インドの教育制度は非常に複雑で、おそらくインド人でもその全容を完全に理解している人はいない。だが、基礎知識として、インドの初等中等教育制度については、10年+2年制を採っており、10年生と12年生のときに進路を決める上で重要な試験があると理解しておけばよい。高等教育はコースによって異なるが、日本の「学部」にあたる「Undergraduate」は3年以上になっている。
都市在住中産階級の家庭に生まれ、大学進学する人は大体以下のような道を辿る。
年齢 | 学年 | 学校(英語) | 対訳案 |
---|---|---|---|
2~6歳 | Kindergarten/Preschool | 幼稚園 | |
6~11歳 | 1~5年生 | Primary School | 小学校 |
11~14歳 | 6~8年生 | Middle School | 中学校 |
14~16歳 | 9~10年生 | Secondary School | 高校 |
16~18歳 | 11~12年生 | Higher Secondary School | 高校 |
18歳~ | Undergraduate School | 大学 | |
21歳~ | Graduate School | 大学院 |
9~10年生は「Matriculation」、11~12年生は「Senior Secondary」、「Intermediate」、「+2」ともいう。
日本の学校は公立と私立に分かれるが、インドの学校は国立や州立、そして軍立などの「Goverment School」、政府からの補助金を受けている私立学校「Government Aided Private School」、政府からの補助金を受けていない私立学校「Private School (Unaided)」などの区別がある。政府からの認可の有無でも細かく分類できる。
インドの教育機関は教授言語によっても大別されるが、それについてはミディアムにまとめたので、そちらをご覧いただきたい。
また、教育制度は時代と共に変わる。たとえば、インドでは小学校の段階から落第があったが、2010年に「教育を受ける権利(RTE)」法が施行されたことで、日本と同じように自動的に進学するようになった。だが、それについてもデメリットが顕在化しつつあり、2019年に法律改正が行われ、5年生と8年生で進学テストが実施されるようになった。上で紹介した10+2制についても、幼稚園教育を含めた5+3+3+4制への移行が進んでいる。
主人公が学生であったり、学校が舞台であったりするヒンディー語映画は昔からあったが、単に設定上そうなっているだけというものがほとんどだった。つまり、学校や教育に対する批判的な観点は希薄だった。教育そのものを題材にした映画が盛んに作られるようになったのは21世紀に入ってからといっていいだろう。
就学前教育
小学校入学前の教育を就学前教育という。幼児教育全般を指すこともあるが、狭義では小学校入学前の1年、学校教育開始の準備期間のことを指す。日本では幼稚園、保育園、こども園の最終年(年長さん)にあたるが、インドでは小中高一貫校の一部に取り込まれていることがある。特に名門の私立学校ではその傾向が強い。そして入学するためには、いわゆる「お受験」がある。
インドのお受験を主題にした代表的な作品は「Hindi Medium」(2017年/邦題:ヒンディー・ミディアム)だ。5歳の娘を名門英語ミディアム校に入学させようと奮闘する両親のドタバタ劇がコメディータッチで描かれている。「お受験コンサルタント」も登場し、「お受験は胎内にいるときから始まっている」と豪語する。
小中学校
小学校はインドでは一般に「Primary School」といい、6歳の児童が就学する。義務教育であり、全ての子供が入学することになっている。無償で、給食もあり、就学率は9割ほどである。学年の最後に進学テストがあり、それに合格しなければ進学できず留年となる制度が長らく続いたため、小中学校のどこかで落第している大人がたくさんいる。
「Primary School」は5年生までで、6年生から8年生までは「Middle School」に通うことになる。日本語対訳では「中学校」とすればいいだろう。8年生までが義務教育となる。
小中学校が舞台の子供目線の映画というと、どうしても子供向け映画が多くなるのだが、いくつかいい映画も作られている。失読症の8歳の少年を主人公にした「Taare Zameen Par」(2007年)は、画一的な教育を批判し、子供の個性を尊重した教育の必要性を訴える内容になっていた。「Stanley Ka Dabba」(2011年/邦題:スタンレーのお弁当箱)も同様に子供の個性の尊重を訴えている。グジャラーティー語映画になるが、「Dhh」(2017年)もインドの小学校の様子がよく分かる作品だ。
一方で、「Paathshaala」(2010年)は教師視点の、小中学校舞台の学園映画だ。教育の商業化を推し進める経営陣に対し、若い教員が生徒たちと共に立ち上がる内容になっている。「Blackboard v/s Whiteboard」(2019年)はジャールカンド州の村にある公立小学校が舞台の映画である。いかに地方の公立学校が劣悪な状態に置かれているか描写されているのだが、映画自体の完成度は低い。
高校
