Helicopter Eela

4.5

 「English Vinglish」(2012年/邦題:マダム・イン・ニューヨーク)は、主婦の尊厳を主題にした映画で、日本でも共感を呼んだ。1990年代に活躍した女優が結婚しママ世代になっている上に、彼女たちがプロデューサーとしても業界内で辣腕を振るう時代になってきていることもあって、同じようにママ世代、主婦層に受けそうな映画が増えていきそうである。2018年10月12日公開の「Helicopter Eela」は、プロデューサーのアジャイ・デーヴガンが妻のカージョルを主人公にして作った、正にママ世代主婦層を直撃する感動作である。

 監督は「Parineeta」(2005年)などのプラディープ・サルカール。キャストは、リッディ・セーン、ラーシ・マル、トーター・ロイ・チャウダリー、ネーハー・ドゥーピヤー、ザーキル・フサインなどが出演している。また、カメオ出演陣がとても豪華で、音楽界からはアヌ・マリク、イーラー・アルン、バーバー・セヘガル、シャーン、スワーナンド・キルキレー、ラーガヴ・サチャールなど、映画界からはマヘーシュ・バット、アミターブ・バッチャン、ガネーシュ・アーチャーリヤなどが出演している。

 1994年のムンバイー。イーラー(カージョル)は、スター歌手を目指しながらモデルもする元気溌剌な女の子だった。恋人のアルン・ラーイトゥルカル(トーター・ロイ・チャウダリー)も音楽界で働いており、イーラーのデビューを応援していた。イーラーは「Ruk Ruk Ruk(止まって、止まって、止まって)」という曲のリミックスを歌い、オリジナル曲の「Yaadon Ki Almari(追憶の棚)」でデビューしようとしていた。だが、PVの映像を担当していたマヘーシュ・バットの都合で撮影が無期限で延期となる。イーラーはアルンにプロポーズをし、二人は結婚する。そして、ヴィヴァーン(リッディ・セーン)が生まれる。

 アルンは、自分の家系の男性が30代で皆死んでいるのに気付き、自分ももうすぐ死ぬのではないかという幻想に取り憑かれる。そしてある日、家を出て行ってしまう。後に残されたイーラーは、ヴィヴァーンをシングルマザーとしてヴィヴァーンを育てることになった。日々の育児や家事に追われ、イーラーは歌手になる夢を忘れてしまった。

 現代。ヴィヴァーンは商科大学に通う大学生になっていたが、イーラーは相変わらず子離れできていなかった。ヴィヴァーンは心配性の母親に辟易するようになる。また、ヴィヴァーンはイーラーがかつて歌手の卵だったことを知っていた。イーラーには、子育てから離れて自分の時間を作り、若い頃の夢を追って欲しいと考えていた。だが、ヴィヴァーンの提案をイーラーは斜め上に捉える。イーラーはヴィヴァーンと同じ大学に通い出す。ヴィヴァーンは頭を抱える。

 いつまで経っても子離れしない母親にイライラを募らせていたヴィヴァーンであったが、ある日突然、父親のアルンが帰ってきたことが一時的に転機となる。イーラーとヴィヴァーンは、人生にアルンは必要ないと言って父親を追い払う。母子での結束が生まれた瞬間だった。また、アミターブ・バッチャンが司会を務めるクイズ番組「Kaun Banega Crorepati」で、「Ruk Ruk Ruk」のリミックス版の歌手の名前がクイズで出題されたことで、歌手としてのイーラーが世間で再評価されるようになる。大学の演劇部顧問パドマー(ネーハー・ドゥーピヤー)はイーラーを演劇部に誘う。イーラーの歌唱力があれば、もうすぐ開催される大学間のコンペティションで優勝できる可能性があったからである。だが、演劇部にはヴィヴァーンも所属していた。

 ヴィヴァーンの親友ヤシュの恋愛にイーラーが首を突っ込んだことで、母子関係は一転して悪化する。ヴィヴァーンは家を飛び出し、イーラーが母親から歌手イーラー・ラーイトゥルカルになるまでは家に戻らないと宣言する。ヴィヴァーンは演劇部も辞めてしまう。

 コンペティションの日、イーラーは意気揚々と会場に向かうが、突然ルールが変更され、23歳以上の人は出演できないことになる。イーラーのカムバックを見に来たヴィヴァーンはその仕打ちに憤り、勝手に舞台を乗っ取って下手な歌を歌い出す。そこへ登場したイーラーは素晴らしい歌声を披露し、世間に認知される。こうしてイーラーは歌手としてのキャリアを再スタートさせ、ヴィヴァーンは母親の束縛から自由になれた。

