Trial Period

3.5
Trial Period
「Trial Period」

 2023年7月21日からJioCinemaで配信開始された「Trial Period」は、シングルマザーに育てられた少年が父親を切望し、レンタルするという物語である。突拍子もないストーリーではあるが、現在においてもインドでは両親の揃った家族が完成形として捉えられていることが分かる好例だ。

 監督は「Dil Juunglee」(2018年)のアレーヤー・セーン。「Parineeta」(2005年)や「Mardaani」(2014年)などを撮り、先日死去したプラディープ・サルカールの弟子である。主演はジェネリアとマーナヴ・カウル。他に、シャクティ・カプール、シーバー・チャッダー、ガジラージ・ラーオ、ジダン・ブラズ、スワルーパー・ゴーシュ、バルン・チャンダーなどが出演している。また、ナレーションをヴィジャイ・ラーズが務めている。

 デリーに住むアナーマヤー・ロイ・チャウダリー、通称アナ(ジェネリア)はバツイチのシングルマザーで、隣に住む叔父(シャクティ・カプール)と叔母(シーバー・チャッダー)の助けを借りながら、6歳のロミ(ジダン・ブラズ)を育てていた。ロミは学校でクラスメイトからいじめられており、自分を守ってくれるスーパーヒーローのような父親を切望するようになった。叔父はテレビショッピングにはまっていたが、それからヒントを得たロミは、新しい父親を30日間レンタルしたいと言い出す。

 ロミは一度言い出したら聞かず、困り果てたアナと叔父は、職業安定所を訪れ、レンタル父親の斡旋を希望する。担当したシュリーヴァースタヴァ(ガジラージ・ラーオ)は、ちょうどウッジャインからデリーに職探しにやって来た甥のプラジャーパテイ・シャンカル・ドゥイヴェーディー、通称PD(マーナヴ・カウル)を紹介する。

 PDは30日間のトライアル期間限定でロミの父親になった。アナは、この期間にロミに父親がいかに面倒なものであるかと思い知らせて、二度とロミが、父親が欲しいと言い出さないようにするようにPDに依頼する。だが、PDは田舎者ではあったが教養があり、家事や雑事なども手際よくこなす好青年であった。ロミはすっかりPDに懐いてしまう。

 トライアル期間の終了日であるディーワーリー祭の日が近づいてきていた。そこへ、アナの父親(バルン・チャンダー)と母親(スワルーパー・ゴーシュ)が突然訪ねてくる。彼らは、期間限定の父親というアイデアを嫌う。PDも、アナに惹かれるようになっており、彼女にプロポーズをするが、いい返事はもらえなかった。ディーワーリー祭の翌日、PDは姿を消す。彼はデリー大学で准教授に就職しており、教鞭を執り始めていた。

 ロミの学校で文化祭が行われ、ロミは主役を演じることになった。そこへPDもやって来る。アナはPDのプロポーズを受け入れ、本当にロミの父親になる。

 主人公の少年ロミには父親がいなかった。学校で父親についてスピーチをすることになったロミは、何も言うことができなかった。名作「Kuch Kuch Hota Hai」(1998年)では、母親がいない少女が母親についてスピーチするシーンがあったが、その逆バージョンである。それをきっかけにロミは、なぜ自分には父親がいないのか、母親に問うようになり、やがて新しい父親をレンタルして欲しいと言い出す。

 正直いって勘のいい人ならば、この導入部を観ただけで、最後までストーリーを予想することができるだろう。そして、「Trial Period」のストーリーはその予想通りに進む。レンタル父親が雇われ、その父親をロミが気に入ってしまい、最後には本当の父親になるのだ。意外性やツイストのある脚本ではなかったものの、王道のストーリーを守る良さもあり、最後には素直に感動できる作品だ。

 2010年代のヒンディー語映画界ではシングルマザーを巡る映画がいくつか作られた。その多くは、母親と子供の関係を突き詰めている。「Nil Battey Sannata」(2016年)ではシングルマザーと一人娘の関係が中心的な話題になっていたし、アレーヤー・セーン監督の師匠プラディープ・サルカールが監督したカージョル主演の「Helicopter Eela」(2018年)ではシングルマザーと一人息子の関係性について取り上げられていた。どちらも、女手一つで子育てをする女性がなかなか子離れできない様子を描いており、興味深い。逆に、ヒンディー語のシングルマザー映画からは、家族に父親は必ず必要だというメッセージは感じられなかった。

 それに対しこの「Trial Period」では、最終的に父親の存在が重視される。シングルマザーのアナは、父親を切望するロミを黙らせるため、レンタル父親として家にやって来たPDに、駄目な父親を演じるように厳命する。彼女は、父親というのは家で威張り散らかしてろくでもないということも言う。しかしながら、PDが家族の中に入ってきたことで、子供の教育に父親の存在は必要であることが実感される。例えばアナはロミに、絶対に暴力を振るってはいけないと教えていた。だが、PDは、必要とあれば力を使って自分を守ることを教える。父親と母親のこの教育の違いは、どちらも子供にとって必要なものであった。だが、母親のみに育てられたロミは、学校でいじめられ、そのことを母親に言えない弱い子に育ってしまっていた。PDはそれを一瞬の内に変えてしまった。

 「Jaane Tu… Ya Jaane Na」(2008年)で一世を風靡し、2012年にリテーシュ・デーシュムクと結婚したジェネリアは、その後子育てなどもあって出演の機会が減っていた。しかし、近年になって再び活動を活発化させており、「Mister Mummy」(2022年)や「Ved」(2022年)に出演している。元々、天然の演技力を持っていた女優で、この「Trial Period」でもその片鱗を随所で見せつけていた。相手役のマーナヴ・カウルもいい俳優で、その朴訥とした雰囲気は、今回のレンタル父親役にピッタリだった。

 ロミ役を演じた子役ジダン・ブラズは「A Thursday」(2022年)にも出演していた。天真爛漫な演技をしており、映画に貢献していた。

 「Trial Period」は、レンタル父親という斬新なアイデアを基盤にして構築されたシングルマザーの物語だ。先の展開が読みやすいという欠点はあるものの、予想通りのハッピーエンドに終わり、後味のいい感動作である。ジェネリアやマーナヴ・カウルの好演も見所だ。観て損はない映画である。