日本でいう「高校」は、インドでは2年刻みで2つに分かれ、合計4年あると理解すると分かりやすいだろう。9年生と10年生は「Secondary School」、11年生と12年生は「Higher Secondary School」に通う。州によっては11年生と12年生の通う学校を「College」と称するので、大学と混同しないようにしなければならない。10年生までは一律のカリキュラムを学習するが、10年生の最後に受ける試験(Board Exam)の結果と希望によって、11年生以降は理系(Science)、商系(Commerse)、文系(Arts)の3系統に分かれ、学習の専門性を強めていく。日本の文系・理系と同じである。
高校を舞台にした映画は、「Sixteen」(2013年)、「Rough Book」(2015年)、「Timeout」(2015年)、「Chalk n Duster」(2016年)、「Nil Battey Sannata」(2016年)、「Hichki」(2018年)、「Chhalaang」(2020年)など多数ある。ただし、高校生が主人公の映画というのは「Sixteen」くらいで、大半は教師や大人の視点から高校の教育現場の問題が指摘されている。「Dasvi」(2022年)は、8年生までしか教育を受けていない40歳過ぎの政治家が10年生試験を受けるという変わり種の教育映画である。
「Chalk n Duster」は完全に教師間のドラマであり、「Nil Battey Sannata」は娘と同じ高校に通い始めた母親の物語である。また、「Hichki」では、「教育を受ける権利(RTE)」法の影響で名門高校に入学してきたスラム街の子供たちを教えることになった教師の物語であり、「Chhalaang」では、政府からの補助金の獲得や、インドにおける体育(PE)教師の地位や意識の低さなどが主題になっている。
大学
日本では、高等教育機関の多くが「大学」という訳語でまとめられてしまっているが、インドでは「College」「University」「Institute」に区別がある。「University」は複数の学部を持つ総合大学であり、外部の「College」を傘下に置いていることがある。「College」は日本の「キャンパス」にイメージが近いが、「College」のひとつひとつが独立経営の教育機関であり、「キャンパス」とは完全にイコールではない。単科大学は「Institute」になる。
インドの大学でもっとも有名なのはインド工科大学(IIT)だが、実際にはこれは「Institute」であり、インド人の感覚ではIITは「大学(University)」ではない。「Institute」は専門性の追求に特化した教育機関であり、インドでは一般に「University」よりも人気が高い。IITの他には、全インド医科大学(AIIMS)、インド経営大学(IIM)、インド科学大学(IISc)などが有名だ。
IITをモデルにした大学が舞台の映画には、「3 Idiots」(2009年/邦題:きっと、うまくいく)や「Chhichhore」(2019年/邦題:きっと、またあえる)などがある。「Chhichhore」は熾烈な大学受験の話題と大学生活の描写がバランスよく配置されている。「3 Idiots」は学位を求めて勉強するよりも好きなことをとことん追求する生き方を奨励する内容になっている。
実在の大学が映画に登場することもある。デリー大学(DU)は、デリーが舞台の映画ではよく出て来る。ただ、デリー大学の傘下には多数の「College」が存在するため、デリー大学の名前は出て来ても、「College」は架空のものということが多い。同じくデリーにあるジャワーハルラール・ネルー大学(JNU)は、「レッド・キャンパス」の異名を持つ左翼の牙城である。「Raanjhanaa」(2013年)で実名と共に登場した。
インドの大学の入学選抜には留保制度が適用されており、定員の一定数を指定カースト(SC)や身体障害者(PwD)などの社会的弱者に割り振ることを義務づけられている。この問題を取り上げたのが「Aarakshan」(2011年)である。
インドでは大学受験での不正も横行しているといわれる。「Why Cheat India」(2019年)では、受験の不正がビジネスとなっている実態が描かれていた。
その他
インドでは熾烈な受験戦争が繰り広げられており社会問題になっている。試験での高得点や名門大学への入学を目指す学生たちが通うコーチング・スクール(塾)も乱立しており、塾産業が急成長している。ラージャスターン州のコーターは寄宿生の塾が集まっていることで有名だ。
塾の問題は上で挙げた「Aarakshan」でもテーマになっていた。「All India Rank」(2023年)は、親元を離れてコーターの塾に通う若者を主人公にした、監督の自伝的映画だ。貧しいが優秀な子供たちに徹底的に理数系教育を施し、IITなどの名門工科大学に入学させることで有名な、ビハール州パトナーの塾「スーパー30」を主題にした「Super 30」(2019年/邦題:スーパー30 アーナンド先生の教室)は、インド式教育の一端を見せてくれる作品である。
インドには宗教団体が運営する学校もある。ヒンディー語映画の中ではキリスト教系の学校をよく目にするが、ヒンドゥー教系、イスラーム教系の学校も存在する。「Alif」(2017年)は、イスラーム教徒の師弟のための学校マドラサーでの宗教教育を批判し、イスラーム教徒にも通常の学校教育を普及させるべきだとのメッセージを発信する映画である。