エコの映画

 環境問題は、先進諸国と発展途上国が対立する原因のひとつとなっている。先進諸国は地球環境保護のために世界規模で環境問題に取り組む必要性を唱えるが、インドを含む発展途上国はそれを冷めた目で見ている。今まで環境を汚染してきたのは先進諸国であり、そのおかげでそれらの国は発展したといってもいい。そしてそれらの国が十分に発展し、今度は発展途上国が急成長しようという段階になって環境問題が持ち出された。環境問題に真面目に取り組もうと思えば、経済や産業の発展速度を遅らせなければならなくなるだろう。発展途上国にとって環境問題は、先進諸国に有利な、もしくは先進諸国の陰謀ともいえる、不公平な話題なのである。

 しかしながら、それは国際政治レベルの話であって、インド国内にはもちろん、過激な環境活動家から趣味レベルの自然愛好家まで、環境保護意識の高い人々もたくさんいる。歴史を振り返ってみれば、インド最古の環境保護集団とも呼ばれるビシュノーイー族、森林伐採に対する反対運動であるチプコー運動、ダム建設反対運動であるナルマダー・バチャーオー運動など、数々の環境保護運動が立ち上がり、話題となってきた。

chipko movement
チプコー運動

 ただ、映画業界は今まであまり環境問題に関心を払ってこなかったといっていい。特に豪華絢爛な娯楽映画は、普通に考えたら、エコとは対極の世界だ。セットを作って撮影し、撮影が終わったらセットを壊すなどのプロセスも環境に優しいとはいえない。派手な映画になると、自動車を爆発させたり、飛行機で海外に移動してロケを行ったりするのも普通で、考えれば考えるほど、映画とエコは相容れないように思えてくる。そのため、娯楽映画の中にしたり顔で環境問題などを盛り込むのは難しい。可能性があるのはドキュメンタリー映画であろう。

 それでも、環境に関わる映画が全くないわけではない。いくつかの映画は、エコの映画として取り上げるのに十分な資格を持っている。

 例えば「Irada」(2017年)では、「緑の革命」に成功したパンジャーブ州で、工場から垂れ流される有害物質を含む排水が土壌汚染や水質汚染を引き起こし、癌患者が急増している深刻な現状が娯楽仕立てで取り上げられていた。

irada

 「Jal」(2014年)は、グジャラート州カッチ大湿原に位置する、水不足に悩む農村を舞台とした物語だ。敵対する村同士の水を巡る争いが中心だが、やがて世界のあらゆる場所で水が不足し、争いが起きることを暗示する内容となっている。「Kaun Kitney Paani Mein」(2015年)や「Turtle」(2018年)も似たような筋書きの映画である。

Jal

 地球温暖化に伴う気候変動を扱った映画としては、「Kadvi Hawa」(2017年)がある。干魃に見舞われるブンデールカンド地方と、巨大サイクロンが頻繁に襲来するオリッサ州を対比しながら、気候変動によって人間社会が破滅に近づいている様を描いている。2013年にウッタラーカンド州ケーダールナートで発生した大洪水も気候変動の結果とされており、その出来事は「Kedarnath」(2018年)で映画化された。

Kadvi Hawa

 公害というよりも産業事故を扱った映画としては、「Bhopal Express」(1999年)や「Bhopal: A Prayer for Rain」(2014年)がある。1984年にマディヤ・プラデーシュ州の州都ボーパールで起こった世界最悪の産業事故のひとつ、ボーパール化学工場事故の顛末や余波をフィクションを交えて映画にした作品である。

bhopal a prayer for rain

 映画としての完成度は限りなく低かったが、「The Wishing Tree」(2017年)は、願い事を叶えてくれる樹を題材にして、自然保護を訴える内容になっていた。

The Wishing Tree

 開発や発展と環境保護の古典的な対立を描いた映画として、「Haathi Mere Saathi」(2021年)を挙げることができる。森林を開発して高級住宅地を造ろうとする行政や企業側と、森林を守ろうとする立場の人々との衝突を描いた作品である。

 極めつけは「Aisa Yeh Jahaan」(2015年)である。「インド初のカーボンニュートラル映画」を謳ったこの映画は、映画製作中に排出された二酸化炭素量を植林活動によって相殺し、カーボンニュートラルを実現した。映画の内容も、都会に植林をして住みよい環境を作ることを提唱するものであり、ユニークな映画となっている。

aisa yeh jahaan