Leo (Tamil)

3.5
Leo
「Leo」

 2023年10月19日公開のタミル語映画「Leo」は、タミル語映画界の「大将」ヴィジャイ主演のアクション映画だ。「Kaithi」(2019年/邦題:囚人ディリ)や「Master」(2021年/邦題:マスター 先生が来る!)などを当てており、現在タミル語映画界でもっとも注目を集めているローケーシュ・カナガラージ監督の最新作でもある。カナガラージ監督は、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)に倣って、ローケーシュ・シネマティック・ユニバース(LCU)と銘打ったユニバースを構築中だが、この「Leo」は、「Kaithi」、「Vikram」(2022年)に続き、LCU第3作に位置づけられている。

 前述の通り、監督はローケーシュ・カナガラージ、主演はヴィジャイである。音楽監督はアニルッド。やはり現在のタミル語映画界でもっとも勢いのある音楽監督であり、最近は「Jawan」(2023年)の音楽も担当し、ヒンディー語映画界に進出している。

 他に、サンジャイ・ダット、アルジュン、トリシャー、ガウタム・メーナン、ジョージ・マリヤン、マドンナ・セバスチャン、マンスール・アリー・カーン、プリヤー・アーナンド、デンジル・スミス、アヌラーグ・カシヤプなどが出演している。

 ヒンディー語映画界からはサンジャイ・ダットとアヌラーグ・カシヤプが起用されており、汎インド映画を狙った布陣だ。「Kaithi」とは、ジョージ・マリヤンが演じた老警察官ナポレオンを通じて接点を持っている。

 ヒンディー語、テルグ語、カンナダ語、マラヤーラム語の吹替版も同時公開された。鑑賞したのはヒンディー語版である。

 パールティー(ヴィジャイ)はヒマーチャル・プラデーシュ州ティヨーグで動物救助隊員をしながらカフェも経営するタミル人だった。パールティーと妻サティヤー(トリシャー)の間には、息子のスィッドゥーと娘のチントゥーが生まれ、平和に暮らしていた。

 あるとき、ティヨーグにブチハイエナが出現し人々を襲う。パールティーはブチハイエナを制圧し、檻の中に入れた。また、パールティーのカフェに4人の殺し屋が押し入って来たため、パールティーは奪った銃で彼らを殺した。パールティーは逮捕され裁判に掛けられるが、正当防衛が認められ釈放される。

 ところがパールティーの写真が全国に流れた。テランガーナ州でそれを見たハロルド(アルジュン)は兄のアントニー(サンジャイ・ダット)にそれを知らせる。彼らは表向きはタバコ会社「ダース&Co.」を経営しながら裏では「ダチュラ」と呼ばれる麻酔効果のある植物を育て密売していた。アントニーとハロルドはティヨーグに向かう。

 パールティーの前に現れたアントニーは、彼のことを「レオ」と呼ぶ。パールティーは孤児であり、アントニーやレオという名前には心当たりがなく、彼を追い返す。アントニーはサティヤーに対し、パールティーの正体は殺し屋のレオだと吹き込む。パールティーの親友で森林警備隊員のジョシー(ガウタム・メーナン)は、レオを知る者がシムラーの刑務所にいると聞き、彼に会いに行く。フリダヤラージ・デスーザ(マンスール・アリー・カーン)はジョシーに対し、レオの話をし出す。

 1999年のことだった。アントニーとハロルドはタバコ会社を立ち上げ、ダチュラの密売を始めた。レオと妹のエリザ(マドンナ・セバスチャン)は二人の仕事を助ける殺し屋だった。アントニーはオカルト趣味にはまっており、動物を犠牲として捧げていたが、遂に人間も犠牲にするようになった。彼は会社の成功のためにレオかエリザを犠牲にすると決める。レオはエリザを救うためにアントニーに立ち向かう。レオは工場に火を付けるものの、エリザはハロルドに殺され、レオ自身もアントニーに撃たれてしまう。アントニーとハロルドは、レオは死んだものと考えていた。

 フリダヤラージはパールティーの写真を見せられ、これはレオではないと言う。また、サティヤーもレオが育った孤児院で彼の素性を調べるが、レオでないことは明らかだった。

 それでもアントニーは執拗にレオを追っていた。アントニーはスィッドゥーを誘拐する。パールティーはアントニーに追いつき、彼を殺すが、スィッドゥーはハロルドの手に渡っていた。パールティーはアントニーの遺体を持ってハロルドのところへ行く。ハロルドもパールティーに、レオであることを認めさせようとするが、パールティーは決して認めなかった。ハロルドとパールティーは戦うが、その結果、ハロルドは彼がレオでないと結論づける。ところがその瞬間にパールティーは、自分はレオだと名乗り、彼を殺す。

