Kedarnath

3.5
Kedarnath
「Kedarnath」

 インド各地にヒンドゥー教の聖地があるが、ヒマーラヤ山脈に点在する聖地はアクセスの悪いものが多く、それらへの巡礼の旅は格別な意味を持っている。ウッタラーカンド州のケーダールナート寺院は、ヒマーラヤ山中にある聖地のひとつで、しかも最もアクセスが悪い聖地でもある。「マハーバーラタ」の主人公パーンダヴァ五兄弟によって建立されたとされる由緒あるシヴァ寺院で、ガンガー河の支流であるマンダーキニー河の上流に位置する。ケーダールナートまで自動車が通行可能な道路は通じておらず、麓の町ガウリークンドから6時間は登山をしなければならない。ケーダールナートを含むウッタラーカンド州は2013年6月中旬に集中豪雨に見舞われ、ケーダールナートを大洪水が襲った。州全体では5,000人以上が犠牲になったとされている。このときの出来事を背景にした、ヒンドゥー教徒の女性とイスラーム教徒の男性のロマンスが、ヒンディー語映画「Kedarnath」である。2018年12月7日に公開された。

 監督はアビシェーク・カプール。「Rock On!!」(2008年)や「Kai Po Che」(2013年)の監督である。主演は2020年に自殺したスシャーント・スィン・ラージプート。ヒロインはサイフ・アリー・カーンとアムリター・スィンの娘サーラー・アリー・カーンで、本作がデビュー作となる。現在サイフはアムリターとは離婚しており、カリーナー・カプールと再婚している。よって、サーラーにとってカリーナーは継母となる。

 時間軸は大洪水のあった2013年。マンスール(スシャーント・スィン・ラージプート)はイスラーム教徒だが、ケーダールナートでポーターの仕事をしていた。一方、ブラーフマンの家に生まれたムックー(サーラー・アリー・カーン)は、姉ブリンダーの恋人クッルーを許嫁にするという荒技をやってのける勝ち気な女性であった。ムックーはマンスールに惹かれ、二人は恋に落ちる。だが、ブリンダーの告げ口もあって、二人の仲は父親に知られてしまい、二人は引き裂かれる。また、クッルーはマンスールをケーダールナートから追い出そうとした。そこへ大洪水が起きる。こんな物語である。

 インドの恋愛映画ではタブーを越えたロマンスが常套ではあるが、近年は「ラブ・ジハード」が問題化しており、異宗教間恋愛を描いたこの映画も槍玉に挙がることになった。ラブ・ジハード問題とは、イスラーム教徒の男性が組織的にヒンドゥー教徒の女性を改宗させて結婚しているとされる問題である。2009年頃から聞かれるようになった言葉であるが、ヒンドゥー教至上主義政党であるインド人民党(BJP)が中央政府の与党となったことで、最近再び取り沙汰されることが増えて来た。

 インド映画において異宗教間恋愛や結婚が題材となることは過去にもあった。だが、「Bombay」(1995年/邦題:ボンベイ)にしても、ヒンドゥー教徒の男性とイスラーム教徒の女性の結婚であり、ラブ・ジハードには当てはまらない。やはりイスラーム教徒の男性がヒンドゥー教徒の女性と結婚する「Kedarnath」の方が問題になりやすい。

 また、「Kedarnath」では、宗教の違いの他にも階層の違いがある。ムックーはインド社会において最高位である僧侶の家系である一方、マンスールが生業とするポーターは下層の仕事である。この2人の結婚はおろか、恋愛すらも、認められるはずがなかった。

 ところが結局、劇中においてマンスールとムックーの結婚は描写されていない。ムックーは許嫁のクッルーと結婚するし、マンスールは洪水によって死んだと言える。よって、ラブ・ジハードを警戒する勢力の目はくらましているのだが、エンディングにおいてラジオの音声が、マンスールによるクックーのためのリクエストとして、ラター・マーンゲーシュカルの歌う「Lag Ja Gale(抱きしめて)」を流すことを求めている。これはつまりマンスールが生きていることを暗示している。そしてもし生きているとしたら、ムックーがマンスールと再婚した可能性が高い。よって、どちらにも取れるエンディングとなっていた。

 コテコテのヒンドゥー教の聖地でイスラーム教徒が働いているのは奇異に感じるかもしれないが、基本的に働き口があればイスラーム教徒であってもヒンドゥー教の聖地で仕事をすることはあり得ることだ。しかもマンスールはアッラーを信仰すると同時にシヴァ神の信奉者であった。彼の存在は、多元主義的なインドの宗教の在り方を体現している。ちなみに、初対面の人々が彼を一瞬でイスラーム教徒だと見抜くのには2つの理由がある。ひとつは彼の名前である。「マンスール」は完全にイスラーム教徒の名前だ。もうひとつは、彼が身に付けているペンダントである。これはイスラーム教徒に特有のものだ。

 近年のヒンディー語映画では女性キャラの強さが目立つが、「Kedarnath」でサーラー・アリー・カーンが演じたムックーも強烈な女性であった。姉の恋人をかすめ取って婚約者となった上に、マンスールを執拗に追いかけて口説き落とす。しかも全く悪びれていない。ケーダールナートは宗教的聖地であり、保守的な集落であることが容易に想像される。そのような田舎町において、このような破天荒な女性がいることは少し非現実的である。

 実際にガウリークンド(標高1,982m)やケーダールナート(標高3,553m)でロケが行われており、終盤の大洪水の映像も迫力があった。本物の光景と、実際にあった災害を映像化したことで、陳腐なロマンス映画から脱却できていた。ただ、ロマンスの部分が緻密に描かれていたとは言いがたい。なぜムックーがマンスールに目を付けたのかがよく分からなかったし、マンスールがムックーに恋をするようになった過程も早送り過ぎた。この辺りが丁寧に描写されていれば、より優れた作品になったことだろう。

 音楽はアミト・トリヴェーディー。ケーダール谷で撮影された「Namo Namo」や「Qafirana」など、耳障りのいい音楽が多かった。ちなみに「Namo 」は、直訳すれば「礼拝する」という意味であるが、「NaMo」とすれば、ナレーンドラ・モーディー首相のニックネームでもある。

 「Kedarnath」は、2013年にケーダールナート寺院を襲った大洪水を背景とした、イスラーム教徒の男性とヒンドゥー教徒の女性の異宗教間ロマンス映画である。実際にケーダールナートでロケが行われており、迫力ある洪水シーンもある。ロマンスの描写に雑さがあるし、まとめ方も断言を避けたものとなっていたが、観て損はない作品である。サーラー・アリー・カーンのデビュー作という点でも注目される。