Gunjan Saxena

3.5
Gunjan Saxena
「Gunjan Saxena」

 インドとパーキスターンは、分離独立から今までに、公式に3回戦争をしているが、それ以外にも小規模な衝突は繰り返されて来た。その中でも、1999年に勃発したカールギル紛争は、ほぼ「戦争」と呼んでもいい出来事であった。そして、それが「戦争」であるならば、史上初の核保有国同士の衝突となる。カールギル紛争はインド側の勝利で終わったとされているため、愛国心を高揚するインド映画の題材にもなって来た。ヒンディー語映画では、「LOC Kargil」(2003年)や「Lakshya」(2004年)が代表例だ。

 ところで、2020年、インドでも新型コロナウイルスの感染が拡大し、非常事態宣言発令や都市封鎖などの対策を余儀なくされている。映画業界も大いにCOVID-19の影響を受けており、現地からは、映画館の休業、新作映画の公開延期、人気俳優の感染などが報告されている。そんな中、映画館での公開をスキップして、ネット配信される映画も出て来た。カールギル紛争を題材にしたヒンディー語映画「Gunjan Saxena」もそんな一本である。2020年8月12日、インド独立記念日の週に、Netflixで世界同時配信された。

 タイトルとなっているグンジャン・サクセーナーはインド空軍の女性士官で、ヘリコプターのパイロットである。彼女は女性として唯一、カールギル紛争に参戦し、任務をこなした。「Gunjan Saxena」は、そんな彼女の半生を描いた伝記映画である。

 主人公のグンジャンを演じるのはジャーンヴィー・カプール。往年の名女優で、2018年に急死したシュリーデーヴィーの娘だ。他に、パンカジ・トリパーティー、アンガド・ベーディー、アーイシャー・ラザー・ミシュラー、マーナヴ・ヴィジ、ヴィニート・クマール・スィン、チャンダン・K・アーナンドなどが出演している。

 監督はシャラン・シャルマー。カラン・ジョーハルの助監督を務めて来た人物のようで、今回が監督デビュー作となる。師匠のカラン・ジョーハルがプロデューサー陣に名を連ねている。音楽はアミト・トリヴェーディー。

 ストーリーラインは、男性の世界に飛び込んだ女性が苦労しながらも成功を手にするという、女性主人公映画の典型例だ。グンジャンの場合はそれがパイロットという職業だった。ウッタル・プラデーシュ州の州都ラクナウーで生まれ育ったグンジャンは子どもの頃からパイロットになることを夢見ていたが、インドにおいて「パイロットは男性の職業」という固定観念は強く、なかなか周囲の理解は得られなかった。それでも彼女は諦めず、パイロット学校に入校しようとするが、学歴や金銭面の問題からなかなかそれが叶わなかった。そんな中、彼女はインド空軍が女性士官を募集し始めたことを知り、応募する。見事合格したグンジャンは厳しい訓練に耐え、士官となってウダムプル基地に配属されるが、男性社会だった軍隊に初めて配属されて来た女性士官ということで、厄介者扱いされる。それでも、彼女のヘリコプター・パイロットとしての腕は一流で、理解者も現れた。カールギル紛争が勃発するとグンジャンは前線のシュリーナガル基地に配属され、負傷者の運搬や偵察などで活躍した。非常に分かりやすい筋であり、執拗ないじめの中でも健気に訓練をこなそうとする彼女の姿が感動を呼ぶ。

 家族の中で最初からグンジャンの夢を応援していたのは父親であり、もっとも反対していたのは母親だった。インドでは、娘と父親の絆は深く、母親との関係は複雑と言われる。今では女性が教育を受けることに大きな抵抗はなくなって来ているが、それでも若い内に結婚することが求められ、都市在住の中流階級の女性でも、大学卒業する頃からお見合いが始められる。それをもっとも求めるのが母親であり、人生で何かを成し遂げたいと考えている娘と対立する傾向にある。そのような様子はインド映画でよく描写される。この問題に対する父親の立場はいろいろであろうが、少なくとも「Gunjan Saxena」では、元軍人である父親がグンジャンの夢を一番応援していた。それを象徴するように、グンジャンが、危険な戦地であるカールギルへ向かう前に電話で話したのも父親であった。ただ、最終的には母親もグンジャンの支援者となっていた。娘がカールギル紛争に参戦していることを知った母親は、「誰かが行かなければ国は守れない」と言い切る。

 サクセーナー家は軍人一家であり、父親に加えてグンジャンの兄も軍人であった。兄もグンジャンがパイロットになったり空軍士官になったりすることに反対であった。だが、それには理由があった。軍隊は完全な男性社会であり、女性に居場所はないということを知っていたからである。兄は妹を守るために、グンジャンの進路を変えようとしていた。果たして、士官となって基地に配属されたグンジャンは、兄から忠告されていた通り、執拗ないじめに遭う。まず、基地には女性用トイレがなかった。他の男性士官は、女性と一緒にヘリコプターを飛ばすことを嫌がり、彼女との飛行訓練を頻繁にボイコットした。それでも彼女は操縦技術を上達させ、飛行時間でトップに躍り出て、一足飛びで昇進した。それがまたいじめの原因を作り出し、上官からは「女は弱いから軍には要らない」とまで侮辱される。自暴自棄になったグンジャンは、女に負けるのが怖いから、女が上官になるのが嫌だからそういうことを言うのだと喝破し、基地を飛び出して帰宅する。そんなときにカールギル紛争が勃発し、グンジャンは軍に呼び戻されたのだった。

 カールギルは、旧ジャンムー&カシュミール州にある町の名前である。カシュミール地方は、インドとパーキスターンの両国が領有を主張しており、3度の戦争を経て、暫定的な国境線として管理ライン(Line of Control)が引かれた。カールギルは、この管理ラインに近い場所に位置している。1999年5月、パーキスターン側の武装勢力が管理ラインを越えてカールギル近くの山頂を占領し、インド側の領土に攻撃を仕掛けて来たために紛争が勃発した。この紛争は7月末まで続き、武装勢力がインド領から完全に排除されたことで終結した。

 カールギル紛争当時のインドの首相はアタル・ビハーリー・ヴァージペーイーだった。ヴァージペーイー元首相はインド人民党(BJP)の政治家であり、現在も同党のナレーンドラ・モーディーが首相を務めている。劇中にはヴァージペーイー元首相の実際の映像が使われていた。カールギル紛争を題材にしたこの映画が作られた背景にも、政治的な理由があるのかもしれない。

 「Gunjan Saxena」は、元々は劇場公開用であったが、新型コロナウイルス感染拡大により、Netflix配信された映画である。1999年のカールギル紛争で活躍したインド空軍女性士官の半生を題材にした物語で、分かりやすいサクセスストーリーである。うまくまとまり過ぎているきらいもあるが、気軽に楽しめる作品だと言える。