Panga

4.5
Panga
「Panga」

 2010年代のヒンディー語映画は「女性」が大きなキーワードだった。その中のひとつとして、「主婦」または「母親」を題材にした映画の増加が目立つ。「English Vinglish」(2012年/邦題:マダム・イン・ニューヨーク)がその先駆けであるが、他にも「Tumhari Sulu」(2017年)、「Mission Mangal」(2019年)など、主婦や家庭を切り盛りしながら働く女性が主人公の映画が多数作られて来た。また、2010年代は、女子スポーツに焦点が当てられた10年でもあった。もっとも早い例では既に「Chak De! India」(2007年)があったが、2010年代に入り、「Mary Kom」(2014年)、「Dangal」(2016年)、「Sultan」(2016年)など、女子スポーツ選手を題材にした映画が作られた。2020年1月24日公開の「Panga」は、それら2つの潮流を受け継ぐ作品と言える。元女子カバッディーのインド代表選手が一児の母になった後にカムバックする物語である。

 題名となっている「Panga」とは、「対立」「問題」「衝突」のような意味だ。格闘技に近いスポーツであるカバッディーを象徴すると同時に、母親になった後も挑戦する姿を重ねていると思われる。監督はアシュウィニー・アイヤル・ティワーリー。「Nil Battey Sannata」(2016年)の監督で、「Dangal」や「Chhichhore」(2019年)のニテーシュ・ティワーリー監督の妻である。主演はカンガナー・ラーナーウト。他に、ジャッスィー・ギルやリチャー・チャッダーが出演している。

 舞台はボーパール。ジャヤー(カンガナー・ラーナーウト)は元々女子カバッディーのインド代表チーム主将を務めたプレーヤーだったが、結婚し、アーディを身ごもり、そしてアーディが難病を抱えて生まれたため、カバッディーを引退していた。ジャヤーはインド鉄道の女子カバッディー・チームに所属していたが、引退後はそのままインド鉄道で働いていた。夫のプラシャーント(ジャッスィー・ギル)もインド鉄道で働いていた。デリー在住だったが、夫がボーパールに赴任したことで、一家で転住して来ていた。ジャヤーは現在32歳。カバッディーを引退して7年が過ぎていた。

 アーディは、母親が、自分のせいでカバッディーを引退したことを父親から聞かされ、母親をカムバックさせようとする。プラシャーントはジャヤーに、カムバックの演技をすればアーディも満足すると説得し、ジャヤーはトレーニングを始める。その内、ジャヤーは本気でカバッディーにカムバックすることを考え始める。かつてのチームメイトで、カバッディーのトレーナーになっていたミーヌー(リチャー・チャッダー)がボーパールに転勤して来たことも追い風となった。だが、夫や子どものことを考えるとそれは不可能に近かった。ジャヤーの母親はやはり反対だったが、意外にもプラシャーントとアーディは彼女の夢を応援してくれた。こうしてジャヤーはカバッディーのセレクションに挑戦する。

 ジャヤーは、東インド鉄道のカバッディー・チームに採用され、コルカタに住むことになる。そこでトレーニングを受け、インド鉄道の代表に選ばれる。さらに、近々デリーで行われる女子カバッディー世界大会の代表選手にも選ばれる。一児の母がスポーツの世界にカムバックする例はインドでは珍しく、メディアでも大きく報道される。しかし、彼女はベンチ要員であった。世界大会ではなかなか出番を与えられなかったが、ジャヤーは腐らず、チームに貢献し続けた。インドは順調に勝ち上がり、いよいよ決勝戦を迎え、最強のイランと対戦する。果たしてジャヤーの出番は来るのか・・・。

 前述の通り、「Panga」の監督は「Dangal」の監督の妻であるが、「Panga」のストーリーはむしろ、「Dangal」と同年に公開されてよく比較対象となった「Sultan」に登場した女子レスリング選手アールファー(アヌシュカー・シャルマー)の後日譚を思わせた。かつて国家を代表するスポーツ選手だった女性が、結婚や妊娠・出産を機に引退するところまでは、ジャヤーとアールファーの人生は完全に同じだ。インドでは、結婚・妊娠・出産によって引退した女子スポーツ選手がカムバックする例は少ない。とは言え、例えばボクシング選手のメアリー・コムは3児の母ながら現役続行している。

 「Panga」でとにかく印象的なのは、夫婦仲・家族仲の良さだ。気丈なジャヤーに対し、夫のプラシャーントはとても理解力と忍耐力があり、ジャヤーのカムバックにも非常に協力的だった。決して家事のできる夫ではなかったが、トレーニングのためジャヤーがコルカタに行ってしまった後、料理をしたり子どもの世話をしたりして、一生懸命家庭を支えた。インド映画が描く家族像が急速に変化したことを強く感じさせる。ジャヤーもジャヤーで、決して自己中心的にカバッディーの夢を叶えようとした訳ではなかった。コルカタに住む必要があると分かったとき、彼女は一旦、夢を諦めた。母親が夢を追うことは、インドでは「わがまま」と後ろ指を指されてしまう行為であることは、彼女自身が重々承知していた。だが、幸運にも理解のある夫や子どもに恵まれ、彼女は夢を再び追うチャンスを得る。夫や子どものために彼女は自らカバッディーを引退したが、夫や子どもの強い勧めで彼女はカバッディーにカムバックしたのであった。

 ずば抜けた演技力を持つカンガナーは、「Panga」でもその実力を十二分に発揮していた。表情の使い方がとてもうまく、他の女優ではできないようなタイミングでベストの表情を作り出すことができる。おそらく運動はあまり得意ではないはずで、ランニングの仕方やカバッディーの動きを見ていても、「インド代表選手」を演じるには荷が重すぎるように感じた。それでも、スポーツ以外のシーンでの演技力が素晴らしく、それをカバーしていた。

 「Panga」は、一児の母となったカバッディー選手が7年のブランクの後にカムバックする物語である。スポ根の要素がない訳ではないが、どちらかというと夫婦仲や家族仲の良さに裏付けられたファミリードラマであり、多くの女性の共感を呼ぶ種類の作品である。2010年代、女性中心映画が増加したが、その中でも白眉の作品と言える。興行的には失敗に終わったようだが、この映画で主演のカンガナーは国家映画賞主演女優賞を受賞している。それだけの評価を受けて然るべき映画である。