Bhopal: A Prayer for Rain

3.5

 マディヤ・プラデーシュ州の州都ボーパールは、世界最悪の産業事故が発生した場所として歴史名を留めている。ボーパールには、米国ユニオンカーバイド社の子会社ユニオンカーバイド・インディアの農薬工場が設置され、1969年から稼働していた。米国の会社がボーパールに工場を造ったのにはいくつか歴史的な背景があった。ひとつは1961年の中印戦争でインドが敗戦し、ソビエト連邦に接近したことである。「緑の革命」により、インドで農薬の需要が高まったことも農薬工場の新設が必要になった要因であった。また、ボーパールはインド中央部にあり、鉄道の接続もよく、土地や労働力が安価に手に入ったことが、立地の要因だった。工場はボーパールの北部に建設された。

 ユニオンカーバイドの工場では、農薬の原料としてイソシアン酸メチルという猛毒物質が40トンも貯蔵されていた。イソシアン酸メチルは、水と混ぜることで有毒ガスが発生することで知られていた。1984年12月2日深夜から3日未明にかけて、工場からイソシアン酸メチルの有毒ガスが放出され、北西の風に乗って、ボーパール市街地を直撃し、特に工場に隣接していたスラム街で大量の被害者を出した。最終的な死者数は確定していないが、多く見積もって1万6千人以上とされる。

 2013年のカンヌ国際映画祭でプレミア上映され、東京国際映画祭などでも上映された後、米国では2014年11月7日、インドでは同年12月5日に公開された「Bhopal: A Prayer for Rain」は、ボーパール化学工場事故を題材にした映画である。オリジナルは英語のようだが、ヒンディー語吹替版も作られている。鑑賞したのはヒンディー語吹替版である。

 監督はラヴィ・クマール。この作品以外には特に目立った実績のない監督である。キャストはインド人と米国人に分かれ、ポスターは米国人俳優の方が中心になっているが、実際にはインド人俳優の方がメインだった。ラージパール・ヤーダヴ、タニシュター・チャタルジー、マノージ・ジョーシー、サティーシュ・カウシクなどが出演している。また、「The Namesake」(2007年)などに出演のインド系米国人俳優カール・ペンが重要な役で出演している。米国人側のキャストは、マーティン・シーンやミーシャ・バートンなどが出演している。

 1984年、ボーパール。サイクルリクシャーを運転して日銭を稼ぐディリープ(ラージパール・ヤーダヴ)は、ユニオンカーバイド社の工場で働くことになり、人生が好転する。ボーパールでは、「カーバイダー」は尊敬される仕事であった。ディリープの妻リーラー(タニシュター・チャタルジー)も夫の出世を喜ぶ。だが、地元紙のジャーナリスト、モートワーニー(カール・ペン)は、ユニオンカーバイド社が有毒なイソシアン酸メチルを40トンも貯蔵していることを問題視し、度々新聞で取り上げていた。

 ちょうどユニオンカーバイド社のCEO、ワーレン・アンダーソン(マーティン・シーン)がボーパールの工場を視察に訪れていた。モートワーニーは、フランスの雑誌のライター、エヴァ(ミーシャ・バートン)の協力を得て、アンダーソンのインタビューもする。アンダーソンは、州首相や労働大臣(サティーシュ・カウシク)から、工場の構造に変更を加える認可を取り付け、米国に帰って行く。エヴァも滞在の期限が来たため、ボーパールを去る。

 12月2日。工場で、パイプを水が逆流し、イソシアン酸メチルと混合されて熱を発し、蒸発したイソシアン酸メチルが有毒ガスとなって大量に放出された。ちょうどこの日、工場に隣接するスラム街に住んでいたディリープは娘の結婚式を行っていたが、有毒ガスの直撃を受け、命を落とす。病院には大量の患者が駆けつけるが、イソシアン酸メチル中毒の中和に使用される次亜塩素酸ナトリウムが底を突き、彼らを救うことができなかった。

 おそらく客観的な立場からボーパール化学工場事故の真相に迫った作品であった。ラージパール・ヤーダヴが演じるディリープのキャラクターは架空であろうが、ユニオンカーバイド社のワーレン・アンダーソン会長は実名だったし、事故前の工場内で起こっていたことも、綿密な調査の上で再構築されたと推測される。この映画が結論ではないが、一体何が起こったのか、概観するには適した映画である。

 アンダーソン会長は工場労働者から身を立てた人物で、非常に大きな夢を抱いてインドに工場を建設した。インド政府はアンダーソン会長を大量虐殺者として告発していたが、映画では、一方的に彼を悪役にする描き方はされていなかった。工場は赤字状態だったが、アンダーソン会社はそれでも労働者の雇用を守るため、工場を稼働し続けていた。アンダーソン会長が工場労働者に感動的なスピーチをするシーンも用意されていた。

 どちらかといえば、政治家や現場監督をしていたインド人たちに汚点が見られた。イソシアン酸メチルは0度以下で保存しなければならなかったが、経費節減のために空調を停止し、有毒ガス発生の原因を作ったのもインド人現場監督者だったし、保全のための重要な役割を無資格・無経験の労働者に任せるような愚行も行っていた。周辺住民を怖がらせないようにと、警報も壊れたままになっていた。ボーパールの経済はユニオンカーバイド社の工場で潤っていたため、政治家も同社の要望を聞き入れるしかなかった。また、工場労働者には体調の異変を訴える者もいたが、地元の病院はそれを隠蔽し、人々にイソシアン酸メチルは無害だと言い触らしていた。

 はっきりと理解することができなかったのだが、事故の直前、複数のタンクをパイプでつなぐ工事をしており、おそらくそれが事故の直接的な原因になったのではなかろうか。そういう構造にすることで、ひとつのタンクのメンテナンス中に、そのタンクをバイパスして必要な物質を供給することができるようになった。しかし、そのパイプを水が逆流し、イソシアン酸メチルと混ざって、有毒ガスを発することになったというのは、この映画の主張したかったことなのではないかと感じた。

 カール・ペンが演じた記者モートワーニーにはモデルがいる。ラージクマール・ケースワーニーである。彼は事故が起こる前から工場の安全性に警鐘を鳴らし続けており、事故後は、事故を予見した唯一のジャーナリストとして名を知られることになった。

 ミーシャ・バートンが演じたエヴァはあまりよく分からない役柄だったが、ボーパールとフランスの意外なつながりを示す意味では面白い存在だった。エヴァは、ボーパールに住む、ブルボン王朝の末裔を自称するナポレオンを取材しに来ていた。実際にボーパールには、バルタザール4世・ド・ブルボンというインド人弁護士が実在する。彼の祖先はフランス最後の王朝であるブルボン王朝に連なるとされており、ボーパール藩王国の宰相などを務めてきた家系である。

 主演のラージパール・ヤーダヴは、普段はコミックロールを演じるが、シリアスな演技もできる俳優であり、「Bhopal: A Prayer for Rain」でも彼の異なった側面が見られた。タニシュター・チャタルジーも演技派として知られる女優である。アンダーソン会長を演じたマーティン・シーンもいい俳優だった。

 「Bhopal: A Prayer for Rain」は、1984年にインド中部の都市ボーパールで発生した世界最悪の産業事故を題材にした映画である。極力客観的な視点で事件の真相に迫る努力がなされており、事実とフィクションの織り交ぜ方も巧みであった。様々な意味で重要な作品である。