Mister Mummy

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Mister Mummy
「Mister Mummy」

 ヒンディー語映画界では、精子ドナーを主人公にした「Vicky Donor」(2012年)辺りから、生殖やジェンダー回りの事柄をテーマにした映画がよく作られるようになり、不妊治療、高齢出産、代理母LGBTQ、ED(勃起不全)などが取り上げられてきた。そしてそれらの映画は成功率が高い。

 2022年11月11日公開の「Mister Mummy」は、その題名が示唆するように、男性が妊娠する物語である。ただし、結局はクーヴァード症候群という、男性に思い込みから妊婦と同じような症状が発症する現象で決着を付けており、本当に男性が妊娠するわけではない。

 監督はシャード・アリー。インドを代表する芸術家ムザッファル・アリーの息子で、過去に「Bunty Aur Babli」(2005年)などを撮っている。主演はリテーシュ・デーシュムクとジェネリア・デーシュムク。二人は実際に夫婦であり、映画の中でも夫婦役を演じる。他に、マヘーシュ・マーンジュレーカルがダブルロールで出演している。

 舞台は英国バースタウン。アモール・コーテー(リテーシュ・デーシュムク)は大の子供嫌いで、妻のググルー(ジェネリア・デーシュムク)とも結婚生活20年になるが子供を作ろうとしなかった。アモールの母親もググルーの両親も、早く孫が欲しくて彼らに催促してばかりだったし、ググルーも子供を強く欲していた。

 あるとき、期限切れのコンドームを使ってしまったことで、アモールはググルーを妊娠させてしまう。ググルーは産婦人科医サトサンギー(マヘーシュ・マーンジュレーカル)から診断書を受け取って大喜びするが、アモールは全く喜ばなかった。その態度に傷ついたググルーは実家に帰ってしまう。

 次第にアモールの身体に異変が訪れた。吐き気を催すようになり、腹がだんだん出て来た。サトサンギーからは妊娠したと伝えられるが、アモールはまともに取り合わなかった。だが、どんどん腹が膨らんできたため、妊娠を信じざるを得なかった。弟がアモールの妊娠をSNSにアップしたことで彼は町中の注目の的になり、彼の診療医であるサトサンギーは一躍有名人になる。

 出産予定日が近付いてきた。アモールは、ググルーが祖母の家へ向かおうとしていると聞き、彼女を追い掛ける。ところが二人同時に産気づき、二人とも診療所に運ばれる。そこでサトサンギーは悪事がばれて逃げ出すが、代わりに国一番の産婦人科医ラカンパール(マヘーシュ・マーンジュレーカル)が彼らの出産を担当することになる。ラカンパールは、ググルーのお腹にいるのが双子であると初めて伝えると同時に、アモールは妊娠しておらず、クーヴァード症候群だと診断する。実はサトサンギーはググルーに双子が生まれることを黙っており、双子の内の一人をアモールから産まれたということにしてセンセーションを巻き起こそうとしていたヤブ医者だった。

 男性の妊娠というと、アーノルド・シュワルツェネッガー主演の「ジュニア」(1994年)が有名だが、「Mister Mummy」は全く異なる映画だ。男性が妻の妊娠に呼応してつわりなどの症状を感じるようになるクーヴァード症候群という珍しい症状をベースにストーリーが組み立てられている。ただし、全く同じプロットの映画「Vicky Pet Se(ヴィッキー妊娠中)」がアーユシュマーン・クラーナーを主演に企画されていたようで、盗作の疑いも出されている。確かにアーユシュマーンが好みそうなプロットの映画であった。

 主人公アモールが妊娠したと思い込んでしまったのは、たまたまかかりつけ医が自己顕示欲のあるヤブ医者で、男性の妊娠が世間の注目を集めることで自分も有名になると目論んでいたからだった。彼は男性の妊娠を「Pregmancy」と命名して世間に喧伝する。そして、彼の妻ググルーのお腹にいた双子の子供を双子だとは知らせず、一方をアモールから生まれたことにして、さらにセンセーションを巻き起こそうとしていたのだった。

 コロナ禍に撮影された映画だからだろう、映画の全編は英国の田舎町で撮影されていた。「バースタウン」という町の名前が表示されていたが、どうも架空の町のようである。シャード・アリー監督の父親ムザッファル・アリーは、レーカー主演「Umrao Jaan」(1981年)を撮ったことでヒンディー語映画史に名を残しているが、どうもシャード・アリー監督は父親と趣向を異にするようで、軽い映画ばかり撮っている。この「Mister Mummy」も非常に軽い映画で、しかも低予算映画であることが端々から感じられ、技量的にも現代の標準レベルに達していない。はっきり言って、シャード・アリーから映画監督としての才能を感じない。

 クーバード症候群を発想源にしてストーリーを組み立てるというところまでは良かったのだが、残念ながらその他の全ての面において失敗した映画だ。ストーリーにもカメラワークにもプロ意識が感じられない。

 リテーシュ・デーシュムクとジェネリア・デーシュムクの共演は「Tere Naal Love Ho Gaya」(2012年)以来、10年振りとなる。二人の間には2人の子供が生まれており、ジェネリアはしばらく第一線から遠ざかっていたが、この「Mister Mummy」で本格的にカムバックしたことになる。この二人は夫婦仲がいいことで知られており、映画の中でも仲の良さが感じられたが、その分、演技に真剣さがなく、そのケミストリーがプラスには働いていなかった。もっとも、シャード・アリー監督の技量の無さがそう見せてしまっていたと思われる。

 マヘーシュ・マーンジュレーカルも演技力のある俳優で、特にマフィアを演じさせたらバッチリはまる。その反面、今回演じたようなコミカルな役もうまく、懐の広い俳優である。ただ、彼の渾身のコミックロールも監督が下手に扱ってしまったために外し気味であった。全ては監督が悪い。

 「Mister Mummy」は、男性が妊娠するという筋書きの映画で、一見すると面白そうに思える。結局、男性の妊娠はクーバード症候群というオチで、一応科学的に説明されていた。その点はいいのだが、監督の技量不足のために不発で終わってしまっていた。アーユシュマーン・クラーナー主演で別の有能な監督が撮っていれば、もっといい映画になっていたかもしれないと思うと悔やまれる。