The Roshans

3.5
The Roshans
「The Roshans」

 Netflixでは「Netflix Documentary Series」と称してインド映画界の著名人を掘り下げるドキュメンタリーがいくつも作られている。チョープラー家を主題にした「The Romantics」(2023年/邦題:ロマンチスト:ボリウッド映画の神髄)、「RRR」(2022年/邦題:RRR)のSSラージャマウリ監督を主題にした「Modern Masters: S.S. Rajamouli」(2024年/邦題:モダン・マスターズ:S・S・ラージャマウリ)、タミル語映画界の「レディー・スーパースター」ナヤンターラーを主題にした「Nayanthara: Beyond the Fairytale」(2024年/邦題:ナヤンターラー:ビヨンド・ザ・フェアリーテール)などである。

 2025年1月17日からNetflixで配信開始された新しいドキュメンタリー・シリーズ「The Roshans」は、ローシャン家三代を取り上げた作品だ。現代のインド映画ファンにとっては、「ローシャン」といえば何といっても男優リティク・ローシャンであろう。「Bang Bang!」(2014年/邦題:バンバン!)や「Super 30」(2019年/邦題:スーパー30)など日本での公開作も多い。インド随一のハンサム俳優であり、しかも踊りも天下一品である。人気が出ないはずがない。ただ、「The Roshans」は、リティクの祖父から話が始まる。リティクの祖父ローシャンラール・ナーグラトは「ローシャン」の筆名で知られる著名な音楽監督であった。そして彼の2人の息子ラーケーシュ・ローシャンとラージェーシュ・ローシャンもそれぞれ映画監督と音楽監督として業界を牽引してきた。

 監督はシャシ・ランジャン。2000年代に数本の映画を撮っているが全く成功しておらず、彼自身もほぼ無名の監督である。注意しなければならないのは、ラーケーシュ・ローシャンがプロデューサーの一人であることだ。自分で自分の家族のドキュメンタリーを制作していることになり、どうしても自画自賛になりがちなところは差し引いて考えなければならない。日本語字幕付きであり、邦題は「ローシャン家とインド映画」になっている。ただし、字幕はインド映画に全く疎い人間が翻訳したと思われ、残念な出来になっている。

 「The Roshans」は4章構成で、第1章「Rahen Na Rahen Hum(生きようと死のうと)」は主に音楽監督ローシャンを取り上げ、第2章「Thoda Hai Thode Ki Zaroorat Hai(少しだけ少しの必要がある)」は主に音楽監督ラージェーシュ・ローシャンを取り上げ、第3章「Nikle The Kahan Jaane Ke Liye(どこへ行くために出掛けたのだろう)」は俳優から映画監督に転向したラーケーシュ・ローシャンを取り上げ、第4章「Koi… Mil Gaya(誰かが・・・見つかった)」は男優リティク・ローシャンを取り上げている。一通り観ると、ローシャン家のことがよく分かる。

 インタビューに応えているのは映画業界のそうそうたる顔ぶれである。音楽界からはアーシャー・ボースレー、ソーヌー・ニガム、ウディト・ナーラーヤン、アルカー・ヤーグニク、ラッキー・アリー、サリーム・マーチャント、サチン=ジガル、ジャーヴェード・アクタルなど。2022年に没したラター・マンゲーシュカルが別の番組のために生前録音したインタビューも流用されている。俳優としては、シャールク・カーン、アビシェーク・バッチャン、ランビール・カプール、マードゥリー・ディークシト、アミーシャー・パテール、プリーティ・ズィンター、プリヤンカー・チョープラー、アヌパム・ケール、ジャッキー・シュロフ、タイガー・シュロフ、ヴィッキー・カウシャルなどが出演している。監督としては、サンジャイ・リーラー・バンサーリー、スバーシュ・ガイー、カラン・ジョーハル、ファルハーン・アクタル、ゾーヤー・アクタル、ファラー・カーンなどが顔を出している。

 過去数年、ヒンディー語映画界ではネポティズム(縁故主義)批判が吹き荒れ、親の七光りを受けて映画界にデビューしたスターたちが批判を受けるようになった。リティク・ローシャンも三代目であり、父親は売れっ子映画監督、叔父は時代を築いた音楽監督と、いわゆる「スターキッド」の一人だ。だが、ローシャン家が常に順風満帆ではなかったことがこのドキュメンタリーでは明かされる。

