Aisa Yeh Jahaan

3.0

 2015年7月24日公開のヒンディー語映画「Aisa Yeh Jahaan(世界はこのようだ)」のキャッチコピーは「インド初のカーボンニュートラル映画」だ。「カーボンニュートラル」とは、日本の環境省によると「削減が困難な部分の排出量について、他の場所で実現した温室効果ガスの排出削減・吸収量等を購入すること又は他の場所で排出削減・吸収を実現するプロジェクトや活動を実施すること等により、その排出量の全部を埋め合わせた状態」を指す。環境研究教育所(CERE)がこの映画の製作で排出された二酸化炭素を測定し、それを埋め合わせるために植林を行ったという。そんなことまで考えて映画を作らなければならない時代になったのかと身震いする。映画の内容自体も環境保護を訴えるものになっている。

 「Aisa Yeh Jahaan」の監督は、アッサム州生まれのビシュワジート・ボーラー。インドのロックバンド、ユーフォリアの歌手パラーシュ・セーン、リレット・ドゥベーの娘イーラー・ドゥベー、専ら悪役や裏切り者役を演じるヤシュパール・シャルマーなど、渋い俳優たちが起用されている。また、子役のキムスリーン・コーリー、ティーヌー・アーナンド、パリシャー・ダーバス、ビシュヌ・カルガリヤーなどが出演している。さらに、ガネーシュ・アーチャーリヤが特別出演し、オーム・プリーがナレーションをしている。

 アッサム州生まれの夫婦、ラージーブ(パラーシュ・セーン)とアナンニャー(イーラー・ドゥベー)、そして二人の娘クヒー(パリシャー・ダーバス)は、故郷から連れて来た子守のパーキー(キムスリーン・コーリー)と共にムンバイーのゴーレーガーオンにあるアパートで暮らしていた。見栄っ張りのアナンニャーはいつか大きな家に住みたいと夢見ていた。

 ラージーブ、アナンニャー、クヒー、そしてパーキーはアッサム州に帰省する。ラージーブの親友ナリアカイ(ヤシュパール・シャルマー)が彼らを迎える。クヒーはアッサミー語ができず、ラージーブの両親はヒンディー語ができなかったが、両親はクヒーと話すためにヒンディー語を勉強し始める。クヒーはナリアカイから種の話を聞く。

 ムンバイーに帰ったクヒーはマンゴーの種を鉢に植え、「ポム」と名付けて、パーキーと共に成長を見守る。だが、クヒーは学校に通うようになると、テレビやゲームの方に興味が出て、ポムの世話を忘れてしまう。それでもパーキーはずっとポムを大事にし続けた。

 アナンニャーはクヒーをキッズモデルにしようと思い立ち、写真を撮ってプロダクションに送る。クヒーはマジード・カーン監督に採用され、TVCMに出演して人気となる。次に回って来た仕事は政府系の植林キャンペーンの広告だった。カーン監督は広告に使うための木をアシスタントに探させた。そのとき、パーキーはポムを持って道端を彷徨っていた。ポムは監督に気に入られ、小道具として使われるが、撮影が終わるとゴミ捨て場に捨てられた。それを見たパーキーは悲しい気持ちになるが、ポムはそこに根を下ろすのが一番いいと考え、そのままにする。ポムは大きなマンゴーの木に育つ。

 映画の質自体は、素人が撮ったにはプロっぽいし、プロが撮ったには素人っぽいというレベルであった。そして、低予算映画の作りながら、インド映画らしさを出すためか、この種の映画としてはダンスシーンが多めであった。だが、通常のヒンディー語映画ではあまり見掛けないいくつかのトピックが取り上げられており、内容面で非常にユニークな映画だと感じた。

