南インド吹替映画の快進撃

 2025年1月22日付けのTimes of India折込紙Delhi Timesに、2024年、南インド映画のヒンディー語吹替版がヒンディー語圏で再び快進撃しているとの報道があった。近年、ヒンディー語に吹き替えられた南インド映画は、「South Indian Dubbed Films」と総称されている。この熟語自体は吹き替え先の言語をヒンディー語だと特定しているわけではないが、暗黙の了解でこれはヒンディー語吹替版を指すものだと理解すべきである。それに倣ってこの記事でもヒンディー語に吹き替えられた南インド映画のことを「南インド吹替映画」と呼ぶ。

 そもそも2022年にはヒンディー語映画の不調や新型コロナウイルス感染拡大による人々の趣向の変化もあって南インド吹替映画が北インド市場を席巻していた。「Pushpa: The Rise」(2021年/邦題:プシュパ 覚醒)、「RRR」(2022年/邦題:RRR)、「K.G.F: Chapter 2」(2022年/邦題:K.G.F: Chapter 2)などの南インド映画がヒンディー語に吹き替えられて北インドで公開され、ヒンディー語映画を差し置いて大ヒットしたのである。

 ただし、2023年になるとヒンディー語映画も復調し、「Pathaan」(2023年/邦題:PATHAAN パターン)、「Gadar 2」(2023年)、「OMG 2」(2023年)、「Jawan」(2023年/邦題:JAWAN ジャワーン)、「Tiger 3」(2023年/邦題:タイガー 裏切りのスパイ)、「Animal」(2023年)、「Dunki」(2023年)といったヒンディー語映画が大ヒットになった。これで再び南インド映画の勢力を押し戻せるかと思ったが、2024年になると今度はまたヒンディー語映画の勢いが弱まり、南インド映画の後塵を拝するようになった。2024年に大ヒットしたヒンディー語映画といえば、「Stree 2: Sarkate Ka Aatank」(2024年)や「Bhool Bhulaiyaa 3」(2024年)といったホラー・コメディー映画くらいであった。

 ヒンディー語映画市場の総興行収入における南インド吹替映画のシェアの推移を2022年から2024年まで並べてみると以下のようになる。

  • 2022年:32%(113.8億ルピー)
  • 2023年:6%(30.2億ルピー)
  • 2024年:31%(146.4億ルピー)

 2022年にはヒンディー語映画市場の興行収入の3分の1を南インド吹替映画が稼いだ。2023年にはそのシェアは6%まで落ち込み、ヒンディー語映画が復調したかに見えたが、2024年には南インド吹替映画のシェアが再び3分の1まで戻している。2024年、特にヒンディー語映画市場にインパクトがあった南インド吹替映画は、「Hanu-Man」(2024年/邦題:ハヌ・マン)、「Kalki 2898 AD」(2024年/邦題:カルキ 2898-AD)、「Devara Part 1」(2024年/邦題:デーヴァラ)、「Pushpa 2: The Rule」(2024年)の4作品であった。一口に南インド映画といっても、これら4作品は全てテルグ語映画であり、これはテルグ語映画の快進撃と言い換えてしまってもいいかもしれない。

 また、この中でも最大のヒットになった「Pushpa 2」のインド全国での興行収入は140.3億ルピーだったが、その内の63%にあたる88.9億ルピーをヒンディー語吹替版が稼いでいる。つまり、もはやテルグ語映画はテルグ語圏(アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナ州)よりも北インドのヒンディー語圏の方で売れているのである。現在、南インドの映画メーカーたちが熱心にヒンディー語吹替版を作ったりヒンディー語映画スターたちを起用したりしている理由もこれであろう。

 南インド吹替映画は、ヒンディー語圏においては、大都市よりも中小都市で人気だとの報告もされている。これは想像の範囲内である。21世紀以降、ヒンディー語映画は大都市在住の中産階級にターゲットを絞った映画作りを始めた。それが品質を高め、国際的な評価の獲得にもつながったが、その代わり中小都市の「マス」観客を切り捨てることになった。ヒンディー語映画から見切りを付けられた彼らは一時的にボージプリー語映画などに避難したが、現在では南インド映画が彼らのニーズを満たしている様子が見て取れる。

 かつて、南インドでヒットした映画は、ヒンディー語映画界のスターを起用し、ヒンディー語でリメイクされてヒンディー語圏で公開されるのが普通だった。今でもその慣習が続いているが、成功率は高くない。現在トレンドになっているのは、南インド映画をそのままヒンディー語に吹き替えて公開する手法だ。これは、南インド映画界のスターたちが北インドでも十分認知されていること、また、吹き替えへの違和感が減っていることなどに理由を求めることができるだろう。

 明らかに現在のテルグ語映画は汎インド映画へ向かっている。ただ、これは諸刃の剣になりえる。ヒンディー語映画も、インド全土の市場を狙ってユニバーサルな映画作りに傾倒しすぎたためにローカル性を失い、ヒンディー語圏の人々の趣向とズレを生じて人気を失った。テルグ語映画も同じ轍を踏まないだろうか。実際、テルグ語映画がテルグ語圏よりもヒンディー語圏で売れている今、テルグ人の身内受けを狙ったような映画は作りにくくなっている。今後の動向を見守っていきたい。