 ティヨーグに戻ったパールティーは元通りの生活を始めたが、そこに謎の男から電話が掛かってくる。

 一般庶民として暮らしていた人物が、実はすごい過去を持っていた、というプロットはインド映画が好んで採用するものだ。「Leo」で争点になるのは、主人公パールティーがテランガーナ州の殺し屋レオなのかどうかということだ。その疑惑が生じて以来、パールティーはずっと否定し続ける。彼の友人や妻が怪しんで彼の過去を調べるが、やはり彼がレオという証拠は出て来ない。観客も、てっきりパールティーはレオではないと思い始める。そのまま終わっていたら、それはそれで面白い筋書きだったと思うが、やはりそこは爽快な結末を求めるタミル語映画。最後の最後でパールティーは、自分こそがレオであると明かす。レオは殺し屋として半生を生きたが、最愛の妹を失い、父親からも殺されそうになる。実際、父親はレオが死んだものと思っていた。それをきっかけに、彼はテランガーナ州から遠く離れたヒマーチャル・プラデーシュ州のティヨーグに移り住み、パールティーを名乗って、家族を持って普通の人生を送っていたのだった。

 ただ、パールティーの戦闘力は異常に高かった。それが伏線になっていたといえばそうなるだろう。暴れ狂うブチハイエナを単身で抑え付け、一瞬にして4人の殺し屋を射殺する。アクションシーンはカナガラージ監督の得意とするもので、今回もスタイリッシュなアクションシーンが目白押しだった。カメラワークも凝っており、いかにヴィジャイをかっこよく映し出すかに全力が傾けられていた。

 パールティーはレオなのか、という命題で最後まで引っ張る映画であり、そこに社会的なメッセージを無理に見出すのは難しいし、それを求めるのも野暮であろう。ただ、パールティーが動物救助隊員であること、悪役のアントニーがオカルトにはまって動物供犠や人間供犠をしていたことを考え合わせると、動物愛護のメッセージが浮かび上がって来る。また、アントニーとハロルドがダチュラという麻酔効果のある植物を密売していたことからは、インドの市井に広まっている禁止ドラッグへの警鐘が鳴らされていると受け止めてもいいかもしれない。ただ、どちらも穿ちすぎであることは否めず、純粋なエンターテイメントとして評価した方が適切であろう。

 典型的なスターシステムの映画であり、主演スターのヴィジャイがとことん引き立てられている。ヴィジャイは動物を守り、家族を守り、そして痛快なダンスを踊る。彼に比肩するスターは存在しない。ヒロインのトリシャーにしても、かっこいい見せ場はほとんど用意されておらず、「Ponniyin Selvan」シリーズ(2022年2023年)で見せたような存在感を発揮する場面はなかった。

 童顔なのでいつまでも若く見えるヴィジャイだが、今回は白髪交じりの「中年男性」役だった。ただ、回想シーンでは「若者」役も演じており、変幻自在である。

 サンジャイ・ダットは南インド映画界で悪役俳優として活路を見出したようだ。カンナダ語映画「K.G.F」シリーズ(2018年2022年)でまがまがしい悪役を演じたばかりだが、今度はタミル語映画で悪役アントニーに起用された。1993年のボンベイ連続爆破テロに関連して違法に銃火器を所持していた容疑によって逮捕され、長い裁判闘争の末、2013年から16年まで断続的に服役し、刑期を全うした。その後、2020年には肺ガンが見つかり、闘病生活に入った。彼の半生は「Sanju」(2018年/邦題:SANJU サンジュ)という伝記映画が作られるほど波乱に富んだものだが、彼は常に前に進んで来た。ヒンディー語映画界でも依然として人気俳優ではあるが、いろいろあったため、以前ほどのギャラは取れなくなっているのではなかろうか。それが逆に、北インドに市場を広げたい南インド映画界のプロデューサーにとって、悪役として使い勝手のいい俳優になっているのかもしれない。

 アヌラーグ・カシヤプが一瞬だけカメオ出演していたのも注目だ。やたらかっこつけた登場をするが、すぐに殺されてしまう。逆においしい役であった。

 ヴィジャイはその卓越したダンススキルでも人気であるが、「Leo」で彼の本領が発揮されていたのは「Naa Ready」のみだ。マドンナ・セバスチャンやバックダンサーたちと激しい踊りを踊る。ただし、音楽監督のアニルッドは今回、論争に巻き込まれた。「Ordinary Person」という曲が、ベラルーシのミュージシャン、オトニカの「Where Are You?」の剽窃だと指摘されたのである。「Where Are You?」はインストゥルメンタル曲だが、メロディーは確かにそっくりだ。アニルッドはだんまりを決め込んでいる。

 「Leo」は、タミル語映画界で非常に勢いのある3人、ヴィジャイ、ローケーシュ・カナガラージ、アニルッドがタッグを組んだアクション映画だ。カナガラージ監督が得意とするひねったストーリーやかっこいい映像などがてんこ盛りで、完成された娯楽映画である。ローケーシュ・シネマティック・ユニバースがどんどん広がっていくのもファンにとっては嬉しい限りだ。観て損はない映画である。