 物語の核心的なメッセージは環境保護である。騒音と汚染に満ちたムンバイーと、豊かな自然に囲まれたアッサム州を対比して、人間が住む環境ではなくなっている都会の現状に警鐘を鳴らしている。そして、都会に住みながらも自然とのつながりを忘れていないアッサム人の少女パーキーの視点から、「ポム」と名付けられたマンゴーの木を介して、皆で都会に木を植えることで少しでも人間の住みやすい環境にしていく大切さが訴えられていた。また、おまけとして、アッサム州の故郷で野良仕事をして暮らすナリアカイとの対比によって、都会に住む人のメンタリティーの汚さも糾弾されていた。

 だが、この映画が触れていた問題はそれだけではなかった。例えば、親の夢を子供に押しつける行為である。アナンニャーは娘のクヒーを早くから学校に入れただけでなく、キッズモデルにして大金を稼ごうとする。一方、夫のラージーブは、子供時代は子供らしく育つべきだという考えで、アナンニャーと対立するが、夫婦間の力関係ではアナンニャーの方が上なので、彼女に押し切られてしまう。キッズモデルになったことでクヒーの人生が狂ったようなことは描かれていなかったのだが、学校に通うようになった辺りからクヒーはポムに興味を示さなくなった。

 ラージーブとアナンニャーもアッサム人であったが、その顔立ちはあまりアッサム人らしくない。だが、彼らの家で子守として働くパーキーは完全にアッサム人の顔をしている。ムンバイーに住む人は彼女のことを「チンキー」と呼んだり外国人扱いしたりして、同じインド人として認めようとしない。インドの辺縁部に住む人々に対するこういう人種差別的な偏見や言動の問題を取り上げたヒンディー語映画は珍しい。ビシュワジート・ボーラー監督自身の個人的な思いが込められたエピソードと予想される。

 パーキーの年齢は不明だが、まだ子供のはずで、彼女を子守として働かせるのは児童労働に当たる。パーキーは、ラージーブの実家で働いていた使用人の娘であり、父親を亡くして金銭的に困窮していたため、ラージーブはムンバイーに引っ越すときに彼女を連れて来たようだった。ラージーブはパーキーに愛情をもって接していたが、アナンニャーやその他の都会人たちはパーキーへの当たりが厳しかった。この作品は特に児童労働を取り上げた映画ではないため、この辺りは曖昧にされていたと感じた。

 アッサム州が舞台として登場することすら珍しい。しかも、アッサム文化の象徴ともいえる、ビフ祭の踊りや、500年の伝統を誇る舞踊劇アンキヤ・バオナなども少しだけ映し出され、エキゾチックな魅力を添えていた。アッサミー語の台詞も混じるが、ヒンディー語字幕が付いていた。

 普段は脇役に甘んじている俳優たちが表立って演技をするところが見られるのも「Aisa Yeh Jahaan」の魅力である。特にレアだったのは、ヤシュパール・シャルマーの純朴な演技が見られることだ。彼は「Lagaan」(2001年/邦題:ラガーン クリケット風雲録)の裏切り者ラカーなどを演じていた俳優であるが、そのイメージが強すぎて、善玉側の役をなかなかもらえない。だから、彼がこの映画で演じた純朴な田舎男ナリアカイは非常に新鮮だった。

 また、パーキーを演じたキムスリーン・コーリーがとても良かった。子守として働いており、最初はあまりしゃべらなかったので、そういう役かと思っていたが、途中から突然流暢なヒンディー語でしゃべり出し、踊りまで踊る。実は溌剌とした少女であった。彼女のキャラを十分に掘り下げられていなかったのは残念だったが、都会と田舎を対比し、環境保護の大切さを訴えるこの映画の中で、都会にいながら自然とのつながりを忘れない、キーパーソンとなる役柄であった。

 「Aisa Yeh Jahaan」は、スターの起用もなく、完全に低予算で作られた、インディペンデント系の映画である。よって、大きな期待を持って観ることは避けるべきだ。だが、「インド初のカーボンニュートラル映画」というキャッチコピーや環境保護を訴えるメッセージをはじめ、通常のインド映画が取り上げてこなかったようなトピックに触れており、非常にユニークな映画である。記憶に留めておく価値のある作品だ。