戦争の映画

 戦争映画は人気のジャンルのひとつだ。特にインドでは、映画は愛国心高揚のために自発的に作られることが多く、戦争を主題としたり、兵士を主人公にしたりした戦争美化映画は、社会から好意的に受け止められる傾向にある。俳優たちも、愛国的なイメージはプラスに働くため、戦争映画に好んで出演しようとする。

 現代の戦争から遡って、ヒンディー語の戦争映画について概観する。

現代の戦争

 1947年の独立後、インドは公式に隣国と4回の戦争を戦って来た。その主な相手はパーキスターンである。公式な印パ戦争は3回行われた。1947-48年、1965年、1971年である。また、中華人民共和国とも国境紛争を抱えており、1962年に戦争をした。

 それに加えて、宣戦布告が行われなかった印パ間の非公式な戦争として、1999年のカールギル紛争がある。また、2016年にはインドはパーキスターン領に攻撃を加えており、これも非公式な軍事行動に数えることができる。

 インド側の立場からしたら「侵略」や「戦争」ではなく「併合」の範疇に入る軍事作戦としては、インドへの編入を渋ったハイダラーバード藩王国の併合(1948年)やポルトガル領だったゴアの併合(1961年)なども含まれるだろう。

パーキスターンとの戦争

 印パ分離独立以来、インドとパーキスターンは血を分けたライバル国家として様々な場面で対立して来た。その対立は戦争の形に発展することも何度かあった。特に、カシュミール地方の領有権を巡って戦争が起こることが多い。

 ヒンディー語映画において最も題材になって来たのは1971年の第3次印パ戦争である。なぜなら、両者痛み分けの印象が強い第1次、第2次の印パ戦争に比べて、第3次印パ戦争はインドの完全勝利に終わったと容易に評価できるからである。カシュミール地方が主戦場となった前の2つの戦争と異なり、第3次印パ戦争の主戦場はベンガル地方だった。バングラデシュ独立運動にインドが介入した結果勃発したこの戦争の結果、国力で勝るインド軍が圧勝し、パーキスターン軍は降伏した。パーキスターンは東パーキスターンを失い、バングラデシュ建国を承認せざるを得なくなった。

 第3次印パ戦争を題材にした映画としては、以下のものが挙げられる。

 第3次以外の印パ戦争を題材とした映画は非常に少ないのだが、「Kya Dilli Kya Lahore」(2014年)は、第1次印パ戦争の風刺映画である。

 21世紀において最も好んで映画化されているのは、1999年のカールギル紛争だ。ジャンムー&カシュミール州には、過去の印パ戦争の結果、暫定的な国境線として引かれた管理ライン(Line of Control/LoC)が走っているが、その管理ライン沿いの町カールギルを見下ろす戦略的な高所を、パーキスターン領から侵入した武装勢力が占領し紛争が勃発した。武装勢力はパーキスターン軍の支援を受けていたとされる。インドが迅速な対応をし、武装勢力を押し戻したことで、約3ヵ月に渡ったこの紛争は終結した。両国から宣戦布告は行われなかったが、核保有国同士の軍事衝突だったため、全世界に緊張が走った。

 最も直近の戦争であることもあって、カールギル紛争は様々な側面から映画の題材になっている。

 2016年、ジャンムー&カシュミール州のウリーにあるインド陸軍駐屯地にテロリストによる攻撃があった。彼らはパーキスターン領から越境して来たことは明らかであった。その約1週間後、インド陸軍はパーキスターン領にあるテロリストの拠点を攻撃した。インド側は多数の被害を与えたと主張しているが、パーキスターン側は否定している。軍事作戦であり、詳細は不明であるが、不明な部分を想像力で補って、この出来事を映画化したのが、「Uri: The Surgical Strike」(2019年)であった。

中華人民共和国との戦争

 1947年の独立直後、インドと中国は国境を接した隣国ではなかった。よって、国境紛争も存在しなかった。インドは英領時代にチベットと、マクマホン・ラインと呼ばれる国境線を確定させていた。だが、国民党との内戦に勝利した中国共産党政権がチベット併合を進めたことで、インドと中国は隣国同士となってしまった。中国共産党政権はマクマホン・ラインを認めていなかった。

 それでも当初は、インドのジャワーハルラール・ネルー首相と中国の周恩来総理の関係が良好で、いわゆる平和五原則により、国境確定は棚上げされていた。だが、1950年代後半、チベット動乱とダライ・ラマ法王のインド亡命を経て、中印関係は悪化し、国境を巡る対立が表面化した。中国は、チベット文化圏全体の領有を主張し、南アジアに位置するチベット系民族の住む地域――ブータン、アルナーチャル・プラデーシュ州、スィッキム州、ラダック地方など――が国境紛争の火種となった。

