理母出産映画には「Badnaam Gali」(2019年)がある。この映画では、時代設定は明示されていない。劇中には代理母になっている若い女性が登場する。依頼主はインド人夫婦だが、代理母自身は独身・未婚であり、現在のインドの規制に合致しない。よって、自動的に規制適用以前の物語ということになるが、そういう細かい時代設定は気にせずに作ってしまったのかもしれない。Zee5限定でのOTTリリース作品なので、あまり話題にはならなかった。

「Badnaam Gali」(2019年)

 事実上、インドにおいて代理母出産ビジネスは壊滅状態になったため、今後は代理母出産を巡る映画はそれほど作られないかもしれない。上記の映画は、インドにおいて代理母出産ビジネスが花開いた2002年から2018年までの時代性を象徴する作品として記憶されることになるだろう。今後あるとしたら、違法な代理母出産ビジネスを扱った映画になると思われる。

精子ドナーの映画

 代理母ではないが、不妊の解決法のひとつとして、精子ドナーがある。ついでに精子ドナーの映画についても紹介しよう。

 やはり精子ドナーに関してガイドラインが制定されている。現在のところ精子ドナーは合法であるが、細かい規定があり、公認の精子バンクを通した精子提供や不妊治療しか実施できないことになっている。ただし、それはあくまで表の話で、闇では違法な精子ドナーが行われているようだ。精子ドナーには1回1,000~2,000ルピーの報酬が支払われるようで、健康な男子大学生のいい小遣い稼ぎになっていると聞く。

 精子ドナーを扱った映画として有名なのは「Vicky Donor」(2012年)である。ひょんなことから精子ドナーを始めた主人公を巡るコメディー映画だが、インド社会において精子ドナーに対する偏見の強さがよく表れていた。主人公は類い稀な精子力を持っており、精子ドナーを職業にするが、それを女性に明かすと女ったらしだと勘違いされるために隠すようになったという経緯は秀逸であった。

「Vicky Donor」(2012年)

 それより前には、オムニバス形式の映画「I Am」(2011年)に、精子ドナーによって妊娠しようとする女性のエピソードが含まれていた。精子の提供を受ける女性が精子ドナーと個人的に会うのは禁止されているが、この映画では敢えてそのタブーを犯していた。

「I Am」(2011年)