Shershaah

3.5
Shershaah
「Shershaah」

 近年のヒンディー語戦争映画においてもっとも題材になっている戦争は、1999年のカールギル紛争である。印パ間で領有を争うカシュミール地方には管理ライン(LoC)と呼ばれる暫定の国境線が引かれているが、そのLoC沿いの高所をパーキスターン軍が占領し、インド側に砲撃をして来た。それに対しインド軍が応戦し、カールギル紛争が始まった。パーキスターン側は正規軍の関与を認めておらず、宣戦布告もなされていないことから、正規の戦争としては一般に認められていない。だが、インド軍の勝利に終わったため、インド側にとって映画化しやすい出来事となり、こうして映画の題材にもよく選ばれるようになった訳である。今まで、カールギル紛争を題材に、「LOC Kargil」(2003年)、「Dhoop」(2003年)、「Lakshya」(2004年)、「Gunjan Saxena」(2020年)などの映画が作られている。

 2021年8月12日からAmazon Primeで配信開始された「Shershaah」も、またひとつカールギル紛争を題材にした戦争映画である。監督はタミル語映画界で活躍して来たヴィシュヌヴァルダンで、本作がヒンディー語映画デビュー作となる。プロデューサーはカラン・ジョーハルなど。主演はスィッダールト・マロートラー。ヒロインはキヤーラー・アードヴァーニー。他に、シヴ・パンディト、ニキティン・ディール、アニル・チャランジートなどが出演している。

 題名の「Shershaah」を見て最初に思い付くのは、16世紀の為政者シェール・シャー・スーリーである。ムガル朝第2代皇帝フマーユーンをインドから追い出し、スール朝を興した。だが、この映画はもちろんシェール・シャーの映画ではない。カールギル紛争で活躍し、戦死したヴィクラム・バトラーのコードネームであり、この映画は彼の伝記映画である。

 パーラムプルで生まれ育ったヴィクラム・バトラー(スィッダールト・マロートラー)は、幼少時から軍人に憧れており、大学卒業後に入隊した。彼は、ジャンムー&カシュミール・ライフル隊の第13大隊の一員となった。

 ヴィクラムの活躍でカシュミール地方で暗躍する分離派テロリストの首領を殺害することができた。一時休暇を取って故郷に戻り、恋人のディンプル(キヤーラー・アードヴァーニー)とも会う。だが、そのときカールギル紛争が勃発し、ヴィクラムは駐屯地に引き返す。

 第13大隊は当初、予備軍として戦線で待機していた。だが、高所に作られたパーキスターン軍の掩蔽壕破壊の命を受け、ヴィクラムは隊を率いて作戦の成功に寄与する。ヴィクラムは中尉から大尉に昇進する。だが、ヴィクラムはそれだけでは飽き足らず、さらに高所に作られた敵の掩蔽壕ポイント4875破壊の任務に志願する。この作戦においてヴィクラムは命を落とすが、彼の活躍により、作戦は成功した。

 ヴィクラムは死後、軍人に与えられる勲章としては最高のパラム・ヴィール・チャクラを受勲した。

 8月15日のインド独立記念日の週に合わせて配信開始された戦争映画だけあって、1999年のカールギル紛争で活躍した軍人たちを讃える内容の、完全な愛国主義映画であった。主人公はパラム・ヴィール・チャクラを受勲したヴィクラム・バトラーだが、彼と共に戦勝に貢献した多くの兵士たちの戦績が紹介されていた。

 ただ、前半は、ヴィクラムが入隊するまでの様子が、恋人ディンプルとの恋愛も含めて、割と長めに描かれているし、カールギル紛争前にヴィクラムがカシュミール人の信頼を勝ち取りながら分離派テロリストを一網打尽にする活躍にも言及されていた。もちろん、これはインド陸軍側からの視点であり、カシュミール人の視点、つまり抑圧者としてのインド陸軍の側面には全く触れられていなかった。

 カールギル紛争の映画は得てしてワンパターンになりがちだ。高所に陣取ったパーキスターン軍の掩蔽壕に突撃を繰り返し、やがて占領するというパターンの繰り返しでストーリーが進行する映画が今まで作られて来た。「Shershaah」についてもその域を大幅に脱していたわけではなかった。だが、ヴィクラムを演じたスィッダールトの男気あふれる爽やかなキャラが心地よく、見ていて退屈しなかった。

 実際にジャンムー&カシュミール州の高地でロケが行われているのは確実で、その風景はリアルだった。カールギル紛争当時、首相を務めていたアタル・ビハーリー・ヴァージペーイー首相の実際の映像も使われていたし、ヴィクラム自身が殉死する直前にテレビのインタビューに答えた映像もあった。カールギル紛争の発端となった領域侵入を指揮したとされるパルヴェーズ・ムシャッラフ将軍も、実際の映像ではないが、少しだけ登場した。

 戦争映画には女優が申し訳程度に出て来るだけということが多い。ヒロインのキヤーラー・アードヴァーニーも、最近の彼女の出演作からすれば、出番は少なかった。ただ、前半に見せ場が用意されていたため、ただの添え物で終わってはいなかった。二人が愛を育む場所のひとつとして、チャンディーガルの名所ロックガーデンが出て来ていた。

 「Shershaah」は、1999年のカールギル紛争で勝利に大いに貢献するも自身は殉死し、死後にパラム・ヴィール・チャクラを受勲したヴィクラム・バトラーの伝記映画である。既に中堅スターの風格バッチリのスィッダールト・マロートラーが主演で、映画を支配している。軍人を礼賛し、国威を発揚する目的で作られたインド万歳の愛国主義映画であるため、日本の一般観客向けではないかもしれない。