 国境を巡って両国が戦火を交えたのは1962年であった。インドはこの戦争で敗北し、ラダック地方東部のアクサイチンを失うことになった。インドにとっては完全な敗戦であるため、中印戦争はインド映画の題材にはなりにくい。だが、「Paltan」(2018年)は、1962年の中印戦争そのものではないものの、1967年に中印間の国境で起こった小規模な軍事衝突を題材にした映画である。

近代の戦争

 インドにとって、近代の戦争とは、インドで覇権を握ろうとする英国東インド会社、もしくはインドを植民地とした英国との戦いが主になる。時代としては、18世紀後半から20世紀前半と言える。特に分水嶺となったのは1857年のインド大反乱である。かつてスィパーヒーの反乱(セポイの反乱)と呼ばれていた戦争で、インドでは第1次独立戦争と呼ばれている。英国東インド会社が次々に各地の藩王国を併合して行く中で、東インド会社に雇われていたインド人兵士たちがムガル朝最後の皇帝バハードゥル・シャー・ザファルを担ぎ出して反旗を翻し、反英派の封建領主たちも攻勢に転じた。だが、反乱は長く続かず、最終的には東インド会社によって鎮圧された。この事件をきっかけにインドは英国に直接統治されることになった。

 インド大反乱前後の反英闘争を描いた作品としては、マンガル・パーンデーイを主人公にした「Mangal Pandey: The Rising」(2005年)、ラクシュミー・バーイーを主人公にした「Manikarnika: The Queen of Jhansi」(2019年/邦題:マニカルニカ ジャーンシーの女王)が挙げられる。これらは伝記映画の部類に入るが、戦争シーンにも力が入っている。

 また、20世紀の物語となるが、武力でもって独立を勝ち取ろうとしたインド国民軍(INA)の司令官ネータージー・スバーシュ・チャンドラ・ボースの伝記映画「Netaji Subhas Chandra Bose: The Forgotten Hero」(2005年)も、反英戦争映画に数えられる。

 1897年に起こったサーラーガルの戦いを題材とした戦争映画「Kesari」(2019年/邦題:KESARI/ケサリ 21人の勇者たち)では、英国軍に所属するインド人兵士が主人公であった。彼らが戦う相手はアフガニスタンの部族だが、英国人上官との対立も描かれていた。

中世の戦争

 インド史において一般的に中世と言えば、北インドにイスラーム教徒為政者による政権が樹立した13世紀以降を指すことが多い。この時代の戦争映画の定型は、ヒンドゥー教徒の英雄がイスラーム教徒の侵略者に立ち向かうというものである。

 デリー・サルタナト朝のアラーウッディーン・キルジーとチットール王国のラタン・スィン王およびその王妃パドマーワティーの間の戦いを描いた「Padmaavat」(2018年/邦題:パドマーワト 女神の誕生)は、歴史と伝承が入り交じった内容になっているものの、中世戦争映画の代表格と言える。

 18世紀から19世紀に掛けて、インド亜大陸の広範な地域を、マラーターと呼ばれる武装農民出身の封建領主たちが支配したことがあった。世界史では彼らは「マラーター同盟」と呼ばれる。マラーター同盟はイスラーム教徒の支配者や英国東インド会社と対峙することが多かった。マラーターの故郷はマハーラーシュトラ州である。ヒンディー語映画の本拠地ムンバイーがマハーラーシュトラ州に位置する関係で、ヒンディー語映画には、マラーターの英雄を描いた作品がいくつかある。

 例えば、ムガル朝第6代皇帝アウラングゼーブに派遣された将軍ウダイバーンとスィンハガルの戦いを戦ったマラーターの英雄ターナージー・マールサレーを主人公にした「Tanhaji」(2020年)、ハイダラーバード藩王国の創始者ニザームル・ムルクを打ち破ったマラーター同盟ペーシュワー(宰相)バージー・ラーオ1世を主人公にした「Bajirao Mastani」(2015年)、バージー・ラーオ1世の甥で、アフガニスタンのアハマド・シャー・アブダーリーとパーニーパトの戦いで対峙した英雄サダーシヴ・ラーオを主人公にした「Panipat」(2019年)などがある。

古代の戦争

 実は古代を舞台とした戦争映画は、意外にもヒンディー語映画には少ない。その中でかろうじて挙げることのできるのは、マウリヤ朝のアショーカ王を主人公にした「Asoka」(2001年)だ。彼が仏教に帰依するきっかけとなったとされるカリンガの戦いが終盤で描かれている。