 独身時代に夢を追っていた有能な女性が、結婚や出産を機に家庭に専念するようになり、夢の実現を諦めてしまうということはよくあることだ。だが、それでおしまいでいいのだろうか。ただでさえ、才能ある女性がそれを社会の中で活かせないのは社会にとって大きな損失になる。そして言うまでもなく、夢の実現のための努力は、人生に大きな潤いをもたらす。インド社会は特に、母親に母親の仕事を専念させる圧力が掛かるのだが、それだからこそ、近年のヒンディー語映画は、母親になってからも夢を実現することができるというメッセージを女性たちに送り続けている。「Mary Kom」(2014年)が代表例だ。

 「Helicopter Eela」がユニークだったのは、子供が親の夢を応援していたことである。普通、親が自分の子供の夢の実現を応援するものだが、ヴィヴァーンは、母親が歌手として成功することを願っていた。

 もちろん、ヴィヴァーンは心配性の母親の束縛にうんざりしており、それから逃れるために、母親に若い頃の夢を思い出させようとしていたところがあった。だが、同時にヴィヴァーンには、自分の存在が原因で母親が夢を忘れてしまったと罪悪感を感じていたことも確かである。ヴィヴァーンにとってプライベートな時間が必要だった以上に、母親にプライベートな時間が必要だった。一方、イーラーは、ヴィヴァーンを家に連れ戻すために、もう一度歌手として舞台に立つことを決意する。自分のためではなかった。だが、母子がお互いにお互いを思い合って距離を置いたことで、二人の関係性に明るい兆しが見え始める。

 劇中ではMTVインディアのローンチパーティーが出て来た。MTVインディアは1996年に始まっている。そこでイーラーは、イーラー・アルンやシャーンなど、インド音楽界を代表するセレブリティーたちと出会う。アジャイ・デーヴガンとカージョルの人脈が成せる技であろう、本物のミュージシャンたちが登場し、場を華やかにしていた。

 だが、極めつけはアミターブ・バッチャンのカメオ出演である。現代のシーンにおいて、人気クイズ番組「Kaun Banega Crorepati」の司会として登場し、イーラーがかつて唯一録音した曲を題材にクイズを出題する。ほとんど音楽業界で知られていないので、高難易度の問題である。解答者は間違えてしまっていたが、これをきっかけにイーラーが再評価されるようになるという仕掛けになっていた。

 クライマックスをコンペティションで締めるのは、多くの映画が採る手段であるが、歌と踊りを重視するインド映画にとっては完成され効果的な終わり方である。意外だったのは、土壇場でイーラーが出演を拒否されることだが、そのおかげでヴィヴァーンの暴走が誘発され、優勝して終わる終わり方よりも劇的なエンディングとなっていた。

 この映画で唯一弱かったのは、イーラーの夫アルンのキャラである。自分が30代で死ぬという妄想に取り憑かれて失踪してしまう。その後、音信不通になったため、どこかで死んだものと考えられていたが、20年以上経った後、ひょっこり帰ってくる。彼の行動は容易に正当化されるものではないし、彼自身もあまり弁明することなく再び去って行ってしまっている。一体何だったのか、という印象を強く受けた。

 カージョルは1990年代のおそらく10代後半~20代前半のイーラーと、2010年代の40歳前後のイーラーを自分で演じていた。撮影時、実際に40歳+だったと思われるが、エネルギッシュな演技は「Kuch Kuch Hota Hai」(1998年)の頃から変わっておらず、若くも見えるため、1990年代のシーンも驚くほど違和感がなかった。心配性な母親の役もはまっており、カージョルのためにあるような映画であった。

 ヴィヴァーンを演じたリッディ・セーンはベンガル語の演劇・映画界の俳優カウシク・セーンの息子であり、「Kahaani」(2012年/邦題:女神は二度微笑む)や「Lion」(2017年/邦題:LION/ライオン 25年目のただいま)に出演していた俳優である。まだ若く、容姿に特別優れているわけでもないが、個性派俳優として活躍できそうだ。

 また、2000年代に最盛期だった女優ネーハー・ドゥーピヤーが印象的な演劇部顧問パドマー役を演じていた。パドマーの人物設定はほとんど明らかになっていなかったが、イーラーの精神や家族に起こっていることを見透かしており、的確なアドバイスをイーラーに与えていた。ネーハーは2018年に出産しており、その後だいぶ太ってしまったと報道されているため、もしかしたら痩せたネーハーを見られるのはこれが最後の作品になるかもしれない。

 「Helicopter Eela」は、名女優カージョルが、なかなか子離れしない母親が子離れして自分の夢を追い出すまでを描いた感動作である。結婚や出産を機にキャリアを諦めた女性が再びキャリアの道に戻るというユニバーサルな主題であり、日本人も十分に共感できる映画なのではないかと感じられる。必見の映画である。