 祖父のローシャンは音楽的に非常に才能のある人物であった。章の題名にもなっている「Rahen Na Rahen Hum」は、「Mamta」(1966年)の挿入歌であるが、筆者も好きな曲のひとつだ。ローシャンは非常に謙虚な性格だったというが、その気品が歌にもよく反映されている。だが、若くして亡くなったことで、その子供のラーケーシュとラージェーシュは苦労することになった。弟のラージェーシュは音楽の才能を父親から受け継ぎ、同じく音楽監督として活躍したが、兄のラーケーシュの半生は一本筋ではなかった。当初俳優を目指したが成功せず、プロデューサーに転向したがそれもいまいちで、最終的に彼が行き着いたのが監督であった。特に1990年代には「Karan Arjun」(1995年)や「Koyla」(1997年)などのヒット作を飛ばし、時代の寵児となった。

 リティク・ローシャンはインド映画界に従来とは全く別次元の洗練されたダンスを持ち込んだことで知られる。彼のダンススキルには筋肉が関係しているかと思っていたが、こうして改めて彼の血筋をさかのぼって見てみると、彼の中には音楽家一族に培われたリズム感みたいなものが流れているようにも感じられてきた。また、一時は俳優を目指したほどハンサムだった父親の容姿も受け継ぐことができた。ドキュメンタリーの中では触れられていなかったが、リティクが俳優を目指したのは、俳優として成功できなかった父親の夢を実現させるためだったのではないかとも感じられた。

 そのリティクにしても、決して何の苦労もなく俳優になったわけではない。意外なことに幼少時のリティクは寡黙であり、いつも後ろの方に立っているような子供だったらしい。有名な話であるが、彼の右手には親指が2本あり、しかも脊柱側弯症を抱えていた。それらの身体的な特徴からも、彼の引っ込み思案な性格が形成されたと思われる。だが、彼はそれらを克服した。

 リティクの本格デビュー作は、父親ラーケーシュが監督し、叔父ラージェーシュが音楽監督を務めた「Kaho Naa… Pyaar Hai」(2000年)であった。この映画は大ヒットしただけでなく、リティクを一夜にしてスーパースターに変えてしまった。国際的に通じるルックスとダンススキルは若者を魅了し、ヴィッキー・カウシャルやタイガー・シュロフといった次の世代のスターたちに目指される存在となった。ラーケーシュは息子をデビューさせるために、自宅から自動車まで全てを抵当に入れて借金をし、「Kaho Naa… Pyaar Hai」を作った。その成功譚は感動的ですらある。さらに、リティクは成功に甘んじることなく、今までのスターの枠組みから外れた役にも果敢に挑戦した。同じくローシャン家のホームプロダクションであったインド初のSF映画「Koi… Mil Gaya」(2003年)で彼は知的障害のある役を演じたが、これは従来のインド映画界の慣習では考えられないことだった。

 だが、「Kaho Naa… Pyaar Hai」の成功はローシャン家に大きな不幸も呼び込んだ。映画公開の翌日、ラーケーシュは何者かに銃撃され負傷したのだ。「The Roshans」の中ではこの事件について真相究明はされていなかったが、リティク・ローシャンの成功を見たマフィアのドンが彼を自分のプロデュースする映画に主演させようとして拒絶され、それに怒って刺客を送ったのだとされている。ただ、ラーケーシュの命に別状はなかった。その後、ラーケーシュは舌ガンにもなったが手術を受け生き延びている。

 「The Roshans」は主に1960年代から2000年代までのローシャン家三代の物語を紡ぎ出したドキュメンタリー・シリーズである。もしかしたら日本のインド映画ファンからは、2010年代以降のリティクをもっと取り上げてほしかったという感想が漏れてくるかもしれない。だが、インド映画界の類い稀なスーパースターであるリティクがどのように作られたのかを祖父の代までさかのぼって見ることができるのは特別な体験だ。ローシャン家が作ったドキュメンタリーであり、ローシャン家にとって不利な内容は全くない。むしろ、いかに親の七光りに恵まれても映画業界で成功するのは難しいということを思い知らされ、リティクのすごさが静かに強調されている。そういう一面はあるものの、ヒンディー語映画界に少しでも興味のある人には一見に値するドキュメンタリーである。